2625. 妖精の碑・アリータックの言い伝え
※5日土曜日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
ざざーん。寄せる波の音を聞きながら、騎士二人は午前の日差しに目を細める。
おじいちゃんの工房の外は、お庭を挟んで、先が海。正確には砂浜で、波打ち際まで距離がある。只今、お庭の横から船を出している最中で、手伝うことのできない二人は砂浜待ち。
橙色の髪を潮風になびかせ、溜息を吐いたロゼールがちらっと友達を見上げた。シャンガマックは、『そんな顔するな』と目を逸らすが、ロゼールにまた溜息を吐かれて、咳払い。
「ハーインアムー(※おじいちゃん)は、俺たちの目が妖精みたいだから丁寧に扱え、と皆に言ったけど、それを言われなくても彼らは、そう思っていた訳で。
話を聞いただけで、積極的に妖精が因むところへ連れて行ってくれるなんて、断る方が勿体ないぞ」
「総長に、なんて言えば良いんだよ」
シャンガマックの言い訳を、まるっと無視してロゼールは海を前にぼやく。
「ロゼールは何も言わなくて良い。俺から話す」
「待ってるんだよ?公民館で写本の」
「分かってる・・・でも」
「そりゃ、シャンガマックは謎が好きだから、無理もないなって思うけど。なんで、俺まで。せめて俺だけでも戻る方が」
「いや、すまないがそれは無しだ(※強制)。連れて行ってもらう以上、何かあった時、ロゼールがいれば頼りになる」
そう言われては唸るしかできないロゼールが、お父さんがいるでしょと呟いたら、『父には、一人でも問題ないと言ってある』と苦し気に打ち明けられて、付き合わなければいけない感が増した。
「シャンガマックは、お父さんと最近離れてるけど」
「父もやることがあるんだよ。俺が一人でも大丈夫と言ってあるから、彼は安心して用事を」
ここまで話して、後ろから人声が大きく聞こえたので、二人は振り向く。船の用意が出来たようで、息子さんたちが小さい船を押し出してきた。
帆柱はあるが、帆は巻いてあり、乗船は5人が限度。船自体は大きく見えても、確かにこぢんまりしている。速いし、近くへ用事で行くくらいだと、この大きさが丁度良いそう。
「すぐそこだからさ。アネィヨーハンみたいなデカい船に乗っていたら、心配かもしれないが。俺と従兄と、シャンガマックとロゼールが乗る分には、これで充分だ」
「心配はしていませんが。すぐそこって、見えないですよ」
気がかりを口にしたロゼールに、船を押して出す男たちは笑った。『見える距離じゃないけどな』とロゼールの背をポンと叩いて、長い砂浜を6人の男で船を押し出す。
船に乗るのは、おじいちゃんの息子の次男と、彼の従兄。次男の名はチェットウィーラーニー、従兄はネッツラーラヤティー。どちらも、空の色や日の印象が名の意味。彼らはこれが本名で、おじいちゃんは通称で名乗っている。本名も通称も長い。
ティヤーに来て、海賊は皆、長い名前が多いとロゼールは思ったが、彼らの名前は短縮しないのが普通で、長くても何でも分けてはいけない話から、頑張って覚える一択。
そう思うと・・・シャンガマックは『サネーティだけは、ンウィーサネーティと呼んだことがなかった』と気づき、彼は気にしなくて済むから外交向けだったのかと今更思った。ルオロフの仕事仲間サネーティ、ここでまた彼のくれた地図に意識が向く。
「乗れよ」
作業する人たちをぼんやり見ていたら呼ばれ、シャンガマックとロゼールは早速、船に乗せてもらう。
「行って帰って、まぁ一時間未満な」
一時間未満で往復。それはすぐそことは言わないのではと、思うだけにしたロゼールは諦める。シャンガマックは元気に『楽しみ』と笑顔で答えているし。
4人を乗せた船は、波に下半身が浸かる男たちに押し出されて、海へ進む。彼らは濡れること気にしないので、ロゼールは『見習わなければ』と(?)変なところで感心する。
帆に風を受け、ゆっくりと水面を滑る船が、騎士二人を連れて向かう先は、妖精の碑が立つ島―――
*****
こんなところに。
シャンガマックの最初の感想は、驚きのあまり、一言で止まる。ロゼールは何度も、友達の服と立ち石の碑を見比べており、こちらも言葉少なく『よく似ている』と呟いて終わる。
船を操ること、二十分ほど。話していたら、あっという間に到着した印象の小さい島は、人が住んでいない。とても小さくて、天気が悪ければ見落としそうな、ちょこんとした可愛い島だった。
周囲には何もなく、海面から出ている形は、ピンレーレー島一帯で見られる尖り山の縮小。水際から海抜5mくらいの高さで、島幅も奥行きも、山の横を見る姿勢で向こうが見えてしまう。
平らではないので小屋等は建てられないだろうが、仮に平坦であっても、大きな家一軒分の面積に思う。
島の縁は浜も磯のゆとりもないので、水中から突き出す大きい岩の印象。直に船を寄せて岩場に足をかけ、傾斜を上った。島に近づき出してすぐ目は留まったが、その尖り山の天辺に、目的の碑が立つ。
「ポツンとあるんですね」
ロゼールは石碑を見上げて尋ね、次男坊のチェットウィーラニーが『昔から』と答える。
誰が作ったのか、所々、斜面に平らな面があって、四人はそこで石碑鑑賞。
石碑の大きさは人の背丈の倍近くあり、ロゼールはコルステインくらいかなと思う。丈はそうでも、直径は肩幅程度。歪な円筒で、空に向けた先端は少し丸みを帯びている。
模様の加工は、一級。石は、明るい灰色に、薄ら緑がかる滑らかな質で、地面に刺さっている感じ。
根元を囲むように地面があるのだが、不思議な事に、石碑と地面に隙間が全くなかった。これも気づいた時は驚いたが、真っ先に目を奪われたのは、石碑の前後に彫刻された、シャンガマックの服と同じ模様だった。
彫られた溝が曲線や模様を作るのではなく、浮き彫りにされた模様は、どこも欠けがない。緻密で細かく、均整がとれており、余計な一つも見当たらず、地表に出た下部から天辺まで浮き彫りが包む。
面白いと言うべきか、意味があってなのだろうが、石碑の前後に模様があると捉えたのは、前と後を分ける両脇が何も彫られていないから。
嵐が来ても、絶対に折れたり壊れたりしない、この石碑はアリータック島の住人なら、誰でも知っているらしい。ロゼールはいい加減見た後、気になっていたことを確認する。
「その、これ。妖精なんですか?」
「言い伝えだね。妖精が、自分の代わりに置いて行った見張り、って」
「見張り?」
「『見張り』なんだよ。昔、海賊にも厄介者はいた。島を守るために余所者を殺したり、船を奪うなら普通だが」
普通じゃない、と思ったロゼールとシャンガマックは、顔に出さず緊張して頷き、促す。
「範囲を超える奴がいて、遠い海に出て行っては、外国の里を襲って略奪した」
ああそういうこと、と二人は心で納得(※普通の範囲=母国海域の略奪と殺し)。
―――その常識外(?)の厄介者が恨みを買って、アリータック島に逃げ戻ってきた。追いかけて来たのが、なんと人間ではなく、島諸共罰してやろうと沖で竜巻を起こし、雷を落とす寸前。
善良な海賊(?)は、逃げ帰ってきた厄介者を殺して、許してくれと謝った―――
「ころ、殺しちゃったんですか?同じ島の海賊でも」
「島、やられるわけにいかねえからさ。怒らせたのはそいつだし」
あっけらかんと答えたおじさんに、ロゼールは眉根を寄せつつ『そうですね』と無難に答え、シャンガマックにトンと肘を叩かれた(※余計なこと言うなの合図)。おじさんはうん、と頷いて結末を教える。
「それで、許してもらった。その時追いかけてきたのが、妖精だ。妖精が守っていた民を襲ったから成敗されかけたんだが、こっちがその海賊連中を殺して許しを請えば、聞く耳は持ってくれた。
ただ、今後同じことが起きたら、次は許されない。その時はこの海が熱湯に変わって、島の水は全て凍るだろうと予告された」
「もしかして、その見張りがこれか」
シャンガマックが目を丸くし、おじさんから石碑に視線を移す。おじさん二人は頷く顔が笑っていないので、彼らも怖いのだと伝わる。
「水を・・・取り上げられる、という意味ですよね?」
ぞっとしたロゼールが解釈を尋ねると、『だろうな』と従兄の方が目を瞑る。この話は続きがあり、石碑については先ほどの結末で立ったようだが、妖精は帰る前になぜか譲歩を言い渡した。
「罪を被る謂れない人間が、怖れて暮らす長い時の末に、この縛りを解いてやろうと言った。要は、妖精が怒った直接の人間たちじゃないから、って許容か」
「見張っているこの石碑が、それを判断するんですか?」
「違う。こっちから『もうそろそろどうか』と石碑を辿って頼みに行ったら、縛りを解くらしい」
「・・・恐れの末って、何十年単位じゃないですよね、何百年間待ってから、もう大丈夫ですか?と、石碑の何かしらを辿って頼むなら許してやる、ということですか」
ロゼールの砕いた言い方におじさん二人は笑い、『そんなところだ』と石碑を見上げる。
「これを辿る。その意味も分からない。言い伝えで、親父は両親から聞いたし、その親もそうだ。いつの時代の話なんてのも、はっきりしなくてさ。とりあえず今までは、海が沸騰したこともないし、妖精を怒らせてはいなかったと思うけど」
笑みを浮かべ話すその横顔を見つめ、シャンガマックは聞きにくいけれど聞きたい事を、遠慮がちに尋ねてみた。
「あなた方は、妖精の話を海ではしないと、局長に聞いたが・・・なぜここに俺たちを連れてきてまで、話してくれたのか。その、ハーインアムーもそうだが、妖精を恐れていないような」
「ん?恐れてはいるな。な?」
従兄の方が、次男に振り、次男も『怖いね』と正直に答える。俺も怖いよと従兄も揃える。そして、でもねと続けた。
「勘で、だな。『今がその時じゃないか』と俺たちは思ったんだ。親父もそう思っただろう、さっき浜へ船を出す時に、俺と弟分(※次男のこと)、他の兄弟も、同じことを感じた」
彼の明るい茶色の目が、シャンガマックを嬉しそうに見ている。あ、と気づいたシャンガマックは、視線をずらしたもう一人のおじさんとも目が合って理解する。
「俺、か。俺の服が」
「そう。それと、ロゼールもシャンガマックも目が変わっている。外国から来て、こんなこと言われたら信じられないだろうが、その目はこの南の海のどこかにいる、妖精の目みたいだから」
ああ~・・・それで~・・・ 声には出さないけれど納得したシャンガマック。
ちらっと友達を見ると、『俺はサブパメントゥだ』と目で訴えるロゼールの困った顔。ちょっと笑って彼の肩を組み、『時は今だ』と褐色の騎士はロゼールも『伝説仲間』にした。
ちなみに、局長はそう思わなかった様子だが、これについては『言い伝えは島それぞれだから』と従兄のネッツラーラヤティーが教える。
「ハクラマン・タニーラニは、ピンレーレー島生まれだ。アリータックは隣で、この言い伝えも知っているが、一から十まで話せるほど知っている訳じゃない」
半端に覚えていると、かえって怖いもんだ、と言う二人に、ロゼールもシャンガマックも同意する。
そして、それはさておき、本題がここから始まる。
「俺たちはさ、発祥が分からない言い伝えでも、海に関わることは信じてる。
シャンガマック。お前はウィハニの女の仲間で、戦いながら旅をする男だ。その服を着て現れたお前が、アリータックの使いになると期待されても、それは仕方ないと思わないか?」
チェットウィーラニーが、海賊らしい発言をする。迷信も信じ、伝説を重んじ、言い伝えを気に留める海の男の口端が上がる。シャンガマックも思わず身震いして笑みがこぼれ、横で見ているロゼールは『総長に戻れないと伝えねば』と、すぐ帰れない覚悟をした。
「『期待されて仕方ない』なんて、俺が思うわけがない。行ってみたい」
シャンガマックが上ずる声を押さえて、ものすごく嬉しそうに引き受けた一瞬。背を向けていた石碑から、青草と野花の香りがふわーっと吹き、ハッとして振り返った目に、浮き彫りの模様の変化が映る。
石碑と同じ模様を持つシャンガマックの服。シャンガマックの服の模様と重なる曲線、繋がりだけが、石碑の模様も透け、同じではない箇所が石として残る。
点々と石の部分を残して透けた石碑に、従兄と次男は目が落ちんばかりに見開き、ロゼールが一歩下がった側で、シャンガマックはこれが何を教えているかすぐさま理解し、満面の笑みを浮かべた。
それは、サネーティがくれた地図の一ヶ所―――
「 行き先が見える。印がついた、あの場所だ」
裏側を見るためにシャンガマックは、石碑の向こうへ回り、少ない足場からしっかりと裏側を見て、笑顔のまま頷く。その反応に何かとドキドキするおじさん二人と、帰れそうにない諦めを上塗りするロゼール。
「こっちから見ると、違う。これは方向を教えているんだ。前から見た状態で、次へ行くのが正解だ」
「シャンガマック、何言ってるか説明しろ。親父にも教えてやらないと」
「もちろんだ。だが・・・さて、どうするか。俺はこのまま出発するのが良さそうに思う」
不敵な笑みの騎士に、海賊のおじさん二人は、凄い瞬間に立ち会った驚きで口が閉まらない。やる気満々のシャンガマックの漆黒の目は、ツヤツヤきらきら。
「行くぞ、ロゼール!」
同行決定のロゼールは、無表情で『連絡は入れようよ』とまずしなければいけないことを、友達にきちんと教えた。
お読み頂き有難うございます。
5日土曜日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
翌日もお休みする可能性がある場合は、早めにまたこちらで連絡します。
いつもいらして下さって有難うございます。




