2573. 本島北10日間 ~⑲『偽弾すり替え』
※今回は、半分に切るのも悩んで、7000文字近くあります。前半はミレイオ、後半はルオロフです。お時間のある時にどうぞ。
すり替えようと、ずっと考えていたオーリンに協力したのは、ミレイオ。ルオロフも今日、初回以降、二度目の付き添いで、準備完了を聞き、潜入に参加したいと伝えた。
意識したわけではないが、空と地上と地下に分かれる、この三人。
オーリンは空から、弾を近場まで運べる。受け取るミレイオは地下を伝い、ルオロフは地上を動く。
武器備品の倉庫は、大体が地下にあることから、ミレイオに任せてしまって良さそうだが、ルオロフの人間離れしている能力は、異種族に引けを取らない。手分けして進められる時間短縮は大切で、地上の守りが薄そうな『現在非稼働の製造院』を、ルオロフに任せた。
弾は二種類。オーリンがイーアンに相談し、『作る』まで行かなかった内容物を、コアリーヂニーに相談したら、彼らの身近なものにあったことで、それを詰めた弾が半分。
もう半分はミレイオが提案した、ある金属の被膜的な加工で、これも材料探しの必要なく、あっさり作れた弾。
先に作った詰め物入りの弾は、被膜加工をするに、上掛けの液状充填剤が邪魔と、試しで分かったため掛けていない。幸い、質感と色合いに差がなく問題はない。
この材料については、また後で・・・・・
三人は、地図の西側から取り掛かった。ミレイオが地下を伝って入るのは、本島から何百㎞か離れた島で、魔物が出る前は、船がよく出ていた場所らしかった。
現在は、乗り継ぎ必要な船の数が減り、製造を停止している様子。だが、人がいないわけではなく、夜の海に浮かぶ島はそこそこ大きく、民家の明りも列で見えた。
修道院は港から遠い。ここは海系の人々が港を管理するためか、修道院は距離を取るように島の奥にある。
周辺を管轄する警備隊には、コアリーヂニーたちから本島西部の警備隊、その警備隊から狼煙でこちらに連絡済み。
もし、島でひと騒動があっても魔物理由でないのなら、『放っておく』姿勢。ただ、神殿が騒動になるほどの物騒な潜入(※それは侵入と言う)ではないため、一応の報告である。
海賊側も、神殿がおかしな武器を使い始めたことを危惧していたし、それを使う僧兵を捕らえることは非常に難しく面倒だったので、『武器を全体的に押さえる』話に、二つ返事で乗った。
「オーリン、こっちへ」
龍を動かしたオーリンを呼ぶのは、ミレイオ。こっちへ来て、と修道院から下る斜面で、ひっそり手を振る。
頭の中に話しかけることはない関係であれ、『ミレイオが呼ぶ』とガルホブラフが知っていれば、オーリンより先に気づく。
彼の龍はミレイオを見つけると、ひゅっと空を掠める流れ星のように斜面へ滑空し、地面すれすれ、ミレイオを確認したオーリンが弾箱を放り、ミレイオはそれを抱き止めた。
『落としちゃマズイ割には』
放っちゃうのねと声を潜めて苦笑し、空にまた上がった、一瞬の流れ星に背中を向け、ミレイオは仕事開始。地面に黒くズォッと広がった穴に滑り込むと、地下を伝ってミレイオはすぐさま、上に出る。
・・・ほんのわずかな、地下の国移動。距離曖昧なこの種族専用の道は、ちょっとだけの移動なら、割と正確に狙った場所へ上がれる。距離が開くと方向やら長短やら、こんがらがるのだが。
真っ暗な闇を抜けるのも数歩先。ぬるっと屋内の影から出たミレイオは、辛気臭い地下牢じみた倉庫を見渡す。人がおらず、見張りも仕掛けもない。
ここは、『稼働している製造院』。よね?と、疑問が掠める。同建物内に、製造場がある話だけど。それでこの程度なの、と放置している感じを疑いたくなる。
獅子やシャンガマックは『地下室常連状態』で、禁断の知恵の産物を破壊しているが、ミレイオが足を踏み入れたのは初めて。どこもこんな感じかしら、と思いつつ、紐でくくった弾箱四つを片脇に抱えてそっと歩く。
本当に、放ったらかし・・・ 杜撰というか、高を括っているというか。
倉庫内は勿論、扉の隙間からも明りが漏れないと言うことは、廊下にも明りを入れていない。見張りも何もないのだ。
倉庫自体は広くなく、扉のない出入り口がついた壁で仕切られて、複数の部屋が繋がっていた。天井は思ったより高い。備え付けの棚は、材料や工具道具の類が並び、怪しげな絵が木の柱に飾られ、肝心の銃関連はミレイオが思っていたよりはるかに、ぞんざいな状態にあった。
「まあ。人がいないに越したことないんだけどさ」
忍び足で進んでいくと、これが銃と分かる代物に出くわす。最初の部屋から二つ進んだところで見つけたものの、立てかけられた銃は、支えの木枠もなく、一部は倒れて積み重なっていた。
弾箱は分かりやすい側に詰まれ、数にして40~50箱。一つの大きさは、持ち出しを考慮してか意外と小振りで、まな板より小さかった。これらの木箱は、蓋に釘を打っておらず、ダボ式の角で留めてある。
一箱を掴んで傾けたら、蓋は中身の移動で少し押されて隙間が出た。こんなのでよく持ち歩くわねと、仕事の悪さに眉根を寄せたミレイオだが、とりあえず今は確認。
夜目の利くミレイオは、蓋を開けて金属の粒を『弾』と判断。手に掬うと、弾はじゃらじゃらと小さい音を立てて手からこぼれ、この形にミレイオは呆気に取られる。
―――こんな、適当だったの(※絶句)。
コアリーヂニーたちの仕事は丁寧で、弾がきれいに思う。大丈夫かしらバレないかしら、と変なところで不安になった。そもそもオーリンが偽弾模倣で試作したから、彼の仕事を思えば丁寧でも当然かと、今更気づく。それを元に作った職人たちも、その道、何十年。
あちゃー、迂闊だったわー・・・ 大丈夫かなあと、ミレイオはすり替え用の弾箱をちらっと見た。
そうよ、僧侶だった。いきなり製造し始めたらしいけれど、元々は僧侶じゃない!クフムみたいな器用な人間が何人かいたって、それは一人作業の話。
製造を流れ作業でこなしてたなら、製造に充てられる大半はど素人でもおかしくないのだ。
どうしよう、今から変えられないし。口を手で覆った盾職人ミレイオは、神殿製造の弾を見つめる。が、ここまで来たらどうにもならない。
「形は・・・辛うじて同じ、よね?触った具合がちょっと、うち(※偽弾)のが滑らかだけど。重さは同じか。色もまぁ。バレないと思うんだけど・・・やだわ、これサビ出てる!」
手に取った神殿製の弾との違いを、極力、素人目線で判断してみるミレイオだが、どうしても違いが気になる。神殿の弾は、一箱の下の方にサビている物も混じり、もしかして不発や暴発事故は起きているのでは?と思わされた。
作るだけ作って、箱に詰めて置いておく。僧兵に渡す際、箱ごと渡して、弾として使えないのは僧兵が自分で確認する・・・ そんな感じかもしれない。
ということは、うちで作った弾がバレるかどうかじゃなく―― サビて使えないのもあるから、使える弾として選ばれる、そういったことで判断が行われる可能性が高い?
「だわよ・・・だって使う時は、倒す相手が近くにいるんだもの・・・急いでいるだろうし、手触り滑らかな弾は、特に考えもせず込めるはずよ。
こっちで作った弾は、弾かれた瞬間、銃身を汚して飛距離が落ちるから、近距離でもなければ人が死ぬことはない」
口ごもるような、小さな独り言。ミレイオは考え直してみて、キチガイの僧兵たちが何を重視し何を見落とすかを理解する。
中には、弾の違いに気づく人間もいるかもしれないが、こっちの仕込みは万全で『何かが違う』程度にしか分からないだろう。それこそ、一刀両断で割らない限り。
「そんな大層な腕を持つ奴なんか、この集団にいないわ」
石の床にしゃがみこみ、ミレイオは持ち込んだ弾を、積まれた箱の一つ一つに少しずつ混ぜ入れる。
念のために机の上や棚を見たが、弾の重さで一箱を量っている印象はない。秤は別の部屋で三つ見たけれど、それらは皿が小さく、金属汚れや乗せた後の傷もなかった。
「他にはないわね?もっと、すごい量あるのかと思ってたけど・・・ 」
弾箱らしきものは、ここだけ。何用の製造院かは知らない。でも、まな板大の弾箱が50箱=『在庫』というには随分少ない気がした。もう少し置いていそうなものが。
「そもそも、僧兵って・・・全体の何割くらい、いるのかな。その辺、聞いてなかった」
銃を武器にする人数がそれほどいないなら、弾も少ない。銃は不具合が起きやすいから多めに生産した・・・そうかしら、と首を捻りながら、手は休めず。
一握りを交換するごとに、一握り分を元の箱から抜く。持ってきた弾と丸ごと替えることは出来ないが、50箱近いそれらは一箱が小さかったので、ミレイオが持ち込んだ、大箱に等しい四つの弾箱の量で、半分近く交換が叶った。
まな板より、小振りの箱。薄いその箱の容量は、さほどない。
混ぜこんでしまうと、素人目で判別はつかないなと改めて感じた。傾けてみて、混ざった弾を一掴み持ってみて、ミレイオは頷く。
別個にして並べたら、うちの方がきれいではあるが、これなら大丈夫か―――
交換し切った箱を元通りにし、抜かりがないか慎重に確認する。ここまでの時間、誰も来ていない。そして、サブパメントゥ系の気配もない。
見張りの人間より、どちらかと言うと後者の方が心配だったが、全く何も起こらずに済む。持ち込みの箱を重ねて、また紐でくくり、きっちり縛った後。潜入したミレイオは立ち上がって、顔を銃へ向けた。
「銃か」
ちょっと考える数秒。弾箱を抱える前に、ミレイオの手が、立てかけられたり倒れたりしている銃に伸びる。私はなぜ、今まで思いつかなかったのかしら。
心で呟く疑問は、どこに響くこともなく。数十本の銃の内部、小さなバネが、次々に消滅していった。
*****
誰に気づかれることも痕跡を残すこともなく、ミレイオが再び地下の闇を縫って、本島へ戻る頃。
南西の島では、ルオロフが同じように修道院潜入―――
島へはオーリンの龍に同乗させてもらって到着。オーリンはミレイオに先に弾箱を渡し、その後に戻ってルオロフと弾箱を持ち、こちらへ来た。
理由あって、島までシュンディーン付き・・・ 赤ん坊を抱っこしたオーリンに見送られ、ルオロフは島に降りた。
南西の孤島もいいところ。よくぞ、ここに石を運ぶ気になったものだと、呆れるくらい何もなかった。
修道院、のみ。大真面目に『神の教えに従って禁制を』の宣言でも実行したかのような・・・神殿の悪行を知らなかったら、清貧さでも感じたかもしれないが。
「ただの悪党の隠れ家、だな」
ルオロフの最初の独り言はそれで、海の夜、断崖絶壁の孤島の修道院へ。
ここにも巡視船は来る話は聞いたが、来たとしても夜ではなさそうに感じる。周囲を警戒して見回る、そのくらいかもしれない。
港どころか、修道院用の小型船が二艘、崖の下の凹みに繋がれているので、本当に神殿関係者しか来ないのだと思った。
こんな場所なのもあり、ルオロフも警戒はしない。
修道院自体は高い壁に囲われて、背も高い建物から八方を見渡せる要塞の印象。道は一本で、誰にしても人間が忍び込めはしないと、はねつける外観だが。
「私は人間だけど。お前たちのように視野の狭い輩には、想像できないな」
造作もないと、弾箱を両腕に抱えたまま、赤毛の貴族は一本道を走り抜け、高い壁に一か所だけある門を無視し、道を外れると途端に崖に変わる側面へポンと飛んだ。
ポン、ポンと、垂直に近い角度を跳ねる足は、瞬く間に外塀を上がって、最後に飛び降りた敷地内の土を踏む。
ロゼールも、このくらいならこなしそうだと、彼の動きを思い出す余裕のルオロフが、両手の弾箱を大切そうに抱えて、修道院の裏へ回る。
どこの修道院でも似た造り。アイエラダハッドでは何度か見たことがある。僻地の修道院は、基本が自給自足で、畑や井戸を持たない方が少ない。やはりここも裏に井戸があり、作物を守る、風避け板付きの畑があった。
この近くに、裏口や勝手口もついているもので。すっと身を屈めた、建物の地面近くの影。覗き込んで、頷く。
隠れるように階段がある。数段を降りた先に木の扉があり、明かりが漏れて、伝わる空気の臭いが違うため、そこに人がいると分かった。
ルオロフは、上を見上げる。高い石の建物にいくつかの窓。木窓の閉じたそこは、位置的におそらく階段の踊り場。小部屋かもしれないが、人はいない。
簡単な手に乗せて申し訳ないと皮肉を呟き、しゃがんだ足元の石を拾うと、ルオロフは窓にそれを投げ、木製の板で作られた窓は砕けた。
砕けた窓は勢いで丁番が外れ、両開きの片方がガランと中へ落ちる。人の移動する足音が聞こえ、裏庭の扉奥の部屋もガタガタと忙しない音の続き、静まり返った。
ここの地下にあるのなら、島の形状から考えて、倉庫へ続く降り口もここだろう、と踏んだルオロフが動く。
小さい階段を降りて扉の内側に耳を澄ませ、何一つ聞こえないので扉の鍵を外す。簡素な鍵で、棒が内側に横渡しされているだけ。扉の隙からちょっと小枝を引っ掛ける。頑丈なら壊そうと思ったが、その手間もなく、鉤型の棒はプランと外れて、戸は開いた。
窯がまだ熱を持った状態で、火を消したばかりの台所に入る。
扉の鍵を戻し、ルオロフは食材の下がる台所の一か所に、二重の棚。棚裏に回ると、隠す気はそもそも薄いらしく、棚の横に掛かる垂れ布の先は、地下へ進む人一人分の階段だった。
上が騒がしい間に、あっさり入り込んだ貴族は、『稼働していない製造所』の意味を理解。
地下は、刳り貫いたかと思う広さで、階段をどんどん降りてみると地下五階まであった。地下五階は、海が満ちると埋まるようで、水浸し。
地下全体は薄暗く、各階に一つ、階段側の壁にランタンが掛かる。
上の階に戻り、ルオロフは武器製造室と倉庫を探し、地下三階で倉庫を見つけた。倉庫に鍵はなく、僧兵が来たら自由に出入りできる印象。
倉庫の扉を、開ける。壁に間隔をあけて並ぶ扉だが、中に入ると大きい一室だった。倉庫の品を移動するのに、壁を不要として、扉を増やした感じ。弾は、違う扉の側に積んであった。
ルオロフの嗅覚―― 五感のではなく、勘の方 ――が、場所を見抜く。暗がりだが、目が慣れれば置かれている物の形状は分かる。
弾箱と思しきものの側に、組み立てる前の銃の部品が、形別に分けられた箱があり、それらに比べて、小さく薄い箱の山が弾、と見当をつけた。
触れると、蓋は簡単に外れ・・・ ルオロフもまた、ミレイオと同じく違和感に首を傾げながら、持ってきた弾と、倉庫の弾を混ぜて作業開始。
彼もやはり、弾箱の数『これだけ?』で引っかかる。予想していたよりも、数が少ない。他にないか、少しだけ広い倉庫をざっと見て回ったが、ここにしかなかった。
この間、人が来たが、弾のある所までは近づかず、階段近い扉を開けた程度。それが二回あったが、ルオロフが相手を倒すような接近にはならなかった。
そろそろかなと、最後の弾の箱を終えたルオロフは、最初と違わず積み直し、合図を気にしながら、持ち込みの箱も紐でしっかり縛る。縛った手を離したところで、表の轟音が聞こえた。
『合図』フフッと笑った赤毛の貴族は、そのまま少し様子を見て、再び上が騒がしくなったところで、そっと地下を出る。いつ人と出くわすか分からないので、倒す意識は高めていた。
でもやはり、貴族の手に暴力を振るわせる機会はなく、ルオロフは裏口の鍵を下ろし、扉を開ける。今度はそのまま。鍵の掛け忘れくらいありそうなもの、として。
外へ出たルオロフは、轟音の状況に笑い出しそうだった。シュンディーンを連れてきたことが、こんなに大自然を感じさせるとは!
修道院正面の方から、僧侶たちの喚く声―― 緊急 ――が聞こえる。
高い位置にある修道院の壁を、夜に縁どられる波が被さり、大波打ち寄せる激しさは、孤島を揺する勢いで容赦ない。
よし、と駆け出したルオロフが裏庭の塀を上がり、断崖絶壁の真っ暗な崖を、真下から突き上げた白い波頭に向けて飛び降りた。
食らいつくように崖に被った波は、ちっぽけな人間を飲む。その一瞬、青緑色の光が白い波に光り、波は砕けて海に返った。
「シュンディーン!」
「んん」
赤ん坊のシュンディーンが、ルオロフの荷物のない方の腕に抱えられる。
水の内側、波巻き返すそこだけ、精霊の子の光に守られて、笑う赤毛の貴族と満足そうな赤ちゃんは、激しい波の影響なく・・・ 『おかえり』沖で待っていた、龍の民に笑顔で腕を伸ばされる。
「ただいま戻りました。弾は水浸しです」
「ハハハ、いいんじゃないの。使わないし」
引っ張り上げられた貴族と赤ん坊は、オーリンの龍に乗って本島へ戻る。孤島は、しばらく荒れる海に翻弄され、ルオロフがすり替えた何かになんて、全く、誰も気づかなかった。
オーリン、ミレイオ、ルオロフ、それとシュンディーン。彼らはこれを、夜通し繰り返す。
この数日間で、コアリーヂニーたち職人も頼まれるより早く、追加を製造。最初の約束分・五万発では、あっという間に足りなくなる懸念から。職人はオーリンに『行ける限り持って行って、交換しろ』と、代金を気にするなと付け加えて箱を持たせた。
そして、三日後―――
お読み頂き有難うございます。




