2600. 旅の四百日目 ~沈んだ島の地図半分・分かたれた海・文明と慣習
「今日、戻ってきなさい」
「いつも戻っています」
「早めに、という意味である」
総長に送り出される朝、手を振り返しながら、イーアンたちはアネィヨーハンを出発した。
この日、ピンレーレー島に入る。あれから何日?6日くらいかしら、と日数予定を組んだ割には、興奮冷めやらぬ日々に、日にちなんてそっちのけのイーアンたちは、こんな会話もさっさと放って『今日は』の目的地へ意気込む。
初日以降、オーリンもガルホブラフを呼んで、龍で移動するようにし、それぞれ飛べる・浮けるため、移動に問題はない。長距離移動は時間短縮で『王冠』に頼る。当初、あんなに頼るのを避けていたのが嘘のように、イングと『王冠』の恩恵に与る、期限付き謎解き・・・・・
「(オ)ピンレーレーまでは、自由」
「(イ)そうです。ピンレーレー島に着いたら、まず警備隊に顔出しませんと。私、女龍だし」
「(オ)製品があるもんな」
「(イ)オーリンも教会に行くんでしょう?ロゼールは紹介状を、ニダから受け取ったと話していたし」
「(オ)そうだね。俺は『ニダの友達』に落ち着いたみたいだから」
砂の合間に草が生える、幅のない砂浜を歩く、イーアンとオーリン。少し離れて、ミレイオとシュンディーン、イング。
ニダに友達認識してもらったオーリンは、こんなに年齢が離れていても『友達』扱いしてくる若いニダに、なんとなく可笑しくて笑ってしまうが、懐かれて嬉しいのは確か。ロゼールが紹介先の教会に行く際、オーリンも同行する。
イーアンも警備隊に製品を出す時、ドルドレンと一緒に行く予定。北のタニーガヌウィーイと近い立場の人物に、挨拶もある。
ミレイオは特に予定はないものの、『じゃあ私だけで調べる』ともならない。今回は、イングの能力に頼りっ放し、イングはイーアンの言葉しか聞かない。だから謎解き続行は出来ず、今日で強制終了する。
次の機会まで、どれくらい間が開くか。次の時になったら、また探す内容もがらりと変わってしまうかもしれない。そんなことを思いながら、三人は足を止めた。
「この記念柱が、対、かもしれないんだよね」
三人のつま先が向かい合う中心、砂の下にはあの三角錐がある。
パッカルハンに戻ってきたイーアンたちは、ここで最後の調べ物。ミレイオの呟きに、イーアンの鳶色の瞳が海の向こうに霞む青い陸を見た。
「対の反対側は、ヨライデに・・・ 記念柱、推定の大きさは今まで『見た柱』の中で、断トツ。これがもし『象徴』の柱なら、対がヨライデにある」
「国の、端と端か。あっちが東の端。こっちが西の端ね」
大きな町が二つ、その一つがパッカルハンで、もう一つは現ヨライデの国にある予想。
ただ、最東・最西の果てかというと少し違い、古代の大きな島は、栄えたこの二つの町を『東と西』の象徴にしていた様子。
象徴は『大きな柱ではないか?』と、揃えた資料からあれこれ推測した。この辺は、宝探し慣れしたミレイオと、お宝ワンコイーアンの勘。
沈んでしまった地続きに、まだまだ、西の続きも東の続きもあるだろうが、とりあえずは柱目安で、最後の日はパッカルハンの記念柱を見ておこう、と。
「じゃ。やるわよ」
ミレイオが二人の目を見て、後ろに立つイングは傍観。ミレイオの顔が青白い隈を浮かび上がらせる。足元の砂が吸われるように消滅し、すり鉢型に出来た砂の壁は固定された。
すり鉢に顔を出した、記念柱・・・ イーアンが消しても良いのだが、イーアンの場合はどこまで消し去るか分からないので(※大型)、こういう場面はミレイオ。
「記念柱の基部。図ではスヴァウティヤッシュも、ピンとこないか」
見える記念柱は、天辺から下50cmほど。まだまだこの下に埋まっている。柱の基部となる台には、古代の島の地図があるはず。
―――この六日間で得た、情報の一つ。
パッカルハンから始まった探索を繰り返すうちに、『パッカルハン⇔ヨライデ』の中間ほどに沈んだ遺跡で、まずは気付いた。
海底の遺跡の、大きく分厚い切り石に、方位が刻まれていた。横に大きな柱が倒れていたので、これは柱の根元と知る。
見つけたのはミレイオで、方位の東西には印、この間に孔が幾つかあけられており、一見して、シャンガマックの持つ星図のように感じた。
穴の位置も大体覚え、ミレイオは海を上がって記録。そして他の遺跡では、方位に『陸地』と思しき形の線が加わっているのを見た。あれ?と勘が働く。
そこは最初の遺跡よりも、ヨライデ寄り。ここも、柱の根元らしきところに刻まれていて、周囲の建造物から離れていた柱自体は、屋根を支えるでもない独立した印象だった。
線の形も中途半端なこの奇妙も覚え、ミレイオは図に記した。
一度、二度と似たものを目にすると、次も意識はそれを探す。やはり次にも方位を刻む岩があり、岩は一本だけあった柱に寄り添う。そこにはまた違う『陸』の形を示す線が遺っていた・・・・・
ミレイオとイーアン、オーリンとイングは、三回目のこの方位の図で、あることに気づく。
中間点となった遺跡では、方位だけだった。思うにこれは、奇跡的な発見。偶々『中間地点』を見つけたのが、初っ端だったということ。
二度目三度目の遺跡では、陸地を示す線が増え、その後も、度々見つけ出す『方位と陸の図』を考察し、『どうやら中間点から、東西の端へ近づくごとに、陸地の一部が増えて刻まれる』と解釈した。
そして、端と認められている様子の地には、先の尖った棒状の印も出てきた。
『東』は、現ヨライデ国内にあるようなので、まだ入りたくない。
『西』の端なら、方位に加わる図の増え方が確かめられそうとなり、中間地点から西・・・『パッカルハン』が、今のところ、この系列で一番西。そしてパッカルハンにも、独立した柱あり。で、一旦知恵を絞って考え、柱と思しき印も併せ、先ほどの結論に―――
「西側半分の地図でも出てくれば。方位にあいていた孔は、祀った遺跡の場所だ。濃い関連の建造物もあったしな」
この調査で一区切りかなと、オーリンは柱に期待する。
創世の物語、精霊の色、パッカルハン遺跡の龍の意味、精霊と人間の寄り添いと、関係が壊れてしまった時代の遺したもの。異時空自体に入る体験はなかったが、常にそれを感じる手応えだった。
地理的には、沈んだ島の大きさ、西側の地図・・・ 次に調べに入る時、今回の結果が基礎や取っ掛かりになる。
ミレイオも出てきた柱に期待はするけれど・・・砂を一回消して、動きが止まった。どうしたのかと、イーアンが目を向けると、ミレイオの顔から青白い隈は消えていた。
「何か問題ですか」
「砂、相当消すことになりそうで。この深さで、これでしょ?あんまり消すの、乗り気じゃないわ」
どうしようかなーと消す量に躊躇うミレイオに、イーアンはこの人がまともで良かったと思った(※自然を大切にする心)。自分も仕方なし、自然破壊しまくったが、したくてしたわけではない。ミレイオの気持ちは汲みたいイーアン、一緒に悩むことにするが。
「ん」 「え?」
悩んで一分。ミレイオの抱っこベルトで、シュンディーンがミレイオを見上げた。ここまで、大人しくくっついていただけの赤ん坊だが、何やら訴えている。
「出たいの?」
もぞもぞする赤ちゃんに、ミレイオは抱っこベルトを緩めて彼を抱き上げた。ミレイオの片腕に納まって、精霊の子はすり鉢を見下ろすと、ミレイオの顔を鉤爪の小さい手で触って、ニコッと笑う。
「ハハ、どうしたの。喋ってもいいよ。大人の姿になってもいいし」
「んん~(※ならない)」
ならなさそうな意思表示はしたものの、シュンディーンは笑ったミレイオからまた視線を外し、記念柱には目をやらず・・・水際に顔を向けた。
「何かする気?」
考えている赤ん坊に尋ねたミレイオ。『うん』とはっきり答えた赤ちゃん。
いきなりの声に、驚く龍族二人。へ?と一緒に驚いたミレイオの腕から、赤ん坊は小さい翼を出して急に飛び立ち―――
イーアンたちが見上げたと同時、浮かんだ精霊の子が、真っ青な光を発光した。
光は風を止め、海を引かせ、見る見るうちに水平線に飛沫が・・・・・それは猛烈な勢いで迫ってくる、と分かったイーアンが目をかっぴらいて『逃げて!』と叫んだ。
オーリンはガルホブラフに走り、ミレイオは慌ててお皿ちゃんに乗り、イーアンも翼6枚で上昇、イングも漏れなく浮上し、空中に逃げた皆が次に目にしたのは、襲い掛かる津波。だったのだが、これまたどんでん返し。
「あらっ」
高さ10mはありそうな津波が、浜を襲ったと思った瞬間、津波はパッカルハンの縁まで来て左右に立ち分かれた。まるで矢印のような具合の波の動き、轟音と共に左右に分かれた波は、進行方向だった砂浜の一部も吸い上げる。
「あ・・・ああ、こういうことか!」
ミレイオは、彼が何をしようとしたのか気付く。あれよあれよと言う間に、砂に埋もれた記念柱が姿を現す。すごい!と浮かんだ宙で騒ぐ大人たちが、瞬きも惜しんで見守る中、記念柱は全貌を見せ、砂が引く勢いは止まらず、ザーと走るように波に消える砂の後に、当時の広場が見え始めた。
「シュンディーン・・・なんて、すごい」
口元を手で覆ったミレイオは、驚きと感動で言葉喪失。小さな赤ん坊はこういう時、常に見えないところにいて、彼を確認することは出来ないのだけど、シュンディーンがこれを担ってくれたことに、ミレイオはお礼を呟いた。
「波も砂も、消さないんだな。精霊だからか」
微笑むオーリンも、龍の上から眺めて納得する。この規模で海を分かつ、砂を引きこむ技。眼前で繰り広げられる凄さに、改めて精霊の偉大さに拍手する。
砂は割れた海に入って、水の壁に渦を描いて踊り、立ち上がる海の壁は、以前テイワグナからアイエラダハッドへ向かった光景を思い出させる(※1723話参照)。
「精霊の子なんですよね。すごい力。彼が動いてくれたなら大丈夫でしょう。さぁ、今の内に!」
嬉しそうなイーアンが声をかけ、水の引いている間に調べようと、降下。オーリンもミレイオも続き、フフッと笑ったイングもついて行った。『俺が何をしなくても、あの手この手で』と面白がるダルナ。
降り立った古代の広場は、どこの国とも似ていない、独特な風景で探索者たちを迎える。
それは、決して感動だけでは済まない、悲しみの陰影もあり―――
*****
シュンディーンが割った、パッカルハンの海。
傾斜した島の続きが現れ、イーアンたちはむき出しになった広場へ降り、まずは目当ての記念柱を調べ始める。
思った通り、記念柱の基部に、方位と地図が刻まれており、孔もしっかりと残っていた。
ここで地図の半分をほとんど見た、と言えるのか。中心の方位図から半分、沢山の波線が区切る『島の半分』。印象はそんな感じだった。パッカルハンが、最果ての西ではない可能性もあるが。
とは言え、『西へ行けば行くほど、中央から西の図が埋まる』予測は当たり、三人は笑みを浮かべた。シュンディーンはまだ戻ってこないので、この地図を一先ずミレイオが書き写してから、次へ進む。
思ってもなかった場所 ――出てきた広場―― を歩く足は、歩き出して間もなく、速度を落とした。イーアンは横のイングをちらっと見上げたものの、彼は黙して喋らず、自分たちの見解で考えなければいけないと思った。
広場の少し先には、古代文明の跡が。
イーアンは瞬きを忘れて見つめる。
崖内部で、歯車やケーブルカーのような残骸が残っていたが、あれは秘密に使っていたのかと(※2478話参照)。でもここを見る限り、大っぴらに使われたよう。
記念柱の歴史に、このことはなかったのか・・・それとも、スヴァウティヤッシュが遠慮して、これを話さなかったか。
それに、他の遺跡ではこうしたものを、見なかった。一人で海中へ探しに行ったミレイオにも聞いたが、ミレイオも見ていないと言う。
「現ティヤーと同じ・・・『知恵』の活用は、ずっと過去にもあったのですね」
しかし知恵の産物を理由に、沈められたのではなさそうな。人間の行いの種類は近くても、古今の状況が大きく違ったのかもしれない。
「馬車歌・・・『太陽の手綱』が、ドルドレンに教えてくれた歌(※2588話参照)を思い出しました」
「精霊が、人間に授ける知恵を考えたところ?」
同じことが過り、ミレイオはすかさず口を挟む。イーアンは大きく頷いて、見える範囲を左から右に見渡した。
「使う人間を選ぶ魔法にするか・誰もが使える危うい知恵にするか。という内容。ここを見ると、この時が新たな知恵の最初だったのではないでしょうか。だけど、この人たちは『知恵を悪用』ではなく、島の沈没はあくまで、『精霊を蔑ろにした欲』が終わらなかったから」
瓦礫に貝や海藻がびっしり覆う中を歩きながら、イーアンは左右をゆっくり見つつ、大きな歯車や滑車の部品と思しき残骸、それらが必要とされた様々な道具や、箱型の乗り物の雰囲気などを眺める。
今と昔の違い・今も昔も共通する、それも想う。ミレイオたちも口数少なく、見たことのない文明の名残りを、目に焼き付けながら歩いた。
「シュンディーンは、どこでしょう」
ふと、イーアンは空を見る。全然、戻ってこない。ミレイオも少し気にしたようだが『帰ってくるわよ』と、場所が海だけに心配は少なめの返事。
「ミレイオは、ここを潜って調べたことがあるんだろ?どこから入ったとか、まだ覚えているのか?」
オーリンが話を変え、ミレイオは首を傾げて唸る。
「うー。でもないわね。海中の風景と違うからかもだけど、あれから結構年月も経つし、地震は何度もあっただろうし、崩れてる部分も多そう。私は地下から入って・・・向きはこっちかな。多分、あの瓦礫と崖斜面の奥に、神殿半分に通じる墓地があったと」
「墓地?」
前を歩いていたイーアンが振り返る。水で、墓地・・・この前の総本山がフラッシュバックで蘇る。ミレイオは振り向いた女龍に『そうよ。トワォと会った時の、御堂と墓地に似ているの(※1063話参照)』と教えた。
「ただね。ここは水中だったような。海に墓地の」
「水の下に墓を作るのか?」
「そんなに驚かなくても。水葬は、古い時代にあるものよ。ヨライデも一部地域ではまだそうだと思うし」
オーリンもイーアンも唖然とする内容を、ミレイオは普通に話す。遺体を水没させるのではなく、焚いた火で焼いてから、水の墓へ骨をしまうようだった。
「あれは?」
古代の文明の面影の中を歩き、水葬の話を聞き、何となく話が途切れた時。
不意に顔が向いた下り坂―― 傾斜した島の下り・・・海底に近づく坂で、イーアンは立ち止まった。
「誰か、じゃないの」
同じように足を止めたミレイオが、ぼそっと答える。オーリンも目を丸くしている。
イングは、何とも思わない。こんなことは・・・よくある。特に、消え去った栄華の跡には。
広場の先で、こちらを見ている群衆―――
お読み頂き有難うございます。




