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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
259/2944

259. アーエイカッダ剣工房委託受領

 

 タンクラッドとイーアンが不思議な関係に陥った後(※主にイーアン)。


 契約することを思い出したタンクラッドは、総長に会いに行こうとイーアンに言い、親父さんの作った剣と、タンクラッドの黒い剣、イーアンの最初に作った黒い剣、白い剣を包んだ。


 まだ、ぼーっとしているイーアンは、何だかいろいろと間違えながらも荷物をまとめた。部族的な剣は、割ったから修復する・・・ということで、タンクラッドが預かることになり、他の黒い角も、持ってきた10本はそのまま置いていくことにした。


「これを俺のところに置いて、お前は困らないか」


 タンクラッドが聞いたので、ちょっと慌てて、自分のところにまだ幾らもあるとイーアンは答えた。職人は『そうか』と頷いて、角をひとまとめにして工房の奥へ運び、茶器を片付けに台所へ行った。



 イーアンは暫くぼんやりしたままだった。彼の行動をどう理解していいのか、ワンちゃんでいいのか、もう全然分からなかった。


 触れられても、額を付けられても、なぜ自分が逃げなかったか。怖くなかったのかは、見当が付く。

 タンクラッドには、クローハルのような邪気がない(←失礼)。また純粋でも、フォラヴのような『愛あります』的な感じもない。

 それらは彼から全くと言っていいほど、感じることはない。ドルドレンが自分を好きになりつつあったと思う頃の、ああした照れるような微笑もない。タンクラッドは、何か全然違うのだ。


 もしかしたらこれが、他の人たちの言っていた『剣が家族』の意味なのかとも思う。ちょっとダビに近いのかもしれない(※ダビ系)。人同士の間に、ダビなら武器全般・タンクラッドなら剣と言うか、そうした存在があって仲良くなる。


 だから、仲良くなると、普通の男女間の恋愛とか感情の動きではなく。これが大事=これが好きなあなたも大事、とした構図が成り立って、普通の人とは異なる親愛の表現が出てくるのかもしれない。



 非常に平たく見れば、ワンちゃん状態でもありのような気がする。


 ただ、ワンちゃんなら良いけれど。とりあえず私は人間。そして一応女性。だからな~・・・・・ おでこ付けちゃうと、タンクラッドにそんなつもりがなくても、傍から見たらすごく勘違いされるだろうと思う(※特にドルドレン)。


 変わった人たち(※パパ&キング&ジゴロ&オカマ+Newポジ・孤独職人)に好かれる自分に、百戦錬磨の対応術が備わっていないことを悲しむイーアン。


 タンクラッドの能力は最上級だし、すごく協力的で動きも頼もしいし、今後も末永く付き合っていくのだ。どうやっても、周囲に誤解を生まない付き合い方を習得する必要がある。でもどうやって動けば良いのか。はっきりイヤと言えば、確実にタンクラッドを傷つける(と思う)。変に『イヤ』『さわんないで』とかツンツンしてたら、こっちが好きみたいに思われてそれもまずい(※そんな心配要らない中年であることを忘れている)。



 イーアンがぐるぐる対処を考えていると、タンクラッドが手を拭いて台所から出てきて、イーアンの荷物をすっと持った。


「私が持ちますから」


「危ないだろう。鞘のない剣ばかりなんだ。ある程度は革に包んだが、俺が持とう」


 そんなの平気なのにとイーアンは思う。でも黙っとく。タンクラッドは扉を開けて、イーアンを先に通し、自分も出て鍵を掛けた。


「お前のその毛皮は。赤い毛皮に黒い裾。首や袖は金色とは。随分目立つ生き物だな」


「これは魔物です。あの黒い角の持ち主でした。とても大きな体でしたから、倒して全部剥いできました」


「とてもよく似合っている。俺も欲しくなる。どこで仕立てた」


「自分で。自分の分の上着くらいなら、少しほつれていても、ちょっと(いびつ)でも、何かあったらすぐ直せます。私はそこまで気にならないので」


「言われなければ、イーアンが自分で作ったとは思わないくらい、よく出来ている。毛皮が今度手に入ったら、俺にも作ってくれるか?」


 タンクラッドは笑顔で頼んでくる。イーアンは心臓をどこかに匿いたくなる。この人は、これ(笑顔)を散々他の人にしてきたのかと思うと、どれくらいの女性がくたばらなくて済んだのかと心配になった。



「私はその。裁縫は下手なので。タンクラッドは体も大きくて難しいでしょうから、どこか、腕の良いちゃんとした所で仕立てて頂くことをお勧めします」


「遠回りに断っただろう」


「ち。違う、違います。そうですけど、違う。そんなつもりじゃなくて」


 慌てるイーアンに、ハハハと笑うタンクラッド。イーアンはほとほと困った。

 心臓に悪い・・・・・ この人はどうにか、自分のペースを見つけないと、本当に脳みそがやられそう。もうすでにいつもの自分ではいないことに、イーアンは戸惑っていた。


「イーアンに作ってもらいたい。ちゃんと支払うし、ほつれようが(いびつ)さがあろうが、俺は気にならない。お前が縫った上着を着たら、俺はいつでもお前と一緒みたいに思える」



 だから。その言い方は。それは。お願いだから人様の前で言わないで。

 とても嬉しいけれど、何かが物凄く誤解を生む。別の意味だろうけれど、今のは私にもその含みが分からない。きっととても、私に気を許しくれてるのを表現してるんだろうが。


 はぁ、と俯いて答えるイーアン。調子が狂いっぱなしで、親父さんの工房に入る。



「お。来たか。長かったな」


 親父さんが出てきて、イーアンとタンクラッドを通した。ドルドレンがそそくさ寄ってきて、イーアンを抱き締める。『全く帰ってこないから、一体何事かと(※仕事、と全員が思う)』もう心配で心配で、ドルドレンがせっせと頬ずりする中、親父さんは呆れながらも応接間に促した。


 しがみつかれたままのイーアンは、ドルドレンを引きずりながら長椅子にかける。この状態だと5分くらいはこのままですから、と親父さんに言うと、ゲラゲラ笑ってお茶を用意しに行った。


 横に座るタンクラッドも少し眉根を寄せた顔で、しがみついたまま頬ずりする総長を、怪訝そうに見つめていた。


 隙間から見えるタンクラッドに、イーアンは目で『気にしないで』と合図する。タンクラッドはちょっと不思議そうな顔をして、『気にしなくて良いのか』と声にした。


「お前を助けることも出来る。助けたほうが良さそうに見える」


 その言葉にドルドレンがぴたっと止まった。まずいと、イーアンは急いで言葉を探す。


「助けるとは何だ。イーアンがタンクラッドの工房に一人で出かけたんだ。俺が心配して何が悪い」


「心配し過ぎだ。何かしたとでも思うのか」


「何してたか分からん」


「仕事をしているんだ。仕事の出来が良くて感動すれば抱き合う。知識を話してしょげたり凹んだら撫でて励ます。そんなことを言ってるなら、それは何かしたうちに入るのか?俺の弟子だ。普通のことしかしていない」



 固まるイーアン。正直すぎる。この人は純粋で正直すぎる(そして弟子ではない)。ドルドレンの重力が一気に部屋を圧迫する。タンクラッドは、ちょっと重さの増えた空気に、一度部屋を見回した。


「何だと?抱きあう?撫でる?いつ弟子にした。イーアンはイーアンだ。なんてことを」


 ちょっと待って、ちょっと待って、とイーアンは大慌て。この展開は物凄く困る。

 銀色に光る目で周囲を凍結させかねないドルドレンを引っ張って、部屋の外へ出て事情を聞かせる。


「違います。確かにね、後で見せますけれど。伺ったら凄まじい剣が出来ていましたから、私は感動したあまり」


「抱きついたか」


 ごめんなさいと謝るイーアン。でも本当に凄い出来だったの、しょんぼりしながら剣のことを伝える。



 ――やると思った。やりそう、って思ってた。だから一人にしたくなかったのだ。目をちょっと離すと『感動感激=触れ合い』に走るから。それ他の人にやっちゃダメなんだってば。絶対その抱きつきで恋心芽吹いたって。



「それで。撫でられたのは何なの」


「私がどうして。剣や鎧の仕事もしてないのに、いろいろ手を出せるのかと。その知識や経験をどこで手に入れたかと聞かれて、過去は話せませんから曖昧に濁しました。で、広く浅くしか知らないことで、知識の半端さを恥じ、その話の流れから協力を仰ぐことで助かると伝えると、彼は撫でました」


 他意はないと思いますよ、そういう人ではないと思う。イーアンは一生懸命、彼もだけど、自分にもそういった気持ちはないからとドルドレンに話す。



 ――イーアンは。そう。イーアンはしょげるのだ。しょげると可愛いからな。ついちょっと苛めたくなるけど(パパ似)。いかん、そっちではなかった。違う違う。ダメだろう、撫でたら。ワンちゃんじゃないんだから(※イイ線いってる)。ぬぅ。今後がものすごい心配でならん。



「ふーむ。イーアン。やはり今度から俺が一緒に行こう」


「総長。俺がそっちへ行くことも出来るだろう」


 振り返るとタンクラッドがいた。無表情にドルドレンを見てから、イーアンに視線を向け『お前の工房を見せてくれるんだよな』と笑顔を見せた。


「な。なん。何をぉ???」


「ドルドレン、さっきです。この話はさっき出まして、ディアンタの工具の話から、一度私の工房を見るとなり」


「ディアンタ?」


 イーアンに手を堂々出そうとする職人(※ちょっと違う)の次々出てくる展開に目をむくドルドレンと、焦るイーアンの会話に出た『ディアンタ』の一言にタンクラッドは反応した。



「イーアン。ディアンタの工具だと?」


「そうです。私は、その。事情あって一時期、工具を持っていなかったので、たまたま僧院で」


「たまたま。その工具が、あの皮に穴を開けた工具か」


「タンクラッド。離れろ」


 イーアンに近寄る職人の前に滑り込んで、イーアンを抱き寄せるドルドレン。『話は帰ってから聞くから』いいねっ、とドルドレンに叱られ、イーアンは頷きながら再び部屋に入った。タンクラッドも部屋へ戻る。

 親父さんが茶を用意して待っていて、3人の様子に少々笑みを含んだ顔を向けていた。



「それでどうだったんだ。結局、タンクラッドはやるのか。この仕事を」


 親父さんがペンとインクを取りながら、友達に聞くと、タンクラッドは座りながら『ああ。そうだ』と短く答えた。


「総長。だそうだ。何だか心配が募ってそうだが、国を建て直すんだから私情は控えて契約だな」


 ほれ、とペンを渡されたタンクラッドは、自分を睨みつける総長をじっと見て『契約書は』と聞いた。ちらっと愛妻を見れば、目をウルウルさせてこっちを見ているので、已む無し紙を出すドルドレン。


「ここ。・・・・・・・ここに。名前と日付と。地域。写しは後で契約金と一緒に持ってくる」


「イーアンが来る時に持ってきてもらえば良い。来週来い」


「来週は執務室がまだ稼動していないんだっ。何でお前が決めるんだ!」


「ああ、そうなのか。じゃあ、後で俺の予定を渡そう。一番早く来れる日にしろ」


「だから、イーアンはお使いじゃないんだ。弟子でもない。遠征にも連れて行くし、試作品の企画もある。そう、ほいほい来れると思うなっ」


「ドルドレン、皺が・・・・・ 」


 きーきー怒るドルドレンの、眉間皺とほうれい線を気にするイーアン。綺麗な顔なのに、怒ってはダメですよと言い聞かせる。親父さんは、斜めの止めに笑っている。


 タンクラッドは、総長がなんでここまで癇癪を起こしているのかよく分からないが、総長の立場だから、他人に決められるのがイヤなんだろう、と理解することにした。イーアンが好きなのは分かる。どうやらとても大事らしいことも分かる。だが。タンクラッドにも大事だ。それはそれだな(ダビ系)と職人は納得する。



 ぶつくさ文句を言う総長の大人気ない態度を横目に、出された契約書にタンクラッドが署名し、アーエイカッダ剣工房はかくして、工房ディアンタ・ドーマンの製作委託先になった。


「? イーアンの工房名か。ディアンタ・ドーマンというのか」


「そうです。私の友達(※フォラヴ友達認定)が付けてくれました」


「これは」


 タンクラッドが聞きかけた時、向こうからボジェナが来て遮った。

 ボジェナ、と喜んで立ち上がるイーアンを、ボジェナは両手で抱き締めて、あっさり奥の部屋へイーアンを連れて行ってしまった。


「聞きたいことがあるのよ」


 遠ざかる二人の背中を見つめる3人の男に聞こえたのは、ボジェナの真剣な質問だった。ドルドレンは、きっとイーアンは暫く帰ってこないと悲しく思った。



 残された男3人は、第三者の親父さんを中和役に、改良された剣の話題に移った。


お読み頂き有難うございます。

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