表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2605/2958

2605. ピニサマーニヤの祝宴 ~①近すぎる距離

 

 最初に迎えに来たのは騒がしい局長で、イーアンは皆さんにご迷惑が掛かるのを避けるため、力なく先に降りて行った(※呼ぶ名が、イーアンだけ)。


 生贄(?)に行ったイーアンが捕まっている間に、他の局員たちも到着し、ドルドレンたちの馬車を出すのを手伝ってくれた。とは言え、舷梯を掛ける前に、甲板に上げた馬車と馬たちは、銀色のダルナによって波止場に降ろされたので、局員たちは馬と馬車を繋いだくらい。


 三代の馬車と、五頭の馬。ブルーラは単体なので、手綱を引いて連れて行く。御者台に、いつも通りドルドレンたちが座ろうとしたものの、これは局員が受け持った。



「先に宿に停めておきます」


「宿は遠いのか?」


「いいえ。祝宴を行う店の横ですから」


 なら、自分たちが乗っても、とドルドレンは思ったが、局員はさっさと御者台に上がり、馬車を出す。


 ブルーラは何となく、見知らぬ誰かに手綱を引かれるのが嫌そうだったが、肝は座っている。ロゼールが『あとで会いに行くからね』と撫でて、ブルーラも鼻を鳴らして了解し、とことこ歩いて行った。


「隣なのに、なぜ別々なのです」


 ハクラマン・タニーラニの片手が肩に乗るイーアンが尋ねると、彼はグッと口端を上げた。


「とっとと飲むからだ」


 聞いた私が〇〇だった、と目の据わるイーアンが無表情で頷く。失笑するミレイオが後ろで『じゃ、早く行きましょ』と声をかけ、一行は店へ歩き始める。



 でかいおっさんの、海風になびく長衣(※漫画のように)の横、イーアンが少しでも距離を取ろうと頑張っている様子を眺めながら(※でもすぐに戻される)、サネーティみたいねとひそひそ話し合う、後ろの皆さん。


「(ミ)ドルドレン、怒らないのね。タンクラッドも」


「(ド)あれは一種の崇拝と思っているが。しかし、様子見である」


「(タ)あんまり態度が行き過ぎれば、そりゃ助けようと思うが。ティヤーはあんなのばかりだから」


「(オ)中途半端に怒っても、イーアンが()()()()だろうし」


 オーリンの言葉を想像し、皆さんは『イーアン=海神の女=彼らの神様』で、仕方ないかと理解する。これまでに比べると、なれなれしさの傾向は気にするところでも、まぁ。配慮して今は見守るのみ。



「そういえば。神様の存在は、この世界にないな」


 ぼそりと、オーリンは過ったことを呟くが・・・ びゅっと吹いた風に消されて、誰も聞こえなかったが。



 前をイーアンと海運局長、その後ろを職人組と総長、すぐ後ろをロゼールとシャンガマック、クフムが歩く、夕方の道。

 局員も何人か、彼らの後ろを歩いているが、ティヤー語なので、シャンガマックとクフム以外は気にならない。


 ただ、シャンガマックの表情は段々暗くなっていたし、クフムもそわそわしていた。ロゼールは二人の様子が変なので、どうしたのかと訊き、褐色の騎士に『夜明けまで付き合わされそうだ』と言われた。


「夜明け」


「俺は無理だ。父が絶対に許さない」


「お父さん、門限とかじゃないけど厳しいものね」


「ロゼールも無理するなよ。宿は隣らしいし、できるだけ早く戻れ」


「そうだね・・・クフムは、お酒飲めないんじゃなかったか?」


「少しなら飲めますが。胃腸が弱いので」


 貧弱僧侶は飲まされるのが怖い。開始一時間で倒れる可能性を心配する。彼の体調が悪い時に、世話をしたシャンガマックは『胃薬を作っておく』と言ってあげた。



 先に出発した馬車とブルーラは、もう見えない。鮮やかな橙色と金色の斜光が、建物の隙間を彩り、対局の影が真っ直ぐに縞模様を伸ばす。

 ティヤーはどこも、建物が多色に塗られているが、強い光に照らされるこの時間は、全てが太陽の置き土産色に染まり、淡いとき色の立体的な雲と、青が残る夕空を背景に、美しい別の風景を見せる。


 絵画のような風景に溶け込み、空気に浸りながら、クフムは一回目の『祝宴』を思い出していた。

 宿の一階で祝宴が始まって、自分だけ二階で過ごすことになって・・・でも。


 あの時も。オーリンが来てくれたこと。オーリンは、何かにつけて自分を気にしてくれた。


 それは、今も。他の人が自分を嫌っても、彼は気付くと近くに来て、食事の世話をしたり、何も言わずに部屋で見張りをしていた。


 今度は手仕事を覚えさせようと・・・ クフムは歩きながら、前を行く弓職人の背中を見つめる。できるだけ、あの人の期待に応えられる自分になろう、と思う。


「頑張って。飲もう」


 気を引き締めて、斜めに挑む宣言。え?と振り返った騎士二人は、弱気だったクフムが何をいきなりと、心配になった。



 胸中色々ありながら、人通りの少ない道を歩くこと、十五分。


 建物が多く、破壊されたわけでもなさそうな街の雰囲気に、人があんまりないなと皆は少し思っていたが、理由は後から知った。


 ちらほら行き交う人や、馬車を過ぎ、徐々に賑やかな声が聞こえ始め、海運局長が足を止めた店の前で、窓越しに大勢の人々を見たイーアンは倒れそうだった。


「ここ、お店なのですか」


「店だよ。一階は、5~6軒分あるだろうな。二階と三階もある。宿はほら、そっちだ」


 そっちだ、と顎をしゃくった局長につられて見ると、店横は馬車の停車場所で、その先に宿屋。質素な宿の扉を宿泊客が開けたから、扉についている看板でそれと分かったが、ぱっと見で何屋か分からない。


「宿は小さいけどな。ここの客が()()()()()から、酒場(こっち)の二階と繋がってて便利だ」


 ぐはっと呻きが漏れた女龍なんて気にもせず、そう説明したハクラマン・タニーラニは、不要な勢いでバーンと酒場の扉を開け放った。扉ばーん、に合わせて、扉についている鈴が、カラカラカラカラけたたましく鳴り響く。


 この時点で帰りたいイーアンだが、おっさんはウィハニの女のクロークを掴んで(※もはや猫掴み)『来たぞ!』と戦利品さながら、声を張り上げて群衆にイーアンを押し出す。

 酒場に来たウィハニの女――― むさ苦しい声が一斉に上がり、イーアンは攫われるように、群がる客に連れて行かれた。


「俺の奥さんが」


 嫌がっても群衆の波に呑まれてしまった女龍に、ドルドレンは可哀相。


「ん?ああ、そうだったな。総長は、ウィハニの女の旦那だと言ってたが。大丈夫だ。別に手を出す奴なんかいない」


「いては困るどころじゃないが、イーアン相手にそれは危険である」


「ハッハッハ!その分じゃ、お前も他の女に目移りしたりしないな?」


 する気もないし、万が一誤解されたら、勇者でも死ぬ気がすると、正直に答えた総長に、ハクラマン・タニーラニはまた大声で笑い、肩を組む。


「勇者か。海の伝説を知ってるか?どこかで聞いていると思うが、今日は()()()()るぞ」


 四百人以上と思われる人数。海運局の職員と、近隣の住民が溢れ、怒鳴るくらいの声量でもないとごった返しの中で聞き取れないが、ドルドレンは『海の伝説』に反応。海運局長は、ドルドレンにちょっと笑って、肩を組んだまま人を押しのけながら進み、ミレイオたちもはぐれないようついて行く。



「一等席で呑もう。おい、料理を運べ!上だ!」


 おっさんの銅鑼のような声が、遥か遠くにいる厨房の人に届き、『椅子は適当に運んでくれ!』と返事が戻る。おう、と太い腕をあげて返し、海運局長は店を入って中央につく階段から二階へ。


 階段の途中に、派手な女性も沢山・・・いるが、タンクラッドたちは思いっきり無視を決め込み、オーリンだけがちょっと気にしていたが、それもロゼールに注意されて、挨拶もすることなく、全員無事に席に着く。


 二階からは、左右に下が見える。床はあっても幅の広い通路のようで、面積の半分は吹き抜けの造り。三階も、床続きの左から上がる階段が見え、そちらも吹き抜けは同じ。


 ハクラマン・タニーラニは、大きな食卓に先にいた連中をどかし、彼らも気にせず、酒と料理の皿を手に他へ移る。


「好きに座ってくれ。まだ夕方だから、椅子も汚れてないだろう。そこらから椅子取っていいぞ」


 他にも客はいるのだが、海運局長は客人に勝手にしていいと命じ、タンクラッドやミレイオ、オーリンは、きれいそうな椅子を運ぶ。クフム、シャンガマック、ロゼールも、食卓の・・・吹き抜け側に座る。


 吹き抜け側は柵があり、他の客(※女)に触られなくて済む。

 女性をあてがわれそうな印象を見たシャンガマックは、父が見たら消されると思ったがそれは言わなかった。

 ロゼールも何となく、こうした感じの女性が苦手。クフムは緊張で他が目に入らない。頑張って飲もう、とは決めたものの、いつ吐くか分からないので迷惑にならない席が良かった。



 警備隊の真面目で神経質な最初が、ここへきて理解できる。そうか。ハクラマン・タニーラニがこんなだから(※こんな=大雑把)。


 海運局の人たちも、長に敬語こそ使うけれど、態度が普通の友達状態。夕方から開始のはずが、既に酔っぱらってる部下たち。彼らはハクラマン・タニーラニの席に来ては『自分も一緒に良いですか』と気軽な同席を求める。


「一等席」


 ぼそっと呟いたミレイオは、二階と上と下を見て、確かにそうかなと思う。三階は出口に遠い。下は収容人数が多過ぎて扉付近でもないと、()()()()()()


 二階は一階より面積がなく人数も少なめ。そして三階に続く階段の下りは、表に直接出られる非常階段のよう(※実は宿行き)・・・それで『一等席』、そういう意味ねと、置かれた酒を飲んで、ミレイオは柵から下を覗いた。


 局長は、取り巻く部下の相手と、運ばれる料理と酒の相手をしているので、客人は今、放ったらかし。


 ずっとこうなら楽だけどと思う目は、次に女龍を探す。・・・いない。人だかりが集中している奥、あの辺かしら?と見当をつけた。


 ちょっと、可哀相な感じもある。本人は好きで龍になったわけじゃないのに、神格化。逃げてきたら匿ってあげなきゃ、と思ったところで、白い光がカッと飲み屋に広がった。わーっと人が引き、光は煌々と浮かび上がって、二階客席に来る。



「イーアン!」


「誰も助けて下さらないっ」


 柵越しに怒るイーアンが2枚の翼で浮上、笑うタンクラッドとミレイオが手を伸ばすと、パタパタ飛ぶイーアンは、端っこの椅子に落ち着いた。下はまた騒がしいが(※飛んだから)それは無視。


「どこまで付き合えばいいか分からないでしょう!『あれ食べろこれ食べて、この話、あの話』って。相手が誰かもわからないのに」


「怒るなよ、イーアン。ごめんな」


 (かる)っと局長が謝り、そのにやけた顔に一瞥するイーアンは、『もう帰りたい』とぼやく。

 慌てた局長が『肉が好きなんだろ?肉があるぞ、ほら』と餌付けのように(※タニーガヌウィーイ情報=肉)骨付き肉を差し出し、イーアンは引ったくって無言で齧った。



 ミレイオの横に落ち着いたイーアンだが、席には海運局の職員他、女性(※夜のお相手)もいて、一等席がやけに人数多め。


 祝宴にしては。彼らなりの環境だろうけれど・・・招いた相手が『ウィハニの女(守り神)』なのに、こうなるのか?とやや意識のずれを思う。


 不満なイーアン。ここで、局長横の女性がそそくさ動いて、何?と視線で追うイーアンの側へ寄り、ミレイオを押しのけて座った。ちょっとぉ!と怒るミレイオをよそに、女龍にニコッと笑う。


『なんですか』イーアンは、香水臭い女性に眉根を寄せる。ミレイオが追い払う前に、女性は『ウィハニの女に小さい頃、助けてもらったから』と共通語で言った。



「え・・・ 」 「うん。私が子供の時、海で波に巻かれたのを、ウィハニの女に助けてって言ったら、砂浜に波が寄せて」


 目を瞬かせるイーアンに、ふっくらむっちりの若い女性は笑みを深めて、『ありがとう』とイーアンの片腕に抱き着いた。


「直に言える機会が来て、嬉しい」


 本当に嬉しそうな落ち着いた顔を俯かせる女性に、イーアンはたじろぐ。


「あ・・・の。私ではなく、それは精霊が」


「でも、助かってから毎日、親と一緒にウィハニの女にお供えしたの。ちゃんと、有難うって言いたかった」


 悩むイーアン。腕に張り付く肉感多めの女性の『子供の頃のお礼』に、振り払うわけにいかず。

 そうですか、ありがとうと躊躇いつつ、女性に酒と料理を勧められて、なんだか分からない状況でそれを貰う。


 片腕に娼婦をくっつけて、肉を齧り酒を飲むイーアンに、周りも複雑。


 よしよし、と顔に出ている局長がムカつくが、思いがけず個人的な礼を告げた娼婦に、イーアンは引き留められ(※こういうの弱い)、なんか分からないドルドレンたちも、『イーアンは女にも好かれるから』と流し・・・局長に、いつが開始かを質問する。いつ始まっていつ終わるのかくらい、知りたい。



「挨拶などはないのか」


「あるよ。今、する」


 ドルドレンが尋ねた側からハクラマン・タニーラニは席を立ち、『おい、聞け』と大声を出した。

 耳を塞ぐほどの声量に、騒めいていた店が一瞬静まる。局長は酒瓶を掲げ、吠えるように祝宴の挨拶を始める。


「ウィハニの女と、その仲間の宴だ!彼らがピンレーレーに来た今日を祝え!勇者もいるぞ!彼らは『陸のゴミ』を、たった一ヶ月で潰した」


 ここで、群衆の『おおおお』の叫びが入る。いつもこんななの?と煩さに耳を押さえるミレイオが呻く。合いの手のような群衆の叫びに頷き、局長が掲げた酒を豪快に煽る。


「魔物も、これまでの国より、()()()片づけるだろう!俺たちは、彼らの帆に!彼らの船になり、彼らの進む海になる!一切の協力を惜しむな!」


 吠える銅鑼声の迫力。ここでまた観衆の叫びが戻りそうだが、これまた劇のように『証拠はあるのか』と茶々が入る。疑いの一声で盛り上がりは、やらせのように引いた。


「ウィハニの女は、紛れもない本物だ!だが、他の連中が仲間の証拠は?俺たちの手を貸す証明は?」


 そんなことをこの人に(※局長)言って大丈夫?とイーアンびっくり。へぇ、とオーリンは面白そう。反感を持っている訳ではないようだが、従順でもなさそうな茶々。


 にやーっと分かりやすい笑みを浮かべた局長、酒を一口。さっと客人を振り返り、びくっとした皆に『()()を出せ』と命じた。


 あれ・・・って、と顔見合わせる皆は、芝居に付き合わされている流れで、呪符を探って取り出す。


 全員が手にそれを持つ様子。小気味良さげに頷いた局長は、自分の横に座るタンクラッドの手を握り、驚く親方など構わず、彼を立ち上がらせた。


 その手に、呪符――― 階下も三階も、人が一斉にタンクラッドの片手に注目。



「ンウィーサネーティの呪符だ!疑う奴は、ティヤーの海に沈める!」


 物騒な締めのこれを祝宴の挨拶とされ、三階まである広い酒屋が沸き返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ