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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2593/2961

2593. 見限る精霊 ~④託されるもの・古代剣遺跡の高原

 

 シャンガマック、ルオロフと、それぞれ課題をこなして、目的地へ近づく間。


 初っ端から剣を奪われかけたタンクラッドは、適度どころではなく、全身で疲労中。二回目の来訪だけに相手も覚えているからか、手加減も何もない。



「俺には、()()()()()()()つもりか」


 ぜぇぜぇ、肩で息をつき、剣を片手に歩を止める。問いかけられたのは前回だけで、今回は無言で戦わされる。

 あの二人と分担したから、俺が戦闘を引き受けた具合か?と苦笑するも続かない。トゥには、来るなと言ってあるので、完全単独応戦だが、これが年を意識させる。


「ふー・・・やれやれ。一応、近づいているんだろう。応じながら、知らない間に着く印象だ。とりあえず、向かってはいると思えば」


 ボッと炎の生まれる音に、屈めていた体を起こし、剣で弾く。火の玉が飛んできて、剣で撥ね、それが葉の茂りに当たるや、あっという間に引火。ギョッとするタンクラッドを、瞬く間に炎の輪が囲む。


 またこれだ、とぼやきながら、剣職人は片っ端から炎を払う。草を切る気はない、剣の流れとその角度。草を燃やしているようだが実は違う。草の根元から切るかどうかを、精霊は見ている。


 歩くための草刈りは許されても、個人の身と自由を守るだけの草刈りは、機嫌を損ねるらしいと知って、タンクラッドの金色の切っ先は、()()()()()()炎のみ切り払い続けた。



 こんなの・・・場所が変われば。精霊も変われば、同じようにはならないだろうと思う。ここの精霊たちは、これまでの経験から考えるに、地域からは動ける精霊でも、大精霊とは違い、中間の立ち位置。


 言葉のやり取りでは、前回タンクラッドは殆ど問題なく通過していたので、もう精霊も問いかけないのかもしれない。あとは言葉より早く反応を見られる、咄嗟の動きに託されているような。


 でも。『何が何でも行かせたくない』ではない。


 到着しても構わないし、中に入っても構わないが、見合う人間であれと()()()()()()

 見合うと、精霊が認めた人間なら、遺跡の中に入って出てきても、試された時間の全てを尊び、戻る場所に伝えるだろうと、きっとそう願っているのだ。


 タンクラッドが『ティヤーを見限った精霊たち』と、前回気づいたのは、その質問の内容と正解からだったし、辿り着いた遺跡の絵も見たからだった。

 ティヤーの精霊信仰が盛んだった頃、と思しき、絵具の劣化状態。描かれた精霊と人間の図は、とても温かで穏やか。神殿も、一定の服装ではない人々が並び、神殿奥に精霊らしき姿が幾つも描かれる。


 この風景は、現ティヤーにはないのだ、と遺跡の絵を見上げたタンクラッドは理解した。



 ティヤーの各島を離れ、ここに集まる精霊。きっと他にも、精霊が一つ所に集う島があるだろう。

 人の世の移り変わりを空しく寂しく見つめ、してやれることは無いと判断した精霊たちが、これほどいる。


 アイエラダハッド『知恵の還元』を重ねる。貴族時代の長い年月、精霊は居場所を僻地に絞り、貴族の闊歩する土地を離れた。それと同じことが・・・これと言った宣言もなく、静かにティヤーにも起きたのだ。


 今のティヤーに精霊がどれほどいるのか。出会わなかった・話題すら聞こえてこなかったのは、精霊が引き上げたからだった。


 もし、この精霊の島から持ち帰る進展があれば、それをティヤーの人々に伝えたい。これも、俺が関わる意味だと、責任感も持つ。


 最後の剣の一振りで、消えては火がつく繰り返しは断たれ、タンクラッドは剣を下ろして思いっきり息を吐いた。



「『伝えよう』とはいえ、疲れる。あの二人はどうしているやら。俺が身を以て精霊の伝えたいことを受け取っている間、彼らは無事」


「タンクラッドさん!!」


 名を呼ばれて、剣職人は振り向く。膝に手をつき、前屈みになった姿勢で首だけ後ろに向けたタンクラッドに、褐色の騎士が走ってきた。


「おお。バニザット」


「ここにいたんですか。探しました・・・! タンクラッドさん、大丈夫ですか?」


 肩で息する剣職人の、汗びっしょりな様子に目を丸くし、シャンガマックは彼の大きな手が肩に乗った重さで、彼がとても疲れていると知る。


「お前たちが無事なら。ルオロフは」


「はい。さっき会いました。彼は向こうで待っています。もうすぐですよ、この前と同じ道でしたか?」


 疲れ切った剣職人を気遣い、シャンガマックは彼の腕に手を添えながら、ゆっくりと歩き出す。合わせてタンクラッドも重い足を引きずり、『いや。道は、あって無いようなもんだろう』と呼吸と共に答え、ハハッと笑った。



「これから()()()()()だ」



 遺跡に入ってからも、問答は終わらなかった前回。とにかく三人揃って何より・・・すっと息を吸い込む。目の前に、大地に円形であいた大穴。その縁に、タンクラッドも立った。



 *****



「大変だったのか」


 三人は、地下数十mの深さを、穴壁伝いにそろりそろりと降りる。わずかに足場となる道が残り、ここを歩いて穴を上り下りした様子。


 先頭の親方は、ルオロフのボロボロの格好に尋ね、ルオロフはちょっと笑って『まぁ、そこそこです』と濁す。帰ったら服を買えよと、親方に同情され、ルオロフも『早めにそうする』と答えるが、会話の間も足元から目が離せない。僅か20cmほどの幅、踏み外したら(※飛べない三人)。


「劣化している訳ではないんですね・・・もっとこう、砕けたり間が消えたりしているのかと」


 シャンガマックがぼそっと言うと、親方も『岩の状態が良い』と教える。剣職人の目には、この穴を作っている岩質が頑丈に感じるようで、滅多な事でもしなければ壊れない類、と添えた。


「この前来た時も、問いかけに応じつつ、だ。足元に恐れていても、そこは目を瞑ってもらえた感じだったが、今回はどうか」


 緊張しながら進む、下りの道。やはり途中で、風に乗って精霊の問いかけが来る。


 ここでは突き落とされたくない、と願う思いは届いていそうで、問答はあっても、突き落とす()()()はなく、そして何を問われているかを理解した三人は失態もなく、冷や冷やしながらどうにか下まで到着した。



「思えば、お前は一番上から飛び降りても、無事っぽいな」


「無理です」


 上を見上げたタンクラッドに、無茶を言われたルオロフが苦笑する。シャンガマックも『この高さは幾らなんでも』と笑い、可笑しそうな剣職人が『お前なら大丈夫だろう』と赤毛の貴族の背に手を添えて、遺跡の入口へ進む。


「そうだ。少しな。中が冷えるかもしれん。()()()()()()()()()()()()に要らん世話かもしれないが」


「冷えているのですか?いえ、寒いのは寒いですよ、人間ですので」


 貴族でぬくぬく生活していましたし、と続けたルオロフの冗談に、親方も騎士も笑う。


 破けた衣服は袖が大きく裂け、背やわき腹、腿が見えるほどボロボロ状態。やれやれと笑った親方は、背負う剣を一度外してシャンガマックに持ってもらい、着てきたベストを脱ぐとルオロフの肩にかけた。


「これはイーアンが作ってくれた、グィードの・・・海龍の皮製だ。寒くもないし暑くもない。腕は出ていても少しは良いだろう」


「すみません・・・有難うございます。でもタンクラッドさんは」


「俺の衣服は無事だ」


 答えながら、シャンガマックに剣を貰い、親方は大剣を背にかけて中へ入る。騎士もルオロフの肩をポンと叩いて『タンクラッドさんの寸法の服なら、腰くらいまでは温かいだろう』と微笑んだ。


 私は世話になっているなと・・・こんな場面でもルオロフは感じる。

 黒い艶と光のあるベストは、内側がフカフカ。海龍の皮の服は、イーアンのクロークや内に着用している素材と同じと気づき、これも嬉しい。そしてこれよりさらに今は、自分に向けられる優しさが胸を打つ。


「ルオロフ、早く」


 感動で止まったままの貴族に、中からシャンガマックが呼ぶ。慌てて顔を上げたルオロフは、はいと返事をして急いだ。



 *****



 暗い岩の内側に、支えるように柱型の彫刻が並ぶ。岩を柱として模倣しただけで、柱そのものの役割はない。岩を削り出し、柱の全面だけはそれらしくしてある。


 ルオロフは外観から、内側も岩壁そのものと思っていたので、中の雰囲気は意外だった。誰がわざわざ、岩を穿って造ったか。灯りのない広い空間を見渡しながら、がくんと気温が下がった場所を、前の二人について行く。


 床は天然のままだと思うが、かつて訪れた人々の歩いた跡はなだらかで、長い歳月の繰り返しが、床たる状態に仕上げていた。歩く場所以外の床と比べて、これは一目瞭然だった。天上も相当な高さがあり、総本山の宝物殿と似ている。違いは、こちらには明り取りの何があるわけでもないこと。ひたすら暗い。



「精霊が来ると、会話にならんからな。今の内に言っておくが、広いだろう?俺は端から端まで見て回った。暗くて見えないが、壁には、別の通路に続く入り口もあった。だが通路は短く、行き止まりは伽藍洞。とりあえず、俺について」


 タンクラッドがここで、言葉を切る。彼の横がわずかに明るくなったので、精霊が来たらしいと察し、ルオロフもシャンガマックも話しかけずに、ただ歩く。

 これは有難いことだが、精霊がいるので、ふわふわ、ちらつくなどの、聖なる光が、暗がりを導いていた。


 問答は、森のような身体的な動きを求められないらしく、話しかけられ尋ねられに、声で応じる。

 要領を得たというと聞こえは良くないが、精霊たちの質問の中身を理解したルオロフたちに、返答は難しいものではなくなっていた。


『問いかけ』は、『託し』なのだと気づいたら。理解を深めて、誤解されない答えのみ。

 精霊も、こちらの変化を感じ取り、刷り込むように同じことを伝える。

 暗く広い、岩の空間にある遺跡を、三人はそれぞれ、精霊に答えを返しながら歩いた。



 そろそろ、一番奥が視界に入る距離まで来て、タンクラッドは奥の壁画に顔を向ける。暗いが、壁画の前に立てば、絵を把握することは出来る。二人にも見せて解釈を話そうかと思ったところで、タンクラッドについて来た精霊が、姿を消した。


 この前は最後まで離れずにいたのが、違う展開か?・・・タンクラッドは、これをタイミングではと感じ、後ろの二人にすぐ呼びかける。


「バニザット、ルオロフ。着いたぞ」


 二人の横にも精霊がいるが、タンクラッドの一言で消える。精霊の動きが変わったと気づいて、二人も急ぐ。ルオロフ、と騎士が顎で前をしゃくり、頷いた貴族は突き当りの何もない壁に走った。


 結構な距離でも、赤毛の貴族には一秒二秒。貴族の動きを読んだ精霊も瞬間的について来たが、ルオロフが腰の剣を抜いて、邪魔される前にと剣を振り上げ・・・『どこだ?(※床を切る意味をよく知らない人)』と目安を急いで探す声に。


『ここを』


「え」


 赤毛の貴族の前に浮かんだ、不思議な服装の女性のような精霊が、壁よりやや離れた溝を指さした。


『ここを』


 もう一度言われ、頷いたルオロフはすぐさま、その溝に剣を振り下ろす。

 ガッと削れる音を響かせ、溝を切った剣で、ほとばしる電光。一瞬、大きな暗さに電の白さが渡り、ルオロフの切っ先が向いた真上に、パッと別の風景が現れた。

 上に広がる風景に、目を瞠る貴族。おお、と見上げて驚き漏れる騎士。『ここはまた違うのか』と落ち着いて見つめた剣職人。


『入り、戻る。持ち帰り、伝えよ』


「・・・はい」


 目を奪われて見上げる横顔に、精霊は続く行動を示し、ルオロフは我に返って頷いた。場所を教えてくれたお礼を言うべき、と口を開きかけたが、精霊は姿を消し、ルオロフのもとに剣職人と騎士が来る。


「タンクラッドさん。シャンガマック。真上です」


「お前なら入れるだろう。跳躍で・・・俺は無理だな」


「俺もあの高さは跳べないですね。足場でもあれば別ですが」


 真上。本当に真上に、風景が天上のように広がり、その高さは15mほど。ルオロフも一度の跳躍では絶対無理があるが、ルオロフの場合は―― 



「失敗したら、繰り返すだけですが。あんまり、物を投げるのは」


「精霊が()()と言ったんだから、気にするな。ほら、投げるぞ」


 親方が、そこら辺に落ちている岩の崩れを、何個か拾い上げながら、振り向いた。両手に持ったそれを、シャンガマックにも渡し、二人が交互に放る岩の欠片を、ルオロフの()()()()()


「踏み外したら、抱えてやる」


「そんなお手間をかける訳に行きませんから、頑張ります」


 フフッと笑った親方は、片手に握った拳大の岩を、ルオロフに一度見せて『よっ』と、掛け声と共に放る。それと合わせて姿を消した赤毛の貴族は頭上で、岩の欠片をトンと蹴って、シャンガマックが次を放ると、貴族はまた上に移動。間髪入れずに親方が岩をびゅっと高く放り、ルオロフは若干下がったものの、三回目の足場で風景に飛び込んだ。振り返った赤毛の笑顔が手を振る。手を振り返し『気を付けて行けよ』とシャンガマックが大声で応援し、ルオロフは風景の中へ進んだ。


「すごいですよね、今更ですが」


 呆れているような笑い方で、上を見つめたまま褐色の騎士が首を傾げる。親方もフフッと笑い『本人は口癖のように、自分は人間というが、刷り込みたがっている気がしてくるな』と冗談めかした。


「普通は、岩の欠片を蹴ってあの高さに」


「行くわけないだろう!あり得ないぞ」


 二人で顔を見合わせて笑う。ミレイオもロゼールも難しいだろう、総長でも無理でしょうね、とルオロフの異常さに舌を巻く二人は・・・天井に広がる、明るい高原の下で彼の帰りを待つ。はずだったのが。



 少しして、ルオロフが戻ってきた。もう終わったのかと気づいた二人が見上げると、ルオロフは風景の際まで来て『これを』と何かを投げ落とし、シャンガマックがキャッチ。


「綱」


「はい。私が引きますので、一人ずつ上がって下さい」


 ルオロフは一人で探す気がなかったようで、どこからか綱を見つけて持ってきた。ちょっと笑った褐色の騎士が、『俺を先に。タンクラッドさんは体重があるから、俺と一緒に引っ張ろう』と綱端を握る。笑顔で頷いたルオロフは、両手に持った綱をグッと引き、シャンガマックはあっさり、天井の風景に飛び込んだ。


「あ。そうだったな、お前は力も強いんだっけ」


 ビックリした親方は、また垂らされた綱を掴み、今度はシャンガマック付きで引き上げてもらう。

 そこは黄緑色の草が風になびく高原。涼しい風吹く大自然の風景に足を踏み入れた親方は、細身の貴族に『お前本当は人間じゃないだろ』と笑った。


「人間ですよ。今は」


 ルオロフも笑い、三人で高原の草を分けて歩く。



 *****



 高原は、文字通り高い位置にあるようで、全ての方角を見渡しても、遠くを山脈がぐるりと囲み、高原自体もなだらかな斜面でずーっと続いている様子。見たところ、何にもない。高原の所々に背の高い木が生えるけれど、かといって奥に群生はないし、ずっと端に目を凝らしても、森など見えなかった。


 タンクラッドたちはこの斜面を、下るか上るか考えて、上っても何もなさそう―― 頂上は空背景 ――なので、下ることにして歩く。


 問答でつきまとう精霊も、ここにはいない。つまりは、許されたということだろうなと、シャンガマックが思っていると、不意にタンクラッドが口を開いた。



「ルオロフ。お前、()()()()縄を持ってきた」

お読み頂き有難うございます。

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