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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2626/2957

2626. おばちゃん・伝説を歌う男

☆前回までの流れ 

イヌァエル・テレンで『原初の悪』について聞いたイーアンが、戻った朝。よそよそしいルオロフと朝食後、皆はアリータック島へ移動。シャンガマックとロゼールは弓工房の契約のために、公民館手前で別行動へ。彼らはそこで自分たちの目を『妖精の目』と重ねられ、思いがけない『妖精の碑』にたどり着きました。

今回は場面を変えて、アリータック公民館から始まります。

 

 妖精の碑が、道を示す―――



 目の当たりにしたシャンガマックの意気込みに、ロゼールが仕方なし付き合うと決め・・・

 総長に連絡するよう促し、でも気分盛り上がったおじさん二人があれこれ話しかけ、連絡を入れようとしては妨げられて、ロゼールが困っている頃。



 公民館の控え室に入ったドルドレンたちは、中庭にふと現れて、窓から握手を求めた知らないおばちゃんの素性を聞いていた。


 おばちゃんは、今日来訪した歌う人の世話役というか、身の回りのことや予定を組む人。勇者一行が今日この建物に来るのは、入港した時に聞いたらしく、ドルドレンが勇者だと見抜けたのは『勘が働くから』だそうだった。


 イーアンは、このおばちゃんはマネージャーなんだな、と理解する。歌う人が集中できるように、日頃から周辺の雑事を引き受けてくれる仕事・・・そう思った。

 ドルドレンたちもイーアンと同様、おばちゃんの仕事をそうした内容と解釈したに過ぎなかったが。



 ハクラマン・タニーラニも、お茶を持って戻ってきていたので、窓越し自己紹介するおばちゃんの話を黙って聞き、見当をつける。


  今日の、目的の人物―― 海賊の伝説を集めて歌う男 ――に、付き添いが何人か一緒と知らせはあったので、それだとは思っていた。見当をつけたのはそこではなくて。


 局長は真っ先に気づいたが、特に言わない。おばちゃんも自分からは言わない。このおばちゃんは、男である。


 イーアンたちは『おばちゃん』と思い込んでいて気づかなかった。

 どこからどう見ても、ティヤー人の年配の女性で、太っていて・・・胸や腹や尻まわりは女性の体形で、衣服も女性用。声も高め、顔も髭を剃っている感じすらせず、しっかりした鼻や太い眉は、個人の特徴としか捉えなかった。


 いわゆる、()()()を行った人なのだが、ティヤーの海賊では呪術師のまじないで起こる変化であり、男のイチモツだけはどうにもならないため、ついたままなのが普通。


 海賊同士だと、何となく気づく。たまにいるのだが、見た目よりも状況で判断する。


 ハクラマン・タニーラニは、この年齢の女が、こうした職業で常に乗船する状態はないと知っているので、つまり付き添いとして側にいるなら、そういうことだろうと。


 局長の観察する視線に気づいたおばちゃんは、ニコッと笑って『もうじき?』と聞く。何がだと返したぶっきら棒な局長の態度は気にならないようで、部屋の向こうを指差して『歌う時間だよ』と言った。


「俺が取り仕切ってるわけじゃない。俺は彼らの付き添いだ。ここのやつに聞けよ」


「あ、そう。分かった。じゃ、勇者と仲間の皆さん!また後で!」


 笑顔でカラッと挨拶し、おばちゃんはさっさと中庭の奥へ戻って行った。ちょっと冷たい感じがしたイーアンが、局長を振り向く。目が合って『茶でも飲んで』と誤魔化される。



「十五分もしない内に、広間で歌が始まる。そこの通路が騒がしくなるから、少し落ち着いてから出よう。歌は聴きたいだろ?」


 デカいおっさんが予定を教えながら茶を注いで、皆に回す。有難うと受け取りながら、知っているならおばちゃんに教えてあげても、の視線を送る皆さん。ハクラマン・タニーラニはちらっと集中する視線を見て、ぐびっと茶を飲んだ。


「俺はなれなれしい男はキライなんだ」


「・・・男。嫌い?」


 なにそれと繰り返したイーアンと、ピタッと止まった皆さんは、段々気づき始め、ミレイオが眉根を寄せた。『え、そうだったの』意外~と口に手を当てるミレイオに、分からなかったなと他の者も驚く。


「女ならまぁ、聞かれて答えてやらねえこともないけど」


 誰とも目を合わせない局長の呟きに、皆さんもそれ以上は言わないでお茶を飲んだ。どう見ても()()()()だった・・・普通のおばさんに、疑問が浮かぶ静かな時間。



 この『おばちゃん』が、後々、良い風を吹かせてくれるとは、この時は誰も思わない―――



 *****



 ハクラマン・タニーラニが言うに、歌い手の情報は届いていても会ったことはなく、実際に会うのは今日が初めて。


 噂には知っていたが、彼が誰と一緒で航路はどうで、と、そういった詳しさまで噂にはならないので、歌い手が入港した時、誰と来ているかを耳に挟んだようだった。



 そうして十分ほど経過。この間で、ドルドレンはシャンガマックから連絡を受け、『間に合わない』とだけ言われたので了解した(※間に合わない=嘘ではない)。


 部屋の前を通る人たちが増え、少しの間ざわざわとしていたが、数分もすると静かになった。


 局長が席を立ち、扉を開けて通路の左右を見る。大体はもう移動しただろうと局長が教えたので、皆も部屋を出た。


 広間に続く廊下は忙しい人たちがバタバタと走り気味で、イーアンたち外国人の横を素通りで挨拶までしない。その方が楽ではあるため、誰と口を利くこともなく、皆は局長の後に続き、広間に入って案内された席へ。


 席、と言っても思った通り、床に座る。ここら辺、と局長が指差した床に、編み布が敷いてあり、一行はそこにまとまった。ドルドレンたちの場所は、中心の舞台となる場所から奥。どうも一般客が近くに来ない位置らしく、中央から入り口側は混雑している。


「私たちも、写本の用事があるからでしょうね」


 ミレイオがイーアンに囁き、イーアンも頷く。出番とか舞台とか、そんな感じなんだなと状況に改めて思う。中央には先ほどから人が群がっており、よく見えないが歌う人がいるのだろう。


 数分して、ざわついていた広間に銅鑼が鳴る。局長の声ではなくて、本当の銅鑼。大きな金属の円盤を叩いた音は、一発で騒めきを静め、軽い挨拶が続いた。



 歌の人物はどんな人か、ドルドレンたちもそこそこ興味あり。見えなかった姿は、座っていた彼が人に群がられていたからと分かった。全員が床に腰を下ろし、その姿が目に映る。


 膝丈より低い椅子に腰かけた男性、彼の横に楽器を持つ数人と、あのおばちゃんがいた。その後ろの列に、壁際に寄せていた机が運ばれ、筆記の準備も整っている。


 何本も編んだ長髪を一つに束ねて背中に垂らした、歌い手の男がゆっくり、片手の杖にもたれて立ち上がる。ここで、イーアンたちは、あっと気づいた。彼の両足が。膝下が、棒だった。



「足がな。不自由で、付き添いがいるそうだ」


 短い挨拶をする男に顔を向けたまま、局長は隣のイーアンに教える。そうだったのと瞬きしたイーアンに、局長は『生まれつきだから、足の代わりになる力を得たんだろう』と教え、イーアンは頷く。歌を歌うのは、彼に与えられた贈り物の力。


 はじまるぞ、と局長に言われて、イーアンも前を見つめた。イーアンの近くのミレイオとドルドレンも聞こえていて、歌う彼をじっと見守る。

 少しだけ挨拶をした彼は、腰を下ろして歌い出す。話しかけるような出だしで、すぐに音階が生まれ、男の声はそれ自体が楽器のような澄んだ音を響かせる。



 言葉は全く分からないけれど、ドルドレンは耳に馴染む歌声に、内容以上の温もりと悠久の時間を感じ、雄大な海のような音楽に浸る。


 船の歌と伝説は違うが、ハクラマン・タニーラニが言うには『船の歌の歌詞を変えて、同じ音の調子で歌っている』らしく、海賊の聞き慣れた音に、長く伝わってきた伝説が乗り、『誇らしい』と微笑んでいた。


 楽器は彼の歌に添える程度で、邪魔はせず、彼は淡々と歌を続ける。


 低い声も少し高い声も、若干、掠れた寂し気な声も、秘める力強さは籠って聴衆に伝わる。誰も話をせず、広い部屋に歌と静かな楽器の音が流れ、一節歌い終わっても、拍手も囁きすらなく、歌は次の一節へ移った。


 誰もが感動し、誰もが聞き惚れていたが、彼らは局長と同じように『誇らしい』面持ちで歌い手を見つめていた。



 広間に入ってから、今に至るまで。

 ウィハニの女がいると知っていても、誰もこちらへ来なかったし、見もしなかった。それはイーアンにだけではなく、勇者一行全員に対して同じ。


 無視ではないと分かる。視線がちらつくことすらないのに、蚊帳の外という極端な扱いでもないのは伝わる。これまでにない不思議な疎外状態だが、イーアンはもちろん皆も、嫌な気にはならなかった。



 *****



 午前に始まった、ティヤー各地の海賊伝説を集めた歌。歌い手はサッツァークワンという名。

 両足の膝から下が義足、歳は30代くらいの男性で、声域は広く、疲れを知らないように、ずっと歌うことが可能に思えた。


 彼は休憩を挟まず、区切りはあっても、喋りも入れない。息を整える十数秒を挟んで、再び何十分も歌い、また十数秒の間を置き、歌う。これを繰り返した。


 馬車歌も長い、と知っているイーアンだが、さすがに一時間を越えた時に、ちらと伴侶を見ると、伴侶も首を横に振って『すごい人だ』と褒めた。



 サッツァークワンが何を歌っているか、海賊の言葉で理解はできない皆だが、歌声がきれいで音楽も心地良く、音に浸れる憩いの時間。


 感受性の高いドルドレンたちは、これを楽しんでいたけれど、気を遣った筆記役の人が、そっと一枚、書いた紙を渡してくれた。


 話しはせず、机から腕を伸ばして人伝いに紙を回し、それをオーリンが受取り、さっと読んで目を瞬かせた。


 全部ではないにしろ、共通語で書いてくれた歌詞。

 わ、と嬉しくなったオーリンは、こちらを見ている書記に微笑んで頭を少し下げ、向こうの笑みも返事に貰い、書かれた歌詞にすぐ目を通した。


 横で覗き込んだクフムとタンクラッドも、気遣いに有難い。読み終えてこれをミレイオに回し、ミレイオはドルドレンへ紙を渡した。

 イーアンだけは文字を読めないが、『あとで』と口パクで教えてくれた伴侶に微笑み、思い遣りに感謝する。


 共通語に訳してもらった歌詞は、始まったばかりのサッツァークワンの歌の一部でしかないが、基礎的な部分、序章とあらすじの内容で、少しでも通じると伝わり方がまた変化し、場にいる多くのティヤー人が抱く誇りを理解できる気がした。



 歌は延々と続く。誰も止めないし、誰も立たない。手洗いなどに立つ気配も、一切なし。一人としてここを離れず、そのまま昼を迎えた。


 昼の合図が、表の鐘で告げられ、歌は少しして結ばれる。丁度、そのくらいの時間を目安にしていたようで、サッツァークワンの歌が終わり、楽器の音も追って止んだところで、拍手が鳴る。


 一節の合間でさえ拍手したかったイーアンたちも、やっと拍手出来るので、目いっぱい拍手を送る。



 サッツァークワンは座って歌っていた腰を上げ、杖に寄りかかり、会場の拍手に感謝を伝える。すぐおばちゃんが彼の背中と腕を支え、労いの言葉をかけたので、サッツァークワンは笑顔で礼を言った・・・様子。


 あ、と二人を見たイーアンたち。横顔が似ている。


 ずっと歌い手の背中しか見えなかったので、顔は知らなかったが、横顔が向いて笑顔で話す二人は、額から鼻にかけても、口元の雰囲気も顎の線も・・・さっと視線を動かすと、背丈こそおばちゃんの方が低いが、どことなく近い。おばちゃんは太っていて、サッツァークワンは痩せ型。それでも骨格が。


 職人四人(※イーアン含む)の目は、彼らが血縁と判断。ドルドレンも感じ取って『親子では』と呟き、囁きに近い声を局長の耳は拾う。


「親父、だろうな」



 拍手鳴りやまない中――― 局長のしゃがれた低い音に、ドルドレンとイーアンは口を開けたまま彼を見た。局長は小さく頷いて、『だから、一緒ってことか』と全部を理解したように微笑んだ。



 *****



 拍手がずっと続く間で、局長は『イーアンたちを疲れさせるなと、最初に伝えてあった』と言った。それで誰も話しかけなかったのかと分かったが、『こっちも見るなと脅した』らしいのも聞き、そこまでしなくてもとは思った。


 精霊島物語とイーアンの話(※イーアンまだ胸中複雑)は午後になり、サッツァークワンの歌はその後またあるらしい。とても一日で済む内容ではないため、様子を見ながら数日に振り分ける話だった。



「それで、午前か午後か。何時に始まるか、そうしたこともはっきりしなかったんですか」


 予定が立っていなかった様子にイーアンが納得すると、局長も『でもイーアンたちは今日中と言っておいたから、早めに回されるか、午後になるかだと思った』と頷く。

 どっちみち、海賊の歌も聞きたいだろうから、これで良かったはずだと言い切るハクラマン・タニーラニに、イーアンたちは『とても素晴らしい時間だった』と心から感想を伝えた。


「途中で歌詞を読む機会をもらい、世界に少し入り込めた。同じ世界の入り口を見せてもらった気分だ。詳しい伝説の内容は知らなくても、感動する」


 ドルドレンらしい、きちんとした感想を言うと、局長は総長の肩に手を置いて『写しはティヤー語だが、読んでやるよ』と深い白い髭の中で笑みを浮かべた。



 ということで、聞きたかった『海賊伝説』を、お昼休憩に早速教えてもらう。


 午後の写しの時は、観客のない状態で行う。というのも、これは心理的に説明を伴う必要がうんたらかんたらと局長が濁したので、ドルドレンもタンクラッドも了解し、無理は言わなかった。心の準備がいるんだろうと理解する。


 だがイーアン話は観客が戻ってくるようで、イーアンはそれを聞いてげんなりしたが、ウィハニの女が人間上がりである事実は、聞くものに勇気と親しみをさらに強めると言われ、『はい』と力ない返事で女龍は受け入れた。



「じゃ。精霊島物語の時間も含めて、他の人は休憩時間」


 オーリンが改めて確認すると、局長は『そうだ』と答える。

 お昼から約二時間ほど、公民館から人がいなくなるので、ここで昼にし、海賊に伝わる話をしようと決まった。

お読み頂き有難うございます。


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