2587. ルオロフと『道連れ』・旅の三百九十三日目 ~出港・小さな絆
※明日の投稿をお休みします。仕事で物語が追い付かず、申し訳ないです。宜しくお願い致します。
『お前がいないと困る場面はどうするんだ』―――
タンクラッドさんの言葉が、耳に残る。彼は離れ際、そう問いかけたけれど、私に答えを求める訳でもなく、背中を向けた。生徒に預けた、宿題のように。
ガヤービャン地区国境警備隊敷地内、港付けの見張り小屋に寝場所を借りたルオロフは、窓の先に見える、黒い大きな船の影を見つめた。
明日・・・私は別の船で遅れて出るから、見送る形になるんだな、とぼんやり思う。皆は黒い船に乗り込み、自分は手前で別れた。
東回りの南下航路、サネーティとの待ち合わせは次の停泊地で、えらい速さで到着する予定らしいが・・・それにしたって少しは待つだろうから、足止めになるのか。だが、サネーティが来れば。
「私一人で動くよりは、やつがいた方が都合も良い。頼りたくはない相手だけど、なかなか使えるのは分かったし(※呪符効果大)」
警備隊に『サネーティに伝言が』と頼んだら、どういう連絡網なのか、異様な速さで返事が来た。といっても、手紙ではなく警備隊伝いだったから、誰もが知ってしまったのは、何とも違和感がある。皆が変に同情的な視線を私に注ぎ、深くは聞かれなかったけれど、きっと私が、イーアンたちと仲違いでもしたと思ったのだろう・・・ サネーティからの返事も、気分が悪い内容だった。
『俺がいないと、ウィハニの女の役に立てないのか』
だそうです、と言われた(←警備隊員に)時、血が上りそうだったのを頑張って抑えた。不愉快極まりないが、サネーティは半月以内に次の停泊地に来るようなので、ひとまず、そこ止まり。
温い潮風が、四角く素朴な窓を伝う。赤毛の貴族は暫く月を見つめてから、タンクラッドの言葉をまた思い出す。
「私の剣・・・そうだったな。タンクラッドさんは、これを使う遺跡を見つけたようだが。ティヤー以外にもあるとかどうとか。はーあ・・・側にいれば、もっと詳しく教えてもらえるところが。私ときたら」
でも、ラサンは嫌だ。フォラヴも嫌がっていた。彼が妖精の国に帰った理由は、全く違うのだが。
結局ラサンは今も死体かもしれないし、絵から出られないにしても、居るには居る。虫唾が走るほど嫌でならない―― けれど。
「はーーー(※悩)。連絡手段も不要と断った手前。私が貰った剣を彼らが使いたい時、私が離れていることで、要らない手間をかけさせてしまう。だからと言って、『では剣を返す』なんて失礼極まりない」
礼儀正しい貴族ルオロフに、そんな失礼はできない。でもプライドもある。外道(※ラサン)に突き付けた言葉『お前は私の剣で切ってやろう』を、撤回するなんて冗談じゃない。
迷惑かけてしまうな、いやしかし、を繰り返す眠れない夜。ルオロフは何度も寝がえりを打ち、何度も起きて頭を抱え・・・眠った。
そんな赤毛の貴族を、遠くの海に浮かぶ船の一室で見ていた男。
「ウィンダル。お前でも悩むんだな。俺と仕事をしていた時は、何でも即決、何でも独断、じっとしている印象なんかなかったが。
イーアンに嫌われたのが、そんなに堪えたか(※嫌われたことに決定)」
呪術師サネーティ。半開きの瞼の奥で、赤毛の貴族が眠る部屋と、波止場を挟んだ黒い船の光景を眺める。聞こえはしないが、見える様子で判断。
「・・・黒い船の中は見えないんだな。あの大きなダルナが、守っているんだろう。まぁ良い。イーアンがどうしているか、見たかったけれどな」
私がすぐに行きますからねっ 嬉しくて仕方ない呪術師は、別にイーアンに呼ばれたわけではないのに、逸る気持ちで上気した顔を左右に振る。
「ああ!一ヶ月か?あなた(←イーアン)に会えなかった日々は、一日が一年にも感じた!まぁでも、抜かりなく準備できたと言えばそうだし、会えなかった拷問のような日々は、今は過去だ!アノーシクマの守りを固めてきたから、しばらくはぶらつける。
順路は概ね、教えた通りだし、俺がいつどこへでも行けるよう手配済み(※2465話参照)。ワーシンクーから南東ピンレーレーが、次の寄港先でも、だ。そこ目指して突っ切れば、北の端からだって速い。
イーアン、ウィンダルなんて、役に立たないのをあてがってしまったお詫び、私が代わりにお側で支えます・・・フッフッフ、ハッハッハ!」
高笑いする呪術師は、磨かれた年代物の机に、組んだ両足を乗せ、椅子の背もたれに目いっぱい体を預け、片手に持った酒の瓶を煽る。ごくごくっと勢いよく飲み下し、ぷはーっと息を吐いてまた笑った。
「やはり俺の運命は、ウィハニの女に導いたか。ウィハニ、伝説の龍よ。あなたが癒してくれた肩は、あれから一度も洗っていません!」
臭うと嫌われそうだから酒で拭きますが、と真顔で続け、サネーティは魔物の出る海を、上機嫌で南へ進む。戦うのは自分じゃないので気楽なもの。
ついこの前、タニーガヌウィーイに『イーアンが来た』と聞いた時は、もんどりうって倒れそうだった(※無視されたショック)が。もう、もうすぐ。
「まさか、宗教連中を叩きのめすとはな。彼女たちにかかれば、あっと言う間か。タニーガヌウィーイも称賛しきりだったが、いやはや素晴らしい!
ティヤーの闇を取り払ってゆく、まさに救世主。早く会いたいものだ」
ルオロフが一人で動くために援助が欲しいと、連絡をよこした。これぞ、運命・・・・・
ふと、褐色の騎士を思い出す。一口また酒を飲み、唇を拭い、手元のろうそくを燭台から取り、数滴たらした。被膜が張るより早く、呪術師が呪文を呟き、瓶持つ手の小指の爪に、固まりかける雫を引っ掛ける。
蝋の雫は、つるーっと糸になって机を這い、所々が途切れ、呪術師の目にメッセージを映す。
「ふむ。彼はまだ、あれを使っていないのか。優秀な魔法使いだし、早く『服の秘密』を得たら良いのに」
俺も実際には知らないんだけどね・・・くすりと笑って酒を煽り、シャンガマックに会ったら、地図を使うように急かそうとも考えた。
「私はウィンダルなんかより、ずっと、ずっと!ウィハニ、あなた方の役に立ちますよ」
小気味良さそうにくすくす笑い、また馬鹿笑いして、ちょっと壊れた呪術師の航海は、夜も止まることなく―――
*****
翌朝。
ガヤービャン警備隊に船出を見送られて、黒い船は銀のダルナと共に港を離れた。
甲板からお別れをするイーアンたちは、朝日に照らされて、より明るく、より燃えるように目立つ赤毛にずっと手を振り続けた。
ルオロフも微笑み浮かべたまま―― 顔を維持 ――船が遠ざかり、甲板の人の声も聴こえなくなるまで、港で手を振った。
イーアンは、他の港を出る時は尻尾を出したり、翼で浮上したりしていたけれど。
「私にはなかったな」
黒い船が見えなくなり、踵を返したルオロフ。『笑顔貼り付け時間』は終わる。
ふーっと息を吐いて・・・ちょっと息を吸い込んで、また、ふーーー(※後悔)と長めに吐く。寂しそうな男の背中を、そっとしておく警備隊は離れて行き、ルオロフは荷物を置いてある小屋へ戻ると、荷を背中に担いで小屋を出る。
側にいた人に礼を言い、自分の乗る埠頭へ歩きながら、出港が3時間後の長さを思い、溜息は止まることを知らず。
「私がここを出る頃には、ずいぶん離れているだろう」
何十回目かの溜息を落として、埠頭にある船近くまで来て、何かがさっと空気を掠めた。何!?と振り返る一瞬より早く―― ルオロフの反応より早く ――ドッと体当たりを受けるが、ルオロフはよけなかった。
白い角。白い翼。自分の胴に抱き着いた女龍に。
「どうして」
「お別れなのに、抱きしめていませんでした」
戻ってきたんだ!と驚きながら、ルオロフは荷を落として急いで抱き返す。胸につけたイーアンの顔が見えない。『イーアン』と、名を呼ぶ声が嬉しさで上ずる。女龍は一度、ぐっと下を向いて、顔を上げ、その鳶色の目が悲しそうで、ルオロフは胸が痛んだ。
「あ・・・すみま」
「謝らないで下さい。私の息子よ。息子になったばかりで、もう離れるとは」
「うっ、く。ごめ、ご・・・(※謝らないでの注意に従う)」
ぎゅーっと抱きしめる女龍に、すまなさが募る。どうしていいか分からない。抱き返す腕に、知らず知らず力がこもり、抱き合って二人は何も言えずに時間が過ぎた。
白い6翼が若者を包み、白い巻き毛の長い尾は、貴族と女龍に巻き付いて、ルオロフは彼女が、自分をどれほど大事に考えてくれているかを、痛切に知る。頬に当たる、白い捻じれた角に少し顔を寄りかからせて、ひんやりした温度を忘れないよう沁み込ませた。
「こんなに抱きしめられたのは、初めてです」
「・・・翼と尾がある人間、いませんから」
「そうじゃなくて」
大真面目に答える女龍に、ちょっと笑ってしまったが、顔を上げた女龍の表情がたまらなく可哀相に見え、『イーアンが犬説』を思い出した。これは、厳しい(※ワンちゃん悲しそう=可哀相)。
「一緒には、来ないのですね」
確認されて、溜息を落とす。弱気で頷く若者に、イーアンも小さく頷いた。
「あなたは子供みたいなもの、と言ったでしょう。私は空を動き、強烈な力を持っているのに、あなたが私を呼びたい時に、それを知る能力はありません」
「大丈夫です。私とあなたが会う時が、『私が呼んだ時』です。たまに・・・会いに来て下さい。次の島で少し、私は滞在しなければいけないのですが、どこか出かける用事に私が必要な場合は、いつでも呼び掛けて下さい」
タンクラッドの言葉を思い出して、ルオロフは呼びかけを頼む。ラサンのいる船に乗る気になれないだけで、外出ならいつでも行けることを改めて伝えると、イーアンは頷いた。
ルオロフの身体から腕をほどき、一歩後ろに下がると、『次の島で』と口ごもり、女龍は浮上した。離れて行く姿を見上げ、ルオロフは片腕をゆったり振る。ありがとうと空に言う。イーアンも寂しそうに見下ろし、手を振って去った。
「これを絆と言うのか」
まいったなと赤毛をかき上げる。独りは普通だったのに。自分を抱きしめるために戻ってきたイーアンの気持ちが、切なく苦しくなるほど胸に堪えた。
少し前も、タンクラッドさんが胸に私の頭を押し当てたり、ミレイオが涙ぐんで怒ったり。彼らが向けてくれていた愛情を、自分はどこまで理解していただろうと、今になって振り返る。
「親なんか。私には、親どころか家族も無縁だったのに」
親はいても、いないようなもの。ひたすら自分の運命だけを追ってきた、生まれ変わった命。それ以外、目に入らなかった。ここへきて、自分は人間らしいと苦笑する。
ルオロフは港の船に、早過ぎる時間だけれど乗せてもらい、人の温かさと、それを知らないすまなさに浸りながら、船出を待った。
だが、ルオロフの『独り時間後悔』は、そう長くない。まだそんなこと、考えもしないけれど―――
お読み頂き有難うございます。
仕事が詰まりまして物語が追い付かず、明日お休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝して。いつもありがとうございます!




