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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
263/2944

263. 剣職人と手記

 

 親父さんの工房からタンクラッドの工房まで数分。


「御用でしたか」


「そうだ。ダビと姪との時間を作る」


「まあ。それだけのために?タンクラッドはお仕事があると仰ってたでしょう。お邪魔ですから私」


「仕事はあるが、イーアンが邪魔だとは思わない」


 タンクラッドがイーアンを見下ろして、背中に手を当てながら家に入った。職人は荷造りをしているところだったらしく、机の上にしまい始めた荷物と、その荷袋が用意してあった。


「お出かけなんですね」


「昼前に馬車を出すから。それまでは大丈夫だ」


 イオライの岩山へ行くのかな、とイーアンは不安に思う。その表情を見たタンクラッドは、イーアンの体を引き寄せて自分に少し付けた。『大丈夫だ』もう一度、安心させるように言いながら微笑む。 ・・・・・この行動は言及してはいけない、そう思いつつ、イーアンはちょっとだけ隙間を作る。


「イオライに行くから心配しているな。必要ない。お前がくれた牙がある」


 タンクラッドはイーアンの背を撫でて、もう片方の手をイーアンの顎に添え、上を向かせる。身長差があるから仕方ないけれど、傍目が気になるイーアン。これを誰かが見ていたら、私は間違いなく浮気者・・・・・ この人は有り得ないほど純粋な人なんです~と心で叫びながら、自分にも言い聞かせる。



「一緒に行けたらな。だが総長に何を言われるか分からないから、一人で行こう」


 イーアンの顎に添えた親指を、すっと頬に滑らせて撫でた。普通の態度でそれをするので、イーアンも自然体で体を離した。自然体には自然体で応じれば、ちょっとペースがつかめそうな気がした。


「イオライへ出かけて採石して戻ると、早ければ明日中には戻れる」


「ここからそれほど距離がないのですか?それとも採石の時間が多くないのですか?一人で危なくない?」


「距離は5時間くらいだろう。俺が通る道は決まっている。業者に許可を取って、行く日と使う道を伝えていくのだ。馬車も業者のを借りる。だから、日数内で俺に何かがあっても必ず誰かは気がつく。採石に使う時間はその時によるが、大体6時間いるかどうかだ」


 そうなんだ、と溜め息を小さく落とすイーアン。馬車に積むのもあるから、大仕事と理解できる。


 一人で怪我でもしたらと思うと、誰かが一緒のほうが良い気もするけれど。業者さんが2日見てくれてるなら、3日目に万が一戻らない場合は、探しに出てくれるのかもしれない。

 自分にも何か、彼の仕事が少し楽になる手伝いが出来たらいいのにと、イーアンは考える。


「そんな顔をするな。行きにくくなるだろう」


 優しい微笑で、タンクラッドがイーアンの鳶色の瞳を覗き込む。小さな顔を大きな手で包んで、自分に向かせ、にっこり笑顔を見せる職人。


「俺が山へ行っている間。お前は自分の仕事をする。俺が戻ってきたら、お前に会いたい。3日後にまた来てくれるか」


「今日と、明日。いらっしゃらなくて、明後日はここにいらっしゃるのですね」


「そうだ。明日戻ってくると、夜だろうから。荷物を片付けたり石を分けたりする。採って来た石をお前にも見せて教えたい。お前ならすぐ覚えるだろう」


 ずっと荷物の前に立ってるのも何だから、と職人はイーアンの背に手を添えて、工房の炉のほうへ連れて行く。炉は火を消してあるが、朝消したのか暖かい場所で、椅子を引いてそこに座らせた。


「熱かったら上着を脱いで良い。ほら」


 手を伸ばして、イーアンの上着を受け取ろうとするタンクラッドに、どうしようと思ったが。断るのも不自然だから、とりあえず上着の毛皮を脱いだ。受け取った職人は、毛皮の縫い目などに素早く目を走らせ、それから壁にあるフックに毛皮をかけた。


「良い上着だ。お前の縫い方だと分かる」


 赤い毛皮をじっと見て誉めると、イーアンに視線を戻して、タンクラッドは少し止まった。イーアンは黙って彼の顔を見ていた。職人はイーアンの右横の椅子に掛けて、少し体を後ろに引いて目の前の女を見た。



「ちょっと立ってくれ」


 言われるままに、落ち着かない様子で立ったイーアンを、職人はゆっくり観察。

 淡いミスト・ブルーの透け地(←要はレース地)のブラウスに、胸まで覆う、焦げ茶の革のコルセット。ブラウスの裾が少し、花びらのようにコルセットから出ている。コンカー・ブラウンのベルベットのズボンに、丈の長い革靴といった、イーアンの好む、動きやすくて品のある服装だった。


 座った椅子からタンクラッドは腕を伸ばしてイーアンを引き寄せ、間近で姿を見てからちょっと上を見て、イーアンの目と視線を合わせた。


「きれいだ」


 心臓が。心臓が。イーアンは目を逸らし、恥ずかしくなって目を瞑った。何も言えない。フォラヴに『綺麗、綺麗』(←その他諸々にも言われているが他は削除)と誉められてる毎日だが、相手が違うとこんなに心臓に負担がある。ドルドレンに言われるのとも違う。


「イーアン。お前はきれいだな。総長が入れ込んでるのも分かる」


「衣服が綺麗なのです。ドルドレンが買ってくれて、素敵な服を沢山与えてくれました」


「俺も許されるならそうしたい。服も綺麗だが、着る者を選ぶ。物は皆そうだ。お前が綺麗なんだ」


 それからタンクラッドはイーアンの腰を見て、ナイフに気がついた。『そのナイフは』イーアンのナイフに意識が移ったのが分かる、その声質の違い。



「ディアンタだな。僧院にあったのか」


「知ってるのですか」


「やはりお前がそうだったのか」



 イーアンの中で、それまでの恥ずかしさや戸惑いが吹き飛ぶ。

 この人は何かを知っている。王フェイドリッドと話した、最初の時を思い出す感覚だった。龍を受け取るあの日の前の夜。


 タンクラッドはイーアンに腰掛けるように促して、椅子に掛けさせた。何も言われていないのに、イーアンは腰のナイフを外して職人の前に置く。タンクラッドが迷いもなくそれに触れると、ナイフはイーアンが初めて触った時のように、ぼんやりと白く光った。


「これは金属ではない。しかし金属の最高峰であることも確かだろう」


 暫くナイフを手に取って見た後、不思議な言葉を呟いて、イーアンにナイフを戻すタンクラッド。『お前が持つのがふさわしい』また見せてくれ、と微笑む。ナイフを腰の鞘に戻したイーアンは、ディアンタについて訊ねた。


「そこに書いてある話を読んだか」


 何を?とイーアンが目を丸くすると、指でナイフを示すタンクラッドは、イーアンの反応から頷いた。


「そうか。まだ分からないか。ちょっと待て」


 職人は工房の壁沿いにあるもう一つの扉の奥へ消え、戻ってきて再び腰掛けた。手に、2冊の薄い小さな本を持っている。本にしては背表紙がなく、紙を二つ折りにしたようなもので、赤茶けた革が表紙と裏表紙として当てられていた。


 その2冊はタンクラッドの大きな手より少し出るくらいの大きさで、非常に古い時代のもののように見えた。



「これはディアンタの僧院と、別の僧院があるアイエラダハッド国で見つけた手記だ」


「別の僧院・・・・・ 」



 頷いたタンクラッドは、思い出しながら話し始めた。


 若い頃に、自分の金属を求めて、鉱石を探す旅をしたことがある。その旅の最中に、古い遺跡なども訪れた。遺跡のある場所は、大体辺境の地で、山の中や谷が多く、たまたま訪れた場所にあるという状況だった。遺跡はどれも、かつて素晴らしかっただろう面影があったと職人は言う。


「旅は一人だったから。時間に融通を付けて、遺跡に入れそうな時は入った。ディアンタもその一つだった。

 隠れるような岩戸の向こうに、階段が見えた時に、惹きつけられてそこへ行った。長らく誰も踏んでいない苔生す石の階段を上がると、大きな木の扉があり鍵が掛かっていた。しかし鍵は無用心にもすぐ真横の積み石の窪みに置かれている。聖水でも入っていたのだろうその窪みに、このくらいの鍵があった」


 人差し指と親指で大きさを見せて、その鍵を使って扉を開けて中へ入ったと、話を続ける職人。


「人を迎える場所のような、そうした家具がある部屋が最初にあり、そこを抜けると本棚が沢山並ぶ部屋に出た。暫くそこで本を見たとき、この手記を見つけた。他にないのか探したが、これだけだった」


「小さな薄い本を、あの中からよく見つけられて」


「隠されていた。面白いものでな。本棚に二重に背板が入っている所があったのだ。今も覚えている。奇妙な雰囲気で、よく調べると部屋の本棚の5つの箇所にそうした背板が入っているのだ。気になったから棚の本を全部出して、外してみると、一つの背板の奥からこれが出てきた。隠してあったのだな」


 その板の存在を知っている人が目の前にいることに、イーアンはごくっと生唾を飲む。何かが冷やりと背中を撫でたようだった。

 タンクラッドはちらっとイーアンを見たが、そのまま話し続ける。


「この手記を持って、次の部屋へ行くとそこは暗く、夥しい量の道具や材料が詰まっていた。暗すぎるのでそこを抜ける扉を探すと。表の廊下へ出た。祭壇らしきものの裏手に(あつらえ)られた部屋だった。廊下を抜けると御堂に入り、そこに」


「石像が」


「そうだ。お前と良く似た石像がある。僧院と、名は聞いていたので、なぜ女の像が祀られているのかと思った。だが古い石像は神格化したようでもない。ただ、部屋を見守るようにそこに立っていた。不思議な女で、この世界で見たことのない顔つきをしていて、男ではないと思うが、女としてみるには、もう高次の世界の人物のように気高く思えた」


「私ここでよく、男でも女でもないと言われます。体もぺたんこだし」


 ぼやくイーアン。パパに散々言われ、思い出して凹む。石像の話なのになぜか肩を落とす。タンクラッドは、イーアンがなぜ急に凹むのか分からず、でも何やら傷つけたらしいことだけは理解した。イーアンの肩を掴んで、顔を覗き込む。


「イーアン。お前は綺麗だと言っただろ。僧院の石像も綺麗だった。ぺたんこって何だ」


 それ言わないで。イーアンは激しく俯く。訊かないで言わせないで。ちょっと泣きそうになるイーアン。

 もうこの話題イヤ・・・・・


 慌てるタンクラッドが、イーアンを抱き寄せて頭を撫でながら慰める。『何か悪いことを言ったんだな。謝るから許してくれ』ごめんな、と一生懸命謝られ、少し涙目になりながら、イーアンは体を離して頷いた。


「大丈夫か。もう大丈夫か?話を続けるか」


 お願いしますと、力なく答えるイーアンを、不安そうに見つめる職人は、彼女の頭を撫でてやりながら(※ワンちゃん)話を再開する。


「うん。あのな。それでどこまでだったかな。そうだ、ディアンタはもうよそう。そういうことで、ディアンタの僧院からこの手記を一冊持ってきた。二冊目はアイエラダハッドの僧院にあった。やはり鉱石を抱える辺境の地で、岩に掘り込まれた僧院という、風変わりで同じ条件だった。

 そこでも書庫はあり、俺は背板の違いを探すとそこにもこの手記はあった。だがここまでだった。


 実は他の国にも出かけて、同じような僧院や遺跡を歩いた。ディアンタの前に訪れている最初の僧院にも戻ったが、そこに書庫はあるものの手記はない。僧院を3つ・遺跡は7箇所廻ったが、手記はこの2冊だけだった」


「手記は読んだのですか?読める文字でしたか」


 ちょっと元気が回復したイーアンは撫でてもらったお礼を言って、体を背もたれに預けて質問する。職人は頷いて手記を見せた。もちろんイーアンにはちんぷんかんぷん。でも習った文字であることは分かる。


「言い回しが古いが、同じ言葉で書かれていた。単語や地名に違いはあるにせよ、どうにか理解は出来る。これは、こっちが2冊目で、こっちが4冊目だ。つまり少なくとも、後2冊はある。1と3だな。もしかしたらもっとあるのかもしれない。


 内容だが、2冊目のこれには、あの女性の石像について書かれていた。彼女は実在の人物で、ヨライデの魔王を倒す男の側にいた人だった。彼女との会話も少し書いてあった」


「それ、そこはどんな内容でしたか」


 驚いて身を乗り出すイーアンに、タンクラッドは微笑んだ。『どんな人となりで、何をしていたか、とそうしたことだ』随分と知恵者だったらしいし、と優しい焦げ茶色の瞳を細める。


「遠くから来た女性で、魔物にも勇敢で、龍と共にいつもいたと。今のお前だ。伝説が目の前にあるなんて信じられないが、これも現実だ」


 もっと詳しく知りたかったが、自分では読めないことを今日ほど悔やんだことはない。イーアンはもっとギアッチに目一杯教えてもらっておくべきだった(←覚えない自分が悪い)と自分に歯軋りした。



「俺が思うに、1冊目には男の話が出ているのだ。僧院と男の関係は分からないが、それらが書いてあるのかも知れない。女性は魔王を倒す男の」


 タンクラッドは言葉を切って、少し切なそうにイーアンを見つめる。小さく笑みを湛えてから、控えめな溜息を吐いて、手記に視線を戻した。


「4冊目と判断した手記には、ヨライデへ向かった話があった。僧院の誰かが常に同行していたのかもしれないが、ヨライデに向かう前の話が少し最初に載っていて、そこに数名の人物がいたことが分かる。

 彼らはヨライデまで陸地や川や海を移動してたどり着き、なぜかヨライデの魔王のもとへは直に行かず、当初の目的がそれであったかのように、一歩手前で違う船に乗り、地下を目指している。4はそこまでだ」


「続きが。あるとしたら5もあるのでしょうね」


「そう思う。1から5までの手記があるとする。情報がいくつも入っていると、今分かる。魔物が現れ始めた日、俺はこの手記を何度も読み返した。手記に魔物が何度となく出てくるからだ。しかし倒し方があるものの、よく理解できなかった。

 何かの役には立つだろうと思いながらも、誰に話すこともなく自分だけがこれを知る存在だった。こうしてお前に会うまで」


 タンクラッドはイーアンの髪をもう一度撫でた。


「ディアンタ・ドーマン。『ディアンタの世界』か。その工房を動かす女、イーアン。そのいつも羽織っている青い布も、ディアンタのものだな」



 イーアンはこの展開に感謝した。


 頷いて、青い布を引き寄せ、自分がどこから来て、どうしてここにいるのか、夢で見たことや一緒にいるドルドレンたちの話を簡潔に伝える。そして、昨日シャンガマックが星の動きから、タンクラッドの存在を教えてくれたことも話した。


 タンクラッドは切れ長の目をすっと細くして、星の動きの話を注意深く聞いたようだった。『今。最高に面白い。最高に俺は楽しんでいる』そう呟くと、ニヤッと笑った。不意打ちで、あまりに格好良すぎて(※ドルドレンレベル)うっかり椅子ごと倒れそうになったが、どうにかイーアンは鉄の仮面でやり過ごす。



「分かった。飽きない話でつい長引くが、3日後に楽しみを回すことにしよう。どうにも、たまらない運命の展開になってきたようだな。話を聞けて満足だ。

 さて俺の話はここまでだ。お前は何を知っている?さっき手記の話で、目つきが変わっただろう。本棚の部分で」


 タンクラッドは時計をちらっと見てから、イーアンに質問した。イーアンは座っているだけだが、動悸がするので息切れしながら答える。


「私は先日、その本棚の板を外しました。あなたと同じように違和感を感じて、背板を取り出し何もないことに不思議を感じました。まさか手記が入っていたなんて。

 だけど続きがありました。背板を並べると地図が出てきて。それを探ってある場所へたどり着くことが出来ました」


「地図。あの板が?」


 イーアンはどんな地図の仕組みだったか、何が行った先にあったかを少し伝えた。いずれ一緒に行くかもしれないとも言い、タンクラッドに微笑んだ。



 職人は暫く黙って、イーアンを見つめていた。何分も経ったように感じたが、実際には数十秒だった。椅子から立ち上がってイーアンの手を取り、自分の前に立たせてから、黒い髪をゆっくり撫でる(※もう完全ワンちゃん)。



「行こう。ヨライデへ。俺はお前を助けるが、お前も俺を助けるのだ。とりあえず、今回は俺はイオライの山へ出かけるから、そろそろ支度だ」


 職人は大きな手でイーアンの頭をそっと押さえて、優しく、殊の外優しく甘い笑顔を向けた。

 その笑顔を見つめるイーアンは、今後出来るだけ、ダビ状態でいられる訓練をすることにした。



お読み頂き有難うございます。


ポイントを入れて下さった方がいらっしゃいました。とても嬉しいです!!本当に有難うございます!!

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