2569. 本島北10日間 ~⑮レイカルシと死霊の声・ヨライデ国の一面・死霊使いギビニワ司祭
※明日28日と明後日29日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
―――『ヨライデの、死霊使いはご存じ?』
イーアンは、直下に見える神殿の上で、イライスの先ほどの話を考える。
ここは教えてもらったギビニワ司祭が所属する、チウグー地区神殿。
湾を挟んだ反対側で、古い時代の特徴を保つ大きい神殿。敷地も広く、湾に面した土地は全てそうなのか、専用の船と港も浜沿いの磯にある。この距離だと島影は見えないが、海の向こうにはヨライデが。
イライスの話では、ギビニワ司祭はヨライデから輸入した薬の原料を調合し、奉献所に来た信者たちの病気に使うらしかった。
その・・・『ヨライデから』の部分が、『ヨライデの死霊使いから』に変わると、恐ろしい想像が膨らむ。死霊使いが国軍のお抱えにいて、ギビニワ司祭は国軍にも挨拶に出ていた。
きっとそれが、今日手に入れた情報の『国軍に武器を販売=死霊薬受け取り』のことだと解釈する。
以前の世界で言う、ネクロマンサーかもしれない。ヨライデの彼らも、輸入するギビニワ司祭も。
ここへ来て、イングの話も思う。彼は、死霊憑き魔物の、『大元』について推測した(※2541話参照)。
吹聴し、教唆する何者かが、神殿の輩にいるのではないか。イングの気づきが、こんな形で目の前に現れる。
ふー、と息を大きく吐いて、イーアンはここでどう動くべきかを順序立てた。
さっき、シャンガマックは薬の効果について、鑑定を先にと言った。シャンガマックが側にいたら『レイカルシを』と提案するかもしれない。
「レイカルシ。うん、まずは彼」
イライスの容態は回復していたが、いつぶり返すとも分からない不安はある。
人間が調合しているとはいえ、怪しさだらけの『死霊薬』。薬物鑑定・・・レイカルシを呼ぼうと、イーアンは赤いダルナを頼った。
すぐに白い花びらが青空に吹く風に散り、真っ赤なリボンがどこからともなく螺旋を描いて垂れる。あれよあれよという間に、リボンはダルナを模り、艶々した赤い鱗のダルナが女龍の前に浮かんだ。
「どうした」
「レイカルシに見て頂きたいことが」
「こと?」
物じゃなくて?と聞き返したダルナに、早口で事情を説明。ふむふむ聞いて、レイカルシは下方の建物に長い首を向けた。
「あそこにいるわけだ。その男は」
「多分、います。広い神殿ですから、特定が難しいかもしれないけれど」
「うー・・・ん、それはまぁ。その系統に関わっていると言うなら、全員がそうでもない限り、特定まで時間はそんなに要らないよ」
見つけたらどうする気かとダルナが尋ね、イーアンは『薬について聴き出したい』のが目的。とりあえず気絶させ、隔離しようと思うことを伝えると、レイカルシは早速、空中から調べに入った。
結果―――
「人間は、いつも凶悪だ」
赤いダルナの言葉は不穏。彼の横顔を見つめる女龍に、水色と赤の瞳が動く。
「死霊を作るんだ。神殿の中で」
爪で下を示したレイカルシの、言葉の意味がピンとこないイーアン。どういう意味?と続きを待つ顔に、赤いダルナは大きな指の腹でイーアンの頭をちょっと撫でた。
「どうしたのですか。何が分かりましたか。死霊を作るって」
「死霊になる前は何か、分かる?」
「え・・・ え?まさか」
まさか、と下を見たイーアンに、レイカルシは一呼吸置いて『そう言うことだ』と呟いた。中で、死霊にするための人間が殺されていることを、レイカルシは口にする気になれなかった。
「死霊になったばかりの存在というか。彼らが、俺に助けを請う。だが無理だ。助けを請う声は長続きしないで、呪文で封じられ、そこに在った個々の形は失せるから」
ちょっと聞こえると、すぐに消えるよと、寂しそうなレイカルシの言葉に、イーアンは怒りが沸騰する。過ったのは、宝鈴の塔。ラファルのような犠牲者がここにもいると知ったイーアンは、真っ白な龍気を膨張させ、ぐわっと飛び出しそうになったが、レイカルシが彼女を抱きかかえて止めた。
「レイカルシ、助けなければ。何人もいるんでしょう?!」
「そうだけど」
「放して下さい!止めないなんて」
「死霊と、おかしな薬の関係を調べるつもりだろ?まだ調べてない」
「でも!」
レイカルシの大きな腕が緩み、抱えた小さな女龍を両手に包み直す。
「犠牲が出ているのは、止めたいだろう。だけど、一人で行くな。生きた人間がどこから連れてこられて、どんな立場で何をしたか。片鱗だけど、助けを請う声に混じった。
『家族のため』や、『神殿のため』。自分から身を捧げた可能性もありそうだ。家族が、というのは、引き換えに金を受け取った場合もある。
殺し方は毒殺。騙しているかどうか、そこまで分からない。助けてほしい意味は、『過ちを選んだかも』と感じている印象だが、この時点で肉体は死んでいる。
俺の存在を感じ取った霊は、俺が天の迎えか何かと感じたかもしれない」
一気に喋ったダルナに、イーアンは肩で息をしながら、必死に自分を押さえる。睨んだ神殿は、静かな海の音しか聞こえない場所で、堂々と人を殺しているのに、私は何も出来ないのか?と燃える怒りが収まらない。
怒りで震える女龍を、顔の真ん前に上げて、レイカルシは彼女に静かに次を教える。
「俺が口を出すのも違う気がするけれど。シャンガマックは、死霊薬を持っていると言っていたな。
瓶の一つに、わずかに残っている液体で、俺の分かることがあるかもしれない。先に現物を調べてはどうだ?」
「たった今、私たちの足元で、殺されている誰かがいるってのに」
「イーアン。ここだけじゃないかもしれない。他にも似たようなことを行う・・・武器製造所が各地にあるのと同じだ。
ギビニワって男は、ここにいるだろう。何回か名前が聞こえたから。潰す気なら、ひっくるめての方が確実だ。どこか一か所を壊しても、報せで警戒されて隠されたら面倒だと思わないか?」
ふー・・・ イーアン、説得に頷く。見殺しにする気がして、悔しくてならないが、レイカルシの言うことは尤も。他にもいるなら、ここを潰し誰がために、他へ逃げられる可能性もある。
――『古い情報で良かったら、私が覚えている貴族の繋がりの(※2565話参照)』・・・ クフムが昨日教えてくれた情報では、本島から離れた地域もあり、貴族担当らしき司教や司祭がいるところは、神殿ばかりでもなかった。
頭に血が上ったイーアンは、冷静さに欠けて感情に揺すられる。乱暴に頭を何度か左右に振って、自分の感情を払うように『分かりました』と歯軋りしながら答えた。
「俺は。君が頂点で良かったと思う」
両手を開いたレイカルシが、熱い女龍に悲しそうに微笑んだ。なんて人間臭いんだと思う一面だが、このくらい素朴で真っ直ぐな心だと、分かりやすい。
「無力な頂点です。力で押さえつける以外の能がない」
空しそうに吐き出したイーアンの一言に、レイカルシは小さく首を横に振る。『君じゃないと、世界がダメになるよ』と励まし、一緒に戻ろうと促した。
不承不承だが、心苦しいイーアンは現場を後にし、赤いダルナと共に宿へ帰る。
そして、午後の光が斜陽になりかける頃。
シャンガマックから借りた小瓶の―― 中身の正体をレイカルシは解き明かし、イーアン、シャンガマック、ルオロフ、フォラヴは、明日にでも出ようと話し合った。
―――薬を使うと術師に伝わり、動かされる死霊が対象の人物の死を進め、意識まで握った時、術師の操りに従う薬。
完全に本体が死んでしまったとしても、薬が全て体に回った後であれば、死後何日かは生きたように動くという―――
*****
「弟の方はそのせいで、死体のまま動き回っていたのか?」
宿に戻ったオーリンたちは、出かける前にシャンガマックやフォラヴに報告されたことの続きを聞き、驚いて顔を見合わせる。
今日の別行動は、オーリンとミレイオがコアリーヂニーの工房へ行き、タンクラッドは近所の工房(※刃物の)に呼ばれて出かけていた。ドルドレンは精霊のお迎えで、とっくに遠く。
夜、イーアンやシャンガマックから聞く『イライスと弟の死霊薬』『ヨライデの死霊使い』のこと。
シャンガマックはテイワグナの史実資料館で、『館長に、ヨライデの信仰について少し聞いたことがあり、呪いが多いと言っていたが(※934話参照)』とミレイオに尋ねる。
「そうね。土着の信仰が強いわ。呪いは守護のため、が多いけれど。守護の意味も、飛び出ちゃってる感じに、よその人は思うでしょうね。自分を守るために、誰かを潰すとか。例えば、この地域を守るために、一発即死の罠を張っておく。それが『守護』のつもりって感じ?」
複雑なヨライデの一面を伝えるミレイオに、オーリンは思い出し続けていることを重ねた。
「前、皆にも話したと思うんだけど・・・ ドゥージが、言っていたんだよ。『ヨライデ国境の森に、見るからに腐っている人間が歩く』と(※1623話参照)。だから遺跡探しなんか出来ないと、場所をテイワグナに移した話だった」
ぞわっとするミレイオが、嫌そうに顔を背け『狂ってる連中ってどこでもいるけど』と溜息を吐く。
「ヨライデは・・・ちょっと質が違う。悪魔信仰ではないんだけど、悪いものや魔のものは、自分たちの守りみたいに――― 」
*****
懸念を話し合うガヤービャンから、遠い南東。
チウグー地区の神殿では、カチャリと鍵を下ろした部屋から、司祭が細く狭い通路を引き返す。その手には、銀色の盆に乗った小さな杯と、砂糖入れのような浅い壺。
地下二階。石の通路を一人歩く司祭は、浅い壺から柄だけ出ている匙が、カチャカチャと音を立てるのを手で押さえ、壺の中身の減りに『今日の者は、効きが良くなかったな』と呟く。
「体が大きくても、使用量は変わらない気がしたが。あの信者は、最後まで怯えて緊張していたから、効きが遅かったのか」
薬をこんなに使ってしまったと、ギビニワは勿体なさそうに目を細める。
「一からの死霊作りは、金が掛かるな。操るには仕方ないが・・・材料の輸入も、一度に買える量は少ない。失敗すると、ただ死ぬだけで薬の使い損だし、さっきみたいに、効きが悪ければ多く使うし。死霊100人ほどを境に、『死霊の質』が変わる話だが、いつになるやら。質が変わると、どうなるんだっけ?」
独り言ちる司祭は、かび臭い暗い通路を、慣れた足取りで進む。 効き、と言えば。
「イライス・キンキートは、液体を飲んでいなくても効果があった。気が弱った老人だからかな。あれくらい簡単に効けば楽だ」
作った薬で死体に代わり、霊が出来ると、誘導した薬の呪文で封じられ、操縦可能な死霊に。薬を作った術師には、薬を使用した人物と、その変移状況が分かる。
偶然だが、イライスも弟の薬を嗅ぎ取ったと知った時は、好都合とほくそ笑んだ。服用していないために効果は薄い。少しなら、操る時間があった。
だがイライスは、操った直後―――
今日の疑問を思い起こす。何かによって彼女に掛かった効果が消え去った。
投身自殺で済む、と思ったのが。『イライス・キンキートの状態』では死体に変わっても、数日操ることは無理で、今日の内に片付けるつもりだった。
時間の経過で死を迎えるのが可能でも、自殺の方が都合が良かったのに。『弟を追って死んだ』となれば、探る者もいないと踏んだものが、生き延びてしまうとは。
「何で途切れたんだ・・・薬の臭いだけで死にかけた老人が、なぜ持ち直したか」
操り、身投げした途端。なぜかイライスの操りが消滅し、死霊も放されたわけではない終わり方、何も分からずじまい。死を撥ねつけ生き延びたとしか思えない。これまでで初。
通路角を曲がり、階段を上がった地下一階で、階段隣の部屋―― 司祭は、薬材料を集めた部屋に入る。
チウグー地区神殿の地下東部分は、殆どこの司祭が管理する。ここは鍵を掛けなくても、他の僧侶が来ない。
東部分には、特別に大きな扉を設けてあり、その扉一枚で神殿の内部を区切ってある。要は、この扉の鍵をギビニワ司祭が持っているため、他者が足を踏み入れることは無理。
イライス・キンキートから、手紙を受け取ったのは、先日・・・弟デュヴァハ・キンキートの死について、申し立てする旨が書かれていた。
仕事を任せた僧兵は、『貴族と召使いは、ラィービー島で魔物に襲われた』と報告したが、姉のイライスは、これを真っ赤な嘘と決め込んでいる。
・・・嘘だな。今回の仕事を請けた僧兵は、あの男。マリハディー神殿で火薬製造提案後、火薬工場に『使える信者』をどんどん連れ込んで、火薬の威力と調整の試しにあてがった男。
仲間内で聞いても残忍に感じるが、そのおかげであっという間に火薬は成長した。
あの僧兵が、気まぐれに貴族を殺したと、思えなくもない。
ただ、抜かりがあったか。キンキートの殺害現場に銃を置いてきたとやらで、神殿は騒いだ。当日中に回収したようだが、僧兵本人は『銃を置き忘れた』程度で、殺したかどうか、公にされなかった。
深く考えずに動く殺人兵のせいか。『魔物か僧兵による殺害』は、私の計画になかった。
デュヴァハは、『貴族の悪ふざけで荷物を盗み出し、同じ母国の派遣騎士たちを離島に招いて、歓談がてら死ぬ予定』だった。
お読み頂き有難うございます。
28日29日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
私の色々、都合なのですが、頭が追い付かず書くのが遅いのもあり、一方でお祝い事にも出向く用事があり、二日は休まないと多分書けない気がして、それでお休み頂きます。
話が分からなくならないように、30日の前書きはちゃんと流れを書きます。
いつもいらして下さる皆さんに心から感謝します。有難うございます。




