2581. 本島北10日間 ~㉗『神殿潰し8』交渉、宝剣と2種の遺跡説明・神殿裏の推量
―――剣の秘密を話す代わりに、私と姉を解放してほしい。
ムカついたのはイーアンだけではなく、シャンガマックたちも同様。
獅子とダルナは、そうした苛立ちなど関係なかったが、それはこの弟云々ではなく、別のことに意識を向けたからだった。
キーニティと獅子は、ほんの少しだけ視線を重ねる。互いに気づいている、別の振動・・・・・
自分たちが気付いている分には、『唐突』が生じても防げる。重なった視線が外れ、獅子もダルナも振動を気にすることにした。
弟は、黒い岩を刳り貫いた祭壇に行き、支えの金具から剣を取り、戻ってくる。この間、壁までが遠いため、往復数分要。姉のデオプソロは落ち着かず、たった一人の不安に唇を引き結んで耐えていた。
イーアンはこの女を横目に見て、何かが腑に落ちない。
宗教団体のお飾りでトップ。よくある。ちょっと特殊な第六感でも持っていれば、祭り上げられて、良いように使われるのだ。それを『弟』が支えていたらしいが、姉は全く外の様子も知らず、弟の話を微塵も疑わなかったのか。
大体、この人たち何人? それも気になる。ティヤー人と骨格の特徴が異なる。ヨライデ人をちゃんと見たことがないから(※ミレイオは別)、彼らがヨライデの人間かどうかは―――
ジャッ。 ぼうっと見ていた『弟』が、女龍の前に来て足を止める。
この姉弟はイーアンより少し高い背。数歩離れて立つと、目線は変わらないそこで、古風な装飾を施した鞘から、剣をゆっくり抜いた。
その剣。まさに―――
シャンガマックもイーアンも、その剣の色を知っている。これは、獅子がパッカルハン遺跡で使わせてくれた、古代剣と同じ。
ただ、違いも思う。一度使えば壊れる剣の認識だが、ここでは、何度も使っているのだろうか?
抜かれて横に向けた剣身から、男の顔に視線を上げた女龍は、『で?』と促す。交渉開始の始まり、デオプソロは誰とも目を合わせないように、弟の横に移動した。
「これが、あなた方の目当てなら」
「言葉を選べ」
ルオロフが止める。殴られた相手に凄まれ、弟は目を逸らし『これが何かを教えようと思う』と言い直し、教える代わりに姉と自分の命を保証してくれと、念を押した。胡乱な眼差しの女龍。
「生かしてくれ、と。そこだけは受け入れてもいい。剣と部屋に関しての交渉か」
「五体満足で、生かしておいてほしい」
「贅沢な奴だな。国民の命も生活も毟り取って、自分たちは」
「引き換えは、その価値があるはずだ。そして、私たちを片付けることが無意味であると、引き換えの真実に見出すだろう」
引き換え=剣と場所。元凶を片付けても無意味と知る、とは。
もっと大きなものが在る、手の出せない何かに諦める、と言いたいのか。
姉は言葉では楯突かないが、否定的な表情で弟に反対を訴えていて、刺青だらけの顔でもはっきりと伝わるほど。しかし弟の独断は、姉に『大丈夫だよ』とも『命があれば』とも声を掛けずに続く。
「総本山には。対となる二つの聖なる室がある。一つはここで、もう一つは、宮殿の反対側。ここは、予言の神託を受け、もう一つは拡声を各地に送るのだ」
またもや、いきなり種明かし。 いきなりトップが来て、いきなり命乞いで種明かし。うっそー・・・超、正直者なわけがない相手。何か裏がありそうで疑わずにいられないイーアンだが、胸中複雑でもとりあえず黙って一応聞く。
これは種明かしだと認めるのは、いろいろ以前から不思議に思っていたことに合点がいくからだが、聞けば聞くほど、本当にそのものだった。包み隠さず過ぎて、絶対に何かあるとしか思えない。
―――ティヤーの総本山がワーシンクーに決まったのは、この二つの遺跡があったため。
史実では、劇的な創世記の逸話になっているようだが、脚色で分からないので、その辺は、右から左で聞き流す。
搔い摘んで、実際の有利を理解すると、確かにこれだけ手を広げて安定しているのは、異質な力のおかげと思う。
予言の神託を受けるこの部屋は、宝剣の仕掛けによって、聖なる室に入れる。
聖なる室に入る人間は『大いなる声を聞き留められる、祝されし人物』が、代々選ばれてきた。
交代の機会は、先代の能力が落ちた場合と、死亡の理由で行われ、デオプソロは9年前に、先代が病で長くないと判断されたため、交代した。
聖なる室では、声に従い、問いかけを伝え、予言を受け取る。
この聖なる声は『ウィハニの女』以外も現れ、ウィハニ以外の神の名は、人間に発音できないと弟は言ったが、シャンガマックはわざとらしく大袈裟に首を傾げた。獅子も阿保らしそうに鼻を鳴らす。
もう一つの神殿―― 拡声に使う室は、仕掛けの剣は必要だが、特別な力を持たなくても使う。しかし入れる者は限定されている。そちらの室の方が使用は多そうで、弟他、側近は、各地に伝達を回す際に用いているようだった。
なるほどねと頷いたイーアン。予言の質は知らないけれど、拡声は便利だろう。これだけ広いティヤーで海が阻む島から島へ、どうすると端から端まで連絡が可能か、疑問だった。
海賊は海を制したから、狼煙主体で、場所によっては鳥や光も使うらしいし、連絡網の定着が早かったと思うが、神殿はそうもいかない。
だが拡声の神殿があり、それを受信するだけの神殿が各地に点在するなら、話は別。
これは便利。メールも電話もネットもない世界で、情報を確実に渡す手段と速度が手に入ったら。
一つ、『じゃあ』と気づいたのは、ティヤー以外の国にも受信の神殿が有れば、そっちにも声は伝わっている?の疑問。
イーアン、ここでちょっと、ある事がピンとくるが、それは後にして。
弟は『引き換えの説明』を終えて、剣を鞘に入れながらこう言った。カチン、と小さな音を鳴らし、剣の柄が鞘に当たる。
「私と姉の命、五体満足で生かしてもらう」
「話したから?話しただけで?」
はっ、と笑ったのは赤毛の貴族で、ちらっと見たイーアンは、ルオロフがこんな言い方をするのは、似合うような寂しいような(※大貴族)と思いつつ、同じ気持ちではある。
気づけば姉は弟の長衣の袖を握って戸惑い、弟は笑い飛ばした赤毛の若者に、少し口端を釣り上げた。
「次の交渉をしてもいい」
これに対して、ほぅ、と声にしたのはシャンガマック。『俺たちより優位に立った気分か?』横柄な巻き返しの態度、見透かした騎士の言葉に、弟は余裕の表情で剣をくるりと回し頷く。
「この剣がなければ、どうにもならない。私たちを生かすと約束したから、話したのだ。もしも、無理やりこの剣を奪っても、すぐに後悔するだろう。姉と同じ特別な能力がなければ、剣は一度きりだ」
・・・ん? 一度きり? イーアンとシャンガマックは顔を見合わせ、隣のルオロフとも目が合う。
もしかして。もしかすると。これを思ったのはシャンガマックで、すぐに父に頭の中で質問。獅子は息子の問いが来るのを分っていて、『弟』の含みをさらっと教えた。褐色の騎士は、フフッと笑って首を横に振る。
「(シャ)そうか・・・その剣は、何やら事情があって一度きり、と言うのか。だから俺たちが奪っても無駄だと」
「(ル)『奪う』の表現は、既に殴られる以上の罰を犯しているが、その自覚はなさそうだ」
「(イ)ふーむ。面白い。ここまで世間知らずだと、私の推量が当たっていそうな気がする」
三人の言葉は遊ぶように繋がり、弟は余裕な笑みが消えて、姉は不安が増える。
「知らないのは、そちらの方だ。想像でこの神秘は計り知れない。何を想像したか知らないが」
「教えてやろうか。ちょっとだけ。お前とデオプソロは、ティヤー人じゃなくて、他国から送り込まれた」
イーアンがふざけた調子で、『推量』を始める。
「・・・何を」
驚きが一瞬過った弟に、女龍はせせら笑う。瞬きが増える姉を見て『ほらね』と呟き、続きを話す。
「他国がどこかは、今は伏せる。ティヤーで病死しそうな神殿の頂点に、『次はデオプソロ』と誰かが推薦。これが誰かは、見当もつく。
まんまと最高位に収まって、神殿の有利を使い始めた。多分だけど、お前知ってただろ?この遺跡のこと」
唾を呑んだ弟の喉が動くのを見て、イーアンは可笑しそうに目を細めた。
「あれこれ仕掛けて・・・どこからか来る、『お告げ』をデオプソロに聞かせて、それを広めたわけだ。姉ちゃんの名前も、ウィハニの女から授かった話だけどな。それも嘘だろうな」
「そんな妄想は」
「口の利き方、気をつけとけ。今は話してるから許してやるが、次は首が床に転がるぞ」
イーアンの腕は龍の爪に変わり、弟の鎖骨の間近をトンと叩く。怯える姉が目を瞑り、弟は半歩下がって目を逸らした。イーアンは続ける。
「大方。お前とお前の繋がりの目的は、ティヤーの民を『兵士』にすることだろう・・・死霊みたいな、使える兵士に」
え・・・ 思わず声が漏れたのは、姉。何に気づいたのか、そろりと弟の横顔を見る。弟は汗がこめかみに流れ、荒くなりそうな息を抑え込んでいる。
「で、な。ここの神託は、どちらさんと繋がっているやら、だが。その剣が一回こっきりの、貴重な脆さと言いたかったらしいから、それも『推測』を話しておこうか」
弟は、何がどこから引ん剥かれるかと目を彷徨わせて、返事もしない。イーアンはルオロフを見て、シャンガマックに『いいでしょうか』と尋ねる。褐色の騎士は、勿論と頷いて、ルオロフが女龍の横に並んだ。
腰に下げた剣の柄に手を置き『このことか』と、赤毛の貴族は鞘から剣を引き抜いた。
一瞬、最高指導者と弟の目が見開かれ、すぐさま手元の宝剣に視線を向ける。似ている剣、似ているだけの?まさかと目を疑う弟が再び、ルオロフの抜いた剣を見た。ルオロフはゆっくり、切っ先を相手に向ける。
「そちらの交渉情報に用いる品物、だ。自分たちしか持っていない、と思い込んで。
お前たちが我が物顔で所有しているらしき、『交渉』の場も現象も、元は龍の範囲、世界を包む壮大な存在のものと、分かっていての暴言か?」
イーアンを片手で示した赤毛の貴族は、女龍に番を回す。言葉がすぐに出てこない姉弟を待たず、イーアンは引き継いだ。
「世の禁忌に手を付けて、民から『ウィハニの女の品』を巻き上げて、ウィハニのせいにして。民を無差別殺戮しながら、宗教の軸に『精霊の産物』を使い回す。その上、死霊が目的。
お前は私を相手に、命乞いするどころか、交渉と称して見下そうとした。お前の二回目の交渉は、大失敗だ・・・『弟』。
剣の使用が一度きりの意味は、私もよく知っている。彼が持つ剣は、その性質を打破して最強の剣だから」
何もかもが、目の前に突然現れた『ウィハニの女』に掌握されていると理解した弟は、ぼたっと汗が床に落ちるや否や、姉の腕を掴んで走り出した。はぁ?と呆れた赤毛の貴族。
「ルオロフ、待って」
動こうとしたルオロフをイーアンは止めた。シャンガマックも、弟の突発的な行動に苦笑して首を捻る。止められた貴族は『捕まえてはいかがです?』と丁寧に意見したが、イーアンは走る二人の背中を見ながら呟いた。
「見ていましょう・・・私たちを相手に、走って逃げようとするだけでも、掴まると考えないあたり、何でそうなるかな、と思いますが。あれで逃げているつもりなら、続きを見るのも悪くないです。
私たちの目的はまだ、強制執行していませんもの。神殿を止める本題は、これからです」
走り逃げる弟は、追いかけてこないイーアンたちに構わず、祭壇奥へ着くなり――
剣を振り上げ、何もない床を切りつけた。その一瞬で火花が散り、壁に明るい風景が浮かぶ。弟と姉が駆け込むまでを見たイーアンたちは、『当たり』の視線を交わした、すぐ。
低い地鳴りが空気を揺らし、振動が足元を伝った。




