2575. 本島北10日間 ~㉑『神殿潰し2』出入国管理局経由ラサン死亡届・混乱の神殿『2種の神託』と宝剣
僧兵ラサンが、ヨーマイテスによって『死んだ』状態になり、これをまたキーニティが絵に閉じ込め、ルオロフが子ダルナに癒されている時間―――
イーアンは、タジャンセ出入国管理局の玄関で、慌てる局員に中へ通されたばかり。
すぐに局長が来て、喜びながら挨拶。『急ぎの用事が』と口にした女龍に、笑顔はそのままで『こっちだ』と、局長は奥の応接間へ通した。
「どうした。俺に何がしてほしい」
「タニーガヌウィーイ、一人の僧兵を死んだことに出来ますか」
「簡単だ(※物騒)」
ハハッと笑ったイーアンに、タニーガヌウィーイも白い髭を歪ませて、椅子に座る時間があるなら座れと促す。少しだけお邪魔をと断ってから、女龍は腰を下ろし、向かい合う椅子に掛けた男に、手っ取り早い事情を話した。
驚きが顔に出にくい猛者だが、こればかりは目を見開き眉を寄せて『今か?』と聞き返す。はいと答えるイーアンを二秒見つめ『お前は』と呆れるように笑った。
「そいつは、マリハディーにいるんだな?もう殺ったのか(※物騒)」
「多分、仲間がその状態に仕上げたはずです」
「そうか。じゃ、持って来れるか?ここまで運べるなら、適当な理由つけて死体になったことにしてやる(※物騒)」
「話が早い。タニーガヌウィーイは頼りになります」
「出来ないことはその場で断る、と言っただろ。出来ることは何でもやってやる(※2455話参照)」
深い髭の中で、口元が笑みを作る。
さすが、海の男だ~ さすが、海賊~・・・ イーアン、心より感謝。急に聞いて、こんな物騒な話を、あっさり、何を止めることもなく、僧兵死体行き確約(※物騒過ぎるけど必須)。
「お前たちがティヤーに入って、どれくらいだ・・・まだ一ヶ月そこらだろ?それで神殿を潰すとは。ウィハニの女よ、お前は俺たちの伝説だ」
既に潰し終えたくらいの感動の誉め言葉に、イーアンは『これから挑むんですよ』と笑って椅子を立つ。
「連れてきます。ただ、仲間やダルナも一緒ですから、どうぞ騒がれないようにして下さい。書類を作成する時間はどれくらい待ちますか?」
「お前が茶を飲んでいれば終わる」
頼もしい、とカラカラ笑った女龍は、一緒に笑う局長に部屋の窓を開けられ、ニコッと力強い笑顔を挨拶に、6翼を出して窓からすっ飛んで行った。
見送る局長は、『面白い』と唸り、早速準備にかかる。ウィハニの女があっという間に陸のゴミを片付ける、その手伝いが人生の誇りにさえ思えた。
*****
マリハディーへ戻ったイーアンは、見上げて待つ皆の前に降り立ち、局長の返事を伝える。
『持っていくんですか』と死体を見せる要求が意外そうなルオロフに、イーアンは『見て死因を決める方が正確なのでは』と答えると、獅子が鼻で笑い、シャンガマックも苦笑い。
キーニティ親子に引き続き来てもらうことになり、イーアンもお願いする。
「騒がないように言いましたから、大丈夫だと思うけれど」
「子供が心配だ。可愛いから」
理由が、『可愛い』と親が言う。そうね、と真顔で頷くイーアンに、ルオロフの片腕が乗ってよしよしされている子ダルナが頷く(※自覚ある)。
子供さんを見て騒がないよう言っておきます、と約束し、シャンガマックとルオロフはキーニティに乗せてもらい、次なる場所タジャンセへ向かう。獅子は別場所待ち。
思った通り。待っていた局長他数十名の局員は、やって来たウィハニの女他・・・小さな丸っこいダルナに目を持って行かれる。イーアン、軽く皆さんに注意(※子ダルナを驚かさないようにと)。
キーニティは、シャンガマックが取り出した絵から、すぐさま死体を出し、タニーガヌウィーイと検死員はこれを屋内に運び、僧兵の身体の傷で、死因と関係ないと思われる部分―― 口の怪我など、最近の怪我は省き、損傷状態と理由に相応する推測を紙に書く。
イーアンは局長に『こいつが自分でマリハディー神殿在籍と告げた』ことも伝え、他、必要な事項に答えた。
書き留める局員の横で、タニーガヌウィーイが口を出し、検死員はそれも足して書類を書き上げる。作成した報告書は、他の課でも確認をするため一人が場を離れる。
残った者たちは、遺体を行き倒れと同じように扱い、体を防腐布で巻き、『どこで発見されて届けられた遺体か』の貼り紙を付けた。
この・・・イーアンとシャンガマック、局長たちが『死体のラサン』に構っている間、キーニティと子ダルナは、ルオロフの丁寧なお断りによって守られていた(※餌付けしようとする人多い)。
「お。戻ってきた」
赤毛の貴族が、取り巻きの向こうに気づいて、さっと手を振る。取り巻きを挟んで、イーアンたちが手を軽く挙げ返した。タニーガヌウィーイに散らされた局員たちは、子ダルナに果物をあげて、とイーアンに持たせ、子ダルナはイーアンに『食べて良い』とあげた(※女龍は慎んで頂く)。
「遺体は、キーニティに戻してもらうんですか?」
後から運ばれてきた布の塊を、一瞥した貴族は嫌そう。シャンガマックは彼の肩に手を置いて、首を横に振った。え?と歪むルオロフの顔に苦笑し、続きを教える。
「俺たちが運ぶわけじゃないから、あのままだ。だが」
「船ごと、マリハディー島へ運びます。ルオロフは勿論、船に乗らなくて良いですよ」
イーアンはそう言うと、横に立つ局長を見上げ『船ごと、ですよね』と繰り返す。白い髭の男は『巡視船、一艘だ』と海に向けた顎をしゃくった。
*****
この数日。デネアティン・サーラは、これまでにない忙しなさ―――
ちらほらと届いていた、偶然と思いにくい『非稼働の製造所の破壊・消滅』の連続報告。
少し前には『火薬原料の不足』『輸入先原料終了』の強制中止もあり、妙なことが日に日に増えていると懸念していた矢先。
『あの僧兵』が行方を晦まし、続けて『僧衣の耳』なる便利な情報源も使えなくなり、サブパメントゥもパタッと来なくなって―― 各地で暗殺活動を命じられていた僧兵たちだけが淡々と、魔物や国民を殺していたのだが。
ここへ来て、本島ワーシンクーのチウグー地区神殿の司祭が、魔物に殺された。
ギビニワ司祭他、数名の僧侶負傷者。直に魔物に襲われ・・・狙われた、というべきか。殺された。
地域で、神殿だけが襲われ、狙いを定めた殺害が生じたのは初めて。『神殿や修道院が襲われた』ことがないのではなく、完全に狙われている状態で集中的な攻撃は、今までなかった。
さすがにもう看過出来ないと、それまで他人事のように、関りを避けていた神殿関係者は狼狽えた。
―――何故か、の問い。
ウィハニの女が上陸してからでは。しかし、接触はほぼない。魔物出現以降、僧兵がウィハニの女の仲間に倒されたのは偶然だ。魔物退治で紛れた僧兵がやられただけ。
ではサブパメントゥの仕業か。魔物と組んだか。あの僧兵がどこかで裏切ったのか。他に内通者がいるのでは。手引きの―――
理由など、何も見えていない輩は、同じ言葉の堂々巡りで埒が明かない。そうしている間にも、どんどん退路を断たれていると焦る。
今は、緊急の守りを固めるべきと、本島にある総本山の神殿が『ただならぬ事態』の発表を出した。
この急報は、ティヤーの神殿関係に広がる。
彼らに狼煙の連絡手段はないが、海賊で言う狼煙代わりは、神託。この神託の変わり種が緊急の連絡手段で、これは滅多に使われることがない。
ティヤーに散らばる遺跡は多いが、その遺跡を修道院にしていたり、神殿の敷地に保存管理されている場合が少なくない。中には、『違う世界への入口』と曰くの遺跡も混じる。
実際に、サブパメントゥの遺跡もあるのだが、それとは別で・・・『ある剣を使うと、違う世界が見え、神託を得られる』。
その話も、そこで起きた話も、極々一握りの人間たちのもの。この存在、秘匿中の秘匿。
総本山近くに遺跡を抱える第二神殿が、神託の部屋を通じ、その場で各地の『神託受信殿』へ内容が送られ、受信した神殿から、近隣へ連絡は広がる仕組み。
長い歴史の中で、この神託の存在を見つけたデネアティン・サーラは、これのおかげで数々の危機を、後れを取ることなく乗り切ってきた。海賊も知らないこと。
余談だが、この『神託変わり種』があるからこそ、『神話の聖なる大陸』を疑うことなく、在る、と信じられた―――
主要地へ、一斉に広めた急報の後、各地では、外へ出していた僧兵に呼び掛け、戻った僧兵に次々命じ、更に全体への伝達を進めた。
そして、神託を受け取った神殿や修道院は、四の五の言わず、守りに入る。門戸を閉ざし、食糧買い出しなどの生活に必要な道以外は封じ、担当する地域には『修行日』と簡単に済ませて、町村へ降りない期限未定の宣言を回した。
次の神託、連絡用ではなく、未来予告の神託で、どう動くべきかが定まるまで、閉じる。こちらも総本山のお膝元に在るが、別格扱いで、この話はもう少し先・・・・・
ティヤーの宗教関連施設は全て、ある日を境に沈黙に入った。のだが。
閉ざしたところで―――
ドサ、と。砂埃を立てて、布に巻かれた人間が敷石に落とされる。
「マリハディー神殿の僧兵を持ってきた。誰もいないのか?引き取りの署名をしてくれ。おい、誰か出てこい。腐るぞ」
閉じたばかりの数日後。マリハディー島の午前。神殿の門がつく高い塀の前で、荒っぽく木の門を叩く警備隊が『腐るぞ』と怒鳴り続けた。
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