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魔物資源活用機構  作者: Ichen
異界と馬車歌
2586/2962

2586. 本島北10日間 ~㉜最終日までの三日とそれぞれの行動・最終日とその夜・クフムの先

 

 ドルドレンとロゼールが戻った後。さらに三日は、詰め込むように色々と片付く。



 外側では『貴族の国離れ』。出国手続き云々、緊急移動令を出したハイザンジェル王とアイエラダハッド貴族の手筈で、ティヤー在住の貴族は、海運局や国境警備隊に口頭で出国許可を得られる。


 ただ、魔物が出る。これはどうにもならないので、警備隊へ急いだイーアンは『どこから船が出るか』を、地図に印をつけてもらい、それからお空のアオファに鱗を貰って、外国行の船が出る港へ、『これで!』と鱗を配り続けた。


 この時、土地勘ゼロのイーアン一人では無理だからと・・・分かっているかどうかは別として、ミンティンが手伝ってくれた。青い龍はイーアンの急ぐ事情を聞いて一緒に行動し、女龍を乗せて『この地名、知ってる?』と言われる場所あちこち回った。


 ミンティンは、なぜか地名を知っている。前から不思議だったが、本当に助かったとイーアンは何度もお礼を言った。何でも可能にする印象でも、ダルナでは出来ない技(※地名知らない)。


 こうして、出国希望の貴族は日に日に増え、船はアオファの鱗を武器とお守りに、どんどん外海へ出て行った。



 神殿が各地に飛ばしていた僧兵も―――

 鳴りを潜めるかと思えばそうでもなく、事件の話はちらほら聞こえてきたが、ただ『事件』の質がこれまでと違った。『僧兵がおかしな場所で死んでいる』事件。死体の側には、確実に()()()武器―― 銃 ――があり、死体の顔は損傷し、手指や胸も焼けていた。違和感があるとすれば、顔の損傷は死ぬほどの傷ではない、と思われることで・・・・・


 自殺だろうかと囁かれるほど、似たり寄ったりの死に方を遂げる一連の事件だが、これが追及されることはなかった。変死体の事件の連続は、一週間ほど続いた。



 旅の仲間の外側では、こうした変化が起きていて・・・ 旅の仲間自体はどう過ごしていたかと言うと。



 神殿潰しの結末までを聞いたドルドレンは、その件に直接関わったイーアンとシャンガマックとルオロフを連れて、ガヤービャン国境警備隊に『報告が遅れたが』と先に謝り、大まかな流れを説明した。


 本拠地のある『テルセ地区』の大地震と、一部崩壊に続いた更地化の真相を知った警備隊は、沈むイーアンの表情に、『あなたは許してくれたけれど、世界の精霊は許さなかった』と慰めを送り、曲解がないよう、噂の流布に注意すると言ってくれた。


 やはり、イーアンが懸念したように、遠目でイーアンらしき影を空に確認した人は、直後の壊滅の凄まじさが『ウィハニの女の行い』と噂していたのだが。


 とは言え・・・『龍が嘘を吐いた』話ではなく。

 宮殿内に起きた内情を知る人たちではない分、噂自体は非難ではなかった。イーアンが人面球体の魔物を倒し、民を守っていた時間も、悪い噂に至らなかった理由にあった。



 ―――事実上、神殿の壊滅であるのに、これほどの規模でも『一時的な騒ぎで他人事』と、距離を置かれていたのは、海賊側が神殿を良く思っていなかった根底が大きい。


 いつからかティヤーの宗教が捻じれて変わり、『海神の女と精霊の島々』は、宗教の統一で崇拝対象が歪んだ。

 海賊側の視点ではそう映っており、ただの人間が司り、欲の集団に成り果てた印象は強く、隠された部分が増えるだけの彼らが、この時代でウィハニの女の手で暴かれて、精霊の手が下り終わった話。


 それは言ってみれば『天罰』の一言で済んでしまうくらい・・・当然の結末として受け入れられた―――



 イーアンたちについては、これで完了。

 戻ったロゼールは、忙しかった。魔物製品が足りないと分かってから出かけて(※2485話参照)とにかく掻き集めた装備を今後の巡回先と人数予想分で分け、ひとまず総長と一緒にガヤービャンの警備隊に運び、本島で他にも仕事を始めてくれた工房に、見本で持って行った。


 コアリーヂニーの知り合いの職人も、偽弾作りで関わり合いが出来ていたし、ルオロフとドルドレンがカーンソウリー島の両替所で教えてもらった職人たちも、話の取り付けは出来ていた。そこも回る。


 ティヤーで契約してくれそうな工房に挨拶に行った後、オーリンに勧められた『ニダのいる教会』にも、手仕事訓練の請負を頼んだ。これにより、ニダとチャンゼから、他の教会用の紹介状を受け取った。


 イライス・キンキートの家には、ドルドレンが改めて出かけ、事情の情報を互いに交換し、また会おうと約束して、彼女の一件は終わる。


 単独行動でトゥと遺跡を探していたタンクラッドは、探し始めた日から5日で()()()を見つけた。これを聞いたシャンガマックは『俺も行きます』と乗り気だったが、一つ問題あり―― 要・ルオロフの剣 ――で。滞在してから、十日目を数えた日。


 留まる理由がなくなった一行は、翌朝、船を出すと決定。


 次の行き先は、ワーシンクー島の中を流れる川を通過し、島の外へ出て東、東から南下する。目的の島は列島で、中心地に警備隊施設があり、ちょっと変な感じなのだが、そこが南部の統括らしい。



 最終日夜も、夕食は食事処へ。

 夕方までにあれこれ出発準備を済ませ、宿に挨拶し、無事を祈ってアオファの鱗とイーアンの鱗を渡し、近所の工房のおじさんたちも別れを言いに来て・・・ の後、皆は宿の並びの食事処。


「ルオロフは明日から」


 着席するなり、ドルドレンが赤毛の貴族に尋ね、ルオロフの薄緑色の瞳が見上げる。申し訳なさそうな表情に、ドルドレンは彼の肩に手を置き『少し寂しいが、戻ってくれたらいつでも迎える』と微笑んだ。


 ドルドレンは、自分の留守中に旅を抜けたフォラヴのことも辛い。ルオロフの単独行動願いは、知っていたとはいえ、連続で抜ける事態に寂しいばかり。これも運命だからと、自分に言い聞かせるよりない。


 この席で、ルオロフは別れの挨拶をする。簡単にだが、これまでのお礼を述べ・・・連絡珠を持たせるかどうかも話に少し出たが、ルオロフが拒否した。自分はあなた方を見失わない、と笑顔で。その笑顔の柔らかさとはまるで反対の、強い『単独』を貫く断り方に、イーアンは顔を俯けた。


 そんなに拒まなくてもと思ってしまうが、ルオロフは中途半端な部分がない性格なのかもしれない。


 笑顔を貼りつけた赤毛の貴族は、貴族らしく感情を表に出さず、終始、笑みを浮かべたまま、話しにくそうな皆に何か聞かれれば、はきはきと答えていた。


 皆も、彼が社交界で鍛え上げた(※貴族)上辺を取り繕っている様子は気付いている。

 だがルオロフが一番・・・辛いだろうことだから。誰も彼に『正直に言えば』『無理しないで』など、陳腐な声は掛けなかった。



 この席に、フォラヴもザッカリアもいない。ルオロフは旅についてくるが、見える位置を外れる。


 食事中の適度な会話は、無難な『これからどうなるか』『今後は』『明日から』が続く。その中で、すごく居心地悪そうなクフムは、一言も発することなく黙々と食事をしていた。


 一緒の席で、食べる食事。この仲間に同行してから、彼にとって、数えるほどしかない。今、心のどこかで嬉しいはずなのに、その嬉しさの面積は小さく、代わりに『居づらい』重さを感じていた。

 求められる人(※ルオロフ)が、事実上抜ける前夜で、居ても良いのか分からないまま、その話題に触れられることすらなく、この場にいる自分が・・・『なんでお前居るの?』と思われていそうで。



 クフムは、一緒にいたかった。身の拠り所が欲しいのもあるが、罪滅ぼしの気持ちが萎えたわけではなかったし、こんな自分でも何か役に立つのでは、と思っている。


 だが、それを自分から頼むのは難しい。弱いし、使える場面少ないし、自分を嫌う人もいるし、どちらかというと荷物・・・の自覚はある。今や、神殿が崩壊したも同然で、『どこへでも行ける』と言われたら、その言葉に『いや、待って』と言えるほど―――



「クフム」


「はいっ」


 名を呼ばれ、両手に持っていた匙と器が、慌てた勢いでガチャンと机に落ちた。驚いて、すみませんと謝りかけて、はたと止まった。


「まだ食べる気か?」


 ふふっと笑ったのはオーリンで、皆はとっくに食べ終えて席を立っていた。

 支払いをしているカウンター側に皆は集まっていて、オーリンはクフムの側に・・・ぽかんとしたものの、慌てて自分も立ち上がり、また『すみません』とそそくさ手を拭き、オーリンの横を通ろうとした。


「ちょっと待て。お前、どうする気だ」


 質問と共に、弓職人の手が僧侶の肩を掴む。聞かれたくなかった質問が耳に飛び込み、クフムは彼を振り返った。その顔が必死に見えたのか、少し面食らったオーリンが『明日出発だろ』と言う。


「お前は、宿預けの荷物をまとめていたが、この後は」


「・・・ええ、はい。あ・・・その」


「どこへでもお行き」


 二人の会話に、中性的な声が割り込む。目を瞑ったクフムは眉根をぐっと寄せて、ゆっくりと頷いた。オーリンの手が肩に乗ったまま、クフムは顔を上げることが出来ず。イーアンの近づく足音と重なる、もう一つの足音。


「お前はどこへ行きたいのだ」


 ハッとして目を開ける。白い角の女龍の横、背の高い黒髪の騎士が、灰色の瞳で自分を見ている。


「総長」


「お前は、もう自由である。母国である以上、そしてまだ若いお前なら、新たに働くこともできるだろう。だがそれだけが、『お前の選択肢の自由』()()()()と俺は思う」


 言われている意味が、よく分からない。クフムは総長の威厳ある静かな声に、大急ぎで頭を働かせるが、誤解しそうで怖い。誤解した返事をしたら、その返事に戻る答えは、()()()()()()気がする。


 見下ろす総長の灰色の瞳は、アイエラダハッドの冬空を思わせる。冷え切って澄み切って、でも真っ直ぐで、嘘がない、あの冬。


「私は」


「あんた。『贖罪』はどうしたのよ。それは終わったの?」


 総長の影で見えなかったが、カウンターからミレイオが戻ってきて、顔の金具(※ピアス)をいじりながら『償いするとかなんとか、言ってたじゃないのよ』と続ける。龍のような眼の色の、派手なオカマが・・・自分に助け船を出していると、気づく。だが、ミレイオはそう言ってくれても。


「シュンディ・・・()()()()が」


 思わず、『気にしていること①』がクフムの口を衝く。その名を呼ぶことさえ出来ないほど、最初から嫌われていた相手。ミレイオは両手を胸の前で組んで、『そうね』と頷く。


「でも彼は我慢強いのよ。ラサンは拒絶でしょうけれど、あれに比べたら、あんたに我慢する方がマシって」


「マシ」


 繰り返したクフムに、オーリンがちょっと笑う。比較になる奴がいて良かったな、と呟かれ、クフムはしどろもどろになる。それは、その意味は、どう受け取れば。じっと見ていた女龍が、呟く。



「どこへでもお行き、と私は言いました。クフム。あなたが『アネィヨーハンに行きたい』なら、乗りなさい」


「イーアン・・・!」


 女龍の言葉に、クフムは信じられない。信じられなさ過ぎて、なんて言っていいか、すぐ言葉が出てこない。だがその反応は言葉ではなく、見える形で現れる。


「泣くほど嬉しかったか」


 良く通る声が、少しからかう。ミレイオの後ろに褐色の騎士が来て、清々しい笑顔で自分を見ている。赤毛の貴族も、橙色の髪の騎士ロゼールもこの輪に加わり、なんとなく顔が笑っていた。


「俺は先に戻っているぞ。このまま馬車を出すんだろ」


 食事処の扉を開けたタンクラッドが大声で知らせ、目が合うと微笑まれた。『お前は()()だ』と、扉をくぐった親方は言い残して出て行く。



「歩きで・・・()()()()、行って良いんですか」


 クフムの声が震えて、ドルドレンが『そうだな。()()()()』と可笑しそうに繰り返し、横のイーアンが『貸し馬を使う機会が減りましたね』と思い出して呟いた。

 震える声が続かないクフムは、涙が溢れて目を閉じて立ち尽くし、オーリンに肩を組まれて、泣きながら、皆と一緒に外へ出た。



「私が離れている間は。そして、シャンガマックが忙しい時は、クフムが通訳するように」


 宿の裏庭に入る時、クフムの横に並んだ赤毛の貴族が、命令調で告げる。だがその声は優しく、クフムはすすり泣きながら『はい』と答えた。


 宿の人たちが見送ってくれる、夜の道。旅の馬車は港へ向かう。ドゥージの馬にはロゼールが乗り、その横をクフムが歩いた。



お読み頂きありがとうございます。

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