2613. テテとラッタで買い物・川移動時間・山向こうの教会
※明日と明後日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
※今日は二回目の投稿です。
「果物と紙は、こっちで買う。買い物して、船着き場に行くと丁度いい時間」
セーイチョウにくっついて、オーリンたちも最初の店屋に入る。
八百屋は、横と奥の壁だけなのに、一歩入ると果物の香りが満ちて美味しそう。食材購入に目がないロゼールは色と香りにつられて、両替したばかりの硬貨を探り、果物を買ってみることにした。
現地で練習。ルオロフが通訳し、ロゼールの買い物を手伝う。特に良い香りのする、拳大の甘い果実は一個、1テテのさらに半分、1ラッタと分かったので、これを6つ買う。
「テテと、ラッタ。響きが可愛いな」
果物の袋を受け取って、イーアンに教えたら可愛がりそうだと呟いたロゼールに、隣にいたルオロフは『私から話します』と、伝える役目を押さえた。
ラッタは細かい硬貨で、テテで支払って、お釣りとして貰う。両替所は額が額だけに、ラッタ両替はなかった。
先に買っていたセーイチョウが『ラッタはあんまり使わないけれど、ある方が良い』と教えてくれる。
「島内の船も、ラッタで支払いする距離はある。どれくらい滞在か分からないけれど、ピンレーレー島から南は、東西どっちに行っても、このお金を使う。食べ物は安いから、持っていると便利だよ」
果物を抱えて雑踏を歩く間、セーイチョウは並ぶ店屋の値札を指差しては『数字と数字の間に点があるとラッタだよ。あれもそう、こっちもそう』とロゼールに教える。ロゼールは、ふむふむ学ぶ。
ロゼールが買い物係と思ったのか、彼にばかり話しかけているので、ルオロフとオーリンは後ろを黙ってついて行くだけ。セーイチョウが次に寄ったのは、同じ通りの角にある文具店で、紙の束をどっさり買い込んだ。
粗く厚さがある紙質で、書き物用ではない。これは製品を包むんだと、セーイチョウは店から出てきて皆に紙を触らせた。
「安い紙だけど強いし、間引きの木を使えるから、沢山使う。森が健康になるし、仕事に困らない」
「そうしたことも考えて、職業が成り立っているって、素敵ですね」
感心したロゼールの言葉に、小柄な男は笑いながら『ハイザンジェルは違うの?』と質問を振り、すぐ、ハッと気づいた顔に変わって、『悪かった。それどころではないね』と謝った。ロゼールは急いで『謝らなくていいです』と言ったが、配慮ない発言を、セーイチョウは心から詫びた。
「魔物で大変だった国に、私は失礼だ」
「もう終わりましたし、少しずつ復興しています。セーイチョウさんが教えてくれた、森を活かす職業も提案しますよ。皆まだ仕事が少ないから、きっと定着します」
そばかすの笑顔は子供のようで、セーイチョウはすまなそうに頭を掻く。
気を悪くしなかったロゼールに、後ろでオーリンもちょっと微笑んだ。彼はハイザンジェルにしょっちゅう戻るから、国の現状を常に知っている・・・『まだ仕事が少ない』なら、手仕事の話もしてみようかな、と少し思う。
歩いている内に、前が開けて横切る川と石畳が見え、その続きには、20人くらい乗れる色とりどりの船が岸に揺れていた。
船は小型と言われたが、そんなに小さくもない。それに・・・帆がない。
「帆が。ありませんね」
ポカンとしたロゼールが呟くと、セーイチョウは『見たことない?』とこちらも不思議そう。オーリンは、ニダの教会の小舟を思い出す。あれ、こんな大きさでもあるのか、と少し驚いた。
見たことがないかと聞き返されて、ロゼールはふと思い出す。そういえば。ハイザンジェルの東の川もそうだった。
「ありました、滅多に見ないから。忘れていたけれど、ハイザンジェルの広い川も」
「そうそう。わりにどこでもあると思うよ。国で雰囲気は違うだろうけど」
「そうですね・・・もっと小さいかな。この船は大きいと思うんですが、人力でどうにかなるんですか?」
「川は浅くて、棹でも進める。流れも穏やかだし、人力で充分」
そうなんだーと笑顔のロゼールに、次は船代を教えるセーイチョウ。言われた硬貨の枚数を袋から取り出し、一緒に船に乗る。船頭がお金を受け取り、セーイチョウは、自分の客だと三人を紹介した。
「もしもまた、彼らがここの船に乗ることがあれば」
「わかった」
船頭は上半身裸の、引き締まったおじさんで、日焼けした肌はセーイチョウと同じくらい焦げ茶色。そういえば、『職人』とは知ったものの、セーイチョウが何の職人か聞いていないオーリンは、船に乗って座ると、それを尋ねた。
「私は網だよ。四六時中、浜にいるけれど、教会に行くと、数日屋内にこもる」
セーイチョウの言葉を追うように、船頭が『彼の名前は、網の意味』と添えて、職業が呼び名になったと分かった。これはコアリーヂニーも同じで、オーリンはこうした雰囲気に好感を持つ。
「良いな。自分の好きな仕事が、自分の呼び名って」
「オーリンは弓だよね?弓とは、呼ばれないのか」
呼ばれないよと笑うオーリンは、考えた事もなかった。船頭は、他の客もちらほら乗ったところで、水に棹を差す。船は岸を離れ、水を滑る。
「ハイザンジェルは、全体が共通語だからかもな」
船頭が振り返って、理解したことを伝え、オーリンもロゼールも『そうだと思う』と答えた。
ティヤーは、海賊の言葉がある―― それは自分を示す名にも使い、彼らの日常も、彼らという存在も守る、受け継がれてきた誇りのようなものかもしれないと感じた。
のんびりと行く、川の道。アイエラダハッドも川は多かったし、母国ハイザンジェルも川はあるが、こうした船に乗って、普通に移動する感覚はないな、と・・・三人はそれぞれ思う。船文化が染みついたティヤーは、誰もが船に近い。馬車よりも、船の数が多そう。
船は、縦二列で座る。他の客は反対側に7人いて、老人と中年だけ。ふと、この状態で魔物に遭ったらどうするのかな、とロゼールは心配になった。皆に、武器があれば。皆が、身を守る道具を持てば。
早くそうなるよう、出来ることは頑張ろうと気を引き締め、美しい景観を眺める。
大きな山裾を埋める深い緑色の森。高い岩壁が庇のように突き出す下を、煌めく緑の川が流れている。水面の光は岩壁に反射し、岩壁も硬い岩肌に動き回る光の粒を撥ねて、船の上を水鳥が飛んで行く。綺麗な場所だと思う反面、ここで血が流れるのは嫌だと強く思う。
オーリンもルオロフも、思いがけない川の時間にまったり。たまに会話するくらいで、二人も自然豊かな風景に包まれた一時を楽しむ。
外国人が和んでいる様子を微笑まし気に見て、セーイチョウも船頭と小声で話し、声で邪魔をしないよう気遣う。他の客も居眠りしていたり、ぼーっとしていたり。
でも、長閑な時間はゆっくりしていそうで、あっさり終わるもの。何度か船着き場に寄った後、気づけば用事の場所近くに来ており、三人は名残惜しく、船頭に礼を言って船を下りた。
*****
風光明媚な川に、白い静かな波を引き、船が去るのを見送ったオーリンたちは、セーイチョウが歩く後ろを辿る。船が着いた岸辺は、小さな桟橋が気持ち程度にあるだけで、周囲に小屋すらなかった。
山裏だからか、道は午前の光を受けているところと、影になっているところに分かれ、分厚い森の向こうにそびえる山を横目に、光が作る縞模様の道を進む。
オーリンたちの歩く道は森の方にあり、川を挟んだ向こう岸の民家や、平らな道が見えた。教会はあっちにありそうな印象だけどなと、オーリンは対岸を眺める。川幅は広いから、浅い水深でも一々渡るのは、面倒だろうにと思う。
「橋がないんですね」
オーリンの斜め後ろを歩く赤毛の貴族が、ぽそっと呟く。振り向いたオーリンも頷いて『俺も思った』と答えた。ロゼールは、ルオロフより二三歩、後ろを歩いており、きょろきょろしている。彼も何か気づいていそうだが、まだ何も言わない。
時折すり抜けて行く風は、果物屋のような匂いで、でも水を渡る湿った匂い、そして土の枯れた土地の臭いも絡み、鼻の良いロゼールはこの違いを・・・勘ではなく、経験上、気に留めながら進んでいた。
「私は歩くの、早かったかな?」
不意に前から声がかかり、顔を向けた三人は、セーイチョウが足を止めて待っているのを見て、少し急いだ。
「景色を見ていたから、つい」
近づいて、言い訳を伝えた貴族に、セーイチョウは少し笑い、周囲をサッと見渡すと『綺麗でしょ』と自慢げに呟く。それから、速度を落とした小柄な男は、『初めて来た人はゆっくり見たいか』と気を遣って歩いた。
「教会がもうすぐ見えるよ。雨が少ない時期は、道も壊れていなくて歩きやすい。時期じゃなくても、大降りは時々あるけれどね」
「雨が降ると、この道は壊れるんですか?」
ロゼールが後ろから質問し、セーイチョウは地面を指差して『馬車が通ると、すぐ』と教える。日陰になりやすい場所で、今は轍の跡も付いていないが、雨の時期はすぐ抉れて、乾かないから抉れ続けると言う。
「ああ、それは怖いか。ここは緩いけど上り坂だもんな。下は川だし、馬車の積載量にもよるけれど」
「そう。怖い。向こうっ方は日当たりも良いし、雨が凄くても乾きやすいから良いんだけど」
話ながら、セーイチョウは間を置いて、自分の言葉に疑問を感じていそうな三人を見た。三人共、同じことを思っていそうな目。どうして対岸に建てなかったのか・・・疑問そう。
見通したけれど、セーイチョウはニコッと笑ってまた前を向き、『あれがそう』と道の前方に腕を振って示した。船付き場から歩いて10分ほど。少しずつ上がる土の道がやんわりと曲がった先に、石造りの遺跡が見えた。遺跡は、遠目からでも、付け足した木材で補強されているのが分かる。
ニダの教会みたいだ、と思ったオーリンに、セーイチョウは『カーンソウリーと似ている?』と先に尋ねた。
「もしかして。こっちに教会がある理由は」
「オーリンは、分かるか。そう、向こう岸は修道院があるんだ。こっちは地区扱いしていない」
そうだったのかと小さく呟いたオーリンは、光に照らされた古い遺跡の教会と、下る道の野原に、あの場所の面影を丸ごと重ねた。
「でも。きれいな場所だと思わないか?」
でも、の言葉が切ない。住所を取り上げられた場所で、教会を営んでいる。オーリンは微笑んで『きれいだよね』と答えた。
森を横にした野原は雑草が生い茂って風に波打ち、馬車一台分の幅の道は光に照らされて、導くように見える。教会の向こうに手仕事訓練所があると教えられた。教会から段になった地形の下部分にあるらしい。
側へ行って、ますます、ニダの教会を思い出す。遺跡とは言え、凄い彫刻があるわけでもない。石造りの廃墟と言われたら、そう思う。ただ、石が見かけない質で、古代のものなんだなと分かるが。
継ぎ足した木材の壁と屋根、窓と扉。虫よけの網、表の炊事場、離れの手洗い。教会は井戸があり、玄関前で、セーイチョウが誰かの名を呼んだ。人がいる時間なのか、すぐに扉に近づく音が聞こえ、軋んだ扉は大きく開けられる。
外国人連れの知り合いを前にした、白髪の男は驚きもせず、後ろの外国人たちに『どうぞ』と中へ促す。警戒していない態度に、ちょっと目を見合わせたが、セーイチョウも彼と話しながら入って行くので、オーリンたちも続いた。
お読み頂き有難うございます。
昨日は、イーアンたちがアリータック島へ出かけたところで終わりました。今日は、オーリンたちの話。連休を挟んだ続きも、オーリンたちの話です。
次の前書きに、流れをまた書きます。どうぞ宜しくお願い致します。




