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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2608/2956

2608. ルオロフと夜食を

 

 写本の原稿を、すぐに写す機会がある。


 ハクラマン・タニーラニに情報を与えられた後、ドルドレンたちは酒場を出た。用が出来て退席を伝えると、それは受け入れられた。



 いざこざ後の退席、は・・・仲直りしている分に、融通が利く。


 局長は少し残念そうだったけれど、宿は隣だし、酒場の二階から繋がっているので、戸口際で明日のことを話して、『夜明けまでいる。何かあればこっちへ来い』を挨拶に別れた。


 すったもんだあったから時間だけは経っていたが、飲んだり食べたりは、出された割に、普段の量よりも手をつけていない。クフムは酔わずに済んだし、皆もとっくに酒が抜けて、お腹は若干、空腹気味。


 ドルドレンたちは『女性を連れ込む近道』の廊下から宿の中に入り、一階の受付で宿泊費を支払い、あてがわれる部屋の鍵を受け取る。

 この時、女性連れ込み用の酒場側の部屋は、しっかり遠慮して、万が一でも、扉を酔っ払いに開けられない、確実に安全な部屋にしてもらった。



「落ち着かないから、今夜だけだな」


 タンクラッドが苦笑も出ない顔でぼやく。オーリンは『別に俺は平気』と言っていたが、この面々でそれが言えるのは、彼くらい。皆さん、真面目でストイックなので、行きずりの恋などまるで無し。


 シャンガマックは部屋を遠慮し、『父が呼んでいるので(※脳内)』と外へ出て行った。ミレイオもシュンディーンを寝かせた地下の家に帰るから、部屋は不要と申し出る。

 ドルドレン、イーアン、タンクラッド、オーリン、ロゼール、クフムが部屋をとり、宿に預けた馬車に行って、荷台から少し、保存の干し肉を出した。


「飲料水は夜でも交換できる話だったけれど・・・祝宴に引っ張られて行ったんじゃ、意味なかったですね」


 ロゼールは干し肉を皆に配ってから、水は明日と、荷台の扉を閉める。ドルドレンも馬たちの様子をさっと見て、新しい干し草と水が置かれているので、皆はまた宿に入った。


 お疲れ、の挨拶を交わして、ここからは自由時間。大変だった『祝宴』は、いろいろあっても当日中に切り上げられたし、精霊島の話は伝えられたので、結果だけ見れば、望み通りと言えなくもなかった。



「お疲れ様だが、行くのか」


「はい」


 部屋の前で、ドルドレンとイーアンは分かれる。

 イーアンは宿の表に待っている客に会いに行く・・・ちょっと笑ったドルドレンが、宿の通り側に顔を向け『入ってくればいいのに』と呟いてから、遅くならないようイーアンに言い、先に部屋に入った。


 女龍は、宿の外へ出る。角が光るので、一応フードを被って発光が目立たない状態にし、夜の通りの左右を見渡した。


「こっちです」


 少し離れたところから声がかかり、イーアンはそそくさと小走りにそちらへ行った。


「ルオロフ」


「イーアン。私の泊まる宿に、皆さんもくればいいのに。そっちの宿は下品で」


 赤毛の貴族が再会の嬉しそうな顔で、『宿が下品』と見切ったのをイーアンも笑う。『ドルドレンはあなたが、こっちに入ってくればと言っていた』と答えると、苦笑いでルオロフは首を横に振った。


「途中、様子を見ようと思って、二階の廊下から覗きましたが。よくあんな人たちを相手に、皆は付き合うものだと驚いて感心しました。私は嫌です」


 遠慮ない辛口にイーアンは笑いっ放しで、辛口だけどルオロフも笑顔は引っ込まない。女龍の背に手を添えて『食事は食べましたか』と尋ね、あんまり食べた気がしないとお腹を押さえた女龍を、食事に誘った。


「その分では、皆さんもあまり満足に食べていないのですか?私が紹介された食事処は、清潔で料理もまぁまぁです。総長やタンクラッドさんたちも呼んでは」


「良いのです、ルオロフ。今は、あなたが私の話を聞きたいから、呼びだしたのでしょう?」


 離れているのに、何かと気遣う貴族に、イーアンは嬉しい。でも今夜はルオロフから『イーアンに訊きたいことがある』と手紙を渡されたので、こうして出てきた。



 ―――この夕方、ルオロフの船も港に着いて、アネィヨーハンのトゥに行先を聞き、急いで来たらしい。が、時すでに遅し(※宴会)。


 ルオロフは祝宴が終わりかける頃まで待とうと決め、先に自分の宿をとり、良心的で衛生的な食事処(※貴族だから)を教えてもらい、食事も済ませた。


 イーアンたちが宿に戻ったかどうかを見に行った際、『娼婦も付く宿』と言われて、何?と思った。宿続きの二階通路を案内され、ルオロフは通路口から中を少し観察した後、手紙を書いて渡すように金を渡して頼み(※金握らせるの重要)、酒場を後にした―――



「ルオロフが待っていると手紙で知ってすぐ、退席出来ましたが。なぜか従業員も急かしていたのは」


「金の力です(※処世術)」


 んまーと感心するイーアンに、厳しい横顔のルオロフは『あの系統の人間は、金で動くもの』と教えた。だから宿の外で待っていたのねと、まじまじ見る女龍にちらっと視線を向け、頷いてからちょっと笑う。


()、貴族ですので」


「今も貴族に思えます」


 苦笑するルオロフが近くの食事処の扉を開け、イーアンを中に通しながら、ティヤー語で店の人間に注文をする。夜も10時過ぎ、席はガラガラに等しく、イーアンたちの酒場に人が行っているからだと分かった。


「私が夕食を食べた時間も、あんまり混んでいませんでした。ただ、料理を作っては差し入れに・・・あちらへ。それで少し時間が掛かったようですが、今は早く提供されると思います」


 椅子を引いて、イーアンを腰掛けさせると、ルオロフは説明しながら、自分も向かい合う椅子に座る。


「私があちらの宿に入ったら、女性が来て。私は誤解されるのを好まないので、すぐに断りましたが・・・大丈夫でしたか?総長はイーアンがいるから大丈夫だと思うけれど、タンクラッドさんやシャンガマックが」


 顔の良い彼らを心配するルオロフに、イーアンは『私が女性にくっつかれていたが、皆は無事』と笑うと、ルオロフが凝視した。経緯を教えて一笑に付すものの、ルオロフは『やっぱり良くない』とあの宿を否定していた。それから、話は『離れていた時間』について、ルオロフの気持ちや報告を挟む。



「この前の・・・イーアンが作ってくれた朝食。とても美味しかったです。食べ終わるのが勿体なかった」


 運ばれてきた料理を女龍に回し、ルオロフは朝食の礼を伝え、イーアンは笑顔で『いつでも』と頷く。


 辛い煮魚と、酸味が爽やかな生野菜を取り分け、雑談もここで終わる。数秒の間を置いて、イーアンが彼にちらと視線を上げると、ルオロフの薄緑色の瞳がじっと見ていた。


「私に聞きたい話とは、何ですか?」


 イーアンがそっと伺うと、赤毛の貴族は目を逸らさず、呟くように質問。


「あの男のことです。僧兵はどうなったのですか」


「あ・・・それか」


 突き匙に引っ掛けた白身魚を口に運び、イーアンはふーむと唸る。

 実は、見てない・・・最後にラサンを絵に入れた総本山潰し以降、絵はキーニティと獅子の元で、イーアンは全く触れていないのだ。


 唸った女龍に、ルオロフは『都合が悪いですか』と気にして尋ね、どう答えようかと思いつつ、イーアンも正直に打ち明ける。


 見ていない・触れていないの返答は、ルオロフがそれを理由に離れたのを、等閑にしているように感じさせてしまいそうだが・・・胸中、少し心配しつつ、そう言うと、ルオロフは目を伏せて頷いた。



「そうでしたか。いや、イーアンも忙しいし・・・そうですよね」


「ごめんなさい。すぐにじゃなくて。この一週間近く、私たちは、というかな。私とオーリンとミレイオとシュンディーン、あとイングは―― 」


 二品だけの食事を、半分ずつ分けた夜食時間。イーアンは静かな店内に響かないよう、声を潜めてパッカルハンと沈んだ国探しのことを話す。


 驚くものの、ルオロフは質問を挟まず黙って聞いた。

 丁寧に教えてくれる、壮大な歴史を探った日々。それは今日の午前までかかり、船に戻って皆にも報告し、皆が出した意見や言葉も、イーアンは教えてくれた。

 イーアンたちが目的に置いた『異時空』のことと、共有時間の言葉で重なった、気になる部分あり。


『・・・こんな感じでした』と結んだイーアンに、ルオロフは早速、尋ねた。



「ラサンが()()()()()()()()は?」



 *****



 ルオロフの用事は、ラサンの進捗だった。イーアンは、彼の質問の意味が、最初ピンと来なかったが、ルオロフが気づいた点、『異時空の動きを知る一連』と、『ロゼールの話』を説明されて分かった。


 食事は済んでいて、僧兵については早く確認することを約束し、二人は席を立つ。焦らせているようで、と謝る貴族に、イーアンは『うっかりしていた』と自分が謝った。


 表へ出て、深夜近く。食事代をルオロフが支払ったので、イーアンが近い内に払うと言うと、『いつも食べさせてもらっていた』と微笑みで断られた。


「また、船で食べたいです。あ・・・私ときたら、つい。イーアンたちは、ピンレーレーの予定をもう立てましたか?」


 ルオロフは、予定を教えてほしいと頼み、イーアンも分かっている範囲で、最初の予定を伝える。


 明日は警備隊に荷箱を下ろして、近くの島も見に行くつもり。タンクラッドが、また別行動するようだが、それはまだ詳細不明。最新で加わった予定は、三日後に写本原稿の件で、海運局長に会うこと。


「写本」


「はい。ルオロフたちが精霊島で託された話を、本にしたくて。ドルドレンたちがこの数日で原稿を作りました。三日後に、海の伝説を歌う人が近くの島に来るらしく、彼の歌を紙に残す話が持ち上がったとか。それでこちらの写本も写しをとると」


「・・・そうですか。ええと、それは三日後、決定なんですね?」


「多分そうです。予定は変わらないと思います」


 ルオロフも来る?とちょびっと気を遣う。ルオロフの予定はあるのかな、と覗き込む女龍に、赤毛の貴族はニコッと笑って『宜しければご一緒したい』と答えた。


「ただ・・・私も。まだ()()()と思うけれど」


 口ごもるルオロフは、言おうかどうしようか、少し躊躇い、じっと見ている女龍に微笑んで、今はやめた(※サネーティのこと)。

 歩きながら話しているが、宿はすぐそこ。あっという間に着いてしまって、イーアンは明日どうかと誘うことにした。


「ルオロフ。良かったら、明日は朝食を一緒に」


「あ!そうですね。総長たちに、こちらへ来て頂いて。どうせなら宿も変えればいいです」


 女龍の背後の宿を、ちらりと見た貴族の眼差しが、『こんな場所に』と言っていそうで、イーアンは笑う。ルオロフも笑って、二人はお休みと挨拶し、ここで分かれた。



 部屋に戻ったイーアンは、鍵をかけてもらっていた扉を、物質置換ですり抜ける。ドルドレンは転寝していたが、気配で目を覚まし、戻ったイーアンを抱き寄せて『おかえり』と労う。


「ルオロフが明日、一緒に朝食をと」


「うむ。そうしよう。この宿は食事がないのだ。夜は酒場頼みらしいが」


「それと、宿もここじゃダメだと言っていました。衛生的ではないって」


 イーアンの報告に笑うドルドレンだが、『皆も移動したいと思うから、明日移ろう』と了解する。


「他には?話は何だったのだ」


「ルオロフは、ラサンを気にしていました。そして、彼が死んでいる可能性を指摘しました」


 笑った顔が戻るドルドレン。イーアンは指摘の説明をした。僧兵の死を以て、歴史を追う今回の終幕になったのではないか。ルオロフは、そう言ったのだ。



 そして、翌日。僧兵の生死は、確認されることになる―――

お読み頂き有難うございます。

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