25. 出発の朝
(※半分くらいはイーアンの視点です。そしてささやかなR15が混ざっています)
遠征当日。 まだ夜明け前にイーアンは目が覚めていた。カーテンのない窓だからか、少し明るくなると気がつく。寝返りを打って窓の外の光の移り変わりを見ていた。
かすかに聞こえてくるドルドレンの寝息。
一悶着あった『通路(穴)』は扉なしが条件なので、静かにしていると息継ぎの音くらいは聞こえてしまう。
昨晩。 風呂から戻って、ドルドレンの様子が通常運転に戻っていることを確認した後、イーアンは縫い物(下着)をするからと言ってこの部屋に引っ込んだ。
ドルドレンも最初は入ってきて、扉の鍵をかけたり、窓の安全確認をしたり、自分側の壁にイーアンのベッドを寄せたり、蝋燭が足りるかとか、臭わないかとか、不自由がないかと世話を焼いていたが、イーアンが『下着を作るので』と控えめに言うとさっと消えた。
しばらくして隣の部屋から『今日は本当にありがとう』と聞こえてきたのを最後に、後は寝息が続いた。
イーアンも2枚だけショーツを作って、その後は蝋燭を消してすぐに就寝した。
目が冴えてきたのでそっとベッドを降り、着替える前に荷造りすることにした。自分の着替えの服と作りたての下着・針と糸を布に包んだ。自分の持ち物が最初に着ていた服とアイペンシル以外はないので、荷物は質素。
櫛はドルドレンが一つ与えてくれた、一枚板に歯が並ぶものがある。それも、と荷物に入れた。
静かに動いていたつもりなのに、ドルドレンの部屋から『うーん』という声が聞こえ、イーアンは忍び足でドルドレンの部屋へ様子を見に行った。
イーアン側の壁にくっつけられたベッドを見て、ちょっと笑った。昨日見た時は逆側の壁にあったのにと。 懐いたのか、可愛いなぁと思いながら、好奇心でドルドレンの寝顔を拝見するためにそーっと近寄った。
案の定。実に美しい寝顔に見惚れた。
黒髪に目立つ、白髪と言えば白髪。でも顔が良いからファッションのようにも思えてしまう。
昨日泣いていた姿も、寝顔も、いつもの親切そうな顔も、美形以上の要素である内面の素敵さが現れている、とイーアンは感嘆の吐息を漏らした。
ふと頬に傷の跡があったことを思い出して、ちょっと不謹慎かと過ぎるものの、ベッド脇に跪いて美丈夫の顔を覗き込んで頬にかかる髪の毛をずらした。――治っていたが、魔物による傷かもと。
その時、ドルドレンの長い睫がパサッと上がり灰色の瞳と目が合った。
イーアンは固まる。睫はパサッパサッと何度か上下して、薄い形よい唇がふっと開いて――
まずい、起きた、と思ったイーアンが後ろへ下がろうとするより早く、上掛けから素早く伸びた力強い腕がイーアンの後頭部から首に絡まって、次の瞬間引き寄せられた。
「 ・・・・・夢なら覚めるな」
瞼を半分下ろした灰色の瞳が残り2cmの距離にある。イーアンの顔も枕に押し付けられている。腕が思ったより重く、外れる気配がない。鼓動が最高速度の状態で体中に汗が一気に噴出す。
目を閉じたドルドレンの腕が少し緩んだ時、イーアンは顔の前に片手を滑り込ませた。その次にドルドレンの唇が滑り込ませたイーアンの手の平に触れた。 ――危なかった。誰かと間違えているな、これは。イーアンはちょっと申し訳ない気持ちで苦笑した。
ドルドレンはぼんやりと瞼を再び開けて、目の前に立ちはだかる手の平に、しばし理解が付いていかない様子だった。
そっと手を離し、絡みついた腕の緩みから頭を抜いて、ようやく目を覚まして凝視したドルドレンに目を合わせ、イーアンは笑いかけた。
「おはようございます」
跪いていた体を起こし、ベッドの脇に腰掛けてイーアンは驚いているドルドレンに挨拶した。ちょっと、昨日の朝の仕返し気分で。
だがドルドレンは目を大きく開けて真っ赤になり、慌てふためいて上体を起こす。過剰な反応・・・・・
起き上がった上半身裸の男を前に、イーアンも絶句して赤くなる。ドルドレンはイーアンの視線から、自分の上半身を見て慌て、でもイーアンが腿から足を出しているチュニック姿にも目を戻して慌て。
その視線からイーアンは自分が着替えていなかったことを思い出して、大慌てで上掛けを引き寄せた。上掛けを取られたドルドレンは更に真っ赤になる。 下半身は履いているけれど、立体が。朝だから。これはどうにもならず。
イーアンは赤面で何も言えないまま、上掛けをドルドレンの顔に被せて、目を瞑って隣の部屋に駆け込んだ。
「ごめんなさい」
「いや、いや。 あの、いや」
壁越しにお互いが落ち着くまで、このやり取りを続ける大人二人。
ドルドレンはいろいろ落ち着いてから、チュニックを被って改めてイーアンの部屋を覗いた。壁をノックして。イーアンは既にズボンも靴も履いていて、ベッドに腰掛けて髪の毛を一まとめに編んでいた。
「イーアン。朝食後、昼前に出発だが」
咳き込みながら関係ない方向を見てドルドレンが言う。昨日も言った予定。
「はい。朝食後に出発ですね。荷物はまとめてあります」
視線が落ち着かないイーアンが答える。
「そろそろ、少し早いけれど食事に行かないか」
そわそわするドルドレンを見て、ついイーアンは吹き出した。ドルドレンもつられて吹き出す。イーアンが横に首を振り振り、笑い続ける。ドルドレンはベッドに寄って手を差し出し、笑顔でイーアンの手を取って立たせる。
「行こうか」
「はい」
ドルドレンは扉を一度強く叩いて、振り返ってイーアンに微笑み、扉をそっと開ける。 朝なのに廊下に人が多いことで、さっきの扉叩きの意味を理解した。
クスクス笑いながら二人で食堂へ向かった。2階の廊下口まで朝食の香りが漂っている。
羨む声が方々から響く朝。 出発前の平和な一時。
お読み頂きありがとうございます。次回から恋愛要素が少しダウンします。