2611. 海運局長の精霊の話・弓工房情報
※21日と22日の土日をお休みします。
※二日休むと内容が分かり難いと思い、明日20日は二回投稿します。宜しくお願い致します。
「ハクラマン・タニーラニ。まだいたんですか」
「なんだその言い方。迷惑そうに」
「違う違う(※うっかり)。あなたもお仕事だろうから」
「午前は、機構の案内が俺の仕事だ・・・あいつらに、情報を貰ったのか?」
デカいおっさんは、邪魔せずに見ていたらしく、頷いたイーアンは説明した。彼らが紙に書いたら戻ってくる、と教えると、局長はイーアンを見下ろして『俺に言えよ』と何となく居心地悪そう。
「でも」
「俺はピンレーレー以外も、顔が広いぞ。伊達に局長じゃねえんだ」
「うん。分かりますけど」
「怒ってるか?昨日の。ごめんな」
なんか、詫びている・・・じーっとデカいおっさんを見上げるイーアンは、首を横に振って『怒ってないって、昨日も言ったでしょう』ともう一度言ってあげる。でもおっさんは気にしているらしい。全く、気にしない印象なのに、変なところで繊細なのだろうか。
「あの話。精霊の物語」
ぼそっと呟いて、ちらっと見る、ハクラマン・タニーラニの薄い茶色い目。うん、と頷くイーアンに、途惑いがちに彼は続ける。
「俺も、昔・・・精霊の声と問答したことがあってな」
「え?」
「あるんだ。思い出していた」
「・・・言い難いですか?どんな」
「聞くか?」
もちろん、と即答した女龍。短い髪をかき上げて、視線を空に向けた局長。イーアンは彼の雰囲気に、後悔が滲んで見えた。余計な事を言わずに、話出すのを待つ。
海風がひゅうっと吹いて、風の温度で局長は違う方に顔を向ける。
「午後は雨降るかもな」
なんてことなさそうに、天気を予告。海と共に生きてきた蓄積の一言はさらっと出るのに、精霊との出会いは言い淀む。イーアンは・・・あんまり、良くない出来事だったかもと感じた。
「俺は、軽んじたつもりがない。ただ、世話になろうと思わないだけだ」
それが、ハクラマン・タニーラニの、正直で、真っ先に伝えたい、誤解を生みたくないことだった。
世話になりたくない――― この言葉はティヤーに来て、よく聞く。
それは、手助けを渡す他の種族に対し―― 同等意識からではないし、曲解ではないのだけれど、一線を引く。
これが連続すると、『同等扱いに相違ない動き』に、変わっていくのかもしれない。彼らにそんな気はなくても、知らず知らずの定着が人間特有の癖を出すとか。
宴のひと悶着で、局長は『勇者は精霊に好かれるだろうが、海の自分たちはどう思われるか気になる』と吐露した(※2606話参照)。自分たちへの理解が欲しいとも聞こえる。
沈黙が数秒。ハクラマン・タニーラニは、一呼吸取って、簡単に昔のことを話す。
彼は、嵐で上陸した知らない島で、精霊と思しき相手に滅多打ちを食らい、滅多打ちの間で何度も『どうでもいい指摘』を受けていた。
指摘の意図が読めず、抗おうにも相手が強過ぎて、やられながら強がりの罵声を止めなかったハクラマン・タニーラニ。最後は意識が消え、目を開けた時には、難破したはずの船が、砂浜に無傷の姿で佇んでいる光景で、この島の一件は終わった。
船は直っていて、言ってみれば『助けられて終わった』のだが、彼は感謝よりも複雑さの抵抗が、記憶に強く残った様子。
「イーアン。本当に、どうでもいい指摘だったんだ」
「はい。それは、当時のあなたにとって?今も?」
「今も、だよ。だが、精霊からすれば大事なんだな。俺は、昨日までそう思わなかった」
「・・・そうですか、だけど今もなのね」
「解釈は通じている。だが、正直。俺はそんなに大事に思えないんだ。自分を守る訳じゃないが、あの場にいた皆、俺と同じ心境だろう。ただ・・・それは、精霊にすれば」
「悲しいですよ、ハクラマン・タニーラニ。私は女龍だけど、人間上がり。あなた方の気持ちが分からないほど、崇高じゃないのです。だけど、空を守る責任を背負う。精霊の声を正しく聴き取る立場にいます」
イーアンはこれ以上、どう言えばいいのか悩み、黙った。
どうでもいい、と彼が捨てた部分は、『人間の生活・営みを支える他の何か』についてだった。
―――ハクラマン・タニーラニはその指摘に、『人間は人間で必死なんだとは思わないのか』『都合よくいつでも助けてくれるわけじゃないだろう』と思ったそうで、現実的な部分は分からないでもないが・・・なんと言うか。助けるつもりなら何でも助けろよ、的な裏面が隠されている気がする。
ただ、敬っていない気は、ない。
彼は・・・彼らは、自分たちなりに精霊や龍を敬っているつもりだし、一線を引くのは、自分たちの存在を守りたいだけではなく、異なる存在を尊重している意味も含む。
なので、『精霊や龍を信じているには変わりないし、自分たちなりの感覚で付き合うのを、あちらに拒まれている』と捉えている感じが伝わる。
託された『精霊島物語』の感想は、分からないでもない・分かる気がする、と彼は言った。納得しづらい胸中を、あの時は濁して伝えたのだ。
人間と精霊の間に、横たわる溝をなぞった『精霊島物語』。
どちらも、相手の押し付けに感じるのか。でも、この世界は精霊の創った世界だから・・・ イーアンは言わないが、そこを重視してほしいと思う―――
沈黙した女龍が、視線を下に向ける様子に何を思ったか。
局長は背を少し屈めて『イーアンは、人間上がり?』と眉を顰めた。疑いではない、少し戸惑う聞き方で、イーアンは彼の心が分からず、小さく頷く。
「本当か?お前を見ていると、全然人間に見えない」
「褒めていないですよ、それ」
「褒めてない。人間なんて足元にも及ばない存在だ。でも人間だった?」
「そうです。私はある時から、龍の大役を背負い、目まぐるしい変化について行くのが必死で、どんどん人間離れする自分を恐れ、望みもしなかった姿形に変わり、理解するに難しい極限の高みたちの思考に、何度泣いたか。でも、私もそうあるべきなのです。私は、皆さんを守りたいから」
話したら軽蔑されるかなと、若干心配もあったイーアンだが、抱えていた本音を一気に伝えた。真っ向から伝えて、嘘でもない自分を知ってもらった方が良い。
「海神の女よ。お前は。そんな背景を」
ガラガラ声が同情を帯びる。ゆっくりと局長の片腕が伸び、イーアンの肩近くで止まった。触っていいか、躊躇う彼の動きに、イーアンはその手を取った。そっと、彼のごつごつした手に触れ、目を見て、『人間上がりの、海神の女です』とはっきり断り、その手を戻そうとした。だが、彼の手に力がこもり、ぐっと押しのけられて背中を抱えられる。
「寄り添う黒い龍。俺たちの海を守る、お前は。俺たちと同じだったのか」
「ハクラマン・タニーラニ。私は白い龍です」
「どっちでも龍だろ」
抱き寄せられる形で、イーアンは背中を押されて局長に包まれる。でも彼は、抱き締めなかった。隙間があって、それは配慮に感じる。見上げると、髭覆う顎の上に、鋭い視線がこちらを見ていた。その目に、慕う感情が溢れている。
「教えてくれ。精霊も、お前と同じように。人間を知っているのか」
「・・・分かりません。でも私は、そうだろうといつも感じます。どの国にいても―― あの。精霊にもよることはあるけれど」
答えながら、イーアンは黒い精霊が脳裏に過って、振り払うようにそう答えた。ハクラマン・タニーラニには、その辺りはなだらかに伝わったようで、彼は頷いて、少し黙った。
「明日か明後日。予定では明日だが、雨が波を立てると、明日になる可能性がある」
急に言われたことが、関係ない話。え?と瞬きした女龍に、局長は雲の流れを眺めて意味を教える。
「写本の予定だ。歌い手の船が来る日だ」
「あ、それですか。はい」
「お前の話も、書いていいか」
*****
この後、イーアンを待たせていた警備隊員たちが帰ってきて、局長とイーアンに紙を見せながら、簡単に説明し、局長が『じゃ、あっちのもだろ』とか『細かいのは〇〇の工房でも』と口を挟んだが、イーアンはそれを無視し、隊員にお礼を言った。
口を出すのはこの人の性格・・・苦笑しつつ、ハクラマン・タニーラニを軽く無視して礼を言う女龍に、隊員も局長を少し気にしながらも、笑顔で『役に立つよう願っている』と離れた。
彼らと入れ替わりで、裏口からドルドレンとシャンガマックが出てきて、局長と一緒のイーアンにお待たせの声をかける。終わりましたか、完璧だよと、労いと報告を交わしたすぐ、局長が口を開いた。
「工房行くんだろ」
「え?あの、え?」
いきなり行く気?と固まるイーアン。ドルドレンとシャンガマックは、何か話があったのかと二人を見て、局長が『工房に弓の相談』と用事を先に言う。
イーアンが決定したわけではないので、ドルドレンは奥さんがむすっとしたのを見逃さず、『そうなの?』と一応聞いてみる。ちらりと見た鳶色の目に不満が浮かんでいる・・・ので、ドルドレンはちょっと笑った。
「話してくれ。書類は安全な場所に戻さないといけない。出かけるにしても、ミレイオたちに行き先を言わねば心配される」
丁寧に、先にすべきことを教える総長に、ハクラマン・タニーラニが何か言おうとしたが、さっとイーアンは前に出て、『先ほどね』と捲し立てる勢いで伝えた。
邪魔されたくないのが分かる女龍の早口に、シャンガマックも笑うが、局長相手だと大変なのは承知。
ドルドレンとシャンガマックは、彼女の話をきちんと最後まで聞いて、離れようとしない局長が案内したがっている理由を理解し、目を見合わせた。工房はどうも、違う島。
「海運局の巡視船が、もうすぐそっちへ回る時間だ。乗ればいい」
軽い局長の申し出に、ドルドレンはちょっと考える。イーアンは反対はしないが、勝手に決められるのが面白くなさそう。褐色の騎士が『書類は宿に置いてきましょう』と促すと、イーアンは伴侶の視線を見上げて『私、預けてきますから』と片手を出した。
「・・・急ですけれど。機会は機会(※自分に言う)。ドルドレンたちは港へ行って下さい」
「馬車はここに置いて行けばいい。工房の場所も知ってるからな。巡視船の時刻に合わせても、3時間後には戻れる。戻ってくるまで、警備隊の馬車置き場に停められるよう、俺が話しておいてやる」
上から目線の局長は、勝手に決めている気はなくて、気を遣っているつもり。
無表情のイーアンに書類の鞄を渡したドルドレンは、『それでは3時間の留守と、仲間に伝える』と局長に答え、イーアンは鞄と共にパタパタ飛んで行った。
局長はすぐに、その辺にいる警備隊員を捉まえて『彼らを連れて出かける。彼らの馬車と馬を預ける』他のやつにも言っておけと命じ、これで済んだ。
イーアンが戻ってくるまで、三人は歩いて行ける範囲の港へ行く。
巡視船は施設から近い場所に停められており、準備はもう終わっているらしく、船に乗る局員が数名、波止場で話していた。局長が『おい』と大声で振り向かせ、彼らに『乗せる』と総長たちを目で示す。
「はい。じゃ、もう乗りますか?」
「あとウィハニの女も来るから・・・昨日の今日だ。気ぃ遣え」
ドルドレンたちを見ただけで、若干、局員が身構えた感じだったが、イーアンも来ると言われて、顔に出る。嫌がっているのではなく、立場が悪いと思っていそうな目の逸らし方で、ドルドレンは『急ですまないが、宜しくお願いする』と声をかけた。
「謝るなよ。俺が乗れ、って誘ったんだ。あ、来たな」
彼なりに気にし、言葉にしてくれる局長。彼が上を見た視線につられると、白い翼四枚の女龍がこちらへ来るところだった。
局員が数歩下がる。局長は彼らを目端に見たが、緊張伝わる部下に何を言うでもなく、降りたイーアンに『乗ってくれ』と船を指差した。
歓迎されている感じはないが、嫌がられているのとも違う。目的地の島まで、船で10分もない距離だから、乗ったらすぐ下船する感じ。イーアンは自分へ向けられる視線を受け止め、『往復だけです』と微笑んだ。
「飛べば?と思われそうですが、仲間は飛べな」
「思ってねぇ。そんなふうに捉えるな。・・・乗れよ」
何かぎこちなさを挟みつつ、苦笑を隠してイーアンは舷梯を上がる。ドルドレンとシャンガマックもちょっと視線を交わしたが、女龍の後に続く。
局員はぎくしゃくしているが・・・彼らは昨晩の一件、正直に反応しているんだろう、と思った。
出港した船がゆっくり進む間。イーアンの側から離れない局長は、警備隊員の書いた紙の説明をしてくれた。
ささやかに手描き地図も添えられ、総長と騎士と女龍が覗き込む紙に指を動かし、ハクラマン・タニーラニは『同行した理由2』をそれとなく教える。それを聞いて、地図から顔を上げる総長。局長は耳を掻いて、島の方に視線を向けた。
「神殿連中の通り道だ。僧侶もどこに散ったか、見かけることもめっきりなくなったけどな・・・とりあえず、俺が一緒の方が何かあっても対処しやすい」
「ハクラマン・タニーラニ。そういう大事な思い遣りは、先に言うのだ。有難う」
「思い遣りなんてもんと違うよ。総長たちは、恨まれてるだろ?だからって、何があいつらに出来る訳もないが、面倒はない方が良いってだけだ」
ぶっきら棒な気遣いに、女龍が顔を下に向けてクスッと笑う。ドルドレンも微笑み、シャンガマックは甲板から目的の島を眺めた。
・・・魔物をあまり見かけない。神殿の輩も居なくなった話。嵐の前の静けさかも知れないが、今の内に進められることは進めたい。
「着きますよ」
小型船なので局員も、すぐ近く。声をかけた局員に振り向くと、出発前のぎこちなさは薄れ、目が合った女龍に少し微笑んだ。局長とのやり取りを聞いて緊張がほぐれた雰囲気に、イーアンも微笑み返した。
船は、浅瀬を縫うように港へ向かい、隣の島アリータックへ。
お読み頂き有難うございます。
用事で土日をお休みするため、区切りのいいところを考えて、明日20日の投稿は二度にします。どうぞ宜しくお願い致します。




