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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2609/2963

2609. 旅の四百一日目 ~朝食・僧兵の『絵』が示すところ

 

 翌朝――― ドルドレンは早めに起き、皆の部屋を回って扉を叩き、『ルオロフが来ているから』と最初に教え、誰もがハハッと笑う、朝一番。朝食は彼と一緒であることを伝え、部屋に戻って、起きたイーアンと一階へ行く。


 タンクラッド、オーリン、ロゼール、クフム。シャンガマックとミレイオは、連絡珠で教えることにして、宿の外に出たところ、扉すぐ脇の壁に、赤毛の貴族が寄りかかっていた。目が合うなり、お互い可笑しそうに肩を竦める。



「戻ってくればいいのに」


 ドルドレンは本音を気遣わない。さらっと、挨拶より先に伝えた総長に、ルオロフは嬉しそうに『そうしたいですね』とこちらも本音で返した。


「朝食が一緒で嬉しいです。お元気でしたか」


「まだ一週間である」


 笑いながら皆で朝の通りを歩き、ルオロフが昨晩イーアンと食事をした店に入る。朝は人が多くて活気があるけれど、裏通りの食事処は混んでいなかった。


 夜の商売が多い通りは、仕事明けの人々も勿論いるが、彼らは行きつけの店があるらしく・・・それは店の従業員に、ルオロフが確認済み。


 板の組み方を凝らした壁に、磨かれた食卓と椅子、毎日拭かれていると分かる窓や窓枠、余計な飾りのない、地元の絵描きの絵が品よく飾られた店内は、差し込む朝日が、壁沿いに縁を回す小棚の花瓶を照らし、どことなくティヤーっぽくなかった。



「高そうだな」


 ぽろっとオーリンが呟き、席に着いた皆も同じことを思った視線を交わす。ルオロフは『私が支払っておきましたから、朝食は好きなだけ食べて下さい』と、ニコッと笑った。


 昨日あんまり食べていなかったようだしと、貴族らしい自然体の気の回し方。

 ドルドレンは真面目なので『それはいけない。お前に払わせようと思わない』と、腰の財布に手を動かしたが、タンクラッドがそれを止めた。


 ルオロフは嬉しいんだろう、と囁く親方に、ドルドレンも貴族を見る。そのまんま、嬉し気な笑みがどこか可愛いさ残る若い貴族に、ドルドレンは咳払いして『有難う』と言い直した。オーリンもクフムも有難くご馳走になるとお礼を言い、ロゼールは『船に戻ったら、俺が作りますよ』とルオロフに約束。



 朝の幸せな再会は、朝食が運ばれてきて更に賑やかになる。昨日の夜は酷かっただけに(※これも本音)、朝食の味の良さは腹に染み渡る。


 朝なので品目は少ないが、ルオロフは前夜に『明朝は人数を連れてくるので、多めに用意してほしい』と頼んでおいたため、大食漢の親方やドルドレンは思う存分、食べられた。


 扉がカランと鈴を鳴らし、イーアンが振り向くとシャンガマックが入ってきた。

 清々しい褐色の騎士が笑顔でルオロフに挨拶。立ち上がったルオロフは『一緒に食事が出来て嬉しい』ともてなし、彼に椅子を勧める。続いてミレイオが来て、入ってきたミレイオはルオロフに両腕を広げて抱き締めた。


「おかえり、ルオロフ」


「まだですよ!さぁ、ミレイオも座って食べて下さい」


 自宅でもない、ただの食事処でも、ルオロフらしい歓迎をする。彼がとても喜んでいるので、皆もつられて一緒に気分が上がる。


 ガヤガヤと会話が途切れる事なく、朝食は食べ放題の状態で続き、一週間どうやって過ごしたかを話して・・・ そして、笑顔の時間は切り替わる。



 皆が腹八分目になったくらいで、ルオロフは『今日はどうするのか』を尋ねた。


 昨晩それを教えたイーアンは、彼が何を話そうとしているのかは分かる。彼なりの本題への()()なのだ。


 ドルドレンも察した。うむ、と頷いて、微笑み絶やさない貴族に、『今日はこれから警備隊に魔物製品を渡す』と答える。事情を知らないタンクラッドが『俺はちょっと出かけるかもしれん』と口を挟み、ドルドレンはゆっくり頷くと、じっと見ている薄緑色の瞳に、瞬きで順番を促した。



「総長。宿を移動されますか?」


「おお、そうだった。そうしようと思ったのだ。お前の泊まったところは部屋数があるか?」


「問題ありません。では、この後すぐに宿を移動してはいかがですか?それから船に、魔物製品を」


「そうだな。お前は今日、どうするのだ」


「私はまず、()()()の状況を知りたいと思います」


 赤毛の貴族の目が笑っていない。口元の微笑みが残る、真っ白な肌に、朝日を透かした赤毛の透き通る影が映える。

 暑いティヤーの朝に、氷のアイエラダハッドの風を持ち込んだように、ルオロフの目は鋭い。


 カチャカチャと音を立てていた、食器の音がピタと止まり、ミレイオたちの視線が集中する。誰もが、あの男『僧兵ラサン』と瞬間で気づき、これに答える適役の騎士が『そうか』と応じた。ルオロフの目が褐色の騎士に向く。



「父に訊いてみる。言われてみれば、確認していないからな」


 ニコッと笑ったシャンガマックは、何を察したわけでもないが、ルオロフが船に戻るために僧兵の状態を知りたいのは当然・・・と理解して、『宿を移ったらすぐ』と表を見た。


「父はここに来ていないだけで、近くにいるんだ。船に行くこともないだろう」


 ルオロフは礼を言って、ふーっと息を吐くと茶を飲む。緊張ではないが、願いはある。死んでいろ、と思うだけだった。



 少しだけ場の空気が重くなったが、目を伏せて茶を一口飲んだ貴族は、さっと睫毛を上げて、強張った雰囲気に笑顔で『お腹は満ちましたか』と話を変え、皆もぎこちなさはあれ、それに合わせた。



 *****



 ―――ルオロフが船に戻りたいから、状態を知りたい。


 シャンガマックはそう捉えたし、他の者も同じだが、イーアンとドルドレンは昨晩の話で、これがルオロフだけではなく、大きな物事の結論と構えた。


 二人はこの話を皆にしたかったが、歩きながら話すようなことでもないし、時間も取れないので、流れのままに、最初の宿を出て馬車を動かし、ルオロフのいる宿に移動し・・・あっという間に、お父さん呼び出しへ。



 新しく宿泊する宿は、午前は部屋を掃除すると言っていたが、一室を一時間だけ借りたい、と頼んだら了承してくれた。


 二階の一室に集まって、扉に鍵をかけ、シャンガマックがヨーマイテスを呼ぶと、獅子は部屋の一番濃い影からのそりと現れた。



「なんだ。こいつらの用事か」


 開口一番ご挨拶な獅子は、口の悪さ絶好調。シャンガマックは温かい眼差しで『俺たちの用事でもあるよ』と獅子をナデナデ。毎度、この親子の温度差が気になる皆だが、シャンガマックは気にしないので、事情をさくさく話し、獅子はルオロフを見た。


「お前があいつを嫌っているから、ってだけじゃなさそうだな」


「・・・意味を推測しかねます」


「ふん。()()()()のはお前だけか。まぁな、外からだと見えるもんかもな」


 獅子は一方的に決めつけた感じで喋り、ルオロフは丁寧にそれをはぐらかす。昨日はイーアンに意見を伝えたが、それは自分が話すことではないと立場を弁えて。獅子はルオロフの思惑を見抜いている。それがルオロフには驚きだったけれど、それも顔に出さずに置いた。



「いいだろう。ここにキーニティを呼ぶわけにいかない。バニザット、移動するぞ。乗れ」


「あ。そうか。じゃ、すみません、総長。ちょっと待っていて下さい」


 そうだったね、と獅子に跨る騎士は、軽く挨拶しながら、獅子と影に消えてしまった。ポカンとする皆は、顔を見合わせ『言われてみりゃ』と苦笑する。


 ダルナを呼ばないといけないので、宿では無理だが・・・獅子は知っているもの、と思っていた。


「彼も、僧兵の状態を確認していなかったか」


 タンクラッドが呟いて、ミレイオが『あいつに興味ないもの』と吐き捨てる。管理しているなら、知っておいても良さそうだと、首を傾げるミレイオに、イーアンは『私も知らなければいけなかったのに』と凹んだ。凹んだ女龍に、ルオロフが急いで『忙しかったんだし』と慰め・・・ドルドレンは、この空き時間で、ルオロフの指摘を皆にも話そうと思った。


「ルオロフ。お前の意見だが」


 言ってもいいか、許可をとろうとした矢先。はい、とルオロフが振り向いた同時で、獅子が戻ってきた。シャンガマックが背中を下りて、皆を見回し、ルオロフに目を留める。それから、イーアンを見た。


「結果から話す。僧兵は、出てこない」



 *****



 出てこない?とざわつく。漆黒の瞳はじっと女龍を見つめたまま、『あの男は、もう人間の状態ではないんだ。イーアンと話すこともない』と続ける。何が何だかのイーアンは瞬きして、え?と聞き直す。



「シャンガマック、それは」


「絵になっていた。キーニティは、何もしていない。絵から出てこないし、動かない。同化したらしい」


「・・・同化?」


 イーアンは獅子にも視線を動かし、彼の碧の目と合う。同化ってどういう状態なのと、目で問う。獅子はどうでも良さそうで、『ただの絵だ』と短く答えた。


 ちなみに、あの神殿潰しで同じように絵に閉ざしたリボワ司教は、思い出した時に絵から出したそうな。こちらはあっさり出て、怯えた司教を、獅子は適当にその辺に放したとか・・・(※あとは知らない) 



「僧兵は変化がない」


 褐色の騎士の報告に、ルオロフも驚愕。死んでいる訳ではないのか。それとも死んでいるのと同じか。仮死状態で絵に閉ざしたから?これをどう受け取ればいいのか、ピンと来なくて、赤毛を片手でかき上げる。


「それは、死んでいるんですか?」


 尋ねた貴族に、シャンガマックは眉根を寄せて『はっきりは分からないんだ』と先に言い、だがもう変化はないだろうと、獅子を振り向き、『ね』と同意を求めた。獅子も頷く。



「最後は仮死状態で、絵に入れただろ。あれきりだ。絵の中で死ぬことはない、とキーニティは話していた。生きている体への影響がない、の意味だ。仮死だろうが何だろうが、時間も空腹も関係ない。

 さっき、絵から出そうとして、キーニティは『これは絵でしかない』と言った。

 イーアン、思い出せ。キーニティは以前、『あんな効果はない』と言った場面がある。あれと同じだ(※2558話参照)」



 はた、と思い出したイーアン。『あ・・・クフムの』唇からこぼれた名前の主が、ぎょっとして振り向く。私?と自分を指差した不安丸出しの彼に、イーアンは『あなたがラサンの絵と話したでしょ』と教え、クフムもハッとする。


「今回のラサンの状態は、精霊の関与では」


 シャンガマックが確かめるものでもなく、イーアンのクロークの内側、青い布に視線を落とした。イーアンも彼の視線を追って下を向き、アウマンネル・・・青い布を見て考える。



「何も言われていません。今も」


 布は動かない。話は聞こえているだろうに、アウマンネルは何も反応なし。シャンガマックは『絵は今。キーニティが持っている』と教え、取り置くにせよ、廃棄するにせよ、イーアンが決めてくれと言う。


「彼に何かあっても困る。彼は手伝っただけだし、僧兵の管理を父が預かったが、イーアンの意見も聞きたい」


「そうですね・・・うん。どうかな、ホーミットは先ほどの言い方だと、知っていらっしゃいそうですが、絵の扱いを決定するのは私でも、その前に、私は皆に話すことがあります」



 思いがけない事態――― 


 僧兵は絵から出ない。絵の一つとして馴染んでしまい、キーニティの魔法でも動かないとなれば。これを死んだと見做すかどうか、その前に。


 イーアンはルオロフと目が合い、彼が小さく頷いたので、昨日の晩、ルオロフが気づいた点を、皆にも教える。ミレイオとオーリンの表情が強張る。彼らは直感で正しいと判断した様子。


 いつもだと『それは』と盲点を突く親方も、何も言わない。じっと女龍の話に耳を傾け、何度か頷くことを繰り返していた。


 ドルドレンは昨晩イーアンに聞いた時、疑う気になれなかった。誰かが持ち込んだ別の視点によって、宙ぶらりんだった問題が片付くことは、度々ある。ルオロフの気づきはそれだと、思ったから。


 ロゼールは留守が長引いたため、よく知らない話だが、精霊が合間に挟まって進んだ僧兵の一件、最後は『絵』となったなら、これも精霊だろうと素直に信じた。


 クフムも何とも言えないものの・・・裏話で驚いた、数奇な人生を歩んだラサンの最期に感じる。



 赤毛の貴族は、胸の前で組んだ腕の片方を顎に添え、身動きせずに関係ないところを見つめ続けた。

 自分の直感と気づきが、このまま真実になるように祈り、ラサンという犯罪者に起きた報いを、『死』と解釈して良いことを願う。


 単に、嫌いで済まない相手。()()を片付けられない状況に歯痒さも募ったが、言葉で言い表せない嫌悪の対象だった。



「確認できればいいのにね。でも、精霊は言わないのね」


 話を終えたイーアンに、ミレイオがすぐに言う。そう、と頷いた女龍も仕方なさそう。精霊が黙っている・・・その意味は、自分たちが考えるべきだから。


「ねぇ。ルオロフの感じ取ったこと。それでいいんじゃない?異時空から受け取った、人間にとっての有難いことをさ・・・うまく扱えなくて、蔑ろにした歴史の人たち。今回の〆は、ラサンかもよ。

 ラサンも、知らない間に異時空に絡んだ話だけれど、彼は大間違いの大罪作りを、迷いもしなかったでしょ。

 で、『幻の大陸』でツケを支払った、んじゃないかしら?」


 ミレイオの言葉に、ロゼールがそっと付け足す。『本当にその大陸だったなら、早死にする可能性はあると思いますよ』と。



「ふーむ。思ったより、まずい場所だ」


 大きく頷いたドルドレンは、イーアンと目を合わせる。困った顔の女龍が、何を困っているかも伝わる。


「俺には、『異時空を意識しておく』だけで良いと思えない。幻の大陸が、勝手に飲み込んでしまう、もしくは勝手に吐き出してくる、そんな危険も迫っているのではないか?」


 ゾワッとする、勇者の予見。引き攣るイーアンも、そうかなとは思っていたが、ドルドレンにはっきり宣言されると、本当になりそう。ドルドレンは青い布をちらと見てから『では、ラサンの絵は処分しても良い訳か』と独り言を落とした。



 布は無反応で―― ドルドレンにそれは、『これも一つの結末』に見えた。


 ラサンは、自分たちの意識を()()()()()『異時空の乱れに対する警告』へ引き付ける為の役目だったかと、頭の中で呟いた途端、青い布が一瞬だけ明るく光り、それはすぐに戻った。

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