2579. 本島北10日間 ~㉕『神殿潰し6』ダルナ待機・宝物庫と宝剣・その女
※明日9日と明後日10日、お休みを頂きます。もしかすると、あさっては出せるかも知れないのだけど、私用で立て込みまして物語が追い付かず、念のために二日のお休みを頂こうと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
―――総本山は、結構な広さの敷地を抱え、建物も一つ二つで済まない。どれが本殿を持つのか分からないほど、どの建物も大きい―――
『もしあなたが狼男ならどうしますか』『場所は関係ないですね』
空中、ルオロフとの短いやり取り。
「私もそうです」
イーアンは背中から抱えるルオロフと共に、急降下して勘が告げる建物の一つに飛んだ。キーニティに乗るシャンガマック親子も続き、イングは様子見で待つことにした。『王冠』を消し、じっと下を見つめる青紫の男。
「イーアンは・・・俺たちのような能力はないんだよな。勘だとすれば、なかなか良い勘だ」
女龍だからか、とイングは少し首を傾けて独り言。イーアンの選んだ建物は、いきなり『宝』の在り処。ただ。
「そこに、イーアンが説教して裁く相手はいないのが残念だ」
時間が掛かりそうに思う。青紫のイングの横を風が吹き抜け、花弁がちらほら舞い、黒土の香りが漂い、空気を収縮する妙な風が続く。
真っ赤なレイカルシ、黒い鳥のようなスヴァウティヤッシュ、黄色と黒のリョーセが現れ、イングは彼らを見て『用は?』と面倒そうに尋ねた。
イーアンに呼ばれないからだなと(※自分もそうだけど)察するイングに、三頭のダルナは適当に答えて、皆で空から、高みの見物を決め込む(※文字通り)。
「何かあれば、手伝えるだろ。側にいると早い」
少し手が空いたからねと、黒いダルナが真下に首を向けた。
*****
宝のダルナ『イング』曰く、イーアンの勘。
女龍が最初に総本山入りしたのは、全体の真ん中―― ではなく、右端。
一番大きく技巧を凝らした建築物と、それに集うように寄せられた建物群から、一つだけ距離を持つ建物。
上空から見て、神社の境内を思い浮かべたイーアンは、黒幕はデカい建物にいるとして、一つだけ離れた雰囲気の異なる建物――『宝物殿』らしき場所 ――を先にした。
ここへ延びる道は、森林で隠されている風に感じるけれど、木々の隙間に見えた地面は整えられ、建物自体が壁や堀に守られている。塀には門番がいるようで、門の側に小屋があった。その塀の外には、穂先を斜め上に向けた槍が、物騒な数でずらりと並べられて囲む。
ここまでするのは、大抵『普段使いません』ではなく、『出入りは慎重に』・・・と判断。
そんな場所を騒がせると、どうなるか。
イーアンは、自分があんまり素性の良くない出身で良かったと、普段は忘れたい過去に礼を思う。どこでも、人間は人間。似たり寄ったりと分かった、この世界で。
「ここで、何をするつもりですか」
塀を厚く取り囲む森林に降り、ルオロフは密度ある高い植物を見上げ、尋ねた。人口の森林ではないが、明らかに樹種も数も増やされた森は、森の中も視界を妨げ、ほんの数十m先にある建物を見せない。
少し遠く、空にキーニティが見えたが、その背にシャンガマックたちがいないので、彼らは近くへ来たかもしれない。彼らもイーアンの出方を待っている。
いつもならすぐ答えるイーアンが、振り向いた赤毛の貴族を見もせずに、じっと建物から視線を動かさないので、ルオロフもしつこくせずに待つ。頭の中で計画しているのか、女龍はそのまま一分ほど、建物を見つめていたが、不意に口を開いた。
「やっぱ、あそこは放っとくか」
「え?」
口調の違うイーアンに、ルオロフが聞き返す。女龍は頬を掻いて『なんかあってもマズイな』と呟いてから、ルオロフに向き直った。
「怒っていますか?」
怒ってるから、口調が崩れたのかと(※学ぶ)ルオロフがそっと気遣う。女龍は微笑んで首を小さく横に振り『怒っていない』と先に答えてから、片腕を龍の腕に変えた。そして、ルオロフの胴体に腕を回し、彼を小脇に抱える。
「あの。これは」
「両腕じゃなくてごめんなさい。でも片手使いますのでね。あなたの役割を教えます。あなたは私が落としたら、出てくる僧兵を片っ端から倒して下さい。手段も状態も問いませんが、命は奪わないように。そして、一人二人は逃がして下さい。それらは、報せに行くはず」
「はい」
ちょっとそっとで引かない男・赤毛の貴族に、イーアンは『さすが私の息子。肝が据わっている』なかなかですと褒め、続けて『相手を呼び出します』・・・ルオロフの真横で―――
イーアンの首が、白い龍に変わる。目を瞠ったルオロフが捉えたのは、建物の塀と槍の列一部が、一瞬で消えた様。
続けて、女龍の空いている片腕が逆方向へ突き出され、小さめの龍起爆を本殿と思しき方に放った。
ボッ、ボッ・・・二連発で白い龍気の玉が飛び、位置を知らせるそれは建物群に直撃し、人の声が空に響いた後、再びイーアンは龍気爆を打つ。それはまるで、戦の合図。
女龍は森から一気に浮上。白い首を回して、次は真上から残り全ての塀を取っ払った。音もなく、何もなかったように消え去った塀。さらに追い打ちをかけるように、女龍はこの堀にも龍気爆を一発打つ。堀は水柱を上げたが、水を消す威力ではなく、『異変』を告げるだけ。当然、この続きは。
ワッと、どこからか沸いた人間。唐突な異常事態に、建物の周囲の小屋や陰から、武器を持つ人間が走り出た。
龍の首を戻したイーアンが『ルオロフ』と声をかける。
赤毛の貴族は腹に回された、彼女の龍の腕をポンと叩いて離してもらい・・・落下して、最初の木の天辺を足場に、目で追えない速さで、次々に地上の僧兵を倒し始めた。瞬く間に、走っていた僧兵がバタバタと倒れてゆく。
「頼もしい」
あれで人間、とちょっと笑った女龍も、ピンボールのようにルオロフが倒す間に、次へ進む。
「シャンガマック!」
すぐ近くにいると感じていた、褐色の騎士を呼ぶ。面白そうに口端を上げた騎士が、浮かぶ女龍の横に、ダルナの背に乗って現れる。小首を傾げたシャンガマックは、指示を促し、イーアンは彼に『あの建物の中を確認できますか』と急いで訊く。
「問題ない」
シャンガマックは千里眼を使う。両手を前に出した騎士は、透過の魔法で『宝物殿らしき場所』の中を探り出す。この時、お父さんが見えないと思ったら、彼の胸元の襟にネズミがいた(※お父さん)。
「イーアン、あれは・・・あなたは知っていて」
若干驚いた顔で、シャンガマックが尋ねる。イーアンは頷いて、自分の予想は当たったと知った。
「ありましたか。異時空への入り口が」
「パッカルハンのようだ。遺跡の内側の、あの雰囲気と似ている。まさかこいつらは」
「そうじゃないかと思ったのです。どこかで書き残された情報が、この輩のこれまでを支えていたのではないか、と」
シャンガマックが確認した、建物の中。それは、パッカルハン遺跡同様の、異時空と繋がる扉がある部屋。大きな部屋の一画に、忘れようもないあの場所と同じ岩の空洞が保存されており、その岩の部屋の前には、宝剣と祭壇があった。
「どうする気だ。騒ぎを起こした意味は」
ネズミがイーアンに、作戦でもあるのかと問う。イーアンは碧の瞳の小さなネズミに『もちろんあります』と、本殿方面を指差した。
「私たちが話す相手。それがこっちへ来るでしょう。留守じゃなければ」
人の動きなんて、欲深く、立場に胡坐をかいて、高を括っていれば、どんどん鈍くなるもの。
魔物が出ようが襲撃を受けようが、自分たちは大丈夫と思い込んでいる脳みそは、ぬるま湯の安全をベースに行動を起こす。
とはいえ。イーアンはこの時、確認に来るのはトップの下の人間・・・まずはそいつらと思っていたのだが。
「早い。さっき僧兵の漏れた奴が走って行ったから。もう、来ましたね」
龍起爆で壊れた建物群から、馬車や馬が列を成して、道に出る。先頭から何頭か馬が続き、中ほどで飾り立てた馬車が二台。左右と後ろにも馬。僧兵で守りを固めた、神殿の高位が、こちらへ向かっていた。
*****
イーアンたちは姿を現さず、相手の動きを見て機会を待つ―――
近づくにつれ、ざわざわと重なる声が大きくなり、30名ほどのその集団は森が包む一本道を抜け、建物がむき出しになった状態に、一旦進みを止めた。
分かりやすい混乱具合で、倒れる僧兵と塀の掻き消えた状態に恐れをなし、暫くの間、行くか行くまいかの相談が行われたらしく、結局は進んで確認となった様子。
そこら中に僧兵が倒れており、僅かに動いている者もいたが、体を起こしたり立ち上がることが出来ないようで、彼らは『何があったか』を聞き出されて、その後も地面に放置されていた。
すぐに対処が利かないからだろう、と・・・無言劇場を見送るイーアンは思った。
肉眼では見えない距離、始めこそシャンガマックが状況解説していたが、どこからか現れたダルナが『見せよう』と、空中シアターを用意。
女龍の味方のダルナ四頭、応援に来てくれたのと喜ぶイーアンに、ダルナは『呼ばなさすぎ』と注意した(※レイカルシは呼ばれているから言わない)。
軽く謝ってから、有難くシアターを覗かせて頂くイーアンは、声こそ聞こえないものの、集団の動きを追うに、十分な情報を読む。
彼らは再び進み、堀に掛け橋を渡す時点で、手こずっていたものの、時間をかけて通過。
馬一頭置いていくことなく、建物の前に到着した。二台の馬車から人が降り、高級そうな衣服に身を包んだ5人の人物が、左右に並ぶ柱の奥へ歩き、従者数人を呼ぶ。
大きな扉にかかった鍵は、いくつかの仕掛けを開き、重い木製の戸を従者が押し開ける。豪華な服の5人は、開いた隙間からすぐに中へ進み、従者はと言えば、表からまた扉を閉めた。
中に入れる人間が、決まっている。
秘密を守るためにだろうが、この事態でそれはどうなの?とイーアンは首を傾げた。危なくない、と思うのかしら・・・私みたいのが来るとか、そんな想像はないのか。
そう思いながら、ルオロフをどうしようかと考えていると、ネズミが反応して『あいつは呼ばれるまで、同じ場所から動かない』と言った(※頭の中読んでるネズミ)。
「俺たちが中へ入る時、ルオロフを呼ぼう」
シャンガマックが続けてそう言ったので、イーアンも頷く。重要人物らしき5人は、急ぎ足で奥へ奥へと進んでゆく。こちらが動くのも、もうすぐだなと思った矢先。
「女性」
意外な一瞬に、驚くイーアン。建物の内側は、彫刻や大布が飾っていて、通路は一本。行き止まりに扉がまたあり、そこまでが長い。
一番前を歩いていた人物が、扉の前で後ろを歩いていた人物に道を譲り、後ろにいた者が扉の前に立った。手を当てて、何かした後・・・彫刻の扉が奥へ開いて、その者が後ろの4人に命じた顔は、女だった。
中年くらいの顔つき。若くはないが、そこそこ美人ではある。ただ、美人かどうかは顔の造りでそう思っただけで、イーアンはこの人を美人だと思う人がどれくらいいるかと面食らった。顔中に刺青。
ミレイオも刺青だらけだが、ミレイオは顔には入っていない。この女性は、お面のように顔を埋め尽くす刺青が覆っていた。
ぱっと見、色黒と思えなくもないが、黒さの質が肌の色と異なる。布を頭に掛けた女性は、振り返った時に正面からしか顔が見えず、その体格も、ちょっと男のような角ばり方で、女だとは気づかなかった。
「女?」
シャンガマックも眉を寄せる。目が合ったイーアンが頷いて『多分そうです』と答えると、シャンガマックはすぐに『ヨライデ人かな』と言った。なぜ?と女龍が聞き返すより早く、ネズミが注意する。
「よそ見してる暇は、ないだろ。そいつともう一人が入った。行け」
「あ。はい」
「俺たちもすぐ行く。ルオロフを連れて行くから、イーアン、先に」
ホーミットとシャンガマックに促され、イーアンは後を頼む。
彼らには証拠品と、絵にしたラサン・司教を運んでもらうので、合図したら出て来てとお願いし・・・ルガルバンダに龍気を送ってもらった直後、イーアンは真っ直ぐ、真下の宝物殿へ飛び込んだ。
『何?!』
急に白く輝いた大きな部屋で、二人の人物が叫ぶ。
「共通語で頼みます」
物質置換を使って部屋に入った女龍は、龍気を静めると、挨拶より先にそう言った。
『・・・何者か』
「このタイミングで短い単語。私が誰かを尋ねましたか?私は『龍』のイーアン」
共通語で返事を、と黒い螺旋の髪を揺らし、睨む目つきでイーアンは仰々しく左手を返した。
「あなたの名前は?」
お読みいただきありがとうございます。
明日、明後日の投稿をお休みします。明後日は念のためで、もし書けたら明後日出すかもしれないです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝して。いつもありがとうございます。




