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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2632/2957

2632. 女龍物語・楽屋の約束・センダラの許可

 

 ―――私は自分が嫌でした。上手く生きた記憶もない。利用されて諦めていた。



 人間だった頃の話を端的に述べるなら。

 イーアンはさらっと、自分も人生も否定した。それだけが占めて、他にないように。


『ウィハニの女が人間から成った』・・・ここを印象的に捉えていた局長は、辛い人生を送っていたらしきイーアンに、ようやく、彼女がなぜ嫌がっていたかを知る。その悲しそうな表情に、無理を言った自分を少し後悔した。



 驚くのは局長だけではなく、聴衆も同じ。違う世界で弱々しく生きていたと話す姿は、白い角を持ち、人とは異なる皮膚に守られた女に、全く縁遠く感じるが、彼女の顔は思い出すのも嫌そうで、このまま話しを続けさせて良いのか、可哀相になる。


 クフムも『私が聞いて良いのか』と目が泳いだし、タンクラッドやミレイオ、過去を話してもらったオーリンは切なかった。そこまで深くは知らないシャンガマックとロゼールは、支部でのイーアンを思い出して同情した。



「人生に期待はなかったのだな」


 総長が静かに聞き返す。イーアンも言いたくなさそうな沈黙を挟み、ふーっと息を吐いて頷く。


「はい。何も。私の所持するものは、自分自身を含め、物から時間まで『無価値』として扱われていたと思います。私は全てに期待を捨てて、老いて行くのだと」


「だが、ある日。それが一変する」


 やんわり―― 苦しい出だしを閉じたドルドレンの目が光り、ほんの少し頬が上がる。イーアンもクスッと笑って頷いた。


「そうです。私はこの世界に()()()()()()。何の兆しもなく。唐突に、ある時、泉の中で溺れた瞬間から」


「そして俺に出逢って(※6話参照)」


「私は騎士修道会で保護されました」


「君は救われた恩を返そうと、俺たちと共に魔物退治へ出た」


「私でも役に立てるなら、何でもしようと思いました。ドルドレンは、私が異世界から来たと気づいても、誰にも言わなかったし、私を守って下さいました」


「異世界から来た君が繰り出す、素晴らしい戦法の理由を隠すのは、時々()()した」


 セリフを合わせたように、息継ぎのない矢継ぎ早のやり取りは、ここで止まって二人は笑う。


 顔を見合わせて笑った総長と女龍に、タンクラッドは『俺じゃなかったんだよな(※伴侶候補)』を改めて実感し、ミレイオは幸せそうに頷く。

 周囲は呆気に取られていたが、苦しさをくるっとひっくり返した好転に、おおっ!と声を上げ、『異世界転移者・女龍』の始まりに捉まれた。



「最初は、人間の女性として戦い続けた。君が戦法を俺たちに提案すると、男しかいない遠征地で、誰より真っ先に危険に飛び込んで行ったな」


「私の案が間違えている場合、誰かを危険に晒せません。言い出した自分が行うものです」


「君は常に全力だ。空を飛ぶ魔物に向かい合い、滝つぼに飛び降り、牙の口に拳を突き出す。痛みも恐怖も跨いでゆく」


「イーアンは炎に焼かれて流血しても、絶対に剣を離さない」


 ドルドレンに割り込んだタンクラッドは、イオライセオダを守ったあの日を思い出して微笑む(※273話参照)。最前列の親方に微笑まれ、イーアンは笑顔で頷いた。


「怪我をしても休まないし、倒れるまで動くのよ。どんなに怪我したって、抜け出して戦いに行くんだから」


 ハハッと笑ったイーアンに、そう言ったミレイオは首を振り振り『あんたは押さえつけて見張ってないと危い』と冗談めかし、オーリンも笑った。


「意識が飛んでもな。ぶるぶる震えるくらい出血して、血だらけの満身創痍で剣を振るう。守ると決めたら、命を懸ける女だよね」


 イオライ戦を思い出したオーリンは、初めて一緒に戦って凄い女だと思ったと話し、『80人の男の命を最前線で守った』とその時の状況を教えた(※402話参照)。聞いている皆さんは、おおおお、と感動する(※皆さん海賊)。書記も手を止めて目を丸くし、局長に『書け』と小突かれ、慌てて書き残す。


「皆を逃がし、自分一人で、怒号を張り上げ敵を切り刻みに走る。誰も犠牲を出さないと誓ったイーアンは、どれほど相手が強くても、絶対に逃げなかった。あまりにも傷を負うから、もうやめてくれと何度頼んだか知れない。イーアンはいつも微笑んで『大丈夫』と言った」


 ドルドレンの思い出は、北西の騎士なら同じ。シャンガマックもうんうん頷き、ロゼールも『イーアンは魔物も真っ先に使ったし』と小さく拍手。



 イーアン絶賛で大きく膨らんだ、龍の彼女の、異世界生活始まり部分。


 盛り上がる聴衆にかなりの印象を焼き付けたとみて、ドルドレンは龍になった時へ、質問を進める。そこからは、イーアンの胸中と模索と抵抗、そして大きな責任を担う覚悟の話に続いた。


 大きな角一対を頭に抱え、紫がかる白い肌に金色がちらつく顔で語る本音は、実に人間らしく、誰もが理解できる困難の感情で、人々の心に届く。

 ハクラマン・タニーラニが聞いた一部も含め、イーアンが七転八倒で変化について行った話。


「つい数か月前まで、普通の中年女性だった私が」


 期待もなく生きていた時間は、いきなり、壮大な種族の天辺に据えられた―――


 その驚き、悩みの諸々を話しは、『普通のおばちゃんが龍になって幻滅されそう』とイーアンは不安だったが、目の合う誰も幻滅など視線に帯びず、ただただ、同情と理解の眼差しを向ける。


 ドルドレンはイーアンが話すに任せ、正直な彼女の想いが、静かな広間に浸透している様子を感じた。


 広間にいるのは(もっぱ)ら男性だが、気づけば、待合室続きの廊下に、職員の女性たちも立っており、その向こうにあのおばちゃんも見えた。

 ハクラマン・タニーラニは女龍の話に聞き入って、組んだ腕に目を落としたまま立ち尽くす。再三、イーアンの心の相談に乗ってきた仲間は、女龍の話に相槌を打っていた。



 強大な力を受け取るに至った女龍物語は、開始から40分ほど伝えられ、イーアンが最後に『見た目も力も変わったけれど、まだ龍になり切れない心があって、私は人間上がりだ』と結んだところで、ドルドレンが拍手した。


 拍手を以て、完了。他の者もすぐに拍手を乗せ、広間は拍手の音が響き渡った。

 お疲れ様と伴侶に角を撫でられるイーアンは、『沢山喋りました。でも弱音ばっかりだったかも』と苦笑する。


「ウィハニの女は、人の心が分かると思っていたが、それは思い込みだった」


 ふっと耳に飛び込んだ声に、否定を感じたイーアンたちの視線が向く。一人の男が側に来て、軽く会釈。あ、と座っていた腰を浮かしかけたロゼールより早く、彼はイーアンに伝えた。


「あなたは人間だったのか。分かってくれるどころか、()()()()立ち上がった強い女だったとは」


 否定ではない、肯定の一言に、イーアンたちは微笑む。


「・・・そうです、普通の女で」


「普通の女じゃ、出来ないよ。魂が強かったから、選ばれたんだ。この世界を助けに来てくれて有難う。伝説を繰り返すウィハニの女が、こんなに近く感じる相手だったなんて、最高だ」


 有難うと、手を伸ばした男は握手を求める。イーアンは、はにかんで彼の手を握った。握手を見た他の者は自分も自分もとわらわらと集まり、イーアンはあっという間に取り囲まれて、場は握手会になった。



 最初に握手した男はすぐそこを離れて、目の合ったロゼールに手を挙げる。隣にいた褐色の騎士も立ち上がった。


「チェットウィーラニーも来てたんですか?」


「妖精の・・・さすがに、まだなんだが」


 あれ?と思う二人に言われ、おじいちゃんの次男坊は少し笑って、背後の人だかり―― イーアン握手会 ――を見る。


「分かってるよ。言うことがあったからさ。でも、途中からだが、彼女の話を聞けて良かった」


 うん、と頷く騎士二人の笑顔に、チェットウィーラニーは予定を伝え、『返事を届けるのは、イーアンが教えに来る午後』と二人も了解した。



 *****



 写本も写してもらい、女龍物語も紙に記され―――


 この後、広間の皆さんに拍手で送り出されて、イーアンたちが待合室に戻る。待合室に置いた荷物を持ったら帰宅。局長に礼を言われ、挨拶を交わしたら、荷物を手に正面玄関へ。


 ここで、イーアンは正面玄関脇に立っていた人に話しかけられる。


「あ。あなたは」


「うん。ウィハニの女にね、すごい話を聞かせてもらったから感動しちゃって」


 おばちゃん・・・笑顔で『そんなことは』と言いかけたイーアンに、おばちゃんはちょっとだけ顔を寄せると、急に『あなたに打ち明けたいことがある』と言う。


「私に」


「息子と私を導いたウィハニの女は、あなたじゃないと分かった。でもウィハニの女は『いつか私に伝えて』と言った」


「え?」


 早口過ぎる、共通語。癖があって聴き取り難く、イーアンは重要さを感じたものの聞き間違いかもと、尋ね返す。だがおばちゃんは、周囲に視線を走らせて『明日の夜、楽屋に』と楽屋の方を素早く指差して、パッと離れた。


 いきなり言われて、行けるとは限らない。イーアンが止めようとすると、『来れたらで良いから』とおばちゃんは振り向きざまに小声で付け足して、通路を行き交う人の波に消えた。

 出入り口付近は混雑し、仲間との間にも他の人たちが溢れている。大声で聞けなさそうな内容に、困ったなと思いながら・・・とりあえずイーアンは表へ出た。



 ―――『ウィハニの女は、()()()()()()()()と言った』



 どういう意味なんだろう・・・ちょっと前、『子供の時にウィハニの女が助けてくれた』と礼を伝えた娼婦の女性が過る(※2605話参照)。てっきり、浜辺の精霊とかが守ってくれたのかと思っていた。あれも、その可能性があるだろうか。


 おばちゃんの顔は真剣だった。何かを打ち明けたいと・・・疑いはしないが。



「イーアン、ちょっと話が」


「はい」


 表の通りに出たら、後ろからロゼールに呼ばれて、考えていたイーアンは振り返る。シャンガマックも後に続き、二人は早速イーアンに相談を持ち掛けた。


 歩きながら聞く、要点を掻い摘んだ報告。ドルドレン(総長)より先に私が聞くの?と思ったが、ドルドレンは後ろでタンクラッドの守りに忙しそうなので(※時の剣質問攻め)、それでかな~と二人の話を聞いていたのだが。


「む。センダラに?」


 理由を理解した。ロゼールは『()()()無理でしょ』と自信満々(?)で自分を否定し、シャンガマックも『俺が何かを言われたら、父が』と濁して、イーアンは頷く(※お父さんがキレる可能性大)。



「そうですか。妖精は、当時のお方じゃなくても良いのですね」


「らしいです。イザタハ・・・イーアンには名前を教えてもいいと思うんで伝えますが、イザタハは妖精の代わりに見張っていた立場だから、彼がそれで良いとする以上は」


 イーアンは、了解する。騎士二人がホッとした笑顔でお願いし、イーアンはセンダラに相談する点を押さえた後、『では今から聞いてくる』と通りで翼を出した。びゅっと伸びた白い6枚に、わっと周囲から驚きの声が上がる。


「明日の午後、弓工房(あちら)へ伺いましょう」


 浮上した女龍が見下ろして『予定も了解』と片手を挙げる。見上げる騎士二人に手を振って、イーアンは早速、妖精センダラを呼び出しに出かけた。



 *****



 センダラ、来て下さい~ 人のいない海の上で、何度かイーアンがお願いすると、数分後に水色の光が前方に散り、輝く雫を纏った金髪の妖精が現れた。目を閉じた顔、不機嫌そうな口元、センダラは『何』と一言尋ねる。イーアンには、これが彼女の定番の印象で、こういうお方・・・と付き合うのみ。


「あなたの許可が欲しくて呼びました。あなた自体に関係ないのですが、妖精なので」


「妖精なら他の誰でも良いんでしょ?でも来ちゃったから、まぁいいわ。話は聞いてあげる」


 一言も二言も余計なことを言うセンダラだが、イーアンはこれも彼女の通常運転と捉えているので平気。


 ご迷惑をおかけして、と前置きも短く本題に入る。前置きを長引かせると鬱陶しがられるので、謝りながらもテンポは必須。ちなみに、センダラには低姿勢対応が良いが、低姿勢過ぎると『情けない』と叱られるため、調整は要る。


 かくかくしかじか。これこれこうしたことがありまして。


 眉間に深い皺を刻む、童顔の妖精は、閉じた瞼の下から見下しているような視線をビシバシ飛ばしているのが分かる。私に関係ないじゃないと思っているなとイーアンが考えていると、そう言われた(※当)。


「当時の・・・って。アレハミィのこと?アレハミィが人間のために怒るなんて、有り得ない気がするけれど」


「私も聞いた話です。しかしこの度、強い妖精が許可すれば、数百年の縛りが解けると言われまして」


「言ったのは、妖精でも精霊でもない種族、なのね?」


 ここが一番イヤっぽいセンダラは舌打ちをする(※ファナリを思い出す)。はい、と頷くイーアンだが、イーアンはその古代民族を知らないので、とりあえず肯定。


「はっ・・・馬鹿々々しい。呪いでも掛けられたと信じ込んでるんでしょうけど、その程度のことで妖精が力を使う方が無駄だってくらい、気づかないのかしら」


「怖いので」


「怖がるのも善し悪しね。イーアンもイーアンよ。人間の使いっ走りなんて、よく引き受ける気になるわ」


「助けてあげたいです」


「はーあ(呆)。龍なのにいつまでもそんななんだから!もう、あなたが()()()()()()だから、許してやるって言っといて。これで良いんでしょ(※投げやり)」


「ありがとう、センダラ。でも私は不憫ではありません。引き受けるのも別にイヤでは」


「それが不憫、って言ってるの。じゃあね」


 刺々しい会話は強制終了を迎える。じゃあねの続きにイーアンが挨拶する間もなく、妖精はキラキラと美しい光を残して消えた。


 ぽつんと斜陽の空に残されたイーアンは、センダラが馬車に乗るわけないなと改めて思いながら、自分も帰る。


 ぼろくそ言われたかもしれないけれど、打たれ強くなったのか。あんまり厳しく感じなかった。センダラは結局、許して良いと言ってくれたわけで、それは()()()()()()()・・・ ここだけは、うーんと悩む。



「不憫ではないのでは。きっと社員に優しい社長でも、センダラは喝を入れる気がします。私は社長ではないけど、龍だから」


 だからもっと気になるのかな~とぶつぶつ言いながら、イーアンはお宿に戻った。

 そして、先に帰っていたシャンガマックたちに駆け寄られ、何を喋る暇もなし慌ただしく労われ(※相手がセンダラだから)どうだったと結果を迫られて、二人を交互に見たイーアンは頷く。



「センダラは許したのか?」 「なんか条件とかありました?」


 騎士二人が心配し過ぎているので、女龍は『許したと伝えて良いと言われたし、条件もなかった』と答えて、安心させた。それでもシャンガマックはちょっと気にしているのか、頭を掻きながら謝る。


「イーアンに押し付けてしまったが、嫌味を言われて(※言われてる前提)傷付いたのではと反省した」


「シャンガマックが、イーアンに言ってもらうって」


 口を出したロゼールを睨みつけるシャンガマックに、イーアンは『気にしてない』と笑い、この許可については、明日の午後に弓工房へ伝えることになった。


「今すぐ教えてあげたいですけれどね。午後が良いと言うなら」



 こうしたことで、報告は明日。

 宿のホールで話していた三人は、二階に上がってドルドレンたちにも『アリータック島の言い伝え』について、別行動中に冒険が挟まったことも、思いがけず『治癒場』の場所を知ったことも、金の鍵も、皆に教えた。


『収穫量が素晴らしい』と二人を褒めたドルドレンは、公民館で聴いた海賊の伝説を二人に話してやり、脱線して『お米』の話が出るや否や、ロゼールは『食べてみたい』と反応し・・・ 喋っている間に夕方になる。


 一日も落ち着き、夕食を早めにと出かけたが。

 食事と言えば。ルオロフと連絡のつけようがなくて、彼を誘うことを思い出しても、誰も彼の名を口にせず、食事処に入り、夕食を済ませ、宿に戻り、早めに休む。


 この日で終わらず、豊富な情報は翌日も―――

お読み頂き有難うございます。

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