2631. 妖精許可までの中間報告・日程・公民館の午後
シャンガマックとロゼールは、弓工房に集まったおじいちゃんの家族に出来事を話す。
―――海の道を落下したこと。着いた先で、白目のない相手が待っていたこと。自分たちはアリータック島の遣いで、許しを願ったこと。許しを請うなら妖精に言わなければならず、妖精が許したら縛りは終わると教えてもらったこと。
ここで『妖精は、話していた相手ではないのか?』の質問が飛び込んだが、『ちょっと違うらしい』と濁して済ませた。妖精も色々ある、の解釈で理解した皆は、それで?と話を頼む。
「妖精に、話を持って行く。ただ妖精は気難しいから、イーアンに頼むんだ(※本人が知らないけど決定)」
「おお、ウィハニの女に?そうか・・・でも、手間かけさせるな」
シャンガマックは彼らが喜ぶと思いきや、『イーアンの手を煩わせるのは嫌』みたいな空気が流れた。
眉根を寄せるおじさんたち、おじいちゃんも皺が深くなる。ロゼールは彼らの表情を見て、気にしていそうなので教えてあげた。
「イーアンの言葉なら、妖精も聞きます。イーアン、空の最強なので」
「まぁ、そらそうだ。龍なんだから」
「これから話す妖精も、妖精の中で最強って聞いています。イーアンだけは友達だと認めていそうなんです」
知らないセンダラをぺらぺらと話しながら、勝手に作り上げるロゼールに、シャンガマックは些か疑問を抱かないでもないが、センダラがイーアンにしか対等ではなさそうな部分は、周知の事実。そしてフォラヴが散々、力の差で悩んでいたように、センダラは最強と呼んで過言ではない能力を持つ。
ロゼールの軽い感じは嘘っぽさもない。海賊のおじさんたちとおじいちゃんは、早々丸め込まれて『それじゃ仕方ない』と了解した。
「最強じゃないと見合わないって感じだな。妖精らしい気がする。それならイーアンに頼むよりないな」
「はい。多分、俺じゃ相手にもしてもらえないんで」
けろっとそばかすの笑顔で言うロゼールに、おじさんたちは失笑して橙色の頭を撫でてやる。
イーアンはお肉や魚が好きだから、焼いてあげたらお礼になりますよと、まとめ(?)も付けられ、この場で『妖精相談役イーアンに、お礼の焼き魚準備』まで決定した。
それと・・・ロゼール歓談が終わったのでシャンガマックは咳払いし、伝えるべきか考えていたが、やはり話しておこうと思う、大切な点を伝える。
「妖精の石碑だが。俺の服に反応したけれど、服がなくても、海に道は現れたようなんだ」
ちょっと親指を胸に向け、シャンガマックがそう言うと、おじさんたちは『そう思えない』と否定。
「シャンガマックがいなかったら、ああはならないだろ」
「いや、聞いたんだ・・・もしも、俺のような服を持っていなかったら、どうするのか。答えは普通だった」
石碑に触れて話しかけ、頼み・・・イザタハが教えてくれた『行く方法』を、褐色の騎士は耳を傾ける皆にも教える。聞きながら不審そうな視線が交わされる中、おじいちゃんから一言出た。
『妖精相手に、石碑に触ろうとしない』―――
おじいちゃんの一言はこの場の代弁で、シャンガマックもロゼールもそうかなとは思っていたが、『とりあえず伝えたかった』としつこくはせず、伝えるに留めた。
―――海や大きな川の精霊ファニバスクワンと過ごしていたシャンガマックは、妖精が海を沸騰させる・陸地の水を凍結させる等の行為は、実行されるにしても一時的だと思う。
何故なら、魔物への攻撃や、やらなければならない対処以外は、妖精の範囲ではない。
だが、これはシャンガマックだからそう捉えるだけのことで、接触のない普通の人間がこう思えないのも重々承知している。
精霊の話自体が話題に上がらないティヤーに於いて、妖精の恐怖の方が強く刷り込まれていることから、無理ない反応と理解するが、少しでも・・・妖精や精霊と、距離が縮まるように願う。
分からなければ、近寄って訊くこと。失礼が無いように、存在の在り方を尊重して質問すること。
気遣いがきちんとしているなら、精霊や妖精も心を開いてくれるとシャンガマックは思う―――
数秒の沈黙。気まずいほどではないが、おじさんの一人が話を変え『これからイーアンに相談するのか』と聞き、ロゼールとシャンガマックは頷き途中でハッとする。すっかり忘れていた、公民館に・・・・・
「まだ、公民館にいるかな?」
焦って振り向いたロゼールに、シャンガマックは首を横に振って、知るわけないだろの返事。
『公民館』でピンときたチェットウィーラニーは、公民館方面へ顔を向け『今日一日だったような』と家族に聞いた。他のおじさんたちは揃って頷く。
「やってると思う。午前は歌だけの話だったから、午後に写本がどうって。お前たちの写本のことだろ?」
「それです!午後何時まで、とかかな。とりあえず行かなきゃ。すみませんが、また」
急にワタワタする騎士が椅子を立ち、シャンガマックも『今日はここで』と切り上げ。
『イーアンが妖精と話したら、その翌日午前には返事を持ってくる』とざっくり決め、二人は慌ただしく荷物をまとめて外へ出る。おじさんたちも一緒に外へ行ってお見送り。公民館の道を教えてやり、手を振りながら走って行く忙しい騎士たちに笑った。
おじいちゃんは窓から彼らを見送る。島の未来が、良い方向へ運んだ吉報―― まだ途中であれ ――に、心から満足した。
そして、思い出す。工房に戻った息子を、側に呼ぶおじいちゃん。
「ん?ああ~、それか。昨日ハクラマン・タニーラニが来た時、決まってなかったから。魔物を倒す道具作るの、かみさん連中は午後ならいつでもって話になったんだよな。シャンガマックが来たら、伝えようか」
言ってなかったね、と顔を見合わせる皆は、イーアンが女性に道具作り説明会(?)をする日を、おじいちゃんに指摘されて・・・『じゃあ、よ』とポンと手を打つ。
「シャンガマックかロゼールが、返事を持ってくる日。イーアンに、礼の魚を焼くことにしたらどうだ。女たちが教わるのは午後だから、昼前から魚焼いてやって、午後に連れてこさせても(←イーアン)」
「そうするか。なら、もう誰か公民館に行って、伝えた方が早い」
おじさんたちとおじいちゃんは、イーアンのいない場所で、予定を決める。
暫く天気が持ちそうだから、夜明けに漁に出ようかとか、好きな魚は知らないから何でも捕まえておこうと盛り上がり、おじさんの一人が母屋の奥さん連中にも事情を話しに行き、『解放まで秒読み』と知って皆が沸いたところで、『イーアンの礼が魚』とロゼール情報を与える。
「魚なんかでお礼になるの?」
ウィハニの女へ魚でお礼する気かと、旦那を疑う奥さん。
しかし旦那に『イーアンは肉や魚に、目がないらしいぞ』と返されて、奥さんたちも微妙ではあるが、それでいいならと了解した。
こうして、道具作りの日は、参加する女性の半数が教わり、半数が台所に立つことになり、粗方決まった予定を確認後、チェットウィーラニーがお使いに出され、彼は公民館へ向かった。
*****
連絡珠を使うまでもない距離と知り。
お皿ちゃんで飛ばずに、走る方を選んだシャンガマックとロゼールが、午後の市場を元気に駆け抜けた丁字の通り先に、派手な公民館を見つけて、さらに加速した頃。
公民館では、人がちらほら集まり出しており、広間にいるドルドレンたちの写本原稿も写し終え、『イーアン話(※人間だった時の)』の準備中。
写本原稿は、クフムがティヤー語で書いたものなので、書記も難なく写した。読み上げる訳でもなし、修正箇所や改稿もなしで、さらさらと黙って写した時間は30分もなかった。
クフムの字はきれいらしく、書記は『読みやすい』と終始褒めていた。
照れたクフムはぼそぼそお礼を言うに留めたが、横で聞いていたオーリンが『もっと喜べよ』と、なぜか嬉し気。
クフムは、こんな小さいことでも笑顔を向けてくれるオーリンに、本当に感謝する。良かったな、もっと嬉しそうにしろ、と強制的な言葉には笑ってしまうが、笑わせているオーリンも満足そうだった。
ささやかな温もり時間の続きは、沈んでいる重いイーアンが引き継ぐ。
「そんな顔して」
ミレイオが仕方なさそうに、苦笑でイーアンの背中を押す。
だってーと嫌がる女龍は、ここまで来ても乗り気になれずイヤイヤ渋っているが、書記の机が囲む真ん中に、ドルドレン(※伴侶)付きで座らされた。
ハクラマン・タニーラニは黙って見守る。自分が頼んだ時、イーアンはあからさまに嫌そうな顔を向けたから、いろいろ説得した結果。
しかしそんなにイヤか、と思うが(※他人事)女龍の貴重な人間過去談は、ウィハニを慕う海賊に絶対必要と直感で判断したので、げんなりしているのは可哀相にも思うものの、我慢してもらう。
ここで、表が少し騒がしくなり、皆が顔を向けると数人に連れられて外国人が入ってきた。
「シャンガマック、ロゼール」
見てすぐにドルドレンが迎え、『遅くなりました!』と二人は謝って側へ来た。外にいた人たちは、彼らに表で尋ねられ、『写本の写しは終わった』と聞いて帰りかけた二人の足を止め、連れて来てくれた。
「イーアンの昔話をするような話は、ちょっと聞いていたけれど。予定時間を知らなかったから、もう終わっちゃったと思いました」
いてくれて良かったーと朗らかに笑うロゼールに、これからだと総長は教える。局長は合図して、広間外で待たせている観客を入らせ、『女龍の物語』の席に人は集まった。
イーアンは本当は話したくないので、ドルドレンが手伝うことにし、支部の報告会同様、質疑応答型で誘導する。
「過去を全部話すのはちょっと」
静まった部屋で、ひそっとイーアンが隣に座ったドルドレンに懸念を伝え、ドルドレンはゆっくり頷く。海賊側の彼らが聞きたい要素は把握しているため、それに合わせた質問に絞るつもり。
二代目勇者がどんなに体たらくでも、海賊はそれを嫌わなかった。『人間だからそんなもの』で終わらせる寛容さ。
弱い人間への寛容さは、彼らの良いところと感じたドルドレンに、イーアンの悩む過去から、その良さをどう引き出すべきかは自ずと浮かぶ。
これは、以前イーアンが話していた『等身大の英雄譚』。彼女がそうなる―――
「俺が尋ねて、彼女が答える。仲間の付き合いから、彼女との思い出もいくつか、彼女以外の言葉で加わるだろう。
他に聞きたいことがあっても、話せる範囲は決まっている。だから、今日ここで聞くだけにしてほしい」
最初の断りは局長に少し嫌味に聞こえるだろうが、イーアンは、神格化の立場上、責任で話すだけ。
普通なら『なんで個人的な過去を、赤の他人に晒すの』と思うところ。補足が他人であっても、質問は受け付けないことも理解してほしいと、ドルドレンは願う。
案の定、局長は面白くなさそうだが、ドルドレンは彼に『彼女だって、龍の立場以前で、一人の心として尊重されるべきである』と、話を聞いた時から感じていたことを伝えた。
微笑むイーアンに、ドルドレンも微笑み返し、椅子に掛けた姿勢で問答開始。
「以前にいた世界。イーアンは自分が好きだったか?」
「いいえ。好きになりたかったけれど、自分が嫌でした」
「うまく生きていたと思うか?」
「そんな風に感じた記憶もないです。私はいつも・・・自分を扱いきれず、利用されて、諦めていた気がします」
生活はどうにかなっていたけれど、自分に価値があるとは思えなかったと、続けた女龍に、ドルドレンはこの質問を止める。目を見つめたまま、尋ねて、答える二人。
初っ端から意外な言葉で始まった問答に、周囲も動揺しつつ、女龍の過去を想像する。ハクラマン・タニーラニも、そうした過去を話すと思っていなくて、急に悪い事をした気持ちになった。
お読み頂き有難うございます。




