2577. 本島北10日間 ~㉓『神殿潰し4』ピインダン地区神殿着
―――『私だ。旅人の表現は正しい』
イーアンは『銃も動力も、精霊への背信』この行為は許されないと話した。
場の全員から、呼吸の乱れや潜める溜息が聞こえ、認めている事が伝わらないよう努力しているだけ、の状態。数人は首や鼻の汗を拭い、厳重処罰で済まない想像に身を固くしていた。
だが、イーアンがこの神殿に来た目的は、ここを壊すことではない。
マリハディー神殿に、意味がなさそうな事柄は省いたが、どの神殿でも知っている内容は伝え、話の合間、関連する証拠品をルオロフやシャンガマックから受け取っては見せて、『僧兵の情報が及ぶ所』を明かした。
動力を、アイエラダハッド貴族に売りつけた契約書―― イングが再現したもの ――も出し、それを目にした神官は、白目をむいてぐらっと横に倒れた。連ねた名前の一つが彼で、彼はその場にいた。
茫然自失に近い司祭、僧侶たちに、逃れようのない『用事』を伝えて、丸々認めさせた後。
『場所を変える』と、女龍は言った。
一二秒、頭がついて行かずに反応が遅れた司祭は、ピンと来なくて『場所』と繰り返す。見下ろした女龍が『そう』と、紫と金色がかる白い顔を向けた。
「どっちか、来い。ピインダン地区神殿へ行く」
「・・・!えっ!?いえ、無理です!それは」
「なら、ここで今死ぬ?」
「あ、う。や、その。し、死にたくない。でも」
でも、と声を窄ませ、周囲に目を走らせる司祭。その視線を僧侶たちは一斉に避けた。顔を背ける・目を逸らすで、司祭を見捨てることを厭わない。
会話が聞こえない結界の外の取り巻きは、事態の変化に何を察したか、結界から少し離れる。
この様子を見下ろす、騎士と貴族もまた、『罪人しかいないらしい』『烏合の衆どころか有象無象』と吐き捨てる。どうしようもない連中だなと、腕組みしたシャンガマックは、時間の経過・・・遺体に視線を移し、もうじき父が来る頃かと、過ったところで。
『バニザット。僧兵を消すぞ』
『ん?あ、わかった。伝える』
脳内に響いた次の段階―― 僧兵対処。完全に死んでいない体ではあれ、機能を止めている事による、傷みの進行が起こるので、一旦、絵に閉じ込める予定。
了解の返事を頭の中で返し、シャンガマックは指を鳴らす。パチンと立てた音に、女龍の白い角が頷くように動き、こちらも了解と示した。その途端、イーアンの足近くに転がった布巻きの遺体は消え、そこに一枚の長方形の紙が残った。
勿論、消えた遺体に『うわ』『ひいっ』と驚きが包んだが、さっと紙を拾い上げた女龍は、すぐに翼二枚で浮上して、手を伸ばすシャンガマックに渡した。褐色の騎士は受け取りながら、次を指示。
「イーアン。このまま行こう」 「はい、では」
この次は、イングを呼ぶ。呼んでおいてと小声で頼み、褐色の騎士が微笑んだ後、イーアンは踊り場に足をつけて、目が落ちんばかりに見ている、司祭の恐れる顔に命じた。
「お前でいい。連れて行く」
「私では役不足です!神官、ウォンザイ神官がラサンの」
「お前が、そいつを抱えて連れるのは勝手」
女龍は突き放し、罪を擦り付ける相手を連れて行きたいならどうぞと顎でしゃくる。見る見るうちに、結界が薄れるのを見て狼狽える司祭は、倒れた神官を急いで両腕に抱えた。
イーアンは話を一つ済ますごとに、証拠品を都度、ルオロフたちに戻していたので、踊り場に忘れ物は無し。イングが来たと分かり、司祭の服に龍の爪を引っ掛け・・・シャンガマックはルオロフの肩に手を回し、金茶の獅子が目端を掠め、空に丸っこい影が出たその時。
「消えてしまった」
緑と金の結界が、さーっと解ける。結界の中に居た僧侶たちは、壊れた壁を見上げる。ウィハニの女と、神官、司祭、彼女の仲間は、瞬きより早くいなくなった。
*****
その『瞬きより早い』移動は、次の目的地カーンソウリー島ピインダン地区神殿。
敷地内に現れたイーアンたちは、王冠とイングが消える空にちょっと手を振り、神殿の入り口の前に進んだ。奥へ進むのを阻む、壁中央につく扉・・・・・
司祭は、目覚めない神官を引き摺るので歩みが遅く、まだ後ろにいる。これを少し眺めたルオロフは、『イーアン』と提案。
「はい、何でしょう」 「あの状態を使いませんか?」
使う?うん、と続きを促して頷いたイーアンに、微笑を残して赤毛の貴族はスタスタ・・・さっさと、司祭たちの側へ行った。
「何か、許可したのか?」
シャンガマックに聞かれ、彼をちらと見たイーアンは『詳しく聞かせて、のつもりで頷いたら、許可と思ったみたい』と答え、褐色の騎士が少し笑う。
「イーアンは、彼の親になったと聞いたから。ルオロフは、あなたの役に立ちたいんだな」
「かもですね」
ハハッと笑ったイーアンだが、ルオロフの機転は突拍子もない事が多くて・・・でもまぁ、責任感が強い人だけに安心はある。
今度は何をする気かなと任せて見ていると、ルオロフはすぐに二人を急かして戻ってきた。神官も意識を取り戻したようだが、息は荒く目つき定まらず。
「お前が戸を叩き、私たちに助けられたと伝えろ」
赤毛の貴族の命令口調。ふぅん、といった顔のシャンガマックはルオロフの一面が新鮮そう。イーアンは無表情(※ルオロフ貴族版は微妙)。
ルオロフに命じられた司祭は、神官に肩を貸しながら、嫌々渋々で扉の金輪を片手で掴み、カンカンと戸板に打ち付け鳴らした。
だが、全体に『神殿業務停止中』の令が出ているので、人が来ない。無理そうだと、振り向く司祭を相手にせず、腕組みして立つルオロフは軽く顎をあげて『繰り返せ』と命じる。
「しかし」
「少しは考えたらどうだ。誰か来てくれと叫んでみる、とか。『お前たちは私たちに救われた』んだぞ?恩人を早く中に通すために、なぜ努力しない」
自分よりも、はるかに若い男の高慢な嫌味に、目を逸らした司祭は破れかぶれで『誰か来てください!』と神殿の言葉で怒鳴り、これでもかというほど―― 投げやりに ――扉の金輪を打ち鳴らしては、来てくれと叫び続けた。
見下す態度全開の、貴族の横。少し驚いて意外そうにじーっと彼を見るシャンガマックに、イーアンは『大貴族だから』と小声で伝える。騎士も頷く(※本当だ、の意味)。ルオロフの前身・・・(※嫌われて死んだビーファライ)の話を、二人は思い出した。
どこか拍子抜けする出だしも、ここまで。この後は、派手に変わる。
扉の向こうから足音が聞こえ、何名かの重なる足音は、扉を開けるに至った。開けた側から・・・司祭と彼にもたれかかる神官は、逆転を思ったか。さっと後ろの『恩人』を振り向き―――
「ウィハニの女を名乗る者が、我々を裁きに来たのです!僧兵を捕らえて自供させ、彼を殺し、各地の神殿から多くの物を無断で回収しました!」
司祭は、神殿の言葉で訴えた。叫んだ男に反応しかけたイーアンを、シャンガマックはちょっと止める。ルオロフとイーアンに小さく首を振り、様子見を促した騎士に、イーアンたちも黙った。
扉を開けたのは、僧侶と違う衣服の人物一人、司祭二人、僧侶数名。彼らは、司祭を挟んだ、外のイーアンたちに眉を寄せる。『ウィハニの女?』高位の服装に包まれた人物は、その名を繰り返して、角のある女を一秒見つめ、それから珍客の司祭と神官を見た。
「ウォンザイ神官、とあなたは・・・名を思い出せなくてすみませんが、ウォンザイ神官の神殿はマリハディーですね?いつ、いらしたんですか」
「私は、キグニ司祭です。リボワ司教、お目にかかれて感謝します。私たちが来たのは今で」
この一言で訪問先に、え?と目を向けられる。『今?』この遠い距離を、と疑う目など、神官と司祭は焦って無視。
「ウィハニの女、と自称しましたが、腕は長剣の如く、龍とは思えない翼を持ち、話し方は無礼者と変わりません!恐ろしい力で私たちの神殿を覆そうとしており、証拠と言って、各地から盗んだ品を物証と。サブパメントゥの関係かもしれません、光に立ちますが、僧兵のラサンを殺したので、きっと新手のです!リボワ司教、僧兵を呼んで、私たちを早くかくまって下さい!そして、手を打ちましょう!ここは、こちらの僧兵に任せ」
「なぜ連れてきた」
口から泡を飛ばす勢いで喋った司祭の『報告』を、蒼褪める司教は止めた。
ピインダン地区神殿にウィハニの女が来たあの日は、会わなかったが(※2521話参照)。横に立つ、赤い毛の若者はルオロフ・ウィンダル・・・彼が一緒にいる時点で、角のある女は間違いなく、本物の―――
冷ややかな咎めに、キグニ司祭は急いで首を横に振る。
「本物ではありません!早く通して下さい!動力や銃の脅しを突きつけられます!強請に来た別人」
司祭は、この先を続けられなかった。あ、と呻いて、揺れた体が傾ぎ、膝は土につく。
肩を貸されていた神官もよろけて倒れ、司祭の背中のあった場所に、女龍の爪が真っ直ぐ向いていた。
シャンガマックに『もういい』と、止めるよう頼まれたイーアンは、龍気を流して二人を気絶させた。
倒れたものの、外傷のないキグニ司祭の背。何をしたのか・・・司教たちは目を見開き、声を発する間もなく逃げようとしたが、白い何かがぐるりと回り込み、強制的に足を止める。
真っ白な巻き毛が覆う、長い長い、龍の尾。女龍は、倒れた司祭と神官を跨ぎ、無言で中に入る。ルオロフもシャンガマックも入り口を抜け、司教たちと向かい合った。
「じっくり聞いてみれば。疑っていたとは」
口を開いたのは、無表情の女龍ではなく、褐色の騎士。静かな良く通る声で、神殿の言葉を使う。なぜと、ゾッとした輩は彼を凝視。シャンガマックは咳払いして、荷物を持っていない方の腕を前に伸ばした。
「俺たちがサブパメントゥ、と。サブパメントゥは、人間の善悪など気にもしないだろう。だが、ここにいる女龍は、人間の善悪を裁く」
ゆったり言い切ったシャンガマックの片腕は、不思議な緑色の光を放つ。わぁ、と怯える者たちが後ずさるが、イーアンの尾に囲われ動けない。この間にも、奥の建物で人がこちらを見て騒ぎ出す。
シャンガマックの服から、黒い模様が浮き上がり、青空に眩く立ち上がったのは、精霊の魔法陣。
大きな円盤を縦にした具合の魔法陣は、シャンガマックの呪文を受けて、回転し始めるや否や、輝く文字から光線を走らせる。光は建物を打ち、聖なる水色の炎を噴き上げ、炎は建物の石を焼き切り、回りくどい廊下の壁を呆気なく消した。
ああ!と叫んだのも一瞬、恐ろしい攻撃に絶句した司教たちは、一気に騒がしくなった神殿から、バッと招かれざる客に振り返る。
「なん、なんてことを!ウィハニの女の仲間だろう!」
「だからこそ、お前たちが許せない。おぞましい殺人集団よ」
ティヤー語で返した言葉に続いて、魔法陣は空中に溶けて空気に馴染む。
首を傾けっぱなしのイーアンが『共通語で』と口を挟み、分からない会話をぼやいた。
苦笑したシャンガマックに、イーアンは『あなたじゃなくて』と添えてから、長い尾を一振りして片足に巻きつけ、司教の前に一歩出る。
慄く司教だが、目を逸らしはしない。老齢にしぶとさが染みついた権威の塊は、豪華な衣服に身を包んでるが、目も顔も醜いと、イーアンは思った。膨れて垂れた頬と口は、どれほど汚い命令を口走らせただろう。下がった瞼から覗く、裏黒い目が見て見ぬふりをした残虐はいかほどか。
女龍は、龍の爪の片腕で、乾いた地面をチョンと突く。
「『日を改めて、来た』。ここで話すか、それとも、仲間が作った近道で、屋内へ行くか。選びなさい」
「いきなり来て・・・日を改めて?連絡もなく、唐突にこんな恐ろしく乱暴な攻撃で?ウィハニの女が、なぜこんな凶行を」
「凶行。それは、あなた方。話す場所は、と聞きました。まず答えて下さい」
「答えて頂きたいのはこちらです。乗り込むなど」
言いかけた司教に、イーアンの鳶色の瞳がギラっと光る。『答えろよ』低い声に変わった女龍は、右手を少し上に向け、ルオロフから銃を受け取る。
司祭も司教も僧侶も、背後の大騒ぎが近づいてくる中、血に汚れた銃を突き付けられ、この無言の圧力を嫌でも理解する。
「ここで・・・話は無理です。それをしまって下さい、奥で話を」
既に後ろでは、混乱が起きている。汗が浮かぶ司教は、事態の大きさと危険を肌に感じながら、横にいる司祭たちに命じて、駆け付けようとする大勢の僧侶を止めさせ、倒れたマリハディー神殿の二人も連れ、押し入った客を・・・焼き払われ直線が通った近道を歩き、司教館へ案内した。
そして、イーアンは――― 司教館と呼ばれる、立派なだだっ広い装飾だらけの部屋を、破壊する。
お読み頂き有難うございます。




