2580. 本島北10日間 ~㉖『神殿潰し7』最高指導者デオプソロ・問い
※今回は6500文字ほどあります。長いのでお時間のある時にでも。
☆前回までの流れ
証拠と証人を揃え、総本山へ到着したイーアン、シャンガマック、ルオロフ。大きな敷地に幾つもある建物の一つに狙いをつけ、相手を呼び出すためにイーアンはルオロフとそこを荒らしました。反応は、思った通り。
今回は、向かい合った刺青の女性から話は始まります。
龍気の眩さが行き渡った、大きな空間。部屋と呼べなくもないが、三分の一が岩石に覆われた、天然の状態を保つので、いわゆる部屋の印象は遠い気がした。
外から見た感じでは、横幅30m奥行き100m近く。中に入って見上げると、天井の高さは15m以上ある。
吹き抜け状態で、一階がそのまま4~5階分の高さを持つ。外から見た建物はオーバル形だったから、手前の・・・宝物系、骨董品系がひしめく部屋は、天井が高くても、こちら側の天井の比ではないので(※奥の部屋)、前後でしっかり目的を別に区切られていると分かる。
奥の部屋、こちらは異質。気温が洞窟の中のように低く、足元の平らな岩場は濡れており、扉のある壁側は、薄黒い石材で柱や土台を作られているものの、イーアンが立った背後の岩石部分は、手付かず状態を維持され、明かり自体も、屋根に少し開けられた窓から入る以外がなかった。
この岩石部分を、できるだけいじらないよう、刺激しないよう、余計なことを控えたような・・・・・
「私は『龍』のイーアン。あなたの名前は?」
向かい合う、顔中刺青の女。斜め後ろに同じくらいの背格好の、男・・・刺青ではないが、ペイントのような浮きの線が顎や頬に描かれ、女と骨格が似ている。共通語で、と言った『自称龍』相手、どう出るかと思えば。
唐突に後ろの男は、腰の剣を抜いた。女の前に立ちはだかり、守ろうとして切っ先を突き出す。
微動だにしないイーアンが見ている前で、男の剣はぶんぶん振られては、空振りを繰り返す。龍気を傷つけられる武器はない。形相を変えた男の顔を、忙しなく動く間合いに観察し、イーアンはこの男が彼女の兄弟ではと感じた。
どれほど攻撃しても、掠り傷どころか剣が滑るように流れる相手に、男の腕が後ろに引く。その影にいる女は、全く攻撃が利かない相手を怖れの目つきで見つめ『龍とは、本物か』と震えた。それは共通語で、イーアンは頷く。
「共通語で何より。分からないと、私は誤解しますから。誤解するとね」
二歩後ずさった男の片手に握られた剣に、視線を向ける。イーアンの頭が一瞬で白い龍に変わり、相手の悲鳴より早く開けた口が、剣を消した。頭を人間に戻した女龍は、自分に恐れをなす二人を眺める。
「誤解するでしょう?何を喋ったかも分からず、急に剣で切りつける奴なんか、私に攻撃をしたと思うわけで」
「攻撃をお許し下さい・・・龍?龍とは。そんな、思わず。なぜにここへ」
イーアンに答えたのは、強張りながら応じる女の方で、目を合わせては視線を外す。イーアンは首を傾げ『なぜお前が先に質問する。私への返事はどうした』と低い声に切り替えた。ギョッとした相手が、何のことかと二人で顔を見合わせる。
「名前は、と聞いたはず。私は名乗った」
「名、名は、言えない。私の名は、ウィハニの女に授かったもので、他言は」
「ああ?ウィハニの女に授かったぁ?私とお前は初対面だ。私はお前なんか知らねぇし、名前くれてやった思い出もねぇっての。ふざけてると、四の五の言ってる間に死んじまうぞ」
いらっと来たイーアンは、口調丸替え。左腕は、龍の爪に変える。
刺青の顔が引き攣り、白目が全体に見えるほど目を大きく開いた女は『あなた?ウィハニ?龍と、言ったのに』と言い訳したが、イーアンの長い爪は男の首に添えられ、男はのけ反る。
「どんな盆暗だ。他の連中もイカレてるけど、ウィハニの女が龍だってことくらい分かっていた。箱入り娘にしちゃ、悪行重ねたようにしか見えないしな。どうでもいいから、名前を言え。私がウィハニの女だ。これで言わなければ、男はここで」
「デオプソロ。私は、デオプソロです。弟を放して」
のけ反って動けない男を『弟』と呼んだ女は、掠れた高い声で頼む。白く光る鋭い爪に震えながら、そろりそろりと男の横へ移動し、その腕に触れた。男は目だけ動かして、首を横に振り、彼女に来るなと伝える様子。
つまらない兄弟愛に、けッと吐き捨てたイーアンは、長い爪を横の壁に向けた。その先には、祭壇と―――
「どこの紛いもんのウィハニに、名付けられたか知らねぇが。偽物に餌もらって、有難がってんなや。
私は、神殿の悪行を止めるよう言いに来た。そしてあの剣、この部屋の使い道。ということで、お前らの宗教の最高位を連れてこい」
「彼女がそうだ」
「あ?」
「デオプソロが、姉が、デネアティン・サーラの最高指導者だ」
弟の紹介の一言で、機械的に働く合図のように、女は頭から掛けていた長い布を肩に落とした。
*****
デオプソロは隠していた頭を見せる。頭髪はない。顔どころか、剃り上げた頭にも刺青が入り、彼女が前に出した右手は、指先も刺青付き。その指先を、ゆっくりと自分の額に当てる。
「私は・・・ウィハニの女から、神託を受け取ります。でも、あなたがウィハニの女と名乗られて、私を知らないと言うのであれば、一体、私は誰から受け取っていたのか、答えようがありません。ここは私が神託を受け取る、聖なる空間です。
これまで神託を通し、多くの民を導きました。古い異教を信じる海の者たちと、諍いを起こさず、民の迷いを常に案じて、私は指導者として、信者の日々の太陽となり、星となり、ティヤーに身を捧げてまいりました」
自分の知るウィハニではないと知った最初だけ、戸惑いがちだが、途中からつっかえもせずに、滑らかに話す女。
いきなり、トップ登場?イーアンは、そこに面食らう。
普通、真っ先に来なくない・・・? 襲われたら困るとか、様子見は下の人間にとか・・・本当にこいつ? 疑心暗鬼は消せないものの、とりあえず相手の言葉を聞く。
セリフは板についていそうな慣れ方、顔を見せるタイミングのスムーズさも変に感じるが。そこは置いておいて。死に至らしめている側が『民を導き、迷いを案じた』とは、いかに。
「大虐殺してる自覚ねぇのか、お前は」
「・・・ウィハニの女が。その言葉の伝え方は、崇高な立場にありながら、いかがなも」
いかがなものでしょう。を、イーアン相手に言い終わるまで、待ってもらえるはずもなく、女の足元に、白い龍の尾が唸りを上げる。振るわれた尾は床を砕き、きゃあと悲鳴を上げたデオプソロが倒れかけ、弟が急いで腕に抱き止めた。
「私相手に、なーに説教かまそうとしてんだ。黙って聞いてりゃ、本気で知らねえだけの暢気なバカか、全部知ってて軽く話すクソ野郎か。民の迷い?異教の海の?聞いてて、腹立つったらない。今すぐ片づけてやろうか」
「なぜ、あなたは怒って・・・ひっ!」
バガン!と床を貫いて、白い尾が岩を弾く。不愉快丸出しの女龍は、二人に近づいて睨め上げた。
「デオプソロ・・・お前は、私がウィハニの女で、龍であることも知らなかったくせに。それでも私よりお前が上だと、顎を上げて喋る気か?」
「は、あ、あ、いえ、そんな」
「『外の世界の傷み方』を、まるでご存じない様子。最高指導者の耳には、偽物の神託が聞こえていらっしゃる、とな。
それな・・・ビョーキっていうんだよ。お前のは、ただのビョーキ。頭やられてる方向じゃなくて、そういう金儲けに『イッちゃってる方』のビョーキな。
全身刺青入れて、『あっちから聴こえる聖なる声教えてやるから、言うこと聞いて金払っとけ』って、やつだろ?」
「なんて・・・酷い!」
弟の腕に守られるように抱き締められるデオプソロは、怒りで声が出ない。
震える姉への侮辱に、弟が睨むが、イーアンはぐッと顔を上げて、弟の真下から見上げ『だよな、寄生虫。うまい汁吸える、姉ちゃんだもんな』と小声で挑発。
「このっ!魔物だろう、お前は!龍と偽って、私たちを・・・うぉっ」
怒り心頭の弟の言葉は続かず。デオプソロを包んでいた腕は引き離され、次の瞬間、ドッドッと鈍い音を立てて、数m先の岩の床に体が転がる。デオプソロが恐怖で叫ぶ前に、赤い揺れが目を掠め、それは振り向いた。
冷たい薄緑色の瞳は、磨かれた剣のように刺青の女を射すくめる。
「貴様らの言葉は、大罪と変わらない」
「だれ」
「間違っていない。龍相手にその発言は、一瞬で消されてもおかしくないだろう。死なないだけ感謝だな」
影だらけの空間に、どこからともなく現れた、赤毛の貴族と褐色の騎士。振り返ったイーアンに、シャンガマックがちょっと首を左に傾け、そちらを見ると、獅子とダルナ・・・キーニティもいた。
「呼んでくれ、イーアン。もう始まっているんだろう?」
側へ来た騎士は、二人の人物をちらと見て、女の方と目が合い、やはりティヤー人とは少し違う人種に感じる。イーアンは尻尾を片足に巻き付けて、詫びる。
「申し訳ない。つい、あんまり頓珍漢なものですから」
「イーアン。私を呼んで下さい。なぜ好き放題に言わせたんですか。私がこれを片付けます」
少し流れを聞いていたらしき、ルオロフの言い方。我慢なりませんと、つかつか歩いてきた赤毛の貴族は、イーアンの真ん前に立って、『許可』を待つ(※狼=ワンちゃん)。
「気持ちは充分、嬉しいですよ。ルオロフ、後でまたお願いしますからね」
軽く流したイーアンに不満そうなルオロフが後ろを見て、状況に狼狽える女を顎で示した。
「あれらは、分かっていません。事実を教えてやる必要があります」
ルオロフの一言を皮切りに、獅子はキーニティに目で合図。影に立つ大きな異形の姿に、今気づいたデオプソロは引き攣りを起こしかけるが、すぐにそれは戻される。
「司教・・・?!」
「え。きょ、教主様」
急に現れたリボワ司教は、初めて入ったこの場所を不安気に見回しながら、崇める教主の女を一度は見たものの、さっと顔を伏せた。この仕草は、デオプソロに不穏にしか映らなかった。
本島所属の司教は、年に何度か顔を合わせ、相識の間柄ではある。こんな状況で、私を心配もせずに距離を取ろうとする態度は・・・・・
目を凝らすと、龍の仄白い光の中、リボワ司教の衣服は汚れて破けているのが分かり、既に何かが起きた後なのだと、ようやく理解し始める。パッと、弟に振り向くが、弟は打撲の衝撃で呻いて立ち上がれない。
反応遅くも、命の危険を感じたデオプソロは真後ろに振り返った。
誰か、誰か! 声を上げて表に救いを求めようと、デオプソロは出口に向かって走り出した。が。
シュッと風切る音共に、白い角が前を塞ぐ。激突しかけて足を止めた焦る目に、温度のない表情を向ける龍が映る。
「これだけ音も振動も響いて誰も応じないのを、ずっと変だと思わないあたり。どんだけ鈍いの」
とっくに表なんか片づけてる、と低い声で呟かれ、教主は息切れする。そんな、どうして、それしか出てこない。何が起きたのか。突如、予言の神殿(※この場所)が攻撃され、魔物は道にいなかったのに、ここに入ってから。
「教主様、見捨てないで下さい。龍を怒らせては滅亡します。デネアティン・サーラの聖なる大陸を、龍は止めに来たのです」
戸惑い、焦り、目が泳ぐ女に、声も嗄れた司教が振り絞るように伝える。このやり取りで、イーアン他は理解した。この女は、本当に何も知らなかったらしいこと。となると、よくある『お傍の人が黒幕』。
ちらっと見た、鳶色の瞳の視線は、床に転がる男に定まる。同じタイミングで、事態の暗転に気づいた弟も顔を傾け、目が合った。
「お前か」
イーアンの決定は、何をとも言っていないのだけれど。弟の目はワッと見開かれ、慌てて俯せに倒れていた体を捻り、腰を床につけたまま後ずさった。
*****
目的は、神殿の動きを止めることにある。
損得用の話は、『ウィハニの女』物品(※全国から献上させた品)返却と、既に金に換えた額の支払い・・・を出すつもり。
他にも神殿が損をする話は、いくつか思いついた。ただ、やり過ぎると、一般信徒にしわ寄せが行く可能性もあるため、とりあえず『自分=ウィハニ女絡み』で話そうかな、と考えた。が、これは後々。
とりあえず、黒幕っぽい弟と、無知な姉に、神殿の狂った行いを話す。
『ここに来た経緯から教える』とし、僧兵の死体を出し、リボワ司教を応答役に、三か所の神殿と同じ内容を繰り返した。
『きっかけは、機構の荷が盗まれたこと』に設定。魔物が出る前から、ティヤーの修道院で秘密裏の製造が行われていたのを知ってはいても、それは触れずに、流れを統一した。
・・・荷を盗んだ男は、殺害を~の件で始まり、尋問も聴取も受けることなく神殿に引き取られ、こちらはピインダン地区神殿へ場所を強制的に移されて、そちらで相談となったはずが、行った先では嘘を吐かれて見逃すようにはぐらかされた。
話にならないので、証拠を集めて再び話に来ると約束。調べ始めたところで、『荷を盗んだ貴族』の身内から、事件前の状況を提供され、確認にギビニワ司祭を尋ねる手前で、彼は人ではないものの襲撃により死亡。遺品から『死霊薬』なるものの材料輸入や資料、『ギビニワ司祭の犯行に至るまでが書かれた手記』を見つけた。
同時に、ラサンと名乗った僧兵が、ウィハニの女に洗いざらいを話したいと、これまでの悪行を事細かに伝え、伝え終わると彼もまた息絶えた。
製造院がティヤー各地に何か所も置かれ、アイエラダハッド貴族には動力を売り、ヨライデ王国には銃を売り、ティヤー在住の貴族に資金を出させ、その金で火薬や銃類の製造を持続した。
たった一つの目的―― 『聖なる大陸移行』のために、ティヤーの国民の命を、無差別に奪う選択、サブパメントゥという異種族の力を借り、世界で禁じられていると承知の上で、使ってはいけない知恵の研究・使用・拡大を続けたこと―――
「認めたんだよな?」
話を終えて、イーアンが〆に司教へ振る。ひんやりした部屋で汗をだらだら流す司教は、頷くしか出来ず。
説明の間、途中で幾つか『弟』からの質問が混じったが、それはイーアンがエサイと打ち合わせした通りの返答で、あっさり終わった。
大体は『なぜ武器だと決めつけるのか』『何が証拠で、部品を判断したか』の類に質問の焦点が絞られていたことで、製造図や使用用途を書かれたあれこれを見せて、黙らせた。
僧兵ラサン提供の情報による、『犯行を命じた司祭の名前・取引先の貴族の名前・動いた金額・兵士移動日』の紙と、『僧兵に民間を殺す指示を出した記録』も、本物であると認めたリボワ司教は、頷かざるを得ず苦しんだ。
ただ、どうしても知り得ぬ内容はあったようで、『昨年亡くなった大司教なら知っていたかもしれない』『そこまでは私に届かない話』だから聞かれても困る、と言い逃げた内容もあり、これについては、頭の中を読む獅子が正否を判断した。大方、本当だった。
悪事三昧の暴露の間。姉デオプソロはずっと口を利かず、放心した表情で、時折、弟を見ていたが、弟が彼女を見ることはなく、司教にも話しかけずにいた。
弟は口を挟んでも畳み込まれるのが落ちで、後半は沈黙を通し、話が終わった時、口を開く。
「その司教を、ここから出すか、もしくは処罰してほしい」
全員が、へ?の疑問を顔に浮かべた。司教も意味が分からず、瞬きを繰り返す。弟は司教に軽蔑の眼差しを投げ、理由を述べる。
「私がこれから話す、聖なる事実をこの者に聞かせたくない。司教は、デネアティン・サーラを売ったのだ」
ああ~・・・まずはこれを犠牲に立てるわけだ、と誰もが気付いた。
獅子は、『弟』の思考を呼んでおり、イーアンとシャンガマックに『交渉を始めるぞ』と教える。了解した女龍は、スーッと息を吸い込んで『弟』に顔を向けた。
「では、司教を外す」
言うなり、女龍と騎士の間にいた司祭は、ひらりと一枚の紙に変わる。紙が床に落ちて濡れる前に、ルオロフが拾い上げ、凝視する弟は怯んだようだったが・・・意を決したらしい目つきをイーアンに向けた。
「あの剣と、この部屋に用があると、最初に言っていたが。この剣の秘密を話す代わりに、私と姉を解放してほしい」
これを聞いてイーアンは、内心ムカついた。この部屋目当てだけで強請に来た、と思われたかと舌打ち。だが、相手はどこまでも舐めていて、良いとも何とも答えていないうちに、祭壇にある剣を取りに行った。
お読み頂きありがとうございます。




