2619. 報告 ~①警備隊施設・食堂の一時・本日の報告
イーアンは宿に直行せず、国境警備隊へ行った。
夕方の交代時で忙しなく人が出入りする施設に降りると、人が来て挨拶したので、イーアンも『報告がある』と用事をすぐ告げた。
「報告ですか?私で良ければ聞きますが、中で話します?」
誰とも分からないが、人の動きが多い正面玄関近く、『ちょっとした報告なら、自分が伝える』そんな雰囲気の男性に、イーアンは微笑んで『修道院が死体だらけでした』と控えめに伝えた。イーアンには控えめでも、男性はぎょっとした顔で『どこの』と焦り、地区名を知らないと答えたイーアンに、中で聞きますと言った。
「地図は分かります?ここからどれくらい離れているとか。午前に事務長とお話しされていたから、製品のことかと思ったら・・・!」
急ぎ足・早口で焦る男性に促されて進むが、周囲は白い角の女龍を二度見しては足を止めて、彼女を案内する警備隊員の深刻な様子を気にした。
皆の視線を集めながら、イーアンは『報告だけしかできないので』と前を歩く男性に予め断り、振り向いた彼に『字を読んだり書いたりは、できません』と理由を告げると、彼は驚きもせず『知っています。大丈夫です』と答え、玄関続きの廊下で、一番近い部屋の扉を開けた。
部屋には数名の隊員がいて、聴取室のような雰囲気。二人掛けの椅子が一対、素っ気ない机を挟んでおいてあり、座って話していた隊員は、珍客に目を丸くして慌てて立ち上がる。
ウィハニ!と緊張した彼らに、イーアンを連れた団員は『聴き取りするから』と必要な物を頼み、何事かと戸惑う仲間たちに、お茶と菓子も持ってくるように(?)追加し、イーアンを座らせた。
「今、地図と報告書の用意をしています、お茶とお菓子は大したものがなくて」
「そんなの良いのです。気遣わせてすみません。では、話しますね。まず方向はこちらです」
イーアンと向かい合って腰を下ろした団員は、彼女が指差した方へちょっと視線を動かして、頷く。地名を言っても分からないだろうと思って、話を続けてもらう団員は、大体の位置を掴み、彼女が飛んで移動した際に、見えた印象も確認。
ええと、と言い淀んだイーアンが、じっと見ている彼に『教会の近くでした』と、知っている正確なたった一つの情報を口にすると、彼はきょとんとしてから『教会を知っているんですか』と聞き返した。
「はい。仲間が紹介されたもので、製品製作の依頼を」
「ああ~!そうかそうか、それで!分かりました。意外な言葉だったので。すみません。教会の近くの修道院、ですね?『死体だらけ』というと、イーアンは見たのですか?」
場所特定で合点がいった彼は、話の腰を折ったことを詫び、『教会近くの修道院』の現状に話を進める。ここで部屋の扉が開き、二人が顔を向けると、手に資料と書類、茶菓子と茶を盆に乗せた隊員が入ってきた。
彼らはティヤー語ではなく、共通語でイーアンにも通じるように、『今、上にも連絡した』と二階を目線で示し、イーアンにお茶を勧めてから彼らも側に座る。で?と言った感じで、聴き取りしていた仲間に顔を向け、イーアンと話した男性が場所を伝えると、眉根を寄せた。
「グーシーミ―か」
村の名前も地区の名前も、グーシーミ―と呼ばれるそこにある、修道院。墓地は修道院のものではなく、村の持ち物だった。
イーアンは見てきたことを、覚えている範囲で質問に答えた。見つけるに至った経緯も、『大雨で起きた川の危険で、仲間に呼ばれて』と教え、憶測は出さず事実を伝えた。
警備隊員は事細かに聞いたが、彼らもどんどん表情が重く変わるものの、想像で物を言うことはなかった。
話を終えて、数秒沈黙。イーアンはお菓子をもらって、一口齧る。
墓石の雰囲気が、修道院の建築デザインと似ている気がした。なぜ村の雰囲気と違うのかと気になったが、質問せずとも隊員から説明が添えられた。
―――あの修道院は、古い時代に造られており、村が出来た頃は、無人。墓地は、修道院裏の塀から石を崩して、村人が作った。石の棺も、掘った穴に添わせて、塀の石を組んだもの。
後に僧侶が来て、廃墟の修道院を修繕して住み付いたため、墓地使用で問題が持ち上がったが、墓地はそのままにされた。死者が出て埋葬がある場合と、墓に挨拶に行く以外は、村人も修道院の敷地に行かなくなった―――
「そんなことがあったのですか」
「ピンレーレー島以外も、よくある話で。修道院や神殿の建造物はとても古い時代からあったようですが、空き家のまま・廃墟のままで放置されているのも少なくないです。徐々に、放置されていた場所に、連中が足を伸ばした感じで」
余談を話した団員は、腕を組んで書き取った内容を見つめ、ふーっと大きく息を吐く。『全滅』呟いた彼の一言で、死体の9人があそこの全員だったのかと、イーアンは理解する。さらに驚いたのは。
「エリーハピューと同じだな」 「ナンナーソーミャイも、こうだろ」
隊員がそれぞれ口にしたのは、別の地域。怪訝を顔に出したイーアンに、彼らは少し躊躇を挟んで『ウィハニの女に教えます』と、近隣の島で生じた事件を伝えてくれた。
どこの島も、修道院。僧侶が院内で殺され、墓を掘り返されたのはグーシーミ―だけだが、信者は近辺に居ないのが共通だった。
*****
報告を終え、新たな情報を受け取り、イーアンが窓の外を見ると夕暮れ近かった。
話もひと段落し、彼ら同士で事情をまとめ始めたので、イーアンは席を立ってお暇を告げる。まだ滞在するので何かあったら手伝いますと挨拶し、警備隊施設を後にした。
「話していた時間、上司の人は来ませんでした」
忙しい時間だものねと、宿へ飛ぶイーアンは思う。交代時間で、夜勤の人たちは引き継ぎで忙しそうだった。宿は飛べばすぐなので、あっさり到着。暗くなってきた黄昏時、イーアンは目立たないように、ひゅっと素早く降りて、そそくさ宿の開いている裏口から入る。
宿の人が『皆さん戻られていますよ』と教えてくれて、まだ部屋にいるというので、お礼を言って階段を上がると、廊下に出ていたミレイオが迎えてくれた。
「今、食事どうしようって、話してたのよ」
「外に行くのですか」
「うん。ほら、ルオロフお薦めの」
ハハッと笑ったミレイオに、イーアンも笑って頷く。『でも高そうだからさ』とミレイオが耳打ちして教え、それで違うところを開発しようかと相談していたらしい。戸の開いた部屋から、廊下を見たタンクラッドが『おかえり』と片手を挙げ、イーアンも笑顔で挨拶。
イーアンが戻ったので、部屋にいた皆はぞろぞろ出てくる。今日はイーアンが最後だったらしく、ドルドレンが『連絡しようと思った』と言いながら、持っていた珠を腰袋にしまった。
「調べたらしいが、遅くまでかかったのだな。もう、食事に行けるか?」
「はい。食事中に話す内容ではないので、宿に戻ったら報告します」
イーアンに言われて、先に戻ったオーリンとルオロフとロゼールが、少し気にした表情を向けたが、イーアンは『とりあえず大丈夫です』と曖昧にし、皆で外へ出た。
食事処はルオロフがやはり朝と同様の店を勧めたが、『予約していない』とドルドレンが丁寧に断り、『予約しなくても平気ですよ』と返した貴族に、『俺たちは食べる量が多いから』とやんわり微笑み戻すと、ルオロフは『そうか』としくじったように額を押さえた。
「そうですよね。大衆食堂であれば、量も多く仕込んでいるけれど。あの店では・・・明日は予約しておきま」
「良いのだ、ルオロフ。大衆食堂で充分、美味しいのである」
油の質がとか、下拵えがとか、細かく気にするルオロフに、オーリンが笑って『そういうのばっかり食べてるからさ』でまとめて、ルオロフは納得いかない面持ちではあれ、粘らずに了解した。
一緒にいる間は、皆に良い思いをしてもらいたいと、気遣うルオロフの思いは、イーアンも微笑ましい。
でもルオロフが船に戻れば、気遣い無用でまた・・・そう、彼が船に戻るには、今夜中に『ラサンの絵の処分』を決めるべき。どうしよう、とこれもまた悩む女龍。
食事処は、ドルドレンが警備隊に教わった食堂にした。
警備隊は給料日前によく行くらしく、安上がりで地元に人気での店は、港に戻る方面へ歩いて5分ほど。夜の店屋から遠ざかるため、どことなく健全な店構えで、労働者向きの雰囲気だった。外国人の団体が来ても、ちらっと見るだけで気にされないのは楽。
シャンガマックとルオロフで注文し、先払いで支払いを済ませて席を取り、座った直後に料理が来る。早い、とイーアンが驚くと、どうやら夕食セットを頼んだようで、大量に作ったばかりの料理はあっという間に食卓を埋めた。
ルオロフは昨晩と朝の支払いをクァーランで済ませていたが、今日はシャンガマックとテテで支払ったので、『テテとラッタという通貨が』とイーアンにさっそく教えた。思った通り、イーアンは可愛い名前だと笑顔を向け、嬉しそうなルオロフに、ロゼールとオーリンが笑った。
更にルオロフは、食事をしながらイーアンに『ロゼールの大きな鞄は、あなたが作ったのですか』とそこも話題にし、オーリンは笑わないように下を向いていたが、結局イーアンが作る流れになったので、ロゼールと視線を交わして苦笑。
赤毛の貴族が一生懸命イーアンに接している微笑ましさを、ドルドレンたちも可笑しそうに見守ったが、ドルドレンは、終始、イーアンの表情から陰りが消えない理由を考えていた。
ラサンのことだろうか。それとも、調べた何かが重いものだったのか。
いつでもイーアンを見てきたドルドレンは、笑顔でも笑い声を立てていても、イーアンが悩みを抱えていると気づく。
どんな時でも食事はしっかり摂るイーアンだから、元気に見えるが。目つきはどことなく陰り、こうした場合は大概、不安を想像している状態と思う。それを皆に話せると良いけれど、とドルドレンは願った。
*****
ティヤーは魔物被害が出ていても、実害が酷くない場合は、宿も食事処も営業している。
魔物襲撃を受けた後日・被害が酷いと、当然、店も休むし、食料も減るが、他の国よりも『普通』に過ごせる―――
「警備隊が物資を提供する速度も、速いからかね」
「怪我人はあっても、死者が少ない。これも分散する島数の多さによるのだろう」
宿に戻り、下でお茶を人数分受け取ったドルドレンたちは、二階へ上がる。風呂は『今から、風呂を焚く』と言われたので、待ち時間に報告を共有することにした。それぞれの部屋から椅子を持ち寄り、ドルドレンたちの部屋に集まる。
「風呂も水も、大丈夫なんだよな。小さい島は違うだろうが、大きい島はそこまで不便を感じた時がない」
オーリンと総長の会話に、横を通ったタンクラッドが追加し、『開戦後、再現で大きい島を外したにしても』と運んだ椅子を置いて、女龍を見た。イーアンもそう思う。イングは再現に、人口の多い大きな島を入れなかったが、にしても、地域の回復は早い。
「そういえばさ。アイエラダハッドも出遅れたけど。ティヤーも、治癒場の場所を、未確認じゃない?」
最後に入ったクフムが扉を閉めたので、ミレイオが茶を注ぎ始めて、話を変える。
フォラヴのいない現状、大人数相手で治療できるのはイーアンの龍気だけ。治癒場は押さえておきたいわ、とミレイオは呟く。
「聖なる水があるけれどな。今日、ノクワボの水と同様の効果を確認したみたいだから、この前、俺たちが貰ってきた水で大丈夫だろう。まぁ、でもそうだ。治癒場は知っておいた方が良い。ティヤーも行くまでが大変そうだ」
茶の容器を受け取って、タンクラッドは椅子に腰かける。並びに腰を下ろすミレイオ、オーリン、クフム。イーアンとドルドレンは向いの寝台に座り、ロゼールとルオロフ、シャンガマックが、それぞれ左右に椅子を並べて座った。
ティヤーで治癒場を見つけたところで、行くのは難儀しそうだと親方の言葉に、クフムとルオロフ以外は同じ懸念を持つが、この問題、意外なことで軽くなる――― それはもう少し先の話。
「では。俺から報告だ。今日、警備隊に製品を卸してきた。死傷者数と被害報告も聞いたが、負傷者はいても死者が少ない。ピンレーレー島周辺の情報も併せて、魔物が出てから死者は十数人だ。負傷者はその二十倍あるが、後遺症で深刻な障害を負った人は、数人と言われた」
「人口に対して、すごい率の低さですね」
ロゼールが目を丸くして、話し手のドルドレンが大きく頷く。ただ、とドルドレンは片手をちょっと顔の前で遮らせ『神殿関係は把握されていない』とそれも付け加えた。イーアンは、自分が見た僧侶虐殺現場を過らせ、目を伏せる。
「また、行方不明者も忘れてはいけない。数えに入らない理由に、行方がない人間は多い。周囲が海だから、溺死しても打ち上げられない以上、死体の確認もできないしな」
ふーっと息を吐いたドルドレンは、『実は行方不明者の数が増え続けているので、被害が少ないのはあくまで数字上のもの』と白髪混じる黒髪をかき上げた。
「警備隊の彼らに限らずだが。海運局も海賊だろう?行方不明となると、海を相手に探さないのだ。運が良ければ戻る、と言った感じで。無理もないが」
何度も頷くシャンガマックも、遣る瀬無さそうな顔を俯けている。総長は話を区切って、少しシーンとした場にまた話し始めた。
「製品の話から、イーアンが話を取り付けてくれて、隣のアリータック島の弓工房へ行ってきた。さっき、既にオーリンたちには話しているが、言った通り、矢の製作は二つ返事だ。
魔物対抗道具も、島の女性たちが作る相談が出て、恐らく引き受けてもらえるだろう。後日、イーアンが指導に行く。
写本の予定だが、雨が止んだとはいえ明日実行するか分からない。波が荒れて船が来ないなら、明後日延期と」
こちらの報告はここまでだ、と総長が話を切る。うん、と皆さんが頷いて、『次は俺』とタンクラッドが話し始めた。
「俺は今日一日かけて、ピンレーレーから向こうの島辺りを堂々巡りだ。トゥが貴重品を嗅ぎ付けたからだが、これが見つからんでな」
ここでピタッと親方は一度止まり、じーっとしているので、きっと頭の中でトゥに何か言われていると、皆は察した。
それは当たっており、顔をしかめた親方は『貴重品は何か知らないが、明日また探す』と短く結んで報告を終える。明日、行きたくなさそうな親方に、誰も何も言えず、話は変わる。
溜息を落としたタンクラッドはロゼールと目が合う。彼のじっと見ている様子は、何か考えていたように見え、どうした?と聞いた。
ロゼールは伏目を瞬きして俯き、唇をペロッと舐めて、二秒黙る。それから、『俺も似たような』と中途半端に呟いた。
お読み頂き有難うございます。




