257. その頃ドルドレンは
親父さんの工房で。親父さんとドルドレン。机を挟んでボジェナ。この3人が紙とペンを机に置いて話していた。
応接の長椅子に、ドルドレンと親父さんのセットが座り、ボジェナは少し低い平たい机に身を乗り出して、総長を尋問中。
「さっきから思ってるんですけど、総長さんの部下なんですよね?」
「そうだ。ダビは俺の隊だ」
「でも何を質問しても、ダビのこと『よく分からない』『そう思わない』『違うと思う』としか言ってないですよ。違う隊で付き合いもないなら分かるけど。もうちょっとないんですか」
「ない」
「あんまり総長に問い詰めるな。この男はそれほど口数が多いわけではないんだから」
「それにしたって、いくら何でも、何年も一緒にいて知らなさすぎじゃない?」
「お前の質問の仕方をちょっと工夫するのは考えないのか?総長に聞いたって、総長が思ってなかったら、これくらいしか言えないだろうに」
「何?何て聞けばいいの」
「だからな。イーアンと一緒に仕事してる時とか」
そんなのイーアンに聞かないと分からないじゃない、とボジェナは怒る。ドルドレンは、ボジェナがダビを好きかもしれないと思うものの、ダビがボジェナを気に入るかは疑問だった。
「イーアンはどんなふうに彼と仕事するんだろ。物作ってるだけって言いそうだけどなぁ」
「ぬ。イーアンか。イーアンについてなら話せるぞ。何せ俺よりイーアンを愛してる者はいないからな」
「それは訊いてないんですよ。別にイーアンじゃなくて。イーアンがダビと、どう仕事してるかってこと」
突然息を吹き返して蘇った、さっきまで仏頂面の男が自慢げに胸を張る。ボジェナがあっさり斬り捨てて、ダビの話をしろと追い詰める。
「イーアンとダビが仕事をしている風景を、何度か工房で見た。思い出すだけで心臓に悪い。脳にも影響が出る」
「何それ。そんなに仲良いの?やだ、総長さんいるんでしょ?」
「二人は俺の存在を全く気にしない。真横にいても空気のような扱いだ。彼らは二人揃うと、まるで異世界の言語を操るように、ちゃくちゃくと奇妙な会話が続き、知らない間に物が出来ている」
「それは・・・・・ 専門的な話だからじゃないのか?総長が入れないような会話だろ?」
親父さんが口を挟み、ボジェナも職人だから理解する。多分、仲が良いとかそうした方向ではなく、彼らが製作について話し合っている場面のことだろうと思う。
「そうとも言うが。しかしそれだけではない。彼らには共通言語があり、なぜか指を示すだけで、ダビが指示に沿って何やらイーアンの思惑通りのものを用意したりする。そこに目つきと指差し確認以外がないのだ。
そしてそれは、今のところ間違えたことがない。100%完璧に行われており、彼らはそれを自然だと思っているはずだ」
やけに饒舌な総長の解説に、今までの無口さと言葉の少なさがひっくり返る。よほど悔しい想いをしているのだと伝わってくる。
「うん。わかる気がする。だけどそれ、総長さんが思うような感じじゃないかも」
「俺もそう思う。作り手だから、似たような意識で工程を見てるから。よほど分野外でもないと、分からないことはないかもしれない。イーアンもダビも同じ内容を、同じ精度で高めようとする共通項がある」
「そうは言うがな。親父もボジェナも見ていないから分からんのだ。あれは不可解だ。人間の会話にはとても思えない。奇妙な連帯感があるのだ。
まるで俺など皆無のように、俺が工房にいても、ダビは目もくれずにイーアンと身振りで会話し、イーアンも目つきが変わって俺を無視する。そしてまた挨拶もなければ目も向けずに、ダビは去ってゆく」
「聞いていると気の毒な気もするけど・・・だけど別にそれ、悪気ないと思いますよ。私たちも普通かもしれないし」
ねぇ、とボジェナが親父さんを困り顔で見ると、親父さんも背もたれに体を預けて腕組みしながら頷く。
「そういうものかもな。でもまぁ。物作ってるヤツ皆がそうでもないんだけど、イーアンもダビも、作るのに向いてるから、職人みたいになりがちかもしれない」
「考えてみてくれ。俺はイーアンが大好きだ。大変愛してるし、今年は結婚もするつもりだ」
「それは良いから。早くすれば良いじゃないですか。で?」
「ボジェナ、総長を流すな」
「だってダビのことが知りたいのに。イーアンと総長の話は二人でしてよ」
「ぬ。仕方ない。前置きはおくか、大切なのに。
つまり俺はそれほど大事にしているのに、ダビは平気で二人の時間も邪魔すれば、ケロッとした顔で俺の横からイーアンを掻っ攫っていくのだ。それも、俺には決して分からない独自の話法で。イーアンがさも飛びつきそうな話ばかりだ。
それを横で聞いている、いつもだぞ。いつも聞いていないといけない俺の身も考えてみろ。遮ればイーアンに叱られ、大事なことなのにと怒られる。ダビも俺をチラとしか見ないで、俺を無視して話を続けるのだ。
仕方ないから黙っていれば、やれ、あれを作らなきゃとか、急がなきゃとか言い始めて、さっきまでいちゃいちゃしていたのがパァだ。こんなのが日常なんだぞ。こんな俺に、ダビに何の感想を持てというのだ」
ドルドレンの愚痴は、堰を切って流れ出す水のように止まらなかった。ここぞとばかりに、いつも言えない、耐える立場の気持ちをぶちまける。
ここまでよく喋る総長を見たことのない親父さんは、びっくりしながらカクカク頷いて聞きに回る。ボジェナはうんざりしている様子だが、端々にダビの名が上がるので、それを情報として資料に書く(※この辺が業務的)。
延々と喋り続ける黒髪の美丈夫の『朝から愚痴』状態に、親父さんとボジェナは、知らない間に自分たちが聞き役に回っていた(←良い人たち)。
「ダビは人間に関心がない」
急にその言葉で終わらせる総長に、ボジェナは怪訝な顔をする。親父さんも『そりゃないだろう』とダビをフォロー。黒髪の騎士は頭を振り振り、『知らないのだ』と溜め息を大袈裟につく。
「誰もがダビをそう思う。表情が非常に乏しい。笑うことは、ごく貴重な条件が揃うと生じるらしいが、目が笑っていない。怒る時もそうだ。年に何度どころか、一生に1~2度生じるかどうか」
親父さんが腹を抱えて笑う。さすがにボジェナも笑いをかみ殺す。言い方が既に、自然現象みたい・・・・・
「笑っているが、実際にそうなのだ。あの男は精神がどうとか、それ以前にさえ思える。他人のことなど何にも気にしないぞ。援護遠征でも、援護なのに『死にそうなら人は自分で何とかする』とか訳のわからないことを言って知らんぷりだ。援護で出向く意味がないだろうと思わないか」
「それ、いつもそうなんですか?ダビはそんなのでよく騎士業が務まってますね」
そっちのが驚く、とボジェナが呆れると、親父さんもついこの前のダビの態度を思い出しつつ『あーでも。そんな感じの男かもな』と苦笑いした。
「ダビは感情がないのだ。少なくとも俺にはそう見える。イーアンと仕事をする時だけは、どうやら楽しいのだろうと分かるが、それは笑顔や喜びなど、動物でさえ表現する感情によるものではない。
彼の場合は、やたらそこに時間をつぎ込むから、それを見て恐らく楽しんでいる、とこちらが判断するだけだ」
「その。ダビを人間以外みたいな言い方って、総長がして良いんですか?部下ですよね」
「他に言いようがないだろう。感情もないのに情緒豊かとはいえないし、目しか動かない男に『笑顔が素敵』とか嘘にしかならん」
親父さんが背もたれに突っ伏して、苦しそうに笑っている。ボジェナも涙を拭きつつ笑うのを堪える。
「目しか動かない・・・・・ 」
「正確には眼球のみだ。瞬きもしない」
笑いすぎた親父さんはとうとう床に滑り落ちた。大きな体が床で転がって笑っている。好きなはずの人の話なのに、ボジェナは笑いが止まらなくて咽ている。
二人が大笑いするので、何となくドルドレンもちょっと楽しくなった。でも話題が話題なので、思い出せば苦々しいのみ。
とにかく二人が落ち着くのを、茶でも飲んで待つことにした。
お読み頂き有難うございます。
 




