2574. 本島北10日間 ~⑳『神殿潰し1』事前準備
―――警備隊にお前の遺体を渡す。
死んだ記録が作成される。
お前の所属した神殿なり修道院なり、遺体を運ばせて、
僧侶や司祭の話を裏から聞くだけ聞いたら、証拠を以て『お話』の時間だ。
こんな人間は知らない、と言えない量の証拠、お前の死体を前に、あれらの損得を煽る(※2560話参照)―――
イーアンは実行するべく、日中は証拠を探し続けた。
回収業務なので、最初はルオロフを連れたが、彼は睡眠不足が堪えていると知り、イーアンは引き換え条件を出して彼を休ませ、代わりに解読仕事をシャンガマックに頼んだ。
ルオロフは、すごく遣る瀬無さそうではあったものの。
オーリンたちに『手伝う』と言った手前、無責任ではいけないと、女龍の条件に頷く。これより先に、回収業務を引き受けたことも、こうなっては無責任?と突っ込まれかねないが、それはイーアンが『同時に進行するなんて、よくあることだから。体は一つ』と諭した。
引き換え条件―― 神殿にいざ、行く日。一緒に来るように。
ラィービー島前後の説明を、僧兵ラサンの遺体近くでしてほしい、と。嫌う相手の側へつけと言われて、苦しくないわけがないが、イーアンはそれを条件にし『どうせ死んでるから(※軽い)』と肩を叩いた。
どっちにしろ・・・ 証人であるルオロフがいた方が、絶対に都合がいい。カーンソウリー島の警備隊にも、ラサンとルオロフがいた時間の証言をもらうので、イーアンからそれを聞いたルオロフは、当然そうなるかと、諦めた具合で了承。
こうしたことで、ルオロフではなくシャンガマックを連れ(※お父さん漏れなく付いてくる)、イーアンは日中の証拠探しに出かけ、夕暮れに戻っては、シャンガマックと獅子に―― エサイにも ――手伝ってもらい、集めた代物を調べた。
カーンソウリー島も、勿論行った。沿岸警備隊に、総長ドルドレンと、アイエラダハッド貴族ルオロフ・ウィンダルが来庁した日。彼らが何の用事で、それはどうなったか。『あの日』、盗難された魔物製品を無事に受け取った警備隊は、『証言の要を求められたら証言します』とイーアンに約束した・・・・・
「イーアンは、どう神殿を詰める気か、聞いて良いか?」
三日目の夕。シャンガマックが徐に訊き、机を挟んで斜向かいのイーアンは、彼に顔を上げる。
回収から戻った四人は、黒い船の一室で、持ち帰った品を仕分け中。
エサイの見せていた図案の箱の蓋を閉じた女龍は、騎士の質問にエサイと目を見合わせる。狼男は関係ないだろと、騎士の横に寝そべる獅子(※お父さんは、椅子の横)が、すかさずケチを入れた。
「エサイは、はい。そうですね。関係ないですが。要所を押さえる、確認の擦り合わせが出来ます。仲間で一番、私に近い知識持ちですから」
「国は違うけどね」
それはいいのよ、と隣に立つ狼男を見上げる女龍。友達同士のような二人だな、とシャンガマックはいつも思うが、それで?と流す。イーアン、頷く。
「『荷箱盗難が、神殿の仕業』かどうかは、問答の入口で使うだけです。勿論、ああだこうだ言われるでしょうから、すぐ畳めるようにしますが、切り口で時間を潰す気はありません。
すぐに本題『知恵』の実用を問い質し、アイエラダハッドでの知恵が潰されたことを伝え、この国で神殿がそれを行っている話に繋げます。この繋ぎ部分に、濃い橋渡しを取り付けます」
「それが、銃か?」
「そうです。現場に置きっ放しにされ、船員が発見して持ち帰った物。ルオロフもその時に見ていますし、今はイングによる再現もあります。
でも、唐突に話に割り込ませるのも変ですから、向こうが言い張っていた『民間の信徒』が、実は『僧兵』であったのをまず明確にし、確かに『銃』があったことと、これが犯罪や神殿に直結する理由として、『ラサンの遺体』を足元に、この男が自白して全て知った・・・と。
男が何を自白したかは、ここにある回収品で証明しますが、これを『こちらの盗みや犯罪』と言わせはしません。
私は龍であり、民を殺す者を討つ。それだけで、回収は正論です。
そして『正論の着手』の次が、取っ掛かりの『銃の説明』です。これを神殿の凶行として」
イーアンは言葉を切って、机の上に所狭しと積まれた、種々様々の回収品の一つに、部品別の銃の図を綴った書類に指を置く。
「魔導士に、透過で断面図を撮ってもらった時(※2430話参照)に、銃の部品と分かりました。そして、集めた証拠資料にも、まるきり同じ物がありました。
ご丁寧に、こちらの綴り(※まとめた書類)には、銃の挿絵まで付いていますし、ラサンの話した『自分が承認した記号』があります。
僧兵をとっ掴まえた経緯は『自分から近付いてきた』とし、彼が死ぬ寸前で懺悔・・・じゃねえんだけど(素)、口割ったみたいに言います」
最後の方が崩れた女龍の顔が歪み、エサイが肩を叩いて『ある意味、キチガイの懺悔だから』と、なだらかにしてやる。むしゃくしゃした女龍の続きを引き受け、狼男は書類に視線を向けると、騎士と獅子に『こうなるとね』と考えを教える。
「神殿連中は、『僧兵や武器』自体は分かっていても、銃の作りを全員が知っているわけでもないし、何をどうするとこうなるか、とさ。こっちが搔い摘んで説明しないと、逃げると思うんだよ。
で、説明も『動力』絡ませるし、火薬原料とか小型動力模型とか、僧兵の記号がついているのを出して」
つまり、流れは――― エサイは、話の順番通りに、使う代物を机に並べる。
全部において、どういう仕組みで、どういう使い道か、正確に説明できないといけなくて、『何をしているかの予測』でまとめ上げないといけない、と言った。
「まあでもさ。この辺の内容になると、黒幕あたりで使う話だろうね。細かい奴らは、知らないことありそうだし」
「損得で動く連中に、どの辺が損だ」
獅子がすかさず突っ込むと、イーアンがひらっと片手を挙げる。エサイもその手にパンと手を合わせ『君の出番だよな』と当然そうに言い、女龍も大きく頷く。この仲良しは何なんだと(※旧友の如く)、シャンガマックは思ってしまうが、気の合う二人は自然体で、獅子もあんまり気にしない。
「まんま、ですよ。ホーミット。龍の私が知った以上、世界の封じた知恵を使い、武器を作り、民を殺し、無事でいられると思うか・・・を問います」
「『宝鈴の塔』だな」
シャンガマックも頷く。そうですと女龍は返し、『ラサンが自白して教えたからには、ここまで集めた証拠を前にこう問われて、白は切れない』段取りと説明が正確であれば、猶のことと続けた。
「で?損したくない奴らを、許すわけじゃないだろ?」
「当たり前です。今すぐ全てから手を引いて、決して裏切るなと命じ、見せしめを強要します。相手に見せしめを作らせる感じ」
見せしめ、とオウム返しに呟いた褐色の騎士は、鳶色の瞳と目が合って『見せしめ』と微笑まれた。
「それが、損をしたくないがために、あれらが動きを止める結果へ」
*****
四日目の朝。偽弾五万発以上をすり替えてきた、と報告を受けたイーアンは、オーリンにニコッと笑って『お疲れ様』の労いを掛ける。そして、自分はこれから神殿へ行くと言い、銃も他の物も使えないよう言い聞かせると、オーリンに話した。
でも、そうは言ったところで、これだけ広くて島が多すぎるティヤー。
その場だけ従う振りをし、呆気なく裏切る者はいるから、弾を交換してくれて良かったと、手回しに女龍は感謝した。
やるな、って言っても、どうせ見えてないところで動くからね―――
「そう。バカな連中って、そうなのよ。それで、バレて徹底的に打ちのめされるのが、どの世でも繰り返される」
オーリンが言った言葉に送り出され、イーアンはルオロフとシャンガマックを連れ、空の道で呟く。
二人は荷物があるのでミンティンに乗ってもらい、イーアンは青い龍の横を飛ぶ。お父さんは、待ち合わせの場所で合流予定。ルオロフは徹夜で、最初は非常に眠そうだったが、見越していたシャンガマックに『眠気覚ましが』と苦い生薬を渡され、それで持ち直した。
通訳者二人を、連れて来てしまったけれど。
シャンガマックは機構の話が出るため、いないと困る。フォラヴは『僧兵が死体で横たわっていても嫌です』と毛嫌いして、今回は断った。
ルオロフだって嫌ではあるが、条件で引き受けたし、確かに僧兵との接触・カーンソウリー島北の沿岸警備隊との接触は、自分だけなので(※これも独断で出かけたツケ)従うのみ。
船にはトゥが居るし、親方とミレイオとオーリン、フォラヴ、クフムは宿待機なので、この日は通訳二人を連れて行っても問題ない、と了承された、朝。
『こっちだ』北上していると、どこからか聞こえた、獅子の声。
振り向いたイーアンに、聞こえていた褐色の騎士は、降りる方向を指差す。女龍はミンティンに場所を教え、龍はすぐ降下した。
本島から北へ、一時間ほど。点々と小さい島に囲まれた、平坦な島があり、獅子は小さい無人島にいた。
獅子の後ろに、真鍮色のダルナとその子供。青い龍から降りたルオロフは、子供のダルナの側へ行くよう気遣われ、子ダルナ横に立った。
獅子はすぐ側の島に少し顔を傾け、『マリハディー島だ』とイーアンに言った。
マリハディー島にも国境警備隊があり、ここは最初に皆が出会った、タジャンセ出入国管理局・タニーガヌウィーイの管轄。
「段取り、これからだろ?」
獅子が女龍に確認し、イーアンはゆっくり首を上下に振った。地図で見た島の位置は、タニーガヌウィーイが守る北と知り、彼なら私の話に手を貸してくれると思った。
ここから、イーアンが少し留守にする。タニーガヌウィーイに会いに行き、手伝ってほしい内容を相談し、次にマリハディー国境警備隊へ頼みに行く。
この間で、獅子は・・・キーニティが絵から出す僧兵を、死体に換える予定。
「では、行ってきます。ホーミット、よろしくお願いします」
「ヘマするなよ」
ちっ、と舌打ちした女龍は、さっさと飛び立ち、それを無視した獅子がシャンガマックに振り返って、彼の手にある一枚の絵を、地面に置くよう言った。置かれた絵は、あの時のまま。
「キーニティ」
獅子の太い声が名を呼び、ダルナは魔法を解く。小さな可愛い子ダルナの横、ルオロフの眉間にうっすらと皴が刻まれ、その薄緑色の瞳は、憎たらしい下衆を映す。腰に下げた剣を抜きそうだ・・・そう思ったも束の間。
現れた僧兵が立ち上がったと同時、糸の切れた吊り人形のように、地面にバタッと倒れた。歯が折れた口は半開きで、血の筋が混じる唾液が流れる。瞼が上がったままの男は、ピクリとも動かず。
「気にすんなよ、ルオロフ」
肩越しに、獅子はそう言って、ルオロフは頭を下げた。
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