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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2633/2956

2633. 旅の四百四日目 ~ルオロフ不在・本日の各予定・アリータック島解放報告・対抗道具製作

 

 翌朝。皆は、一階のホールに集まってから朝食に出る。



「いない」


 真っ先に呟いたのはイーアンで、ドルドレンはイーアンの背中に手を当てる。ルオロフは待っておらず、見上げたイーアンの寂し気な目に、ドルドレンは『大丈夫だから』とだけ言った。


 あの律義な若者が、連絡一つ寄こさなくなるとは思い難い。そして、彼が危険な目に遭う・・・のも、想像し難い(※強い)。そんな予感もしないので、多分、まだ単独行動中なのだ。


 時間が早かったでしょうかと、来ない理由を考えるイーアンに、隣に並んだタンクラッドが『放っておけば会える』気にするなと、この話を終わらせる。


 ドルドレンも親方に同意。歩き出し、皆は別の話題を始め、今日の予定や、別行動の動きを確認していたが、イーアンは沈んでいた。


 ラサンを終わらせたことは・・・そんなに、彼に大きく影響したのだろうか。


 イーアンは、自分の不在時から変わったルオロフが、『僧兵ラサンの死』で寄り付かなくなってしまったとしか思えず、何を間違えたんだろう?と気にした。

 彼は、ラサンを憎むように嫌っていた。死も望んでいたように見えたが、違ったのか。



「おい、イーアン」


 食事処で椅子に座り、食べ始めているのに、手が進んでいない女龍をオーリンが注意し、目が合うと首を横に振る。


「自分のせいだと思うなよ」


 見透かす黄色い瞳から、女龍は視線を逸らして『はい』と短く答え、料理を口に運んだ。


 気にし過ぎる傾向があるイーアンだが、ルオロフの変わったきっかけが、僧兵の死の報告からなので、気にするのも仕方ないかなと皆も理解はする。


 命乞いではないが、ラサンは消される直前に言葉を発し、イーアンは同時に彼を消し去っている。ルオロフがこれを、どう受け止めたかは分からない。極悪非道であれ、『人を死なせた』わけで。



「ねぇ。待ってるしかない時もあるじゃない?こんなに早く単独行動が終わるなんて、彼も思わなかったでしょうし」


 何か別件と重なっただけかもよ、とミレイオが慰める。うん、と頷く女龍。


「前も話したけどさ。何でも一つ所に放り込んじゃダメよ・・・ルオロフと離れていた日数は少ないけど、私たちが知らない時間に、誰かと約束したり、どこかと連絡したりもあって、変じゃないでしょ」


「そうですね」


 顔を上げたイーアンにミレイオは微笑み、ドルドレンたちもそっとしておく。食べ始めたイーアンは気持ちを切り替え、今日の午後にアリータック島へ行く準備について、シャンガマックたちと決めた。



 ここまでずっと。この時も。 視野が狭くなったイーアンは、思い出せなかった。

 ワーシンクー島を離れる際、ルオロフが『次の島で滞在しなければいけない』と言ったことまでは(※2587話参照)―――



 *****



 食後は、宿裏の馬車に戻る―――


 午後は、イーアン・シャンガマック・ロゼールの三人が、アリータック島へ行くが、ロゼールは『すぐ戻ります』と挨拶し、気にしていた訓練所へ出かけた。


 訓練所の職人たちが、悪夢をまだ見ているか知りたいらしく、ロゼールが出かけてから少し考えていたオーリンも『心配だから俺も行ってくるよ』と出て行った。


「オーリンは面倒見がいい」


 龍が飛んで行く空を見て、ミレイオが笑う。イーアンと一緒に、馬車で道具作りの荷物をまとめながら、ミレイオが『私もアリータックに行こうか』手伝う・・・と言い終わるより早く、後ろでタンクラッドが返事。


「お前は、俺と残れ」


「なんでよ」


 はぁ?と振り返ったミレイオに、親方が荷台の扉に寄りかかって『剣だ』と苦々しく呟く。

 昨日、散々だったので、ミレイオは少し笑って『自分で言い逃れしたら?』と突き放すが、親方は首を横に振る(※一人で対応だと怒りかねない)。


 剣を使う場面がなくて何よりだったが、何かあってもと持って行った剣で、親方は大人気になってしまった。


 昨日、アリータック島から戻る船・ピンレーレー島の波止場で、しつこく局長に質問されたので、今日も狙われるのではとタンクラッドは警戒する。

 イーアンはちょっと笑ったが、ちらと見られて真顔に戻し、ミレイオに残ってあげてほしい旨を伝えた。



 ドルドレンも特にすることがない。弓矢を広めたい最初の話から、ピンレーレー島滞在期間で矢を作る・弓を使うなど間に合う場合、弓の実演を提案してみようかと考えていたが。


 ふと、ここで『馬車の家族』を思い出す。

 最初の家族の女の子から受け取った、白い骨を返しに行かねば(※2588話参照)――― ということで、ドルドレンも思いがけず出発。


 ドルドレンが『探すから一日かかると思って』と言い残し、ムンクウォンの翼でささっと空へ上がってしまったため、ミレイオは親方とクフムの()()()が決まった。



 この間、シャンガマックは獅子と交信。寝台馬車の荷台に座り、地下の獅子と脳内会話で報告連絡。


 獅子は毎日、あちこちへ動いており、残存の知恵と思しきものを壊し続けていたが、それもそろそろ終わる。だが現在、コルステインに協力している『古代サブパメントゥの問題』があり、これは事情も話せない。

 なので、シャンガマックは今日も自由行動。昨晩も予定は教えたが、朝に決定した詳細を伝え、獅子も了解する。


『何かあったら、すぐ呼べよ』


『うん。でも大丈夫だよ。夜は会えるし』


『夜会うのは普通だ。いつでも呼べと俺は言っている』


『分かってる。有難う、ヨーマイテス』


『お前は寂しがらないな。昨日の夜も楽しそうに・・・ちっ、慣れたのか』


 何やら寂しがらないことで機嫌が傾いている獅子に、シャンガマックはちょっと笑って『慣れないけど、ヨーマイテスに教わったことを実行できる機会は嬉しい』と伝える。


 今まで、たくさん学ばせてもらった。自分の悪い癖も留意するようになった。離れていても、ヨーマイテスの教えをなぞる一日。この報告を、誇りに思う。


 真面目な息子の騎士っぽい言葉に、ヨーマイテスはぶつぶつ言っていたが、『ヨーマイテスに安心してほしい』と言われ、反対はしなかった。



―――ヨーマイテスに、治癒場の鍵がサブパメントゥの鍵(※2530話参照)と伝えた昨夜は・・・ 反対されかけたが。


 連絡を終えたシャンガマックは、そこを思い出す。獅子は懸念し、自分が預かるとも言ったが、そう言うなり顔を背けて何やら考え込み、そして『お前が持つなら慎重に』と言い直した。

 

 妖精の檻の鍵と似ている使い方だが、ヨーマイテスは以前、サブパメントゥの鍵を作ったことがある話をし、それと同じ仕掛けであるのも教えてくれた。


 それは()()()()()()サブパメントゥに入れる鍵・・・ヨーマイテスは心配を他にも抱えているようだったが、一先ずは『誰にも奪われるな』と注意をして終わった。


 


 午前9時を過ぎる頃。荷物をまとめたイーアンたちは港へ移動する。宿は、午前が清掃時間なので、出かけない時は宿ではなく船待機。


 ミレイオ、タンクラッド、クフムは、船に入った時点で好きに動く。

 シャンガマックは、イーアンの手伝いを申し出たが、『女性陣相手、シャンガマックは()()()()()』とぽそっと言われ、ハッとした(※イケメン自覚あり)。


 忘れていましたかと聞かれ、頷く褐色の騎士。困っている顔に笑うイーアンは『一人でも大丈夫ですよ』とやんわり断り、シャンガマックは役に立てないことを謝った。


 イーアンが作る道具の詳細を、男性に説明する役を引き受け、シャンガマックはいろいろと質問し、覚える。

 そうこうしている内に、オーリンとロゼールが戻り、『悪夢は終わってたよ』と嬉しい報告を聞かせてくれた。やっぱり、悪夢の示唆は、孤島の僧院『岩祀り』だった。


 時間は昼前。アリータック島へ行くには少し早いが、ロゼールも帰ってきたので、イーアンたちは出発する。



 *****



 いつの午後とは言わなかったものの、何日もかからないと踏んでいたか。


 ロゼールのお皿ちゃんで飛んだ二人と女龍は、空から見えたハーインアムーの工房周辺の人だかりに『今日だと思ってたかも』と笑った。


 砂浜に降りた三人に、わっと驚いて気づいた人たちはすぐに手を振り、女龍と騎士二人を迎えると、話しかけながら聞きながら、中へ案内する。


「どうだった」


 工房を素通りし、母屋の横を通るおじさんたちについて行くイーアンは、そう聞かれてニコッと笑う。その笑顔で、おおおとおじさんたちが沸く。シャンガマックもロゼールも嬉しい。


 母屋横を通過した奥の家の庭に入ると、女性がたくさん集まっており、そしてなぜか煙が上がっていた。その煙に、イーアンはぴたりと足を止める。お昼だからかと思っていたが。


 数軒共同で、建物に囲まれた庭。数十人の女性が忙しく動き回る中心。地面に幾つもの大きな穴が掘られ、そこから上がる煙は、焼き魚の匂い。

 穴の上に金網が掛かり、金網にはお魚がたくさん並ぶ。穴の周囲に組まれた三脚上は、吊るした袋に『塩漬け魚卵』が入っているそうで、要は魚卵の燻製か!とイーアンは目をかっぴらいた。



「イーアンが。女たちに教えてくれるのと、妖精に話しつけに行ってくれた礼で、魚を焼いて待ってた」


 チェットウィーラニーの隣にいた兄弟の一人が、さっと振り返った真剣な女龍に笑いかける。


「全部、喰ったって良いんだぜ」


「ほんとですかっ」


 真顔で即答したイーアンに皆が笑い、イーアンは目を閉じて感謝する。そんなすごいことしてないのに、なんてイイ人たちだろうと。センダラは不憫と言うが、これのどこが不憫なのか・・・・・


 奥ではじゅうじゅう揚げる音も聞こえ、屋外コンロらしきものに乗った、大きな黒鍋で揚げ魚も作っていると分かる。イーアン、ひたすら感謝。



「この場で教えてくれ、ウィハニの女。アリータックは妖精の縛りを終えたのか」


 ちゃんと答えていなかったそれを、おじさんの一人が大きな声で尋ねる。女性たちも作る手を止め、全員が女龍に顔を向けた。イーアンは、しっかり頷く。


「妖精は『許すと伝えて』と、言いました」


 言い終わると同時、わーっと歓声が沸く。女性たちが拍手し、おじさんたちも肩を叩き合って喜んだ。

 一人が工房に走って、おじいちゃんも連れてくる。ハーインアムーはイーアンの側へ来て、その手を両手で握り、額につけた。


「有難うと、感謝している」


 そっとシャンガマックが通訳し、イーアンはおじいちゃんの手を握り返し、目を合わせて『もう大丈夫ですね』と言い、それから『シャンガマックとロゼールが活躍したからこそです』と彼らの努力を改めて伝えた。


「そして、あなた方が妖精の話を打ち明けてくれた勇気が、既にこの結果に繋がっていたのです」


 女龍の言葉は通訳され、おじいちゃんは満足して頷き、しわくちゃの手でイーアンの手を握りしめ、お礼の言葉も何度も繰り返した。



「このまま祝いにしても良いが、イーアンが教えてくれるんだから、先に仕事を覚えるべきだな。焼けた魚は回してくれ。食べながら教えればいい」


 おじいちゃんのお礼を一通り見守った息子が、大きな声でそう言うと、女性たちの内の半分が手を拭き、イーアンの側へ来る。

 それに合わせて、シャンガマックに視線が注がれる率が高まったため、イーアンは適当に理由をつけてシャンガマックを逃がした。


 シャンガマックはおじいちゃんの補佐に付き、まだお礼を言い足りないよと言うおじいちゃんの背を押しながら引っ込む。


 逃げた理由が分かる海賊のおじさんたちは、『こっちで預かっとくよ(※シャンガマック保護)』と笑いながら下がり、何人かのおばちゃんにおいでおいでされていたロゼールも、ついでにイーアンは逃がした。



 *****



 おばちゃんたちの中には、30代そこそこの若い女性も混じり、シャンガマックを名残惜しげに見ていたが、イーアンが荷物を開くとすぐに好奇心を寄せて来た。


「私は共通語しか理解しません。それと、文字が書けないし読めないのです。だから分かり難い時は、共通語で何度でも質問して下さい。何度でも答えます」


 最初にそう言ったイーアンは、内庭にしゃがみこんで荷物の包みを解きながら、自分を囲む女性たちを見上げる。見下ろす皆さんはじーっと女龍を見て『本物』と口々に囁いた。


「角に触ってもいいですか?」


 一人のおばちゃんが片手をちょっと出す。いいよと頷く女龍はしゃがんでいるので、おばちゃんは礼を言いつつ、角を撫でる。周りも興味津々で感想待ち。おばちゃんが『すべすべしてる』と笑顔を向けると、他の人も触りたがった。



 角を撫でさせながら、イーアンは材料を分け、手順通りに並べる(※業務的)。


 何人かに顔を覗き込まれ、何かと思ったら『肌の色がキレイ』と褒められた。龍族の肌ですと答えると、まじまじ見て『触りたい(※なんでも)』と言われ、触る体験は角からほっぺたに移行した。


 ほっぺたもフニフニ触らせつつ、材料に関心を持つ『不思議な色』『これは紙ですか』の質問に答える。角も頬っぺたも、代わる代わる触りに来る女性を気にせず、イーアンは淡々と答え、作業を開始しようとする人には教え出す(※それでも触っている人はいる)。


 触っても大人しい女龍に、おばちゃんたちはすっかり気を許し、教わる人たち半分の外にいた、調理担当の女性たちも焼けた魚を手に『わたしも触りたい』と寄ってきた。


 焼けた魚に喜ぶ女龍は、もはやワンちゃんのように可愛がられ、よしよしナデナデされながら、大きなお魚にかぶりつく。

 美味しいともぐもぐ食べる女龍に、おばちゃんやおばあちゃんたちは可愛い可愛いと愛でて、焼いたり揚げたり燻した魚介を持って来ては、喜んで食べるイーアンを撫でた(※ウィハニの女なのに)。



 すでに講習会ではない現場だが、イーアンは特に気にしない。


 学びたい人にはちゃんと教え、もぐもぐしながらコツを押さえて、作って見せる。真似する手元を褒めつつ、次の作業とその意味を教え、ひっきりなしに与えられる魚介を食べては、完成品を作って達成感を得る人に拍手した。


 学ぶにも、向き不向きがある。何人かがちゃんと作れるようになれば、自分がいない時間はその人に聞ける。

 とは言え、女性同士で仲の良しあしもあるだろう。聞きたくても聞けないとなると、集団作業は難しい。だから最初に作れる人は多ければ多い方が良いので、イーアンは関心を持つ人には、片っ端から反応して教え続けた。



 状況は、前述の通りで、イーアンは親しまれて可愛がられての、楽しい内庭だが。


 やっていることは『魔物を倒す道具作り』―――


 火薬とは違う、龍の翼の脱皮膜(※1581話参照)がもたらす反応で、一瞬の引火と強烈な爆風は、火薬などと桁違い。


「これは火花や熱に反応します。魔物が火を吐く前提ではないですが、火や高熱の場所へ誘導し、投げつけると火勢が増して、魔物を揺るがすでしょう」


 使い方を誤ると危険しかないので、笑顔でも、口酸っぱくそこは念を押した。保管の仕方、注意事項、イーアンが何度か同じことを話していると、一人二人が紙を取りに行き、書きつけてくれた。



 まずは、テイワグナの赤い煙相手に使った消火袋が最初。この一つだけを教えて終わる気はないイーアンは、他にも考えてある。


 二つめの道具は、この前考案した魔物材料を使う(※2508話参照)。

 イーアンが聖別した魔物の硬い殻に、やはり持ち込みの龍翼膜を貼り、防御お守りの代わり。なのだが、この『お礼の内庭』で思いついたことも、組み合わせた。

お読み頂き有難うございます。

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