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魔物資源活用機構  作者: Ichen
異界と馬車歌
2568/2962

2568. 本島北10日間 ~⑭死霊薬・イライスの身投げ

※いつもいらして下さって有難うございます。28,29日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 死霊薬――― 不穏な仇名と、シャンガマックが言う。



 次から次へ。唖然とする女龍にルオロフは、溜息を吐く騎士の捲るページを目で追う。騎士は独り言のように、捲ってはトンと人差し指を文字の上に置き、これを繰り返す。



「ここも、これも・・・ こっちもだ。これもそうか。死霊薬、とあるのだが」


 頬杖をついて、ページに眉根を寄せる騎士は、ちらりと見たイーアンに質問。


「総長に少し聞いたんだが。イーアンは、『イライスの弟が人間の状態ではなかった』と思ったそうだな」


 尋ねながら、シャンガマックは、総長から預かった小さい鞄を机に出し、二つの小瓶を見せた。

 現在、イライスは()()によって具合を悪くしており、これは弟の荷物にあった品で、と教える。女龍の表情は、シャンガマックが思った通り、合点がいった風に冷めた。


「そうです・・・私は、あの日。弟さんの遺体の状態を聞き、その破壊的な崩れ方は変だと思いました。イライスの息子さんは暴力の後ではないかと想像したようですが、私は肉の崩れ方や骨の壊れ方が、一発崩壊である印象・・・ はっきり言いますが、発砲された小さな弾に、腐りかけの体が散ったように感じたのです。

 もし、ですが。もしも弟さんが、()()()()()()()仕向けられた薬を使っていたなら。なんて恐ろしい薬が」


 視線を合わせた女龍の説明に、褐色の騎士も眉根を寄せて頷く。


「イーアンの着眼点は、思うに真実に近いだろう。具体的な効果は分からないが、死体に変わる薬」


「この瓶、二つを弟さんは飲んだのでしょうか。臭いを嗅いだだけで、飲んでいないイライスは、一時的で」


 嫌な予感しかしない。言葉をつっかえて呟くイーアンから、シャンガマックは悲し気な目を逸らさず。


「俺にはそう思えないんだ。イライスの病状を目の当たりにしたばかりだからな・・・彼女は、死相がなかったが、確実に死体に近づいている」


「でも。彼女は飲んでいないですよね?弟さんは飲んでしまったから、と思えても」


「そこは俺に分からない。もしかすると、効果が幾つかあって、その内の一つ『死体変化』だけは、臭いだけでも・・・触れるだけ、とかな。そうしたことで起こる可能性もあるわけで」



 首を傾けながら怖いことを呟く騎士に、イーアンはイライスが気の毒でならない。『私がイライスに龍気を注いだら治ると思いますか』と尋ねると、シャンガマックは小さく頷いた。


「龍の気に()()()()は多くないと思う。が、効かないことも、忘れない方が良い」


「私、今すぐイライスに会ってきます。住所と場所を」


「ちょっと、イーアン。待て。まだ話を終えていない。もう少し聞いてから」


 ガタンと椅子を立った女龍の腕を掴んで止め、シャンガマックはもう一度座らせる。もう一つ、思うことを参考程度に聞いてほしいと頼み、不安そうな女龍は椅子に座る。



「俺がタンクラッドさんと、死霊憑きの魔物を退治した時(※2471話参照)。声が聴こえなかったんだ。死霊は声を発していたと、イーアンが呼んだダルナは教えてくれたのに、俺は何も」


「レイカルシ。ええ、そうです。彼が、あの木の棒から」


「そう。龍気でどうにかなるかもしれないが、その前に、だ。『死霊薬とはそもそも何か』、全く想像もせずに壊すより、推測を幾つか持っていると違うだろう。

 文字通り、死霊が憑りつく誘因性でもあるのか。または、死霊の何かでも含んでいるのか。もしくは、後日、死霊に与える体として約束するものなのか。死霊が()()()()()()()、呪いの薬の疑いもある」


 部族育ちのシャンガマックだからこその、思いつくこと。イーアンは、またも『急がなければ』と椅子から腰を上げ、今度はルオロフが腕を押さえた。


「イーアン、シャンガマックの話の続きを」


「そうですけれど、でもこうしている間に、イライスが死んでしまう」


 慌てる女龍はシャンガマックの両腕を掴み、シャンガマックは女龍を宥めながら『聞いてくれ』と目を見ながら隣の椅子を引いた。


「イライスの状態と、薬に関わった日にちから、まだ間に合うだろう。その前に鑑定が良い。レイカルシに」


「呼びます。今すぐ」


 立ち上がりかける女龍を、落ち着くんだとシャンガマックが肩を押さえる。

 女龍はそわそわ。イライスは、おばあちゃんなのに。気丈な人だから頑張っているだけでと思うと、危険を知って後れを取るなんて、嫌だった。


 ハッとして『鱗。鱗は?』とイーアンは思い出す。シャンガマックは残念そうに首を横に振り『もう使い切ったそうだ』とそれも教える。イーアンの不安が増し、顔に出る女龍に、褐色の騎士は唸る。



「仕方ない。先に心配を片付けないと、イーアンは」


「だって!お年寄りなんですよ!死ぬかもって言われて、今なら助けられるかもしれないのに!」


「分かった。分かったから、ああっと・・・ルオロフ、地図は近くにあるか」


 ありますと、ルオロフが腰袋のカブセをあげる。これは自分用にですが、とあまり詳しい地域まで載っていない地図を出し、本島の形状と大まかな区分がされた絵を見せた。


「イライスの家はどこです」


「こっちだな・・・俺たちがガヤービャンにいるから、この方角だ。イーアンが飛ぶなら、この部屋からこう・・・かな。窓から出て、この方向で。近くに丘の森がある。森を海側に下がると通りが―― 」


 地図の上下を回し、詳しく説明するシャンガマックに、イーアンはうんうん頷きながら、一生懸命想像して繰り返して確認し、『行ってきます』の一言と共に翼を出して、窓からすっ飛んで行った。

 男二人は、白い塊があっという間に消えた昼の空を見送る。


「彼女はいつも()()なんですね」


「いつも、ああだ」


「誰かのために」


「そう。助けられると分かると。何もかも放って行動に移る」


 騎士の言葉で、思わず苦笑した赤毛の貴族は『失礼』と口に手の甲を当てる。シャンガマックも少し笑い『そういう人なんだ』と窓を少し引いて半開きにすると、椅子に座り直し、ルオロフもまた椅子に腰かける。


「シャンガマックが続きを話そうとしていたのを、イーアンは聞いていないけれど。大丈夫でしょうか。何か知っておいた方が良かったこととか」


「・・・俺は、話を伝えておきたかったが。しかし、イーアンが動くと、こっちが思ってもない情報を持ち帰るのは、珍しくないんだ。行かせた方が、死霊薬(これ)に関して意外な事実を見つけるかもしれない」


「そうなんですね。シャンガマックは、先ほど私に『嗅覚が鋭い』と褒めてくれましたが、こう聞くとイーアンの方が・・・その、龍に嗅覚と言うと失礼でしょうが。狼に嗅覚なら良くても」


 ルオロフの言い躊躇いがおかしくて、シャンガマックは笑い、ルオロフも頷きながら笑うと、シャンガマックが少し思い出したことを付け足す。


「いや。イーアンは支部にいた時や、旅の出始めは、犬のように可愛がられていたから。本人には言えないけれど」


 シャンガマックの暴露が少し入り、ええ?と眉を寄せた貴族も『でもちょっと、そう見える時もある』と打ち明けて、騎士が笑い・・・ 脱線は、少しの和みに浸らせる。



 だが、机上の黒い帳簿に、二人の視線が同時に止まると、笑った時間もそこで終わり。

 ティヤーの神殿は、腐るところまで腐っている。


 ルオロフが最初に出くわしたのは、小型動力と同じ部屋にあった『動く人型』。

 続いて、ヨライデから取り寄せている『死霊薬』。火薬や銃や、大型武器も驚いたのに、どこから止めれば良いのかを、上げた視線を重ねた二人は、大きく根深いこの問題に悩んだ。



 *****



 シャンガマックに聞いたイメージを、眼下の風景に重ねながら飛ぶイーアンは、あっという間にプラーワン地区らしき場所まで来たものの、特定できずに空から降りられず。


 あれが森だと思う、あれが下に続く道、でも道がいくつもあるから~ どれかなと目を皿にしてキョロキョロ、道の先にあるはずの大きな邸宅を探す。


 大きな邸宅=塊の印象だが。一つ気になった建物は、通りに面して横長、それから裏庭を置いていくつかの建物が形を整えたものだった。


「・・・ハイザンジェルっぽい気がします。お庭大事。王城と似た建造物の置き方。これかな」


 実のところ、プラーワン地区には大型の建造物が他にも目立ち、どれもお金を持っている家に思う。間違えたら洒落にならないけれど、女龍はシャンガマックのヒントに祈りつつ、ハイザンジェル風の建造物へ。


 これが、間一髪。

 近づく二階の窓が、すっと開き、イーアンがそちらに目を向けたと同時、ドレスを着た女性が投身自殺を図った。びっくりして加速し、地面に落ちる手前でキャッチしたイーアンは、腕に抱えた彼女がイライスと知ってさらに驚いた。


「イライス!」


「・・・どなた・・・う、ん?イーアン」


「イライス、私です!どうして・・・ !」


 どうして、と狼狽しながら、イーアンは二階を振り返る。窓に誰かが見えるわけでもない。イライスは自殺しようとしたのか?


 イーアンの大きな声で、館から使用人が走り出て来て、翼と角のある女が、女主人を抱える光景に悲鳴を上げた。

 次々に忙しい連続、イーアンは急いで『私は龍です、イライスと知り合いです』と叫び、使用人の中から飛び出してきた男性に、『イーアン!』その名を呼ばれて一件落着。


 慌てた使用人たちと、走り出た男性ヘンリ(※2523話参照)がイーアンと婦人を取り囲み、女龍から『彼女が飛び降りた』と聞いて大騒ぎになりかけたが、まずは老婦人の世話が最初。女中は、水や着替えや薬を運び、使用人の男性は医者を迎えに出たり、窓の鍵を調べに行った。



 イライスは意識があり、自室までの搬送をイーアンに頼んだ。

 黄ばんだ白っぽい肌は、カサカサに乾燥して、細かい皴がよっている。目は濁り、息は異臭。イーアンから見ても、シャンガマックの『死体に近づく』意味が分かる。


 だが、部屋に運んでもらい、寝台に身を横にしたイライスは、そっと引き抜こうとしたイーアンの手に触れ『離れないで』と言った。


「はい。近くにいます」


「そう・・・では、なく。私に、あなたが触れて・・・いると、楽です」


「あ!はい、では。こうで良い?」


 気づいたイーアンが両手でイライスの手を握る。龍気が、彼女を癒している。イライスの詰まっては吐く呼吸は少し穏やかになり、徐々にリズムを取り戻しているようだった。


 首まで覆う淡い紫色のドレス、乳白色の手袋、きちんと仕立てられた焦げ茶色の革靴。乱れのない結い方で整った銀色の頭髪。室内の装飾は品良く、寝台も上品な豪華さだけに・・・対照的な老婦人の黄ばんだ土色の顔は、呪いのように感じてしまう。


 イーアンは寝台の横に跪いて、老婦人の片手を両手で包みながら、少しずつ龍気を注いで、イライスに負担がないよう気を付けた。龍気による他の気づきはなかったが、これで死霊の影響は遠ざかっているのだろうかと考える。


 この間、何度か部屋に使用人が来て、水を張った盆や拭き布、水差しと薬、嘔吐用の桶などを運んだが、イライスはイーアンと二人でいることを望み、誰も長居しなかった。


 しばらくして呼吸が落ち着き、イライスの薄く開いた瞼が、ゆっくりと持ち上がり、心配気に覗き込んだ女龍に顔が傾く。


「イーアン。有難う」


「いいえ。間に合って良かったです。どう・・・どうして、身投げを」


『身投げ?』聞きにくそうな女龍の戸惑う顔を見つめ、イライスは言葉を繰り返した。瞬きした老婦人は、その意味を考えている・・・ あれ?と変に思ったイーアンが、聞き直そうとするのと同時、イライスは小さな溜息を吐く。


「私は、身投げを選んでいません」


「それは・・・誰かに突き落とされたと」


「違います。私の意思が、さっき薄れたので」


 その返答に、止まるイーアン。イライスは静かな深呼吸をして、『今は意識が明るい』と言った。疲れ切った婦人が気の毒でならない。尻尾を出して、片手で鱗を数枚ペリペリ取ると、イーアンはこれをイライスの枕元に置く。

 微笑んだ婦人は、呼吸が軽くなっていることと、意識の混濁が消えたことを伝え、それからこの数時間で何があったか話した。か細い声ではあるが、彼女の発声はしっかりして震えもなく、イーアンも龍気を穏やかに注ぎ続けて、耳を傾けた。



 ―――騎士たちに会った午前、体調がまた崩れ、寝込んでいた。


 裁判を行おうとする自分を、誰かが止めているように感じ、このまま、弟と同じで死ぬ気がした。弟は()()()()()で死んだのだと思いながら、朦朧としてゆく意識に追い付かず。

 どれくらい経過した後か。不意に窓を開けたくなり、寝ていた体を起こすと、何に掴まることなく立ち上がることが出来、体が浮いているみたいに自由だった。窓へ歩き、開け、体を乗り出し、『私は何をしているのか』と自問した。

 だが自問の続きは、落下。落ちる数秒、近づく地面に何も思わなかった―――



「あなたがいなかったら。私は首を折り、死んでいたでしょう」


「何てことが・・・イライスの家を探していました。シャンガマックに、こちらへ来た騎士の一人です。彼にあなたの容態を聞き、急いで探しに出て、間に合って本当に良かった」


 目を瞑って頭を振った女龍の手を、イライスは少し強く握り、自分を見た鳶色の瞳に『有難う』とまた礼を伝え、騎士たちはどうしているかと、話を変える。


『ドルドレンは急用で出かけてしまったらしいが、二人の騎士は宿に戻っている』とイーアンが教えると、老婦人はイーアンにどこまで話を聞いたか確認する。


「イライスの状態が危険である話や、弟さんの荷物の薬のことです。その薬のことで、シャンガマックたちは、この近くの奉献所へ行ったらしいけれど、壊れて人がいないから戻った、と言っていました」


「奉献所が壊れて・・・そうでしたか。では、イーアン。ギビニワ司祭のことは聞いていますか」


『ギビニワ?』聞き返した女龍に、イライスはそこまで彼女が知らないと分かり、奉献所内にある、調合薬局を管理していた司祭を教えた。騎士たちにも話したが、途中で体調を崩したイライスは、この続きをイーアンに話す。



「ギビニワ司祭の所属神殿は、チウグー。方角はあっち」


 あっち、と顔を向けたイーアンは、壁で見えないけれど、その方向にあった湾を思い出す。イライスが大きく息を吸いこみ、頷いた。


「体が、随分と楽に。いえ、禍々しいものが抜け落ちたように、気分が良いです。イーアン」


「本当に?良かったー!私の龍気は、『死霊』の退治に」


『死霊の退治にも効くから』・・・ 言いかけて、ハッと口を閉ざすイーアン。死霊なんて一言もイライスに教えていないのに、悪いことを言ったと口元を押さえた。老婦人は何度か瞬きし、困る女龍の顔を見つめた。


「死霊。そうなのですか?私や弟は、死霊に憑かれていたと」


「いいえ、あの、いえ。その。確定ではないのです、調べていたらそんな感じのことが」


 慌てて訂正しながら、気を悪くしたかもしれない婦人に謝るイーアンを、イライスの手が止める。



()()()()。事情が分かります。ギビニワ司祭は以前、弟が出向いたヨライデ取引に、同行したことがあります。薬草を買い付けたい名目でした。そして彼は、個人輸入であちらの薬を購入するようになりました」

お読み頂き有難うございます。

私情で、28日と29日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。

いつもいらして下さって本当にありがとうございます。皆さんに心から感謝して!

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