2582. 本島北10日間 ~㉘『神殿潰し9』振動、吸収・魔物と墓・指導者行方不明
表では――― 数十分前に、獅子に動きを封じられた者たちが、解かれ始める。
彼らは身動き出来ると気づいてすぐ・・・一度は宝物殿を見たものの、微震の連続に戸惑い、その場を離れた。
振動は如実に増え、どんどん揺れが大きくなる。予測などなくても、獅子はもうじきと、何かが生じるまでの間合いを意識した。
振動は、どこが震源か。ずっと感じ取っていた揺れは、空気の中にあった。足を伝う地面からのものではなく、もっと質の違う震源。
獅子の思い出したことは、ドルドレンが話していた『開戦時で消えた馬車の家族(※2563話参照)』。馬車歌を神殿に教えたがために、得体の知れない消え方を遂げ、他の家族が恥に思い・・・と言っていた、あの話。
この振動と直結するとっかかりがあるわけではないが、勘が同じではないかと告げる。
もしそうだった場合。表の人間は掴まえておく必要がないので、放した。ヨーマイテスが解いたところで、逃げられるか命を失うかは運次第だから。
「キーニティ。イーアンは、お前の力で」
「無理だった」
絵にして運べるか、の問い。試したことがある返事に、鼻で笑った獅子は相手を変えて、『じゃ、お前は赤毛を』と言いかけ、右腕に目が行く。こいつでもいいかの気紛れ。キーニティに先に出るよう伝え、真鍮色のダルナは姿を消す。
振動に気づいた女龍たちが、こちらを振り返るのを目端に映し、獅子はエサイを呼んだ。
灰色の煙が狼男に変わるや、赤毛の貴族が目を丸くし、獅子は『お前はあいつを。異時空移動は避けろ』と命じた。エサイは狼の吻を軽く揺らして了解を示すなり、ルオロフの前に移動。
「エサイ」 「よう」
短い挨拶も無駄なく、狼男は赤毛の貴族を片腕に抱え『何だ?』と驚く彼を無視。獅子は、息子に乗れと指示し、シャンガマックは返事より先に走り、獅子の背に飛び乗る。
「イーアン、お前は自力」
「これ?」
これ?とイーアンが揺れる床を指差し、はたと『風景の空間』に振り向く。姉弟は・・・・・
だが気にしている暇もなく、強い波動が空気を打ち、はっとしたイーアンは龍気膨張、物質置換で一気に空へ抜けた。
地上を振り返った女龍の目に、直下の宝物殿がベコッと・・・クレーターの如く、沈んだ瞬間が映る。目を丸くする女龍。
クレーター状に凹んだ地面は、止まることなく地鳴りを上げ、割れ続けた数秒後、何もかもが黒く裂けた穴に呑まれた。驚きはここで終わらず。これが、見る見るうちに今度は盛り上がり、土は戻され、亀裂は消えた。
何が起こったのか―――
成因は、重力的な要素だけではない。最後は、見えない誰かの手が、上から押したような光景だった。エサイが連れたルオロフ、獅子が乗せたシャンガマックは、無事だろうと思うが。無論、キーニティも。
「私も・・・ここで呑まれる役どころじゃないから(※世界の龍)。仮に、穴に呑まれていたとしても、続きがありそうですが・・・あの姉弟はどうなったか」
彼ら二人が、異時空の風景に入り込んだ、すぐ後の出来事だった。
「何かの口止め?」
茫然と真下を見つめたイーアンが、最初に思ったのはそれだった。
「口止めとは、違うかもな」
声に振り向くイーアンは、青紫のダルナが見下ろす顔に『何か分かります?』と尋ねる。イングしかいなかった空に、ポンポンポンと他三頭のダルナが現れ、イーアンは今のは何だったのか、彼らが何か気づいたことがあれば教えてとお願い。
「この現象。命を、絞り抜くような感じだ」
黄色と黒の縞模様がある、リョーセが意味深で不思議な呟きを落とす。彼は、スヴァウティヤッシュの視線と合わせ、黒いダルナは、じっと見ている女龍に『言いにくいんだけど』と少し口ごもり、先を続けた。
「意図的かもしれない。現象が意図的・・・か、どうかはっきりしないけど。現象に誰かの意思が混じっていた。でもそれは、俺の掴める範疇を出ていて、俺が感じたのは『生きている者』というより、『在る者』の意思で。うまく言えないな、思うところを言うなら、精霊が絡んだ気がする。俺は精霊の心は読めないと思うが、強烈な流れに乗ったから、それで感じた印象だ」
ますます、意味が分からないイーアン。今のは精霊?でも現象が精霊ではないと、どういうことなの?疑問符がいっぱいの女龍に、レイカルシが違う話に切り替える。
気遣って話を変えるのではなく、今すぐ必要な事へ。
「知りたいと思うけれど、イーアンは今、この話題に時間を使えない。死者の声が増えている。もうじき、魔物が死霊を使う。降りた方が良い」
レイカルシの一言で、イーアンはパッと下を見て頷く。イングは『何かあったらいつでも呼べ』と協力を伝えたが、それを聞くより早く、女龍は滑空していた。
「また、ここで待ちだな」
「彼女は忙しい」
四頭のダルナは、女龍の忙しなさにちょっと思うことを呟いたものの、感じ取った先ほどの異常現象が気になり、すぐに黙った。アイエラダハッドの最後で感じた大型の裁きと似ていた気がして。
*****
イーアンが下に降り、建物も堀も林も滅茶苦茶な、奇妙で異常な光景を見渡した背中に、エサイが声をかける。ルオロフは彼の腕から降りていて、イーアンに何が起きたのかを尋ねた。
皆目見当もつかないと首を横に振ったイーアンは、シャンガマックの気配を感じて右を見る。
かなり離れたところから、獅子に乗るシャンガマックが戻り、お父さんが念には念を入れて(※息子のために)遠くへ逃げたと分かった。
シャンガマックも、獅子に何のアドバイスを貰ったわけではなさそうで、何が起きたんだ、と周囲を見渡す。
獅子はこうした時、喋らない。多くを知り過ぎることを阻むからか、それとも、彼にも推測の域でしかないからか。イーアンも獅子に、今は考えを聞くのではなく、姉弟の行方を聞いてみた。
「俺が知るか」
「そうですが。異時空移動されるのは、あなたの能力です。彼らは、あの異時空に閉ざされたのかなと」
「だったら、どうなんだ。展開は丸ごとひっくり返されたようなもんだ。次の展開を考えろ。神殿を止めるはずが、途中で断ち切り状態だろ」
いつもながら、きつい口調で返されるが、イーアンは怒るよりも唸る。そう。逃げられたわけじゃなくて、絶たれてしまった、この状況。神殿に云々―――
「イーアン、ちょっと来て」
エサイが何かを見つけており、はい、と答えたイーアンは側へ行く。
宝物殿の跡地となった地面に、午後の光を撥ね返す小さいきらめきが見える。ルオロフと並んで立つエサイは、その破片に『これ。変な臭いがする』と言った。
「臭い」
エサイは女龍に『何かの欠片じゃないの』と気になって伝える。におい・・・それって、とイーアンはきらめく破片の前で膝をつき、ちょっとずつ土を掘り返したところ。
「あら。んまー。エサイ、ここ(※ほれわんわん、とは言えない)」
「ここ、どうした?」
うっかり冗談が出そうになったイーアンだが、そこは狼男相手なので控え、掘り返して出てきた剣を引っ張り出した。ルオロフも剣を見つめ『折れたのは先だけですね』と呟き、女龍にハンカチを渡す(※お手拭き用)。
ハンカチ汚れるからと遠慮し、クロークでぺぺっと手を拭いたイーアンは(※ルオロフは気になる)、こちらを見ている騎士と獅子に『剣だけが見つかるなんて』と持って行った。
「案外、あいつらもこの下に埋まってるかもな」
獅子の言葉は笑えない。本当にそうかも、と思うが、土砂に呑まれた人間が生き延びるのは、ものすごく難しい。あの勢い、あの量の土に掴まって埋まったなら、もう無理だろうと、イーアンは地面に視線を落とす。
「剣は・・・持って行きましょう。さて、では。臨機応変です。とにかく目的を果たしてしまいましょう」
騒がしさが近づいてくる。気づけば、あの振動はとっくに無くなっていたが、代わりに馬が地面を叩く音と揺れが、この場所に迫っていた。イーアンは、どのくらい穏やかに済むかなと考える。
「あれは、宮殿からですね」
ルオロフが目を細めて、土煙の方に呟く。
「それと、魔物に追われてる」
灰色の狼男が、鼻先を少し動かして付け加えた。
*****
まずは魔物退治。浮上して全体を見たイーアンは、優先順位を決める。
宮殿から出てきた僧兵たちは、軍さながらの数で馬車も合間に見え、思うに『宝物殿が急襲を受けた』と判断し出て来た。が、出て間もなくか・・・総本山の左側に流れる川から、魔物が上がって、鉢合わせた様子。
数は多いが、軍にしては少数だから、追われる後方が魔物応戦しても。
「やられるのが早い。僧兵なのに」
馬に乗っているから動きが利かないように、倒れる魔物より、倒される馬と人間が多いと知り、イーアンは下へ降りてシャンガマックたちに退治を頼んだ。
「魔物は多いです。でも一方から出ています。川から出てくるので、私がそれを止めます。あなたたちは既に出ているのを倒してもらえたら」
ではね、と伝えてイーアンは川へ飛ぶ。片手に折れた宝剣。こんな状態を神殿連中が見たら、これを奪って姉弟を殺したと勘違いされそうで、なんだかなぁと思いつつ・・・・・
「うぉ、気持ちワルっ」
川に着くなり、魔物を見て驚く。近隣の住人も大騒ぎで、逃げたり戦ったり。その相手は人面の塊だった。
間違いなく死霊憑きの魔物だが、死霊要素が全開に見える。数十近い様々な顔が、ボール状に集まる、昔のサッカーボールの六角形や五角形が人の顔、という感じ。それが直径3mほどあり、ゴロゴロ転がりながら、人々に迫っていた。
『これは怖い。別の意味で怖い』私も嫌だ、と呟いた女龍は、とにかく川岸の救出から始め、襲われて齧られそうな人を守り、魔物を消し去りを片っ端から繰り返した。
ここは地域的に信徒の家が殆ど。襲撃を受けて立ち向かうのは、海賊系の人々と違い、全員ではなくて一部。僧兵のような動きは出来なくても、護身で覚えた剣や鉾を使って、魔物をどうにか追い払おうとする。
だが、普通の人間が、普通の武器で応戦するには、曲面全てに口がある魔物相手、苦戦は否めない。
イーアンが来る前にやられてしまった人たちはいたが、イーアンが来てからはその影を味方と見て、『逃げて』と空から降ってくる声を疑わずに、彼らは一目散に逃げたため、命を落とす者はいなかった。
岸辺に上がったのを片付けてから、イーアンは川で泡を立てる魔物に取り掛かる。
泡が立つのは、神殿の敷地横を流れている個所で、建物の影が落ちるそこへ飛び、真上から見てイーアンは言葉を失った。
「墓」
水中に、水に揺れる墓石が映る――― 正確には水底に墓石があり、墓地と呼んで、何ら問題ない数の墓石が列を作っていた。
ここに、ゴボッと泡が浮かんで、それは肉を作り、あれよあれよという間に顔に変わり、それが川の流れに押されて他の肉と癒着し、玉になって・・・・・
白い龍の首に変えたイーアンは、これを墓石の列ごと消し去る。
誰かの文化を、無下に破壊しているかもしれなくても。これが魔物と死霊の出所なら、消さないといけない。
水中に墓を作るなんて考えたこともなかったし、ティヤーの他で見たこともなかった。ここの文化なのかと、文化を消す戸惑いは拭えないままに、イーアンは全ての墓石を消し、気になって川下に移動した。
跡地でも、シャンガマックは精霊の魔法陣を使い、魔物を集めて倒す。獅子は、漏れた魔物を塵に変えた。ルオロフもエサイもいるので手数は足り、襲われていた宮殿の輩は大方、助かった状態。
イーアンが墓、川下と終わらせ、岸の人々を龍気で癒している間に、退治を終えたシャンガマックたちは、馬車と馬を止めた宮殿の人間相手に、自己紹介と『解説』をした。
この時、エサイと獅子は姿を消しており、シャンガマックとルオロフだけ。
援護を受けて救われた団体の一番上は、補佐官と名乗った人物で、宗教的な役職ではなく、宗教団体の運営を担う人物だった。彼は老齢のティヤー人で、他、似た立場の者が、見る影もない宝物殿―― 荒れ地を前に、シャンガマックたちと青空の下で向い合う。
神殿の言葉を操るシャンガマック、ティヤー語を話すアイエラダハッド人に、疑惑いっぱいの眼差しだが、最初に聞かされた『神殿の教主とその弟は、土に呑まれた』知らせに、『なぜか』を問い、そこからどんどん経緯が、彼らの口から滑り出したことで、この事態が青天の霹靂と気づいた彼らは黙った。
そう簡単に信じるものだろうか。ルオロフは、少し意外だったが、シャンガマックはそうでもない。
こちらの素性を疑う、確認を追求しない、急な話を戯言と一蹴しない態度。突如現れた自分たちの話を、真に受けているのは、神殿の内部の関係がボロボロだったからだ、と褐色の騎士は感じていた。
僧兵と司祭が、互いを不信だったように。この宗教はどこも、結託しているようで、穴だらけ。最初からそうだったのかもしれない。一握りの信者だけが、聖なる大陸へ移行すると知ったからか・・・理由はさておき。
他を蹴落としてでも、保身を貫く様子を、様々な形で知った今、シャンガマックに、目の前の連中の態度は、さほど不思議に映らなかった。
「では。教主様とイソロピアモ様は、逃れたかもしれないと」
「弟の名か。そうだな、分からない。剣で開いたおかしな場所へ二人が入った矢先に、地震と割れ戻りが起きた」
シャンガマックはあの空間を、『おかしな場所』と言っておく。嘘はつけない性格でも、知らないふりくらいなら出来る。古老は眇めた目で疑うが。
「・・・あなた方は、助かったのですね?」
「見ての通りだ。そちらが魔物に苦戦しているのを、助ける程度の実力はあるからな」
若干、嫌味交じりの返しに、そう言われてはと、補佐官は白い髪を撫でつけて顔を伏せた。そして『魔法ですか』と徐に尋ね、シャンガマックは『精霊の魔法』と正直に答える。
「ティヤーの神殿が、精霊の禁じに手を付け、神話のために民を殺し、精霊の残した場所を利用したが、精霊はそれを裁く」
「あなたが、と今、宣言されているんですね」
長く垂れた眉の下で、不穏を感じ取る目が、確認の怖れに動く。
「いや、俺は精霊ではない」
キラッと青い空の白い光を、眩し気に見上げた褐色の騎士は、『龍が裁く』と呟いた。戻ったイーアンは、ルオロフとシャンガマックの側に降り立つ。六翼を広げたまま、白い長い尾を揺らして、女龍は大勢と向かい合う。その手には、デオプソロが使う部屋の宝剣。
「私は、龍のイーアン。ティヤーでは、ウィハニの女。もしくは、海神の女と呼ばれる」
宝剣を見た、古老の目。小さく頷いた彼らは、背後の総本山を振り返り、片腕をそちらに伸ばした。
「退治して下さって感謝します。ウィハニの女。宜しければお話を、あちらで」
お読み頂きありがとうございます。




