2591. 見限る精霊 ~②問いと答えの求めるところ・シャンガマック編
☆前回までの流れ
本島滞在後半、タンクラッドがトゥと探し続けた一週間で知った、『精霊の島』=古代剣を使うそこへ、ルオロフとシャンガマックを連れて行きました。今回は、精霊の島初っ端です。
砂地を踏む、三人の足。トゥは待機で、砂浜待ち。
ここにいても、トゥは特に何を咎められたり、煙たがられたりはないそうで、トゥがそもそも興味も関心もないのは、通じている様子。
関心を持つ人間にだけ、働きかけるのか。
タンクラッド然り。ルオロフも、今は人間。シャンガマックは人間だが、大精霊の見張り付きで、サブパメントゥの親持ちなので、彼が少し対応も変わるのか。
―――余談だが、獅子は今回来なかった。彼は、神殿や修道院の製造室を潰す仕事を、一途にこなしている。
もしも、獅子が一緒に来ていたとしても・・・獅子に問答は、意味も大して無い。人間ではなく、そして世界中の遺跡を、知恵を求め巡った彼に、精霊も問いかける必要を思わない。せいぜい、息子のシャンガマックが頭を悩ませるたびに、獅子が口を出す、それを見ている程度で―――
砂浜を歩き、茂る森へ入る。先頭はタンクラッドで、殿がシャンガマック。ルオロフは彼らの間を歩き、足元を埋める草を剣で払う親方に、精霊の島で草を切って大丈夫かと少し心配していた。
後ろの視線に気づいたタンクラッドは、ルオロフの思うことを察し、『どこで暮らしても、草刈りくらいはするものだぞ』と、精霊がこれで怒ることはないと肩越しに笑った。こういう時、ふと貴族のルオロフを思う。
見透かされて、少し恥ずかしそうに『そうですか』とルオロフは頷いたが、タンクラッドは彼のためにささやかな助言をする。
「ルオロフ。精霊はもう、近くにいる。お前の今の・・・草を払うことへの不安」
「ええ・・・はい。何でしょうか」
「人はそれぞれの暮らしと背景で、常識が違う。だから、俺とお前の常識も異なる」
「そんな大袈裟なことでは。気を悪くしたなら謝り」
「ルオロフ。謝らなくていい。大袈裟かどうかでもない。
精霊の視点と人間の視点はただでさえ異なるが、精霊の問いかけは、人の営みを撥ねつけるものとは違う。それは覚えておけ。良いか悪いかより、『共生を許された種族の自覚』で応じろ」
解り難い助言を授かったルオロフは、理解追い付かないにしてもお礼を言い、後ろのシャンガマックは・・・タンクラッドの思い遣りが解り、微笑んだ。
褐色の騎士は、ルオロフの貴族としての生き方が、どこで精霊の問に引っかかるか考える。
ルオロフが感じたことが、丸ごと違うわけではない。確かに、精霊が管理するものを蔑ろにしてはいけないが、この島限定にしてしまっては。
地霊や地霊に近い精霊たちは、ありとあらゆる範囲にいる。それが人々の生活の場所にもあり、特別域だけではないのも珍しくない。
この島の精霊たちは『ティヤーを見限って集っている』らしいから、固定の場所から動けない精霊ではなく、移動を許される精霊が来ているかもしれず、そうすると、各地で自然を司ってきた『草の精霊』『土の精霊』と様々・・・・・
精霊の集った島だけを特別視する感覚を、彼らは良しと思わない気がする。
人間の営みに必要な、家や食料や生活に因む仕事の道具や場、道、これらを精霊の守る自然から受け取っていることを、俺たちは常に意識しているべきだ。
ただ・・・ルオロフは貴族出身。狼男の時期も、衣食住は関係なかった。生活を取り巻く多くの品々は、一つとして、彼が汗水垂らして作り出したものではない。買った食材で料理一つ、彼はその手で行うことがない人生だった。
それは、彼のせいではないし、出生がそうとだけで、悪いことではないけれど。
普段の環境が消えても、自分の魂はいつでも守られていると学んだ部族の教え(※1108話参照)や、テイワグナで会ったバイラが常に『どこにいても何があっても精霊の成すこと』としっかり理解していた印象を、シャンガマックはこんな時に思い出す。
人の営みを撥ねつけるものとは違う、とタンクラッドさんは教えた。精霊の土地で草を切る行為に、懸念したルオロフ。
精霊がティヤーを見限ったらしき印象を、タンクラッドさんは前回で感じたのだろう・・・その理由には、『精霊に対する、人々の感覚の変化があった』のだ。そういう意味だな―― シャンガマックは、部族出身の自分の礎がどこまで、島の精霊に認めてもらえ、通じるかと微笑んだ時。
バサッ。 頭上の枝に鳥が羽ばたき、見上げる三人。『来たか』と知らせるように親方が呟き、ルオロフとシャンガマックは気を引き締める。
見上げた場所に何もいない。音は鳥のそれだった。一二秒の間を置いて、空気の流れにシャンガマックが振り返った。そこに大きな片翼。翼一つだけ、ぶらんと太い枝に引っかかっており、付け根部分が血まみれだった。
ハッとしたルオロフは飛びのいたが、シャンガマックは思わず『おお、可哀相に』と翼に駆け寄る。タンクラッドは思わず笑ってしまったが、それはシャンガマックの素直さがここまでとは、と思ったから。
「なんということだ。精霊の翼だと思うが」
シャンガマックだって、精霊がこの程度で飛べないなど、思いにくい。
だが、精霊しかいない島で、この状態は何かあったのかと思わなくもない。
いつもなら側にいるヨーマイテスが『精霊だぞ?気にするな』と注意して、それに従う。今は自分だけで、素が出る。咄嗟に出てきた言葉は『可哀相に』の同情で、口走ってから精霊相手に失礼かもと気づいて言い直した。
『可哀相?』
翼は澄んだ音で尋ねる。はたと添えた手を止めたが、突き刺さった枝を抜かねばと、シャンガマックはそちらに意識を向けて答えた。
「すまない、俺はそんなつもりじゃ」
『お前は、鳥を食べるだろうに。翼を刃で切る手に、力を籠めるだろうに』
意表突く、責めに似た一言を食らう。人間が生きるために、命を取る生き物と分かっていて、こんなことを精霊が言うとは・・・やはり何かあったんだと、精霊の思いに心を寄せたシャンガマックは考えるが、とりあえず枝から翼を外すに、損傷少なく行えるよう気にしつつ、問いかけに応じる。
「・・・俺は狩りもする。しかし、俺が生かされる時だけだ。俺が生きていて良いなら、俺の手が仕留めるだろう」
『鳥はお前が仕留める時、生きていてはいけないのか』
「そうではない。俺に、力と魂を預けてくれる。俺がいつか抵抗の術なく、誰かのために死ぬなら、それは俺が鳥を仕留める時と同じだ」
短く、躊躇いのないやり取りを、血の出た翼と交わす。喋りながら、シャンガマックは太い枝を掴んでしならせ、大きな翼が引っかかる付け根の傷を見て、眉根を寄せる。
「血が出ているが、この血は霊気か。精霊の傷はどう治すものか」
『お前に必要ない』
「俺にも・・・少しだけだが、出来ることはある。どうしてこの状態か分からないが、もし手伝えるなら」
どこまでが試されているのか、シャンガマックは戸惑うが、もし本当に怪我をしたなんて状態であれば大変だと考える。テイワグナでは弱い地霊も見た。精霊であっても、どうにもならないことがある。だから、大きなお世話か失礼かを悩みつつ、それでもシャンガマックは『自分に出来ることがあれば』と言った。
シャンガマックが、太い枝をしならせる片腕。もう片手に、大きな片翼。さてどうしようと対処を思った矢先、両腕に痺れが走り―――
『行きなさい』
痺れに驚いても翼を離さなかったシャンガマックに、精霊の澄んだ声が命じる。
片翼は穏やかに輝いて、黄緑色の粒子に変わり、その粒子は翼を持つ大きな大蛇に変わった。目を瞠る褐色の騎士の前に、青緑の翼と金属のような体の蛇が、体半分を起こし、透き通った透明な目を向ける。
『お前は使うに求められる。この先へ進め。お前はお前のままであれ』
「あ・・・あ、はい。有難う。だが、その、傷は?」
『問題ない。行きなさい』
精霊の命じは短め。二回同じことを言わせてしまったので、褐色の騎士は頷く。向かい合う蛇の首がゆったりと引いて、翼の蛇は風景に消えた。
後ろで見守っていた二人は、その時。
実は見守っておらず、タンクラッドもルオロフも各自、精霊相手に奮闘中―――
*****
俺は、あの動きで正しかったんだな・・・はぐれたシャンガマックは、二人を探しながら、膝丈まで草が茂る森を奥へ進む。
精霊が血を流す、そんなわけあるかと、父ならあっさり一蹴するだろうけれど。
血に見える形で、何かを人間に伝えようとしていることもあると思う。その『何か』は、訴えや大切な問いかけ、この島に来た以上、そう捉えて変ではない。
『問われる』と、タンクラッドさんに先に聞いていたから、意味あっての状況と判断し、心に添って行動したまで。部族で育った感覚は、ティヤーの精霊に通じた。
「どこが、どう通じたか。思い込みは良くないから、決めつけないけれど。『共生を許された種族の自覚』、きっと精霊たちが聞こうとしていることは、そうした部分なのだろう」
頭上に垂れる蔓の重なりを、手で押しのけ、道を塞ぐ大きく太い木の根を跳び上がって越え、シャンガマックは思いに耽りながら、奥へ奥へ。
幾重にも絡む枝の格子から、木漏れ日が明るく差し込む、南の国の森。
精霊の見ている雰囲気はあるが、この島に沢山居るそうだし、精霊だらけの中に入って、気配を気にするなんて意味もないこと。だから、それはさておき。
生き物の気配を、ほぼ感じないのは不思議だった。鳥や動物の声は聞き取れても、姿を見ない。
人を恐れているみたいだなと、ふと思った。もし・・・精霊たちが聞きたい事・確認したい事が、『共生の意識を理解しているかどうか』であれば、そこに至るは、神殿の人間たちが原因なのか。
神殿が、いつからか『人』を崇めるようになったから?デオプソロの前も、教主はいたという話だった。その前もそうだったかもしれない。いつからか、欲に走った人々は、欲を煽るものを求め、精霊を無下にしたとか・・・・・ 考えていると悲しくなる。
『その心、本物かどうか』
ふいに足元が沈み、耳にくぐもる声が入る。ハッとして跳躍した騎士は、手近な枝を掴んでくるっと回転し、周囲を見渡した。が、周囲ではなく、土が。
「これは」
『聞いてみれば、精霊寄りの想像中。宝など、この世のどこにもないものを、人は宝と名付けて、罪すら恐れず』
「宝?」
何のことだとオウム返しに繰り返すも、それに返事はなく、地鳴りと共に、ドドドドド・・・と轟き立てて、地面は陥没する。
草も何もが、削れ広がる穴に流れ込む。シャンガマックが乗った枝の木も、根から土が外れて傾き、急いで隣へ飛び移ったが、その木も根元を支える土を失い倒れる。
急いで跳躍しかけたが、倒れる勢いで振るわれた蔓に足を取られ、体勢を崩し、慌てた一瞬。顔の真横に、バッと古代の金色宝飾面が並んだ。うわッと声を上げたシャンガマックは、体勢を立て直す間もなく、雪崩れる土砂へ落下した。
*****
ルオロフとタンクラッドがそれぞれ、大忙しの頃。シャンガマックも抗いようのない土に埋もれて、必死。
ぶはっと被る土から頭を出し、目いっぱい腕を動かす。土は湿っていて重いが、崩れたばかりで木の根も葉も草も含むため隙間がない訳でもない。そして埋まった深さは、頭一つ分くらい土を掛けられた具合で、それでも足場が取れない土の中、どうにかこうにか這い出てきた。
ペッペッペ、と口に入った土を出し、頭の土をがさつに払う。顔中が土だらけで、手でこすっても余計に汚れる。が。
「・・・あ。そうか。俺の服は大丈夫なんだ」
意外にも、服は小奇麗だった(※服だけ)。上下一式、妖精のお膝元を守る種族が作った服・・・人に説明する時は簡単に『精霊の服』と言ってあるが、ファナリたちは精霊ではない(※2410話参照)。でも、こうした場面で無事な事実、やはり近い存在なんだな、と感心した。
「と言ってもな。俺がこの汚れ方じゃ。ヨーマイテスに見られたら、どれほど怒られるか」
怒られそうな未来を心配しつつ、モコモコした土の上に体重をかけないよう、ゆっくり立ち上がる。陥没したところから見上げると、地上まで、二階建てくらいの高さ。横はかなり長く、亀裂で紡錘形に穴が出来ていた。
見回して違和感。一緒に落ちた木々が、もっとそこかしこありそうなものが、ない。となると、これは幻の類かとシャンガマックは頷いた。口の中に入った土の味は現実味があるけれど・・・ どう出るかな、と亀裂の壁に足場を探す目に、キラッと光った何かが映る。さっと脳裏を過ったのは、落ちる寸前の奇妙な金属の面。あれか?と思い、そちらへ近づくと。
金属のあの面が、土の壁に半分ほど埋もれており、目玉が入ってこちらを見た。あ、と足を止める褐色の騎士。宝が、と言っていたなと思い出す。
『宝欲しさに乗り込んだ人間、数知れず』
金色の不思議な面が、動かない口から言葉を漏らす。シャンガマックは頷きもせず、否定もせず、じっと見つめる。
『遥かな時の消える末。生きて死ぬものたちに手を伸べて、何が悪かったか』
「悪かったなどあり得ない。それは人間が誤ったのだ」
これには即答した。愚かじゃない人間もいる。でも、欲と事情で人は幾らでも裏切る。だがシャンガマックの理解は、試しの問いに『きれいごと』『口先』と捉えられた。
『お前を沈めた、この穴は。お前が踏み入らなければ、生じなかった。何を求めて来たか、一度聞いてやろう』
「俺が言うことを信じてくれ。低姿勢で機嫌を取る気はない。だが分かり切った言い方もしたくない。
俺がここへ来たのは、宝云々のためではない。地面を壊したのが俺を阻むためと言うなら、悪かった。島に入ったのは、ティヤーで精霊の関りが始まったと知ったからだ。俺の仲間がそれを感じ、俺もそれに従った。ティヤーに生きる人間が、この先に精霊と」
『お前はティヤーの民ではないな。なぜその服を纏う。なぜ、お前から精霊の息が聞こえる?』
遮られたシャンガマックに、問答と関係ない質問をする。面の目玉は片方だけで、人の目玉に似た毛細血管が、真っ赤に白目を包む。
怒っているのか、我慢しているのか、それを伝えたいのか・・・ 風変わりで見たことのない文化の面は、楕円に開いた唇から下を突き出し、鼻の穴は大きく広がり、目をむく印象。怒り顔に見える。頭には、飾り羽の模様と、帯を額に巻く、全部が金色の仮面。
「俺は、ハイザンジェルの人間だ。そしてこの服は、アイエラダハッドで受け取った。俺から精霊の息が聞こえるというなら、それは水の精霊ファニバスクワンだ」
あれだけ大型の精霊でも、ファニバスクワンを感じ取らない精霊もいる。それはアイエラダハッドで知った(※1900話参照)。だからここでも、シャンガマックは魔法を使わずにいた。大精霊を盾にしたいと思わなかったから。
『なんだと』
金色の面の目玉が、赤さを増して赤い目玉になる。黒目が針の点のように縮まり、動かぬ金属の顔にひびが入る。
「俺は・・・大地の精霊ナシャウニットの部族。今は、ファニバスクワンの教えを受け」
『出ろ』
出ろ、の一言。え?と瞬きするより早く、目の前がパッと白く変わり、眩しくて目を閉じた。思わず顔を覆った両手。
そっと目を開けると、シャンガマックは森の木漏れ日の落ちる中に立ち、指の間を抜ける光で、自分の手が汚れていないのを知った。いきなりの変化、大精霊の名を、口にしたからかと思ったが。
『思い上がるな。人の子よ。お前の心は、精霊が愛する心。それを守れ』
風に乗る声が言い残した、教え。褐色の騎士は、澄んだ日差しに微笑み、吹き渡る穏やかな風に首を垂れた。
思い上がることをせず、そのままでいろ、と。大精霊が自分を守っているのは、それに見合うから・・・そう、思ってもらえたのが嬉しい。
分かりましたと声で答えて、シャンガマックは次の一歩を踏み出す。
この後、シャンガマックが歩く道は静かなもので、草を分けては進む足に蛇が巻いて質問したり、小鳥が肩に乗って問いかけたりと、言ってみれば、『可愛らしいもの』だった。
問いを投げるまでもない。この島の精霊は、シャンガマックの立場を理解し、そう捉えてくれた。
シャンガマックは微笑みながら、聞かれることに正直に素直に応じ、そうしてどれくらい歩いたか――― 地面に大穴がある場所まで来た。深い穴の底には、遺跡。
お読み頂き有難うございます。
突如、心因性の体調悪化で動けなくなり、ご迷惑をおかけしました。発熱と胸痛を毎日繰り返していますが、初日に比べると軽くなりました。
休んでいる間に、少しずつ書き溜めたので、また一週間くらい続けたいです。一週間後に、またお休みを頂くかも知れませんが、どうぞ宜しくお願い致します。
私は、本当に。いつもここに来て下さる皆さんに、本当に励まされています。本当に勇気づけられています。だから頑張れるとよく思います。皆さんに心より感謝します。有難うございます。




