2634. 馴染む時間・守る道具~生活の蝋と発火
シャンガマックとロゼールは工房に閉じこもり、おじさんたちに守られて過ごす。今日、イーアンが何を教えるのかを男性陣に伝え、説明している内に、腹が鳴った。
自分たちも何か食べるかと、ハーインアムーの長兄が様子見ついでに内庭へ行き、すぐ戻った彼は、両手で大皿を支えていた。大皿には、焼いて揚げての魚介が積まれ、数種類の漬け汁が添えてある。
ロゼールは目をかっぴらいて、歓喜。喜び方が大喜びに近いので、どうしたんだとおじさんたちは笑った。シャンガマックも、友達の破顔に笑いながら教える。
「ロゼールは料理が好きだ。騎士修道会では、厨房の担当で」
「男なのに自分で作るのか。宗教連中は男ばかりだから・・・ 」
宗教=神殿と一緒としたおじさんの一言で周囲から笑いが消えたが、ロゼールは、きっぱり否定。
「男所帯だから、誰かが作るのは当然ですが。神殿と一緒にしないで下さい。ハイザンジェルは騎士修道会の名があるけれど、宗教は関係ないです。古来の名残で、伝統の騎士と奉仕活動があるだけで」
「わかった。熱くなるな」
チェットウィーラニーが、両手を軽く上げ下げして止める。違うな確かに、とやんわり流した長兄が、取り皿に魚と漬け汁を分け、先に二人に渡した。
「で?ロゼールが料理するから、焼いた魚に喜んでいるのか」
可笑しそうに横目で尋ねる長兄に、ロゼールは皿の料理を見て『魚だけじゃないですよ』と言う。
食事処の料理ではなく、家庭料理に喜んだと話し、漬け汁を味見して『香りから違う』と真面目に伝えると、おじさんたちはちょっと笑って、たくさん食べて行けと促した。
ちょっと機嫌斜めになったところで、さらっと流される。
すっかり馴染んでいるこの二人は、『アリータック島解放の導き』で、持ち上げるなどはされないけれど、おじさんたちからすれば二人の度胸と活躍に嬉しい以外なかったし、二人を自分たちの仲間と認めて大事に扱う(※扱ってるつもり)。
「イーアンは、どうだっただろうか」
もぐっと一口、魚を頬張るシャンガマックが、話を変えて内庭の様子を聞く。長兄は目を彼に向けて『人気だ』と笑う。明るい性格の長兄は、何を話しても良く笑う人。
「女共に群がられて、撫で回されてるよ」
「なでまわす」
棒読みで繰り返した騎士の眉根が寄り、心配する顔に皆でげらげら笑いながら、『ウィハニの女だけど、かわいいから』とおじさんたちは顔を見合わせる。
「イーアンは子供みたいな顔だし、角もあるし、髪もふさふさして、ニコニコしているだろ。さっき見たら、長い尻尾も生えてるしさ。魚をあげると嬉しがって、もらうと全部、本当に食べきっているらしい」
可愛いの意味が、女性用の可愛いではないと分かる。動物的な可愛さ(?)を宿すイーアン。男性陣も、撫でたい気持ちは分かると、意見が一致した。
ロゼールもちょっと笑って『支部もそうでしたね』と言うと、シャンガマックはそういうことかと苦笑した。イーアンは犬のよう・・・この前もこんな話したな、と(※ルオロフ相手=2568話参照)首を傾げる。
「ちゃんと道具は作らせていたから、安心しろ。シャンガマックの説明と違った気がするけどな」
「違う物を作らせていた?・・・それは」
ん?と反応するシャンガマックは、話しそびれているかと尋ねたが。
「俺も少しかみさんに聞いただけだ。魔物の材料と、龍の皮と、蝋燭だと思うが、そんなの合わせてたよ」
キョトンとする、騎士。ろうそく?顔を見合わせた二人を、ちらっと見た長兄は食べながら話しを続ける。
「どの家にもある蝋燭を合わせた道具で、効果は発火で、目的は防御と緊急信号らしい」
『蝋燭の材料は?』シャンガマックが気になって尋ねると、ピンレーレー島は二種類の材料が主で、一つは安い魚油の混ぜ物、もう一つは種子の油だった。
種子は臭いもなく燃焼時間も長いので、家屋の中で使われるが、魚油の混ぜ物は、表で使うと教えてもらう。
「魚は臭いがきついんだ。俺なんか、子供の頃から普通にあったから、気になんないけどな。部屋では使わない。魚の油を混ぜた蝋燭は、今も庭で使ってるよ」
内庭の屋外調理で火を分ける時、魚油入りの蝋燭に火を移しているらしく、イーアンが道具材料に選んだのは安価なそれだった。
「なんで蝋燭を?あの人は、また思いついたのかな」
クスッと笑ったロゼールに、シャンガマックも頷く。イーアンが講義を終えたら聞いてみようと、次の魚を口に入れた。あんまりに魚の味が旨くて・・・ 満腹になる頃には、眠気に勝てなくなるなんて、思っていなかったけれど。
*****
内庭で、一時間半経過―――
着いた時から、魚介を食べさせてもらっているイーアンは、今はお茶で一服。一服しながらも、道具の効果や説明を続けていた。
蝋燭を使ったのは、イーアンに過った『海賊と龍の距離間』が理由にある。彼らが自分たちの力で戦いたい意思を尊重して。
魔物材料は、魔物が出てくる限りどこかで入手できるが、龍の翼の膜は、イーアン経由でなければ触る機会すらない。
特別な材料で作ると、『在庫が終われば作れない有難さ』がある―― 知恵の使用期限 ――のだが、今回は翼の膜がなくなった後も・・・使えるとは言え、隠すほどの知識でもないと思ったため、蝋燭を用いた。
以前居た世界の蝋燭の話だが、300度近くに熱した液状で発火するのを見たことがある。
状態は試験管内で、その温度に達してすぐさま蝋をこぼすと数秒で炎が上がった。試験管の中は酸素が足りなくて引火にならず、外で酸素を得た蝋は、一気に発火する。
放られた蝋が散る間に、300度からどれくらい低下したか分からないが、炎の広がりが爆発的で、飛散した蝋全てが燃焼しているように見えた。
これはあくまでも、元居た世界の話であり、こちらの世界の蝋で通用すると言い切れないので、イーアンは先ほど許可をもらって実験したばかり。
安い蝋燭で良いのかとおばちゃんたちに気遣って頂いたが、安くて使えると分ければ、そちらの方が気兼ねない。
何をしようとしているのか見守る女性の前で、イーアンは龍気の膜で小さな球体を作って入り、その中で実験開始。人一人分の白い半透明の球体に、女性陣は騒めいて目を瞠り息を呑む。
中で、蝋燭一本を高速摩擦で熱する。
溶けるのは速いが、目的の温度に上げるまで粘ってもらうため、熱に強いタムズの翼膜(※1223、1224話参照)の上でこれを行う。
蝋が液状になり臭いが充満し、突如、蝋の揺らぐ面が炎を走らせた。乗せていた膜をさっと払うと、動いた液体の蝋は瞬く間に燃え上がり、確認したイーアンはこれを消滅させた。
龍気が包む中での実験は、屋外の状態と少し異なるが、そう大きく効果に差はないと思った。
300度・・・は測りようがないけれど。摩擦熱は、消しゴムでノートを擦ったって60度を超えるのだ。試した摩擦(※イーアンは高速振動で実行)と近い条件は、魔物相手、あっさり得られるだろう。
燃焼までの間、酸素に触れている表面積も、試験管と広げた膜の上では全然違うが、これは道具に用いる場合、試験管状態予定のため、問題ない。
摩擦熱。一瞬の摩擦でうまくいくかどうか。多分大丈夫とイーアンは考える。
イーアンが以前の世界で仕事をしていた時、銅のリベットを叩く熱の上がりを思い出す。タンクラッドたち剣職人が、柔らかい金属を叩いて火を起こすのもそう。叩く運動が伝わった物体は、変形で衝撃を吸い込んで熱を蓄える。
衝撃が粉砕を引き起こすのではなく、吸収で熱に変わるのが大事。それを踏まえて、龍の翼の膜と、魔物の殻の間に蝋を置く。
・・・フツーに考えると、どっちもすごい系の産物(※魔物とか龍とか)の間に、日用品な蝋燭じゃなくてもと思われそうだが。
「使うのは、奥さんやおばあちゃんです。お家を守るために残る、女性が使うのだから」
白い龍気玉の内側で呟くイーアン。この意味には続きがあるのだ。誰かがそれを質問してくれると良いなと、願う。
ちらっと外を見ると、思った通り大興奮されている。出ると揉みくちゃにされそうな状態をどう回避しようかと考えたが、どうにもならないので、龍気を解いて、結局、揉みくちゃになった―― のが、先ほど。
一服終わって、イーアンは『では試します』と試作品の実験へ移った。
蝋燭5㎝程。魔物プレート(※命名)とイーアン翼の脱皮膜を貼り合わせる間に、魚油の蝋燭を5㎝に折ったものを入れ、プレートより大きくカットした膜の縁に、膠をつけてプレート周囲を包むように接着する。膠が乾いて固定されたら、少しだけ膜に切り込みを入れる。衝撃時、発火する方向を整えるため。
これも、内庭で実験する。龍気玉を使わず、イーアンは地面に置いたサンプル品(?)に、龍の腕にした右手で、5m級魔物の力を想定して拳を打ち付けた。
一瞬、土にめり込んだお守り道具は、イーアンの龍の拳が離れた瞬間、ぶわっと炎を上げた。
「よっしゃ」
ニヤッと笑ったイーアンの前で炎がぐわッと踊る。でもこれは長続きしない。踊ったように見えた立ち上がり、続けてイーアン翼脱皮膜が反応し、ボッと生じた暴風に消し飛ぶ。
後ろできゃーきゃー声が上がるのを、笑って振り向いたイーアンは、『こんな感じです』と龍の右手で地面を示し、さっきまで可愛がられていたのが、格好良いと騒がれて、龍の右手を触る会に続いた(※実験の話聞いてくれない)。
そして、イーアンが願った質問が飛び込んだ。
「もし、魔物の材料がなくて、龍の皮もなくなったら。代用って出来るの?」
同い年くらいの女性がイーアンの白い鱗の腕に手を置き、気になっていたように尋ねる。待ってましたその質問と、イーアンはニコッと笑う。目を丸くする女性に『同じくらい硬く、熱伝導の低い板が代用に』と教える。
「でもその場合は、体から離した状態で使って下さい。触れていては、万が一の心配があります。龍の膜の代わりは、あれほど強力な二段階反応はないけれど、薄くした原皮を使い、蝋に触れる面に金属粉と―― 」
金属粉と、〇〇。そう教えた途端、ええええ!と一斉に嫌がられたが、笑うイーアンは『狼煙と一緒』と思い出させ、これは使用歴の長いおばあちゃんやおばちゃんが、ハッと気づいた。その表情に、女龍は笑みを深めて頷く。
「そうです。偶然でも、偶発でも、あなた方くらい長く、弓や工房の日常に触れて来たなら、一度二度は目にしたはず」
「あります。ありますよ、ウィハニ。火事になりかけたの」
背の低いおばちゃんが、過去の事故を思いながら何があったか教える。あれがそう?と急いだ質問に、イーアンは『まさしくそれです』と肯定。
「魔物じゃなくても。龍じゃなくても。あんなになるのよね、あっという間のことだったわ」
「だから、気を付けて下さい。そして、私はこの二つめの道具を作る目的に、『緊急信号用』とも言いました。その意味は」
「確かにとても明るかったわ。普通の炎よりずっと。でも一気に広がるから、燃えるものが少ない場所で使うのが良いわよね?」
「よく理解して下さる。そうして下さい」
生活で怖い目に遭った体験談は、下手な説明による想像より、ずっとリアリティがある。恐怖体験は、ここにいる数十人の女性全員が知っている。まだ子供だった人も今は大人で、あれがそうかと驚いている。
知恵とは、こういうことなのだ。イーアンはこれ以上を教える気はないが、彼女たちが怖い過去を経て得た体験談を心に、魔物対抗道具を作ってくれることを祈る。
特別な材料がなくても似たような効果は生むもので、悪用さえしなければ、確実に味方が増えるのと変わらない。
いろんなタイプの魔物がいるから、魔物を確実に遠ざける保証はないけれど、特殊材料がないとしても工夫は出来ると知っていてほしい。
イーアンの願いは、彼女たちの安全を守ること。彼女たちの大事な人たちを守ること。
攻撃する道具も必要だし、はぐれたり孤立した時に合図できる道具も必要。希望をぎりぎりまで忘れないで生き残れるよう、伝えられることは伝えておく。
この後イーアンは、『他に』の質問を受けながら、自分が分かる範囲で答えていたが、工房からおじさん二人が来て『連れが待ちくたびれているよ』と笑われて、道具制作指導を終わりにした。
皆さんに挨拶し、まだ数日はピンレーレー島にいる予定を教え、イーアンはシャンガマックたちの待つ工房へ行く。二人は・・・ 中に入って、イーアンはちょっと笑い、何も言わなかったおじさんを振り向く。おじさんも声を出さずに笑って頷く。
「疲れてたんだろ」
「この二人は体力すごくあるので、疲れていたのではなく、気持ちが楽になったのでは」
シャンガマックもロゼールも腹いっぱいで眠っている。スース―寝ているので、起こしにくい。寝かせてやれとおじさんに微笑まれ、イーアンも退室する。
部屋はおじいちゃんが作業する音、鉋掛けの静かな音が響き、他のおじさんたちも別部屋に移動して他に誰もいなかった。
おじいちゃんは優しい笑みを浮かべて、熟練の手つきで大きな木製弓を鉋で削っていた。
孫が部屋で寝ちゃったみたいな気持ちなのかなと、イーアンも温かくなり・・・イーアンは彼らの昼寝の間、今度はおじさんたちに講習会をすることになった(※あれ何してたと聞かれる)。
*****
昼から夕方近くまで講習をしていたイーアンは、教えた道具の説明をしながら、『アリータック島解放祝い予定』、『制作品確認の再訪希望』、それと『すぐ近くにある特別な祠』について聞いた。
先の二つは良いとして。
「近いのですか」
「アリータックの港の脇に、左側で川が流れているだろ?あの川を上がってくと、内に蛇行するんだけど、その手前に見える。行ってみると良い」
おじさんたちが教えてくれたのは、『ウィハニの女の祠』―――




