260. ダビのためにも剣のためにも
ボジェナはイーアンの背中を押しながら、工房の向こうの部屋へ連れて行った。
中庭に繋がる温室で、お茶の時間用の茶卓と椅子が置いてある。3つは一人掛けで、もう一つは3人掛けの長椅子。
そこに、綿をぱんぱんに詰めた背当がごそっと置いてあり、ボジェナは自分の横に座るようにイーアンを促した。
「イーアンに聞きたいの」
「何かありましたか」
「うん。さっきもね、総長さんに聞いてたけど、・・・・・その。変に思わないでね、この前の人のこと」
「ダビですか。一緒に来て、剣の説明をした」
「そう。ちょっとしか聞こえてなかったし、ちゃんとお話してないんだけど。もっと話したかったから」
そういうとボジェナは背当一つ抱き締めて、うーん、と唸る。イーアンにも背当を渡し、抱えさせてから再び想いを口にする。
「イーアンは総長さんと付き合ってるでしょ?ダビはイーアンの仕事仲間でしょ?」
「付き合ってる。う、まあそうでしょうか。そうですね。で、ダビですか。ダビは仕事仲間。うん。それも合ってます」
「総長さんはね。彼を人間ぽくないみたいな言い方するの。だって目が笑ってないとか、感情がないとか。あと、イーアンとの作業中でいつも仲間はずれって。二人にしか分からない言葉がどうとか」
「ああ・・・・・ まあ。それも正しいかもしれません。でも仲間はずれはどうでしょうね。彼はものを作る人ではありませんから、私とダビの会話は理解しにくいだけでしょう。言葉については、言葉よりも数とかで会話できる時もありますね?あれですよ」
やっぱりそうかーっ うんそうよね、とボジェナは頷く。
自分も伯父さんもそうじゃないかと言ったけれど、総長は『ぴぃぴぃ言ってて』愚痴しか言わなかったと笑った。ドルドレンが『ぴぃぴぃ』。自分よりも若い女性にそんなふうに言われてしまうほど、彼は愚痴っていたのかとイーアンは現実を知る。
「そうよね。だってイーアンとダビにしかない言葉なんて、そんなの熟年夫婦じゃないんだから無いわよね。ダビがあんまり感情が無いっていう割には、総長さんの愚痴を聞いてると、まるでイーアンだったらOKみたいに聞こえるから」
いえいえ、それは思い込みすぎです、とイーアンは全力で否定する。
「あの人は実によく動いてくれますし、私が思うことを察してくれますから。多分もともと勘が良いというか。気の利く人なんだと思います。彼はものづくりに長けているし、武器を作るのも大好きです。騎士じゃなかったら、さぞ良い工房主に成れたでしょう。
彼は私にも、ものづくり以外のことは質問しませんから、私も特にダビの過去や騎士修道会に入った経緯を訊かないし、知りません。だけど騎士業の中で培った武器の扱いなどから、現在は私の工房を手伝ってくれる仕事もしてるので、もしかすると。騎士業に執着が無ければ・・・職人になることも出来そうですね」
イーアンの言葉でボジェナはパッと明るい顔になる。
「そう思う?職人になりたいかしら?」
「ダビにその気持ちがあれば。でもあっても良さそうに見える時、結構ありますから。訊いてみても」
「え!何て訊くの?私の名前出さないで」
イーアンはじっとボジェナを見つめて、段々赤くなっていくボジェナに微笑んだ。
「ダビの。何が気に入ったんですか?訊いても大丈夫?」
「 ・・・・・よく。分からないの。始めと終わりの時しかいなかったでしょ、私。でも見た感じとか、誠実そうで淡々としてるところとか。イーアンのお風呂の提案だって、あっさりいいよって。
ほら、お風呂上りで剣の話したでしょ?あの時も、私たちが話し始めたら、すぐ席を立って、外で待ってるってすんなり出てったし」
「淡々としてる。だから好きな感じ?」
「上手く言えないけど。一々、小さいこと気にしないというか。気遣いもさりげないし、総長さんみたいにぴぃぴぃ・・・あ、ごめんなさい。そうだイーアンの大事な人なのに。酷い言いかたしてごめん」
「ああ。大丈夫です、彼はちょっと雛みたいなところあるから」
イーアンが笑うと、ボジェナも『総長さんが雛』で笑って、イーアン、親鳥なのねと理解してくれた。
「うーん、そうですか。言われてみれば『物は言い様』です。言い得て妙。ダビが細かいことを気にしない、気遣いさりげない。そんな誉め方されたことを聞いたことがないので、実に良い表現です」
「イーアンまでっ。物は言いようってあんまりじゃないの。仕事仲間でしょ?」
「ボジェナ。怒ってはいけません。せっかくの可愛い顔が。ええっとね、そういう意味ではないのです。
私はダビが誉められて然るべき人だと思うくらい、優秀であると思っていますが。なかなか男性陣にはそう見えないようです。だからダビは無機質で温度の無い人間として受け取られてます」
だけど、ボジェナが見抜いたダビの資質は、彼にとても人間味を与える良い言葉です・・・イーアンは笑顔で伝える。その表現にも引っかかる、とボジェナにダメ押しされたが、ボジェナは何となく分かってくれた。
「多分ですけど。タンクラッドがそのうち、ダビを寄越すように言います。剣を作ったのはダビでしたから、試作品を見て今日、タンクラッドがそんなことを話していました。
そうしたらダビも同行しますし、その時、ボジェナと二人で話せる時間があると良いですね」
「え?私と誰が二人?」
「ダビですよ。他の誰と喋るのですか」
「イヤ無理よ、いきなり2回目で喋るなんてっ。何喋って良いか分からないもの。二人なんて無理」
「大丈夫です。工房の中の、工具とか石とか見せておけば。自然と食いつきます」
「イーアン・・・イーアンまでそんな。ダビがまるで」
「ボジェナ。あなたもすぐに分かります。ダビは一番それが楽しいはずです。作る時の繊細な工程などは、後から会話を引っ張るために残しておいて、最初に工房の中を案内しましょう。きっと勝手に喋りますから、ちょっと専門的な言葉で返事をしておけば、1時間くらいは持つ気がします」
一緒に仕事をするイーアンまで・・・・・ ダビに冷たい気がする。ボジェナはダビを可哀相に思った。
「ね。ダビ、何が好きかしら。食べ物とか色とか、服とか」
「それは。私には分かりませんね。食べ物はあまり分かっていないのでは。郷土料理が美味しいとか話していましたが、食べ物に執着はほぼないでしょう。色は全然、情報が無いです。服もいつも騎士の普段着だから」
「そうなの。でもそれは追々、観察してれば見えてくるのかな。でもなぁ。距離があるから中々会えないのが寂しいわ」
ふむ、とイーアンは考える。時々ダビを連れて来ようか。ダビと一緒なら、ドルドレンも安心かもしれないし、ダビはタンクラッドがいても自分のペースを乱さないから、もしかするとダビを同行させるのは大事かもしれない。
良いコト思いついた!とイーアンは嬉しくなる。これなら、ボジェナとダビに恋愛関係が生まれるかもしれないし、私はダビが挟まってるからタンクラッドと会う時に困惑しなくて済む。
「ドルドレンに話してみましょう。今後、毎回ではなくても、ダビをここまで連れて来て良いか。私と一緒に早く動く方法がありますから、長居は出来なくても回数は増やせるかもしれません」
ボジェナは目を丸くして驚いて、それから歓声を上げた。とても嬉しい、とイーアンの手を握って喜ぶ。
そして早速。待たせている3人のところへ行くと、長剣を机に置いて頭を寄せ合って喋っている最中だった。
ボジェナが来たので親父さんが呼んで、椅子に掛けさせた。
イーアンはボジェナにせっつかれて、ドルドレンに提案を小声で話す。ドルドレンの顔が怪訝そうに変わるのを見たボジェナが、不安な面持ちで見守る。
「そんな顔しないで。ダビをあれで連れてくれば、その日のうちで戻れます。私も同行者がいれば」
「俺がいるだろう」
「だから。ドルドレンじゃない時」
ぬうううううっ・・・・・ 唸るドルドレン。タンクラッドは何となくだが耳に入ってくる話を聞いて、ダビも来るのかと思った。
「総長。その男、ダビだったか。彼を呼べ。イーアンと一緒に教えることが出来るだろう」
来週な、とタンクラッドが締める。『だから、何でお前が決めるんだ』総長はぴぃぴぃ怒るが、タンクラッドは顔色一つ変えずに、『来週は後半ならいるから』と教えた。他の予定はまた今度とさらっと言っている。
「とりあえずな。剣のこともあるから、来週はまた来てもらいたいところだ。そっちもいろいろあるだろうが」
親父さんはそう言って、タンクラッドが改良した剣を持った。職人二人が並んで座る場所に、この世界初の魔物入りの剣がある。
何度見ても、イーアンはその剣に見惚れる。ボジェナも頷きながら『凄い迫力』と感心していた。
「総長。鞘は鎧職人のところで頼め。この剣の幅はうちにない」
親父さんが机に剣を置くと、イーアンがその剣を持った。イーアンはじっと剣を見て、ドルドレンに向き直って微笑んだ。
「ドルドレンの剣です」
ドルドレンもこの瞬間を待ち侘びていて、イーアンの差し出す長剣を受け取った。
「俺の剣だ。イーアンが俺にくれた剣だ」
「サージが作って、俺が作ったんだけどな」
ドルドレンが目一杯タンクラッドを睨む。イーアンが笑いを堪えながら『その通りです』と答えた。親父さんとボジェナが笑い、5人はこの後少し剣の話を進めてから、昼丁度くらいの時間に解散した。
工房を出たドルドレンとイーアン。そしてタンクラッドは、親父さんとボジェナに見送られて、通りを歩いた。
「なぜタンクラッドがこっちを通るんだ」
不自然に同じ道をついてくる職人に、ドルドレンが煙たそうにぼやくと、タンクラッドは『龍で帰るのを見送ろう』と楽しげな顔で言った。
「何?」
「私が話しましたから。龍で動くと昨日話しているのです。だから早く動けるなら、私の工房を見たい、と」
怒らないで~とイーアンはドルドレンを宥める。タンクラッドは飄々として歩いて、塀の外まで来た。
「では。タンクラッド。素晴らしい剣をありがとうございました。砥石も有難う。持ち帰って、ダビに見せます。来週の後半、また伺います」
「気をつけてな。楽しみに待っている」
仏頂面のドルドレンが軽く頷くと、イーアンが笛を吹く。龍はすぐに来て、荷袋を胴体に丁寧にくくりつけた。
ドルドレンがイーアンを抱きかかえて、龍の背にひょいと乗る。タンクラッドはそれをじっと見ていて、彼らを乗せた青い龍も観察した。
「それでは。お見送り有難うございます。タンクラッドもお気をつけて」
「すぐ来い。待ってる」
龍が飛び立ち、タンクラッドが片手を小さく振る。イーアンも手を振って、龍は空に消えていくのを職人は見えなくなるまで見つめていた。
タンクラッドは工房に戻り、中へ入って食事を作る。作りながら、イーアンと話したことや彼女の感覚を思い出していた。
つい。弟子と言ってしまったが。弟子になるわけがない相手に、自分が何を言ったのだろうと少し反省した。あれだけ作れる人に、なぜ弟子などと言ったのか。
「総長。彼女と。そうだよな」
簡単な食事を作って、果物酒を一杯用意して机に運ぶ。イーアンから預かった、先端を割った黒い剣を見ながら昼食を取る。
鞘に目を留めて、暫く鞘を見つめた。
「これはもしかして、イーアンが鞘を作ったのだろうか」
気が付かなかったが、木型はどこかで用意してもらったにしても、革が包んでいる木型の鞘は、丁寧に等間隔で縫われて、その糸が・・・「なんだこれは」糸じゃない。筋肉?何か動物の繊維だ。鞘に通された革紐の編み組の使い方も違う。不思議な模様を作る、革紐の使用本数がたったの4本。この編み方、この鞘の糸。これらは鎧職人や鞘作りの職人のものではない。
鞘に使われた革は普通の革のように見えるが・・・ しかし作りだ。こんな鞘はない。これを作ったとなると、イーアンの本職は。
「そうか。彼女も俺を支えるためにいる」
切れ長の目を嬉しそうに細め、日焼けした顔をさっと手で拭うと、タンクラッドは最後の一口を食べて酒を飲んだ。
「ディアンタ・ドーマンのイーアンか。ヨライデに行く日が来たら、俺も行くか」
ハハハと昼過ぎの工房で笑う職人。背もたれに体を預けて、青い空の向こうを眺めた。
お読み頂き有難うございます。
 




