2630. 治癒場の鍵・訪問作法・ティヤーの治癒場事情・サブパメントゥの金の鍵・帰路
「ここだと思うんですが」
ロゼールの話し始めは、曖昧な事の確認から。まずは順を追う。
口を挟まずに話を聞いてくれるイザタハに、『実は治癒場という存在がありまして~』から始まって、『偶然にもこの前は夢の話で~』と訓練所の話も出し、『味方の剣職人と見つけた僧院跡で、これこれこんな記述を読みました~』・・・全部、打ち明けた。
相槌を打ちながら、ロゼールの話しを聞き終えたイザタハは、じっと見ている紺色と漆黒の目に『合っています』と答えて、やったーと歓声を受ける。
喜ぶ二人を微笑ましく見守り、はしゃぐ二人が落ち着いたところで解説してあげる。
「最初に、鍵を渡しましょう。はい」
はい、とどこからか取り出した、金色の鍵を机に置き、ガン見する二人に『どうぞ』と押し出す。シャンガマックが礼を言って受け取り、イザタハは『その使い方を話す前に経緯を教える』と言った。
「サブパメントゥの主が預かったのです」
「預かった?」
「はい。治癒場が作られた所は、この国で二つあります。女龍の願いを聞き届け、妖精の女王が精霊に造らせた治癒場は、女龍の印があります。
でも一つは、サブパメントゥの宝をしまった場所の、とても近く」
「それで、コルステインが預かった・・・あ、コルステインは知っていますよね?」
うっかり遮ってしまったロゼールに、イザタハは頷いて『知っている』と答え、サブパメントゥにすれば簡単に何者かが近づいて良い場所ではないため、使う機会が来るまで預かったそう。
「鍵の必要、それと妖精の繋がりがある私たちの民族が、中間を受け持ったのは、正しい使用者を判断するためでした。治癒場もそうですし、サブパメントゥの宝もそうですが、どちらを求めるにしても、そこへ行きたがる者を見定めます。
最初に訪れる者が、治癒場の使い方を知っていること・サブパメントゥの宝の意味を分かっていて来ること。本当にそうであるか、遠回りだけど、順序を踏んでここまで辿り着いた相手を確かめるのです。
龍は空の存在で側にいる訳ではないし、サブパメントゥも暗くないと出てきません。精霊と妖精はどうかと言えば、少し難しい。この件に於いて、事情に明るい点よりも、種族的に肩入れしない・偏見がない者でないと、龍とサブパメントゥを公平に見ることが出来ないので、私が『鍵と判断役』を受け取りました」
イザタハの説明に、二人は『へえ~・・・』と納得する。
ティヤーの治癒場の一つが、偶々、サブパメントゥの宝のある場所と重なってしまったことで、こうした複雑な状態が起きた。
シャンガマックは、『公平に』の部分と、『重なったこと』を思う。
この話には関係ないけれど、大精霊ファニバスクワンが龍族にあんまり良い印象を持っていない理由は、過去の面倒があったからだった。
仮に、ファニバスクワンに鍵や判断を頼んだとしたら、サブパメントゥに対しては分からないが、龍族側にはなぁなぁだったんじゃないか(※大精霊に失礼)と過る。
ロゼールも、夢に出たコルステインらしき姿の警告に、ようやく分かる気がした。『治癒場があるよ』とは言わないだろうな、と。
そこは、自分たちが先に宝を置いた場所で、行きつく方法や段取りも、自分で管理したいコルステインなら・・・ 合間にメ―ウィックが挟まったのは、彼が頼んだわけじゃなくて、もしかするとコルステインが頼んだ事かも知れない、と思った。
メ―ウィックは、事情を薄っすら知っていたと、そうも捉えられる。
もし『第一段階通過地点』が孤島の僧院に決定したなら、そこに来る可能性の高さから、旅の仲間当てに、あの書物を残した可能性もある。
ロゼールが、自分もそうするかな・・・と思ったところで、イザタハは次の話に入る。
「あなた方は、最初の目的が『アリータック島の遣い』でしたから、言い出すまでは、治癒場もサブパメントゥの事情も、話す気はありませんでした。
シャンガマックは特別、その服を着用しているのもあり、私たち民族の話題も出ましたが、服がなければそれを話すこともありません」
ふむふむ、頷く二人の騎士。イザタハは、もう少し教える。
「シャンガマックの服の反応。それは、『見張りの石』から私に伝わりました。その服じゃない人だったなら、石に触れて許しを求め、どこへ行けばいいか知りたいと願えば、石から行先までの図(※透けた石と残った箇所のこと)が現れ、方向を定める道が敷かれたでしょう」
そうだったのかとロゼールは膝を打つ。それは思ったのだ。シャンガマック服は珍しいし、この服がない場合どうするのか、疑問だった。
「普通に、お願いすれば良かったんですね」
「他にやりようないでしょう。頼むのは人間なんだから」
ロゼールの一言は、さも当たり前のように返されて、二人の騎士は苦笑する。イザタハも笑いながら『過去に誰もそれをしようとしなかった』と、これも問題と言った。
「あの図・・・と言うべきかな。石が透けて、現在地と落下地点までの距離が出たのは」
「目安です。次の地点までこのくらいかかるよ、と教えていました」
ふーん・・・派手な石の変化(※風が吹いて透き通った)だったが、目安でしかなかったと分かり、特殊な力を使える種族は、やはり人間と感覚が違うなぁとシャンガマックも頷く。
「石の辿り方は、話しかけるべきだった。そして石の透けた理由は、目安だった。普通な感じだが、となると落下したそこの無限筒も」
「誰かの敷地に入ったら、『用事を伝えて名乗る』ものじゃありませんか」
イザタハの当たり前の返答に、シャンガマックは苦笑が止まない。頭を掻きながら何も言えなくなり、ロゼールも彼を肘でつついて笑った。
「・・・そうか。言われればその通りだ。海中へ入った時点で」
「石には目安が出ていました。点で到着を教えた位置は、落下箇所だったでしょう。そこまで行けば、私のところへ来るわけですから、人間の家で例えたら『庭を通る道』ですよ」
無限筒は、前庭の道―― イザタハは、入ってきた人間の挨拶を待っていただけで、無限の謎でもなんでもなかった。
ちなみに、挨拶をずっと忘れていたらどうなったかと言うと、『あんまり言わないようなら、こちらから聞きました』とこれまた普通の返事が返ってきた。
イザタハはニコリと笑って、シャンガマックが手に持ったままの鍵に視線を向け、話を変える。
「ロゼールが・・・サブパメントゥの力を持つだけでは、話さなかったかもしれないです。コルステインに関わる夢の話や、治癒場の意味、治癒場へ行くには鍵が要ることや、特徴を押さえた情報の話をしてくれたから、私は全部を話しました。
サブパメントゥの宝については、ロゼールからコルステインに聞けば、きっとすぐ話してくれると思います」
これにも二人は、ふむふむ頷く。ロゼールの頭の中には、『サブパメントゥの宝=魔物を変えたもの』とか、『地下の国で守られていた、何かの一部』の解釈で、今のところ特に必要ないな、と(※自己判断)思うだけ。
前置きを済ませ、イザタハの手は鍵を指差す。金色の鍵の裏も見て、と言われて、シャンガマックは鍵を裏返し、そこに金色が割れて、地の黒い金属が見えることに気づいた。上掛けしたのかな?と瞬きする騎士に、イザタハは『それは、サブパメントゥの鍵』と言った。
顔を向けた二人に、『地面に差して回すと開く』使い方と、『鍵の所持者が、使用時に常に出入りに付き添う必要』を教える。
「妖精の檻の鍵みたいだ」
ぽそっと呟いたシャンガマックは、これはロゼールに聞かせていけなかったかとハッとしたが、ロゼールは鍵に意識を向けていた。
イザタハは、ちょっとだけ首を横に振って見せると、頷くシャンガマックに、『そうです』と答え、『そして他の種族も同じような具合です』と、ささやかな情報を添えた。
その意味はピンとこなかったが、シャンガマックは父にも聞いてみようと思う ―――この時点では、聞いて意外な返事が戻るとは思わないが。
友達の手にある金色の鍵を見つめ、ロゼールも質問。
「サブパメントゥの鍵と言うと、イーアンや精霊や妖精は、触っちゃダメなんですか」
「触っても良いように、上から保護を掛けてあります。その金色が全部剥がれてしまうとなると、分かりませんが」
「・・・イーアンは確か。サブパメントゥ寄りの龍だと聞いているんですが。大丈夫かな。でも、治癒場はイーアンたち龍族が、っていう話なんだし、うーん」
どう捉えたら良いのかなと悩むロゼールに、イザタハは『使えばわかる』と簡単に流し、そしてもう一つの治癒場では鍵を使わないことを繰り返した。
「あ、そうでしたね。治癒場とサブパメントゥの宝が重なるのは、一ヶ所で」
顔を上げたロゼールに、イザタハも頷いて『もう一ヶ所は別の島にある』と教えてあげるが、ここでちょっと黙った。どうしたのかと思いきや。
「そっちはそっちで、うーむ。これは、私が言うことではないかも知れません。場所は分かりますから、行った先で」
「え」 「行った先で、いざこざがあるんですか」
驚き返した二人に、『いざこざが起きるとは言っていない』とイザタハは笑い、これは濁された。
とにかく―――
思いがけない不穏な情報(※いざこざ)も加わったとはいえ。
治癒場の位置二ヶ所も教えてもらい、
鍵を差す条件も聞き、
本題アリータック島解放の手段も分かった。シャンガマックとロゼールは収穫たくさんで、お暇する。
「私たちの民族がいる場所は、他にもあります。近くへ行ったら、会いに寄って」
見送られる別れ際、イザタハの言葉にシャンガマックは笑顔で手を振り返す。
彼ら民族の模様がついた土地・・・持参したサネーティの地図も、ちょこっと見てもらった後なのでお墨付き。
場所は確定、違うところも親切に教えてもらい、ここからは万全。『是非そうする』と返事をして、ロゼールと二人、来た道―― 海面へ続く筒 ――を上がった。
*****
表に出ると、日は傾いており、昼下がりくらいかなと二人は顔を見合わせる。
筒を上がったら海面・・・のつもりだったが、妖精の碑がある島に出た。斜面を上がって、二人は若干、途方に暮れる。が、ロゼールが『お皿ちゃんで』と友達を見上げ、背中の鞄をポンと叩く(※それしか手段がない)。
「話は違うんだけどさ。俺たちの目が妖精って」
「お前の言いたいことは多分、俺も同じだ」
お皿ちゃんをカバンから取り出すロゼールの手元を見ながら、シャンガマックも頷く。
「誰か、イザタハを見たことがあったのかな。イザタハは妖精じゃないけど、そこは思い込みで」
「遠い昔に、だろうな。今まで誰も来なかったと、イザタハは話していたから・・・妖精の目と、南部のどこかにある島。正確には島ではなかったにせよ、この二つは海賊の目安になって」
『目安』の言葉で、プッとロゼールが吹き出し、シャンガマックも笑う。
「シャンガマック。謎って不思議だけど、仕掛けた側から見れば、ちっとも大したことじゃない・・・なんてあるんだね」
「本当だな。イザタハに言われて困った。人間にとって謎でも、彼らからすれば普通なんだ」
「治癒場の話も、しなかったら彼は言わなかった」
「俺もそう思った。もしかすると、他にも彼が知っていることはあるかもな。俺たちが聞かなかったから、あれ以上話さなかったと思えるし。古代民族で精霊に近い存在でも、意外と人間的な」
笑い合いながらお皿ちゃんを出し、ロゼールは自分より大きいシャンガマックを、よいしょと背後から支え、狭いお皿ちゃんに二人乗りして、浮上。アリータック方面を確認して、帰路につく。
自分はお皿ちゃんがあり、シャンガマックもお父さんやダルナがいるから大丈夫だけど・・・普通の人だったらどうするんだろう?とロゼールは飛びながら、帰り道が気になった。これも、イザタハからすれば、案外あっさりしたものか。
そんなことを思いながら、見えてきた浜辺へ直行し、砂浜に出てきたネッツラーラヤティーに迎えられた。気になってずっと外を見ていたんだ、とおじさんは笑う。
「早かったな!今日、戻れるとは」
お皿ちゃんで降りてきた二人に満面の笑みを向け、どうだった?と成果を聞く。
ネッツラーラヤティーに二人が答える前に、他の人たちも浜に出てきて、シャンガマックたちは一先ず工房へ入った。
おじいちゃんも興味津々。事態が悪くはなっていないと思うが、聞くまでは有利か不利か、分からない。チェットウィーラニーに『彼らを遣いに出した』と聞いた先ほどは、そこまでしたか!と正直驚いた。
興奮気味に急展開の出来事を話す息子たちの説明で、間違いなく妖精の業と感じ、騎士二人は水の上に敷かれた道を歩いて行ったと言われ、もうこれだけで、俺は命日でも良いと思った。
島の言い伝えは本物だったのだ。あとは、結果がどうあったか―――
工房に入ってきた彼らを囲む息子共に、うにゃうにゃ、歯のない口で命じ、騎士二人はおじいちゃんの近くに連れてこられて、前の椅子に座る。
煙草を吸いながら結果を聞いてみると、褐色の騎士はニコッとして『まだ終わっていない』と微妙な返事。ん?・・・終わったんじゃないの、とおじいちゃんが首を傾げ、周りも首を傾げ、場は一瞬、静まる。
「とりあえず、全部話してくれ」
息子さんたちに飲み物を渡されたシャンガマックとロゼールは、イザタハの名と治癒場など他の情報は伏せ、海底で出会った相手との時間を話し始めた。
お読み頂き有難うございます。




