2620. 報告 ~②悪夢と製作委託、魔物と青い矢・砂漠と僧院・ラサンの処分
言い難そうな。躊躇っているような。
唇を少し噛んで、視線を床に向けたまま、数秒黙っていたロゼールの続きを、皆は見守る。オーリンとルオロフは、帰り道で聞いた『魔物』のことかと思ったが、そちらではなく。
「訓練所で、俺だけ悪夢の話を聞いたんですけど」
俯かせた顔に、オレンジ色の髪がかかり、彼の紺の瞳を隠す。ルオロフとオーリンの視線が交差し、悪夢?と聞き返したミレイオに、ロゼールは話し出す。
「訓練所に寝泊まりする職人が、同じ夢を見るそうで。闇の中から現れる、人間のような姿。闇が翼に変化し、手足は人間じゃなくて、顔は美人。で、『ついてくるな』と命じられる。顔を覗き込まれるらしいんですが、その目の色は、俺の目の色と同じ」
「コルステインじゃないの」
さくっとミレイオが怪訝そうに一言。『美人かどうかは個人の好みだけど』と足すと、タンクラッドが睨んだ(※コルステイン美人=賛成派)。
ロゼールも少し顔を上げ、『俺も始め、そうかと思ったんですが』と答えながら、お茶を飲んで唸った。
「でも。コルステイン、ずっとですが、超忙しいんですよ。俺もあんまり会ってなくて。忙しいのに、毎晩毎晩、誰かの就寝時に合わせて出向くと思えないし」
「聞いてみたか?」
タンクラッドも会っていないので、連絡取ったのかを尋ねると、ロゼールは横に首を振る。
「聞くことでもない気がします。コルステインかどうかも、はっきりしないので」
まぁな、と親方も気持ちを理解する。行った先で告げられた集団悪夢の確認に、コルステインを引っ張り出すのも変だなとは思う。
「あんたの目の色と同じだから、あんたは疑われたの?そういうこと?」
「当たりです、ミレイオ。俺が関係していそうと、あれこれ聞かれました。でも、答えようがないでしょう?
海賊は迷信も大事にするので、サブパメントゥがどう言い継がれているか知らないのに話せないです。俺がだんまりを通すと、それはかえって疑わしかったのか。職人は少しずつ、情報を引き合いに出していました。
・・・祠じゃないんですけど、『岩祀り』というのがあるそうです。この近海で、その前を通る時は、『何もしない』『そっちへ行かないよ』と心で唱える場所で、下手に近づくと船が迷ったり、知らない間に方角が変更したりするらしいんですよ」
「そこが、夢が忠告した『ついてくるな』の場所か?」
シャンガマックが心配して、ロゼールに尋ねる。ロゼールは視線を上げて『分からないんだ』と眉根を寄せた。
「職人も、そこだとは明言しない。でも引き合いに、小出しで聞かせたその場所。俺がどう反応するかを見ていたね。『こんな場所があってな』って言いながら俺を見る。
『そうした厄介な所は、誰も近寄ろうとしないけれど』とか、『この辺ではそこくらいだが、誰も手出しをしたためしも無いのに』とかね」
うーんと唸ってまた首を傾げるロゼールは、親方に顔を向ける。親方は彼が何を言いたいか理解し、『俺が探していた場所?』と聞いてやると、ロゼールは『可能性あるかなって』と答えた。
「職人に、正確な位置も教えられていないですが。なんかこの偶然の重なりで」
「そうか・・・覚えておこう。ふーむ。ロゼール、お前の都合がつくなら、明日俺と一緒に行ってみるか?」
え?と皆がタンクラッドを見る。親方は茶の容器をミレイオに渡し(※お茶おかわり催促)、『自分でやりなさいよ』と舌打ちしつつ、茶を淹れてくれるミレイオに腕を伸ばしたまま、ロゼールに自分の状況をまた話した。
「そこか分からんにせよ、俺も面倒の質が疑問でな。トゥは確実に在ると言うのに、一向に手がかりがないなんて、変だろ?トゥは意地を張らない。嘘も言わない。手に入れられる貴重があるから、俺の背中を押すが、本当にうんざりするくらい、何にもないんだ。同じところをぐるぐる回って一日終わった。
低い岩場の隙間を何回も覗くから、姿勢に無理あって背中も腰も痛い。手掛かり探しで身体に負担なんて、気力も削ぐもんだ。トゥに言えば『あるから探せ』しか、返事はないしな。ロゼールの付き合いがてら、会話できれば気も紛れる」
半分が文句だが、姿勢が悪くて痛くなった背中を擦る親方を、皆さんは気の毒に思った(※主なのに)。
「そうだったんですね。じゃ、俺が一緒なら、ちょっとは分担できるかな」
「分担頼みじゃないが、もしかすると同じ場所かも知れないし」
誘ってくれる親方に、ロゼールは素直に了解し、行ってみようと決めた―― ムーソンティーの話したその場所なら、近づいた時点で惑わされる。タンクラッドさんの話も、惑わされているように感じたから、共通はある。
***
「明日は、タンクラッドとロゼールが別行動か。では、他の報告を頼む」
少し間を置いて、ドルドレンが先を促し、次はオーリンが続けた。
こちらも矢の制作は、訓練所でやってくれる話。魔物材料を運び込む話に、びくともしない肝の据わった職人ばかりで、仕事が増えることを喜ばれたと教えると、イーアンたちも『良かった』と笑顔。
「その後は、魔物退治・・・俺じゃなくて。俺とガルホブラフは、宙に現れた砂漠相手だ。大雨の中、村に注意喚起してくれたのは、この二人。手に負えないと初っ端判断した俺はイーアンを呼んで、この二人の内、一人は魔物退治もした。ロゼール、話してくれ」
魔物退治?とイーアンがロゼールを見ると、ロゼールは『薄気味悪い感じのやつで』と額を掻いた。ルオロフもかとそちらを見たイーアンに、赤毛の貴族は『私は遭っていません』とすぐ教える。ドルドレンたちも詳細をまだ知らず、大雨で異時空が出て対処したことを少し聞いた程度。
ロゼールは、魔物の様子と退治方法を総長に報告し、聞いている側から皆が顔を見合わせた。
魔物は『全部で38体。大きめの四足歩行で動物に似て、色形の判別は、焦がして倒した後に調べたので分からない。四足の腹側に、小さい人間の手足に似たものがついていて、脇の下なら人の腕、鼠径部なら人の足があった。耳も人間に似ていた。攻撃を受けていないので、攻撃方法は不明』。
倒し方は『ドゥージの弓と矢による攻撃のみ。矢を放つと、魔物を倒しきるまで矢は飛び続け、全て倒した後に手元に戻った。矢が貫いた魔物は中心まで黒く焦げ、灰の塊となった。矢は、飛行時に青い光を伴い、どこにもぶつからずに魔物を追って曲折、旋回を続けた』。
イーアンは目を瞑る。やっぱりいるんだと、思った。ロゼールの倒し方も気になったが、イーアンはそれよりも死霊の持続に落胆する。皆は、ドゥージの弓矢の話でざわついた。
「ドゥージさんの弓は、俺が引き取った時、木製だったんですよ。っていうか、ずっとそうでした。使った後にもう一度見たけれど、木製のままです。矢も」
「だけどロゼールが引いたら、ドゥージと同じ青い光の矢が飛んだのか?サブパメントゥの力だろ?お前に怨霊は関係ないんだから」
驚くオーリンが急かすように尋ね、ロゼールは頷くが、『俺も理由がピンと来なくて』と頭を傾げた。イーアンは思ったことを少し伝える。
「ドゥージが一緒に戦ってくれているのかもしれません。怨霊関係なしで、サブパメントゥという繋がりから・・・そう捉えては?」
想像で決めて少々無責任かと思うが、私ならそう捉える気がすると言うと、ロゼールの困惑が表情から抜け、『そうか』と少し微笑む。
「とりあえず、使ってもロゼールに影響さえ出ていないなら、それでいいと思えるが。イーアンが言ったように、ドゥージはお前の弓を手伝っているのかもしれないし。心配なら、それこそコルステインに相談しても良いのではないか」
ドルドレンも励まし、良い解釈を促した。
ロゼールはドゥージを友達として慕ったが、ドゥージは彼を弟のように相手にしていた。ザッカリアのことも子供に重ねて見守っていたし、愛情深い男の面影を、今日の話に感じる。
総長にも前向きな意見をもらい、ロゼールは笑みを浮かべて『はい』と返事をし、弓矢についてはここで話を終える。
***
「それでは、イーアンだ。オーリン、イーアンに聞いて良いか」
「彼女が砂漠を封じたんだ。そうしてくれ」
ロゼールの話が終わり、ルオロフは特にないため、砂漠の対処についてイーアンに番が回る。
オーリンも、彼女から報告事由が聞きたかった。なぜ、あんなにあっさりと片づけられたのか。その決定した判断の理由は。
イーアンは話す順番を考えてから、話そうと口を開いて、はたと、窓の外の夜闇に目が留まった。何もない。でも、気になった。
「どうした?」
ミレイオがイーアンに話しかけ、彼女が見た窓にちらと視線を移したが、何もない。イーアンは『あ、はい』と頷き、報告を始めた。ドルドレンは彼女が何を気がかりにしているのか、今の一瞬も含めて心配する。
「オーリンに呼ばれて、ハクラマン・タニーラニと一緒にいた私は、教会の場所を教えてもらいました。現地直行ではなく、水の氾濫と別地区での同時被害を思ったからです」
それで来るのが時間かかったのか、とオーリンが納得したので、イーアンは『少し』と答えた。
実際は少しの待ち時間ではなかっただろうが、他の被害の方が実は素早い対処を求められることもある予想から、遅れると分かっての行動。
「他はありませんでしたから、現場へ向かい、オーリンとガルホブラフが応対する状況を確認しました。それは空中に円盤が立てられ、中心の孔から砂が怒涛の勢いで落ちている状態です。裏から見ると何もなく、上流も大雨の増水以外は変化がありませんでした。
私は戻ってオーリンたちと交代し、ガルホブラフの攻撃術・熱で変化した砂が石になったものも見て、これは魔物に関係ないと判断しました。そして、明らかに異時空なのだけれど、その質も『魔物の門』ではなく、『別世界に封じ込められた、罰受けるどこか』ではなく、『拡大して触れる世界を呑む』ものでもなく、『別の世界に巣くう魔物の仕業』でもないと考えました。
魔物が出る門ではない。ペリペガン集落のようでもない。アイエラダハッドに出現した、呑みこむ異時空の質とも違う。テイワグナのマカウェ系とも違うので、テイワグナ決戦で、私が異時空の切れ目を閉じた方法が使えると思いました。
要は、単に別の世界がいきなり繋がっただけ、の現象と私は判断したのです」
オーリンは知りたかった事由を聞けて納得。ルオロフはふと、『ロゼールが訓練所に行く前に感た、風の臭い』を思い出したが、ロゼールが何も言わないので黙って聞いた。
「だから。高速飛行で・・・説明が難しいのですが、理論的には使える手段を取りました。砂漠と繋がったそこと、私を龍気の膜に閉じ込め、テイワグナ決戦で空を高速で飛び続けたあれをで行いました。高速飛行のもたらす効果は、空間を閉じました。その後に変化はありませんでした」
「二秒くらいだったよ。三秒目には龍気の玉が消えて、イーアンだけが浮かんでいた」
見ていたオーリンが付け加えて、笑ったタンクラッドやシャンガマック、すごいわねと褒めるミレイオ、凝視するクフムや、『出番なしで』と苦笑した赤毛の二人、そして『いつもながら』と呟いた微笑むドルドレンは拍手した。
その後、イーアンが土砂降りを止ませ、川の水をきれいにするため聖なる水を使ったことは、オーリンから話した。客観的な視点による報告は感動も入って、イーアンはちょっと恥ずかしかった。だが、そんな素敵な解説は、すぐに呆気なく薄れる。
イーアンはもう一つ報告する。三人を宿に返し、一人で調べた修道院の事件を。
村人にも伝え、現場付近へ近づかないよう注意した後、国境警備隊に報告し、別の類似事件を教えてもらったことも。ロゼールの目が見開き、ルオロフは『まだいるのですか』と死霊を察して驚いた。
総本山に同行したシャンガマックは何も言わなかったが、ぐっと眉を寄せてイーアンを見つめていた。ドルドレンは、彼女がこれを心配していたんだと分かり、またも解決を求められている事態に、精霊の意図を思う。
イーアンは少しの沈黙を挟み、唾を呑みこんで、報告を切り上げるように次の話に移った。しかし次もまた、重い。
「ラサンの絵を消します」
決定に至った心境を話した方が良いか、イーアンは分からなくて、結論を伝えた。
ルオロフが、すっと顔を向け『消す』と繰り返す。シャンガマックは、それが良いと言うようにゆったりと頷いて、クフムは顔を下に向けた。
龍が誰かを殺すこと、それが本当に自分の目の前で生じるのを恐れたからだが、クフムは反対する気もなく、ラサンの非道行為の顛末が我が身にも降りかからないよう祈るだけだった。
「分かった。父に伝える」
褐色の騎士が静かに繋ぎ、イーアンは彼に軽く会釈した。『宜しくお願いします』と言ってすぐ、違うか、と呟いて視線を外す。
「私が消すんだ。私がやらねば」
「・・・父に頼んでも、彼は実行すると思うが」
「いいえ、シャンガマック。私の務めです」
顔を壁に背けたクフムを見ないようにし、イーアンは自分がと伝え、シャンガマックは『分かった』と答えた。
この夜、これ以上の報告と質問はなく、宿屋の人が『風呂が沸いた』と教えてくれたのを境に、皆は部屋を出た。イーアンとシャンガマックは一緒に、外へ歩いた。
ドルドレンは窓から彼らを見送り、イーアンの苦しみが早く癒えるように祈る。
冷酷で冷徹なことを言うイーアンだし、実際に手にかけた命はもう、数えきれないだろうけれど。
「彼女は、どうにもならない宿命で、それを行う立場にいる」
イーアンの果てしない重荷を理解する勇者は、彼女の心の傷を自分が背負ってあげられたら良いのにと溜息をついて、窓を閉めた。
お読み頂き有難うございます。




