2612. ピンレーレー両替所と小柄な男・通貨単位・息子やきもち
※明日21日と明後日22日をお休みします。今日は、夕方にもう一度投稿します。どうぞ宜しくお願いいたします。
一方、両替所に出かけたオーリン、ロゼール、ルオロフは、両替所で少し手間取り・・・結果的にその流れで次の目的地『教会』が近くなった。
何が起きたかというと、些細な事ではあるのだが。
ルオロフは昨日、個人的に両替して、難なく済んだ。だが、今日はオーリンとロゼールを連れていて、額も個人の量を超えており、大金の両替に怪しまれた。
ルオロフは相手の反応で、カーンソウリー島の両替所を思い出した(※2523話参照)。そうだった、大金過ぎるか、と気づいたのも遅く、警戒して態度を変えた両替所は疑い始める。
ティヤー語でしか話さないので、オーリンとロゼールは会話が分からない。揉めるほどではないにせよ、ルオロフの早口と、訝しみ拒否的な態度の相手から、何か面倒なのかと見当をつけるくらい。
「おかしいでしょ?この額、普通は大きいところで替えるもんですよ?昨日はあなた一人分、まぁお金持ちかな、と思ったけど。これ、お金持ちの額と、もう違うよ?」
ティヤー語でも訛りの強い方言で疑いまくる相手に、聞き取るのが難しいながら、ルオロフは『会社みたいなものですよ。私たちは『国の派遣団体』とさっきも言いましたが』と繰り返す。
「派遣だから、行く先々で両替します。団体なので人数も多いし」
「こんなお金、ここに置いてないよ。警備隊か海運局で、お金替えてもらうの、出来なかった?派遣、用事は魔物なのに、海運局でお金の交換ないの、変だよ」
「変じゃないです。海運局の人は町で両替するよう、私たちに言いましたから」
「ちょっとならね、両替大丈夫ですが。こんなお金の額、持ち込むのやっぱり変だと思う。変なお金は、簡単に手を付けられないので」
「変じゃありませんっ!犯罪でもしたと思います?国の派遣でバカな事しないですよ!『魔物資源活用機構』で替えてくれたら、後から証明書の発行が」
「大きいところ、行って下さい。困るよ、この額だと、簡単じゃ無理だよ」
もうっ!赤毛の貴族が呆れて、カウンターについていた両手を突き放す。魔物資源活用機構の名前を知っていて、海運局からも情報が入っているくせにこれか、と大きく息を吐いた。
会話の間に挟まる『簡単』の言葉は、そこを繰り返すと『吹っ掛けられる』。要は、手数料を増やすなら替えてやる、その含みなのだとルオロフは知っている。
その手に乗るかと思うから、『ではどうすれば替えてくれるのですか』とは絶対に口にしないが、堂々巡りで拉致が明かず。両替所も、若い客が場数踏んでる(※引っかからない)と気づいて、手数料増しを言い出すまで拒否続行。
カウンターに座る、痩せて頬骨が出ている顎髭の男は、じっと観察するようにルオロフを見て、根競べ。
朝はこの男だけらしく、客もオーリンたちだけで、他人に時間は急かされない。ルオロフは大きく頭を振り、『全く』と眉根を寄せて共通語で言い放つ。微動だにせず、見ているだけの男。
「ルオロフ、別の所にしたら?」
怒っていそうな貴族を見かね、そっとロゼールが促すが、ルオロフは白い肌を紅潮させ、『いいえ』とはっきり断った。
「こうした態度もまた、変化を求められているべき一端でしょう。母の名誉のために、私はここで替えます」
「変化?母?」 「え、母って」
昨日のイーアンが大変だった話で、ルオロフは彼女のために、ティヤー人の性質を変えると決意(※ここは両替所)。大袈裟なとか、イーアンのこと?とか、オーリンたちが呆気に取られているが、そんなの気にしない。
さっと赤毛の髪を片手でかき上げ、薄緑色の冷たい視線を男に投げると、座っている男は睨む猫のようにつり上がった目で『どうするんです』と、鎌をかけた。
「癪に障るが、仕方ない。使えるものは使うぞ」
何やら意を決した赤毛の貴族は、使いたくないと先に言い切ってから、腰袋を開けて端革を取り出した。
動いた手に、視線が流れた従業員の男の目が丸くなる。『あ』と驚き、パッと若い客の顔を見た同時、『本人から貰ったものだ』と突きつけられた。
「ンウィーサネーティの」
「呪符だ。魔物資源活用機構の旅路、ウィハニの女の自在な動きのためにと、私たちに持たせた」
「くそ・・・本当だったのか!ちっ、それを出されちゃ」
後ろで見守るオーリンは、改めてサネーティが凄いと思った。あれは?と小声で尋ねたロゼールに、オーリンは『あれ?お前は持ってないんだったか』・・・を言いそうになって、この場では控えた。
「近々、ンウィーサネーティが来る話だ。お客さんがバラしたら、私の店は閑古鳥だよ」
しょうがないと苦い顔の男は腰を上げて、奥の引き出しを開ける。仕事を真面目にする気になったらしい男に、ルオロフはとどめの一言を呟いておく。
「サネーティの用事は、私に会いに来ることだ。私が呼んだ」
「はぁ?!お客さんが?何を・・・ ああ、もう!面倒だなっ」
手数料を吹っ掛けるつもりだった両替所の男は、舌打ちを何度かしながら、それでも帳簿と証明書束を机に置いて、ようやく両替開始。
もう姑息な事をしなさそうな―― ある意味、分かりやすい態度の受け入れに、ルオロフも咳払い一つ挟んで、『では』と礼儀正しく、お金を渡す。
男が渋々、手数料普通で計算し始めて間もなく、店の扉が開いた。
何気なく振り返ったオーリン、ロゼール。そしてルオロフは、鮮やかな黄色の扉側に立った、肌の色の濃い男と目が合う。
焦げ茶と言って良いほど肌の色が濃い。小柄でがっしりした男は、三人の外国人をサーッと見渡してから、苦虫噛み潰していそうな従業員を見て、店内に入った。
「用意、できているか?」
ティヤー語で尋ねた小柄な男に、従業員は彼が来ても目もくれない。計算しながら『そこにあるよ』と返す。小柄な男は知り合いなのか、答えるより早くカウンターの中に入って、『これか?』と確認した手に、重そうな袋一つを持ち上げた。
そうだ、と答えた従業員だが、虫の居所が悪いのでそれ以上喋らない。
机を覗いて、計算中の帳面と、横に置かれた硬貨を目にした小柄な男は、フフッと笑った。じろりと彼を睨んだ従業員は、鼻を鳴らしてまた作業に戻る。
小柄な男はどうやら察した様子で、カウンター窓口向こうの客を見て、『すごい額だね』と共通語で言った。用が済んだなら出てろ、と従業員が注意し、小柄な男は顔に笑みを浮かべたまま、カウンターから離れる。
共通語で話しかけられたオーリンたちだが、側に来た男に対し、ここはルオロフ。
ティヤー語で『仕事で』と短く返し、取り付く島なし、の微笑を切る。詮索されて良い話題ではないので、それだけ言って顔を逸らしたが、小柄な男は立ち去らず・・・じっと見ていた黒髪の男―― オーリンを見上げた。
「職人か?」
「何?」
思わず、驚きで返した一言。小柄な男は少し微笑んで頷くと、金の袋を持った手と反対の手で、オーリンの腕を指差す。
「手が職人だ。外国人だし、船乗りじゃないはず」
「・・・船乗りじゃないな。もしかして、あんたも」
少し警戒しながら返すオーリンは、指差している男の手を見た。彼の手は指の筋肉が丸く、拳は広く、指の隙間から覗く手の平に、硬そうなタコ。長年使い続けた箇所に凹みが付き、同じ作業の経過から、爪は付け根が曲がる。七分袖の服から覗く前腕は毛深い下に、はっきりした筋肉が浮いていた。
あんたも、と言われた男は頷いて、扉に振り返り『山の向こうでやってるんだ』と気軽に教える。
「山の向こう。あっち側・・・は、教会が」
ふと思い出したロゼールが呟き、さっと口を噤む。が、小柄な男は目を瞬かせ、『何て言った?』と今度はロゼールに向き直った。
「なんでもないですよ」
ロゼールの前に赤毛の貴族が一歩出て、彼を背中に隠すように答えると、小柄な男はルオロフをじっと見て『アイエラダハッド人か』と人種を言う。そうですと静かに答えたルオロフの後ろ、目を逸らしたロゼールとオーリンに視線を止めて・・・ふむ、と頷いた。
「アイエラダハッド人は、ティヤー人を信用してくれない。なぁ、黒髪の人。あの住所のないカーンソウリーの教会へ、行ったことがあるんじゃないか?」
む、と面食らうルオロフ。え?と固まったロゼール。黄色い瞳を丸くして『あんた知ってるのか』と率直に口にしたオーリンに、小柄な男は笑った。
カウンター向こうでは、従業員が『静かにしてくれ。間違える』と怒っていた。
*****
少し話し込んでいる間に両替は無事終わり、ぶすっとした従業員に礼を言われることもなく、オーリンたちは外に出る。
―――話した内容は、『魔物資源活用機構』の派遣であることや、オーリンは職人で同行し、各国で魔物製品製作の指導をすること。ロゼールは工房と契約する際、取り交わしをする仕事と話した。ルオロフのことまで、話す時間はなかったので、二人の紹介だけ。
小柄な男は、『教会』の名を出したロゼールの一言に、情報の『カーンソウリー訓練所に来た外国人』とオーリンの特徴を重ね、多分そうだと思って聞いてみた。教会を知ってる外国人なんて、まずいないよと、苦笑して―――
会話を通したことで、小柄な男は『教会に行きたいなら』と、通りの先を指で示し、船の移動手段を教えてくれた。
聞いてみると、船は頻繁に出ていて、利用者が多い。ピンレーレー島の真ん中にある、大きな山の周囲を巡るらしく、昔は観光客もいたことで、島内に於いては船便の本数が減っていないようだった。
「セーイチョウさんは、すぐ戻るんですか」
ロゼールは小柄な男に、もう帰るのか尋ね、彼は別の方を今度は指差して『買い物していく』と答えた。彼は自己紹介済みで名をセーイチョウと言い、通称らしかったが、本名より浸透していると笑って教えた。
山の向こう側まで、船で20~30分かかる。乗り合いの船は、途中で寄る小さい船着き場があるからで、実際はそれほど遠くない話。
船代は安く、『観光客でも3~5テテ、5テテは一周』。
『テテ』は、本島で使っていた通貨『クァーラン』の半分くらい。1クァーランは、こちらで2テテ。だから、2クァーランで一周近く、行けることになる。
セーイチョウは裏表がなさそうな印象の男で、オーリンは彼を疑うことなく信用した。目が、コアリーヂニーの目つきと似ている・・・それくらいだが何となく経験で、信じて良いかダメかくらい、判別はつく。
彼は、果物と紙を買い付けたら戻る予定で、それは次の船が出るまでの潰しでもあった。
一緒にどうぞと、すぐならないのは、オーリンたちの両替額が滅多に見ない大金で、それを持ち歩きはしないだろうと思ってのこと。
セーイチョウが、誘おうとして誘わずに、ちらっとロゼールの持つ金の袋を見ただけで終わったのを、オーリンは察した。
「あのさ。この金はさすがに持ってうろつけないから。これを置いてきたら、一緒にそっちへ行っても良いか?」
さくっとオーリンが話を進める。ルオロフは『え』と驚いたが、ロゼールもオーリンと同意見だったので、頷いてセーイチョウを見た。小柄な男は笑顔で『いいよ』と金の袋を指差し、『その大きさは危なすぎる』とまた笑った。
ということで。『お皿ちゃん持ってて良かった』と朗らかに言うロゼールは、大きな鞄から白い板(※お皿ちゃん)を取り出す。
さっと人通りを確認してから、『目立つので適当に頑張ってください』とお皿ちゃんに乗って、騒ぐ周囲を後に飛んで行った。
「あれは?」 「板が飛ぶんだ(※まんま)」
目を丸くする小柄な男に、オーリンは簡単に答え、ルオロフが苦笑する。
通りの人が騒ぐので、これはセーイチョウが気を回して、ティヤー語で宥めてくれた(※魔物退治に来た人たちだよ、くらいで)。
「彼は、見かけない大きさの鞄を持っている、と思っていたけれど。板を入れていたんですね」
すぐ戻ると分かっているので、その場で待つ数分。首を傾げるルオロフに、オーリンが『イーアンが作った鞄の、おさがり』と教えると、ルオロフの表情から笑みが消えた。
「彼女が作った鞄?おさがりとは」
「イーアンは支部にいた時、製品製作で俺たち職人と繋がるために、動き回っていたんだ。その時に使っていた鞄で、旅に出る前、ロゼールが業務引き継ぎしたから、ロゼールがあれを・・・おい、妬いてるの?ただの鞄だぜ?」
「妬いていません。でも羨ましいですね」
本音を真顔で返す男に、オーリンは声を立てて笑って、『言えば作ってくれるかもよ』と他人事の慰めを伝えた。赤毛の貴族は、意外とやきもち妬きと知った(※一番のポジションが大事)。
「さっきも『母』とか言ってたな。お前が、母親恋しそうに見えない」
「恋しいと思ったことは、過去に一度もありません。単に、イーアンが女龍で、彼女に迎えて貰えた忠誠を、私は」
「わかったわかった、真面目なやつだな・・・あ、もう戻ってきた」
空がきらーんと白い光を撥ね、ロゼールが白い板でぎゅーんと降りてくる。またも、わぁわぁ騒がしくなったが、ロゼールは笑顔を振り撒いてそれで終わる(※慣れ)。
セーイチョウも笑って『すごいもの持ってる』とロゼールの肩を叩き、集る人々に適当に挨拶し、四人はこの場を離れ、次は買い物へ―――
お読み頂き有難うございます。
今日は、もう一度投稿があります。仕事で、明日明後日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
いつも来て下さる皆さんに、心から感謝します。いつも有難うございます。




