2627. クフムの質問と、立場・『海賊伝説』
※今回は少し長いので、お時間のある時にでも。
本日の公民館担当が、お昼の用意をしてくれる間に、海賊伝説の語りを聞く。
イーアンたち以外にも、公民館で午後の部の準備をする人たちが残っているので、その人たちも屋内でお昼を取る。人数分のお昼が運ばれてくるまで、軽く40分は掛かるらしく、ハクラマン・タニーラニは、先ほどサッツァークワンが歌った写しを借りた。
「こんなじゃなくてもな。俺が知ってる内容でも充分だと思うが」
採話者の努力と年月が、各地の違いを一つにまとめた貴重。せっかくだからと、局長は写しの紙を手に椅子に座る。『こんなじゃなくても』と言いながらも、局長の視線は文面から動かず、興味はあるのが伝わる。
「歌自体は、海賊の言葉なんですよね?」
珍しくクフムが発言。ここまでほとんど喋らなかった彼の質問に、ドルドレンたちも意外だが、クフムはティヤー語ではないと分かっているだけに知りたいのか。局長は彼に目を向け頷く。
「お前、変わってるよな。ティヤー人じゃないだろ?目が青い」
「混血です」
質問の答えの前に、局長はクフムに首を傾げて、クフムは怖気づかずに即答。僧侶だったと知られたくないために大人しかったクフムだが、役に立とうとしている風に見え、オーリンはフフッと笑った。
「混血か・・・言葉、そうだな。海賊のだ。ティヤー語がどこにも入らないから、分からなかったんだな」
「はい。ティヤーの古語も入っていないから」
クフムの返事に、オーリン他、お?と思う。クフムは古語を知っていそうな一言を出し、局長の太い白い眉が寄った。
「勉強でもしたのか?古語なんか本にある程度だろ。ティヤーの陸の」
言いかけて、局長は止まる。クフムが何者か察したようで、彼の目はちらっとイーアンやドルドレンを見る。イーアンより早く、ドルドレンはゆっくり頷いて『味方として心を入れ替えた者だ』とはっきり教えた。クフムの顔が緊張し、局長は睨むような眼を向け、『改心』と呟く。
「信じない方が良いぜ」
「そうでもない。彼は長年、ティヤーで生活していなかったのだ。イーアンが潰した宗教と接触はまずなかった。母国の宗教の危うさを知って、彼は俺たちのために抵抗し、危険からも逃げなかった」
「それはそれで、裏切り者って言うんじゃないか?」
意地悪い見方をした局長が、ドルドレンの説明に突っ込むが、ドルドレンは微笑んで首を横に一振りした。クフムは局長の言葉が辛いけれど、総長が守ってくれることに心強い。ドルドレンはそんなクフムを理解するので、イーアンに回す。女龍は、うんと頷いた。
「海賊伝説をお話し頂いて大丈夫です。ハクラマン・タニーラニ。あの彼は、私が外国で捕まえ、私が罪を贖えと命じ、私を裏切れば殺すと忠告しました。彼が神殿を裏切ったと言うなら、それは私を選んだだけの話です。彼は正しい」
「おっと。ウィハニの女が?そうかよ、それならまぁ普通か」
局長は自分が間違えていると分かるとすんなり謝れる男なので、これもすんなり受け入れた。目つきが変わり、頬の緊張がゆるんだ局長の視線は、ドキドキしているクフムに戻り、クフムがカクカク頷くと鼻で笑う。
「ウィハニの女に仕えたなら、良い改心だ。ふむ、俺が宗教連中にこの話を聞かせるとは思わなかったが、教会に行けば僧侶でも聞ける話だしな。拘るところでもねえか」
「元僧侶だ。クフムはもう、一般人だよ」
許可を口にした局長に、オーリンが一言訂正する。クフムは嬉しくて、顔が微笑みそうだったので俯いた。局長は『ほう』とそれを流し、写しの紙に話を変えた。
「じゃ、安心して話そう。訳してやるから心して聞けよ、一般人」
冗談めかした局長に、イーアンはニコッと笑う。局長も少し笑いながら、『全体では』と概要から入った。
この時、誰もクフムの真意は考えない。『何かで役に立とうとする』ここ最近の彼はずっとそうだから、そこどまりだったが。
クフムが言葉の確認をした理由を後で知って、少なからず驚くとは―――
*****
「分かるように読むだけだから、書いてあるままの歌詞じゃねえのは、承知してくれな」
書かれた写しを読むと、歌と同じように韻を踏むので、局長はそういうのを省くと言い、皆も了解。
【海賊の伝説】
一頭の大きな黒い龍が、空から降りてきて海底に沈んだ。海と空と、太陽と月と星、風だけの世界に、龍の息が泡になって、島が生まれた。島は整い、人が訪れて住みつく。
島だらけのこの国は、他国の攻撃に晒されるようになった。まとまった陸地のない国は、戦う人数を集められず、襲われて奪われる。
そこで近隣の島同士で手を組み、上陸される前に海で応戦したのが、海賊の初まり。
普段から船を操り、気質の猛々しい海戦に長けた民族は、知り尽くした自国の海域を出ることはまずなかったが、しかし、敵もしつこい。
手を変え、偽りの流布で騙し、海域を跨がせる。他国の危険海域を知らない海賊は、そこで倒された。
殺されたら戻れないため、自国に情報を持ち帰ることは出来ず、海賊は減少し始める。国を守る海賊が減り、被害は増え続け、気づけば、戻らない船の方が多くなっていた。
嵐の前のある日。沖に敵の船が現れる。それまでに見たことがない、多くの船が海に並んだ。
敵の船に混じって、奪われたこちらの船も見える。数はあまりにも多いが、民は諦めずに武器と共に船に乗った。
こちらの船の数は、圧倒的に少ない。死を覚悟しても負けるためではなく、戦うために赴く。
荒れ始めた波に船を操り、進み始めた敵の船の列を前にした、その時。巨大な黒い水柱が、向かい合う船の間に上がった。
海は激しく揺れ、落ちてきそうな黒雲に冷たい風が吹き、天を突く勢いで立った水柱を見上げた人々は驚く。
水柱は大きな龍の首で、金色に爛々と輝く両眼は真下を見ていた。
これは何かと慄くも、首だけで島一つ分はある黒い龍は、少ない海賊船に首の背を向け、対する敵の船に大顎を開いた。開いただけの顎の下、波猛る海は即座に分断し、断たれた海に敵の船が落ちる。船は一隻残らず割れた海に呑まれた。
龍は、その姿を雷に輝かせ、人の姿に変わる。
頭に一対の角を抱えた女は、黒い夜空と暴風の中で力強く微笑み、島を指差す。敵の船を残らず消し、自分たちの代わりに倒してくれた龍に、海賊は感謝を伝える。
微笑むだけの女は、島へ戻る海の道を和らげ、周囲は波頭が高く上がる中を、船は風にあおられることも波に揺すられることもなく戻った―――
「これが、世界と海賊の始まり、それで、ウィハニの女の最初だ」
写しの紙を手に持ったまま、局長は触り部分を話し、『この話はどこも同じ感じ』と耳を掻く。
「襲われて減少した部分は、ティヤーの東西南北、どこでもあったことだ。小さい島が如何せん多いから、他国の海と面している島が、領土化で攻められるのは宿命みたいなもんでな。
全方向でウィハニの女が常に助けたかどうか、疑心暗鬼かもしれないが、でかい存在で各地に同じ話があるってことは、やっぱり彼女が助けたと俺は思うし、他の奴らもそう捉えてる」
その後も、ティヤーが極端に不利な状況に陥ると、黒い龍と女は必ず現れるのだが、『後の世に関しては、地域で違うこともある』とハクラマン・タニーラニは写しの紙を数枚、指でめくって『違うな』と繰り返した。
何が違うかと言うと、不利の状況の種類・現れる時の様子。
「南部だと、海が異常現象の時や、ヨライデ侵攻、魔物の襲撃で、ウィハニの女が守るんだ」
黒い龍が先に現れ、姿を変えるとウィハニの女になる印象。
潮や天候の異変で魚が獲れない日々が続いた後、ウィハニの女に祈ると解決する。
ヨライデ海軍が攻めた時も、激戦の末の危機で救われた。
魔物が現れた遠い昔、長引く魔物を終わらせた。
「魔物の時の登場の仕方は特別だ。黒い龍は『金の剣を振るう男』に呼ばれるんだよ。人間の男なんだけど・・・でもあれだぜ、勇者じゃない。ウィハニの女と旅していたんだ。で、ウィハニの女が近くにいない時、その男が黒い龍を呼んだ。退治後にウィハニも側に来る。男は、凄ぇ剣で魔物を倒しながら、海に剣を刺すと龍が出るんだよ」
ふーん、とタンクラッドとイーアンは、無表情でそれを流す。
皆も『あ・・・ 』の視線を少し剣職人に向けたが、反応は控える。よく知らないクフムも、何かまずい気がして他の反応に合わせた。局長は続ける。
「さっきも言ったが、この男は人間で、龍が応じるのは剣か奴か、未だにはっきりしない。滅法強い奴でさ。海賊と力比べして、これも勝つんだよな。
龍を呼ぶ上に、腕っぷしも強い。海賊の総まとめにならないかと引き留めると、男は『次に会えれば』と答えたんだ。それっきりだが、龍を呼ぶ男が来たら、ティヤーの海は変わる」
興奮気味に熱く話す局長に対し、イーアンたちは表情を変えずに頷き続ける。これはまずいなと誰もが親方を気にする部分。
タンクラッドは背中に剣を背負ったままだが、剣はドルドレンも腰に下げているし、とりあえず一人だけではないので、目立たないように反応も薄めにして、局長に話を促すのみ。イーアンが自然体で、さくっと方向を変える。
「勇者も出てくるのですよね?」
「ん?出てくるよ。総長は、勇者だろ?総長を見てると、昔の勇者と全然違うなと思うんだが(※ドルドレンは俯く)、勇者なのに戦う場にいたりいなかったりでな。女好きでのらくらした奴で、強いから魔物はすぐ倒すんだが、しょっちゅう酒飲んでいる勇者だ」
聞くんじゃなかったと真顔でイーアンは頷くが、『でも魔物の王は倒す話ですか?』と先を進める。横で伴侶が沈んでいるので、机の下でそっと手を握ってあげる。
ハクラマン・タニーラニは、何枚目かの写しを手繰って、視線落としたまま『倒す』と頷く。
「この辺の伝説でも、勇者とウィハニの女、それと海龍を呼ぶ男、魔法使い・・・あとは、うーん。妖精がたまに登場するが。
彼らが魔物の王を倒しに行って、絶海の孤島で勇者と魔物の王が対決するんだ。
仲間が、敵の孤島までの道を開ける。で、勇者は一対一で魔物王と戦うために、自分たちを包んで海も空も閉じちまう。ウィハニの女も、手を出さない。龍は勇者の仕事だと皆に教えて、誰にも手を出させない」
で、勝つんだと、局長は結ぶ。七日七晩の激しいやり合いに決着がついて、勇者は魔物の王を倒し、孤島から、浮かぶ石の上を歩いて戻る・・・ これを以て、魔物時代にケリがついたという話。
「話を聞いてると、あれね。ウィハニの女は、決戦時もあなたたちの側で教えているし、いつも側に居た感じだわ」
ミレイオは、話し終えた局長にすかさず感想を言う。タンクラッドに回らないよう気遣う思いやりに、剣職人はじっとしているのみ。
局長はミレイオにちょっと笑いかけて『間は開いてるから、別にいつもじゃねえよ』と否定するが、嬉しそう。
「でも、そう言えるかもな。一大事の時は、いつも来てくれる。そこまでは粘れと、俺たちが絶対に立ち向かうのを信じられているんだ」
「あ、そういうことか」
局長の素直な言葉に、イーアンは思いがけず、すとんと納得した。局長の薄い茶色の瞳と目が合う。その目は力強く、そして柔らかい。
「だから。あなた方は私に・・・龍に頼ろうとしない」
「そうだよ。どうにも手に負えない時、助けてくれると信じている。そこまでは世話かけさせたくねえだろ。俺たちだってそんな情けなく思われたら、誇りなんか持てない。『お前たちの海だから、お前たちがとことん守れ』と龍はいつでも見守ってる」
なんて不器用な人たちなのと、イーアンはちょっとほろっと来る。
不器用、とも違うのか。それを言ってくれたら良いのに・・・ 声にならない思いを鳶色の目に宿す女龍。局長は見透かしたように、ニコッと笑った。
「龍は強いだろ。でも女だ。海を守る母親に、息子は良いところ見せたいもんだ」
イーアン、目を閉じる。息子さんたち(※海賊)が突っぱねていただけだったのかと、素朴な男らしい気持ちに胸打たれた。そうでしたか・・・と目元を拭う女龍に、イーアンが感動したのを皆さんは知る。
女龍の喜んでいる様子に少しニコニコしていた局長だが、すっと息を吸い込むと、さっとタンクラッドに視線を移した。ハッとする皆さん。ぐっと眉根を寄せた剣職人。目が合って、局長の視線がタンクラッドの肩の後ろへ―― 剣の柄 ――に留まる。
「ずっと気になってたんだけどよ」
局長がいきなり話しかけて、タンクラッドが口を開く前に、ドルドレンが『他の地域では』と滑り込んだ。局長は総長に顔を向け、ドルドレンは素早く質問をする。
「黒い龍が現れる時、不利の状況が異なるようだが。それは」
「ああ、それ。丸きり違うわけじゃないが・・・ 」
「良ければ教えてほしいのだ。サッツァークワンが採話したのは、また違う事実だろうから」
畳みかけるような言い方に、真面目な総長が知りたがっていると分かるので、局長は『まぁそうだ』と紙に目をやり、『これなんか、想像もしないな』と話し出した(※タンクラッドセーフ)。
*****
地域で違う話は、異常気象条件が多かった。
魚の急減、地震、大津波、水位減少による海底の露出、温度、天候の異常で、人が対処できる範囲を出ている場合。万策尽きた時に、不思議にも浜や沖に龍の影が揺らぎ、その後から状況は好転する。
局長が『想像もしない』と首を傾げたのは、海底が露呈した事態で、見渡す限りから海が消えた話だった。魚は砂地に残されて死に、船は転がり、島から出る手段もなくなった。
「こういう現象、この辺でも島と島の間が、潮の引きで出てくるから、ないわけじゃないんだ。ただ、何日もそのままじゃないし、近くに島がない離れ島で起きたら一大事だな」
写しから目を離さず『これは大変だ』と呟く局長は、その時も、海の消えた砂に黒い龍の影が見えたことで、水が徐々に戻り始めて危機を脱出したと、続きを教えた。
他にも二三話の例を出してくれたが、異常気象による被害は人間の手に負えないため、ウィハニが助けてくれる。
―――イーアンが、聞いていて思ったこと。
全体的に、世界を救う旅路の話が占める率は低く、焦点はウィハニの女と海賊。
旅の仲間で残る勇者はやっぱりろくでなしだったが、強いことと、使命は果たしたことで、悪くは言われていない。嫌われてもいない。だが、影は薄い(※ほぼいないから)。
その分、時の剣を持つ男と、ウィハニの女は、伝説にしっかり残っていた。
時の剣を持つ男=『海龍を呼び出す男(※2453話参照)』は、黒い海龍を呼んだ行為で定着した。彼が訪れたのは一部地域だろうが、有名になったからか、話は各地に広まっている印象。
初代、グィードがまだいなかったので、二代目ヘルレンドフのことだろう。
グィードは、ヘルレンドフだけで呼び出せないから、何かの重なりで呼び出しているように見えたのかもしれない。
ズィーリーはグィードと相性が良くなかった。非常時、手を打った結果、ヘルレンドフが呼んだ形に落ち着いたのか。
ウィハニの女は近くにいたらしいし、黒い龍と同一意識の海賊には、『どっちかが出ていれば、どっちかは見えない』と捉えた可能性が高い。
そう・・・女龍と海龍は同一、とされており、それで『龍=黒(※グィードの色)』は、彼らの一般的認識。
イーアンはこれを言われるたび、『違います。私は白くて、海龍は黒いの』と訂正し続けているが、まだまだ数人に伝えた程度で、訂正を受けた海賊は『色の違いは小さいこと』と気に留めてくれない。
創世の話については、馬車歌や、パッカルハンの在った大きな島の歴史とも違う。
海の始まりが『黒い龍』だったのは、他の創世神話・創世の民話に比べて、比較的新しい感じがした。そのためか、海賊は『黒』に対し、否定的な感覚は殆どない。
サッツァークワンは、まだ少ししか披露していないので、午後や明日以降の歌で、新たに地域別の伝説が出てくる。
それらを全て聞いてから感想を言うものだろうが、イーアンは当たり障りない感想を、局長に伝えた。全部聞いたとしても、『自分が思ったことは言わない方が良い』と考えたからだった。
タンクラッドも、ドルドレンも気づいたはず。
女龍が世界に関わっている時期は限定しており、『いつでも』ではない以上、ウィハニの女も、ましてグィードも関係ない話の方が、残っている伝説に圧倒的に多いことを。
これは信仰心と言い伝えから、不思議な現象を目の当たりにして『龍』に結び付けている解釈も混ざるだろうとイーアンは思った。
もしくは・・・『龍』代わり、誰かが代役を務めていた、とか―――
お読み頂き有難うございます。




