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魔物資源活用機構  作者: Ichen
異界と馬車歌
2564/2961

2564. 本島北10日間 ~⑩ルオロフ証拠回収『人型』・ルオロフの今後・龍と狼

 

 ルオロフを追いかけたイーアンは、甲板で二言三言の短い会話の後、食堂へ戻った。

 話し合いに時間を使うだろうと考えていたドルドレンたちは、すぐに戻ったイーアンに何か手伝うかと思ったが。



「これから」 「そう。今すぐ」


 何でそうなったか。イーアンは、ルオロフを連れて証拠回収に出かけると告げ、ドルドレン他、皆は驚く。

 イーアンも多く喋ろうとせず、目で『そうさせてくれ』と訴えたので、ドルドレンは彼女が、ルオロフに出先で話をするつもりかと捉えて了承した。

 先ほどのルオロフは、確かにこれまで見たことがないほどに、感情的。気位が高い人間ではないけれど、我慢を強いるなら、それ相応に向き合う必要があるのは、ドルドレンも感じた。


 ドルドレンが『俺もいつ出かけるか分からないが、顔をまた見れるよう願う』と言うとイーアンは微笑んで『早めに』と頷いた。



「船をガヤービャンへ戻して頂いて。何時間留守にするか分かりませんけれど、仕事で出かけるのだし、一先ず行ってきます」


「イーアン、これを持っていけ」


 早々出ようとする女龍を引き留め、シャンガマックは手元の紙を一枚引っ張り出す。

 僧兵から聞き出した情報で、『地名、神殿の名と、証拠の品の保管場所』の幾つかが書かれており、ルオロフが読めるから持っていくと良い、と渡した。


 イーアンは先ほどの時間で覚えた一か所だけに行くつもりだったが、シャンガマックは『ルオロフがすぐ帰ろうとしない』と思ったか。一枚に数か所書かれた情報を()()に、それ全部をこなしても、と言った具合で、イーアンも気遣いに感謝する。


 これを受け取り、イーアンは皆を見渡す。まだ話をしていないミレイオと目が合ったが、『いいのよ』と表情で送り出され、ミレイオにも会釈して外へ出た。


 イーアンが食堂を出て行ってから・・・入れ違いにルオロフが廊下を通ったけれど、彼は部屋に戻っただけらしく、誰にも挨拶をすることなく、さっさとまた通路を駆けて甲板へ行った。


「剣を持って行ったな」


 誰とも話そうとせずに過ぎたルオロフの背を、食堂の戸口から見たオーリンが呟き、タンクラッドが鼻で笑った。


()()()()()一面じゃないか」


「例え、剣を持って出かけても、荒れることはないだろうが、彼も遣り切れないのだ」


 タンクラッドのささやかな皮肉、『人間らしさ』は、狼男と三度の生まれ変わりではなく、今を生きる彼自身の一面、その意味。

 それはそれで・・・と少し笑った親方に、ドルドレンもそう思うが、あの冷静な男がああも感情を堪えられないのを見てしまうと、僧兵の必要について今から悩んだ。



 *****



 トゥによって、船がガヤービャンへ戻り始め、イングとレイカルシが女龍について行き、キーニティが獅子によって帰され・・・一時間後に黒い船は港へ入り、皆の午後はガヤービャンで過ごす。



 オーリンは、偽弾の中身作りをミレイオとタンクラッドに話して、知識を持ちよる手伝いを頼み、馬車の中で作業を進める。シュンディーンも赤ん坊状態で、一緒。


 シャンガマックは、やはり僧兵の同行で心を痛めるフォラヴと話す時間を設け、獅子は暇になったので宿から姿を消した。


 クフムは・・・ドルドレンが『イライス・キンキート』の一件に用意する書類を頼んだので、ドルドレンと宿の部屋に入り、書き物に勤しんだ。

 クフムの心境も微妙な具合で、耳を傾けてくれる総長に、ぽつぽつと話しながら聞いてもらう時間―――



 赤毛の貴族は、イーアンと青い龍に乗り、証拠品のある一つめの神殿に向かう。

 イングとレイカルシも始めはいたが、イーアンに『後で呼ぶので』とやんわり追い払われて、『()()()?』と念を押して、いなくなった。


 だから、イーアンはミンティンを呼び、喋らず見守ってくれる青い龍にお願いして、ルオロフを乗せ、自分も前に乗って・・・無言の空の道を行く。



「この龍は、大きいですね」


 無言経過10分未満で、後ろに乗るルオロフがそう言った。『オーリンの龍は乗せてもらうことがありますが、姿の特徴も大きさもかなり違います』社交辞令の話題といった感じはない、ルオロフの素朴な感想。


 イーアンは少しだけ顔を傾け、目を合わせない程度にし、『この仔は、私の一番最初のお友達』と教えた。青い龍はゆらっと首を横に揺らし、『今のは肯定ですよ』とイーアンが言うと、龍の横顔が少し笑っているようだった。ルオロフは、喋らない龍が、実は何でも解っていそうに感じる。


「美しく、力強い。純粋な存在に思います」


「その通りです。私たち龍族とも違います。真っすぐ、生粋に、龍なの」


 小さい会話は続かないが、これだけでも、ルオロフの閉じた気持ちに少し隙間が開く。イーアンも無理に長引かせず、ここでまた黙る。それから数分して目的地付近に差し掛かり、ルオロフの手にある地図と確認。イーアンは龍を空中で帰すことにし、ルオロフの背を抱えて地上へびゅっと飛んだ。


「青い龍は、待っているのですか?それとも」


 一気に滑空して、神殿側の森に降りたルオロフは、空を見上げる。もう青い龍はいない。


「あの仔は呼べば来ますので。地上に降ろすと目立つし、って。私たちも・・・目立たない場所に降りたつもりだけど、どうかしらね」


 南国の森は、鬱蒼としているイメージだけれど。それはテイワグナの方が多かった。ティヤーは鬱蒼とした森はあまり見かけず、下草は多いものの木と木の間が広い。ここもそうで、つまり見通しは悪くない森。


 ルオロフはじっと神殿の方を見つめ『大丈夫そうですけれど』と呟くと、剣を抜いた。


 え・・・なんで剣抜いたの。イーアンの視線が剣に固定される。その視線をちょっと上にずらしてもらうよう、ルオロフの指がすいッと顔に動き、イーアンの顔も上がる。目が合って、ルオロフは口元だけ僅かな微笑を浮かべた。


「私がとってきます。イーアンはお待ち下さい」


「いやいや、何言ってますの。一人で乗り込む気でしたか?あなたが甲板で、開口一番『証拠集めの業務を引き受けたい』と言ったから連れてきましたが、さすがに一人で」


「どうってことありません。()()()()が連中の視野に入ることはない」


 赤毛。燃えるような、真っ赤な艶やかな毛。ルオロフの特徴の一つで、白い肌と対照的なその色は、目端を掠めるだけでも人目を引くと、イーアンは思う。彼が本気で動いたら目にも止まらぬ速さだとは分かっているが・・・剣が、不穏。


 ルオロフは、止めたそうなイーアンの表情に、小さく溜息を吐いて、情報の紙をイーアンに預けると、木々の隙間に見える神殿に切っ先を向けた。


「10分。下さい。10分で、取って戻ってきます」


「無理言わないで下さい。何人いるか分からないのですよ。鍵もあれば、人も側に」


()()()、『10分下さい』とお願いしました」


「ルオロフ」


 ニコッと笑ったルオロフの笑顔。作り笑いだろうなと感じたイーアン。ルオロフは、剣を持たない方の手を伸ばし、イーアンの巻き毛を少し撫でた。


()は狼です。心配しないで、()()()よ。ですよね?私は、あなたの子供みたいなものと」


「あら」


 棒読みで『あら』と返した女龍に、今度は作らずに笑った赤毛の貴族は、黒い巻き毛から手を離すなり、木陰に消えていなくなった。ガサッと何度か、茂みを打つ音が聞こえたが、あっという間にその音も聞こえなくなり・・・残されたイーアンは、午後の森に立ち尽くす。



「嫌ですよ。何が『私の母』なの。俺は狼、とか言っちゃって。こんな時にそんなこと言われたら、許さざるを得ないでしょうに」


 分かってて言うんだからと、おばちゃんイーアンは困って首を振る。

 ザッカリアといい、ルオロフといい、私のお子さんは(※子認可)どうしてああも()()()()()のか・・・『だから10分下さいと』。もう、セリフがカッコいいわよとか何とか、ブツブツ。 


 やれやれ、仕方なし。ルオロフに煙に巻かれた女龍は苦笑して、待つ10分―――



 いきなり、『回収業務に行きたい』と言ったから、出先で話をするつもりだった。

 何か体を動かしながら、言葉をまとめて伝える気かも知れず、帰りまでに話してもらえるよう、イーアンはタイミングを考えて ―――10分。 


 体感的に『もう15分は経過したかも』と感じ、そろそろ様子を見に行くかどうしようか、枝間に見える神殿へ歩こうとした時。ガサリと、後ろから葉の倒れる音がし、振り向いたそこに。



「ルオロフ」


「こっちに出るんだな」


 距離十数m。同時に喋った二人の目が合い、赤毛の貴族はにこりと笑った。

 片手の剣に血がついて、彼の腰袋になかった白い生地の袋が下がる。血・・・イーアンは小走りに側へ行き、その視線を捕らえている対象に、ルオロフも目を落とし『これですか』と先に呟く。


「私が切ったのは、人ではありません。安心して下さい」


「魔物がいましたか?でも魔物は、血が」


()()()()()でした」


 ぴたりと止まったイーアンに、ルオロフは剣を近くの葉で拭い、鞘にしまう。いつもの顔と変わらないルオロフ。イーアンは彼の言葉を待つ。何がいたのか。何を見たのか。


 赤毛の貴族の手が、腰に下げた白い布の袋を一度叩き、イーアンの視線もそちらへ移る。


「これは、『証拠品その①』です。紙に記された在り処ではない、部屋にありました。それと、私が切った者は証拠品と同じ部屋にいましたから、そこで倒しましたが、これは血ではないです」


「血ではない?」


「似ていますけれど違います。動力・・・の人間を模したものと言うべきでしょうか。壊れると赤い液体が出ますが、ええと。分かるかな。イーアン、失礼・・・これの臭いを」


 先ほど剣を拭いた葉を拾い、ルオロフはすまなそうに女龍に臭いを嗅いでほしいと差し出した。まさかと眉根を寄せたイーアンは、葉に擦り付けられた液体の臭いに、『オイルか』と目を細めた。


「オイル?」


 聞き返した貴族に、イーアンもちょっと首を横に振る。『油ですね、機械油だと思う。かなり質の低い鉱物油では』と言い直す。しかし血糊の如く見える。臭い自体は酸化の進んだ印象だが、色が赤黒く血のようで、紛らわしいと吐き捨てた。



 そこへ来て――― ロボットとは。イーアンは大きく溜息を吐く。


 動力を人間型に組み込んだ。そんなところかと分かると、やりかねないなとも思った。



「イーアン。あなたは何か、見当がついたように見えます」


「ルオロフが切った相手が『作り物の動く人型』だったこと。神殿の連中がやりかねないと思って」


「ええ。何頭かいました。『証拠品』を動かすと、それらも動き出しました。僧兵(あの男)の言った『証拠品』これの意味は、小型化した動力です。開閉個所は見当たりませんが、固定接触部があるので、可動する部品も本来はあるのでしょう」


 やけに理解が早い赤毛の貴族の言葉に、イーアンは首を少し傾げる。ルオロフはすぐそれに気づき『船を何度か見ているので』と理由を言い、イーアンも納得。


 動力模型とは、僧兵が言っていたが、小型で実際に動くとなれば、これを組み込んで、人型をどうする気だったのか・・・ そこまでは僧兵の話になかった。あいつは嘘は言っていない。トゥも聞いていて指摘しなかった。とすると、神殿の後からとった行動。



「動きは不細工でしたか?」


「はい。動く、というだけです。ただ、大きさがありましたから、動いて倒れると、()()が攻撃になるでしょうね」


 人型を安定した動きに導くのは至難の業である。ルオロフの『対面した感想』にそういうものだろうと思う。多分、『人影が動く程度の役目でも使える』そんな目的でも企んでいたのかもしれない。


 考え込むイーアンを見ていたルオロフだが、ルオロフも思うことを話したい。すみません、と声をかけ、顔を上げた女龍に背後を指差して示す。


「神殿から延びる通路が、地下にあります。通路先の部屋に、まず証拠品(これ)が。そして、横に折れた細い通路は、さらに地下へ続くものと、地上へ上がる階段に続いていました。地下へ続く通路は」


「サブパメントゥの」


「そんな感じでした。何度か見せて頂いた、あの色と柄が野蛮に縁取る、大きな石の板が続きをふさぐように立てかけてあり、石の板は人が動かせる重さではないでしょう」


 数秒の沈黙、イーアンはゆっくり頷いて『よく調べて下さいました』と労う。ルオロフの話はここで終わらず、ようやく彼は白い袋の口を開けて、中身を見せた。イーアンは目を丸くする。


「これ」


「はい。つまり」


 小型の動力。スイッチ部品のない、その金属の機械に、サブパメントゥの白と赤と黒の柄がついていた。

 人型を動かすのは動力だけではなく、サブパメントゥの力も借りる気だったことを知る。


 ルオロフは袋を閉じて大きく深呼吸すると、女龍の一歩前に立ち、考えていたことを伝えた。



「イーアン。私は、あの男が撒いた凶悪の種を刈り取りたいと思います。つきましては、私に、これらを回収する仕事を与えて頂きたい。

 通訳が必要な場には、勿論行きます。そして、回収の仕事が終わったら」


 終わったら・・・ 一度言葉を切った赤毛の貴族。うん、と頷いて、聞きたくない続きを予想しながら待つイーアン。


「私は、単独でイーアンたちの旅について行きたいと思います。僧兵がいつか、消えるまでです。でも誤解しないで下さい。あいつがいなくなって、私が共に動くことをまだ許されるなら、私はドゥージにいつかまた会うまで、一緒に」


「そうして下さい。一緒においで」


 イーアンの白い手が、ルオロフの片腕に乗る。はい、と答えたルオロフに、イーアンは微笑まなかった。少しの間、彼は。少しで済めば良いけれど、やっぱり離れて過ごすことを思うと。



「10分」


 徐に、ルオロフの声が漏れる。ん、と俯かせた顔を向けたイーアンは、薄緑色の瞳と目が合う。


「10分で戻る約束を守れなかった、嘘つきの私でも良いですか」


 何となく恥ずかしそうな青年に、それにすぐ答えない女龍が龍を呼ぶ。

 返事のないまま・・・ 空に見えた青い龍に、女龍はルオロフの背中を抱えて浮上。龍に彼を乗せると、預かっていた紙を返し、次の行き先を決めて出発した。



「ルオロフ」


「はい」


「龍は、時間を気にしません」


 後ろのルオロフを振り返り、イーアンはもう一度、それを言う。


「時間の約束だけは、龍の私相手に曖昧で済みます。他の約束は破ってはいけないですが」


「あの・・・あ、はい」


「10分かどうか。時計もないのに分からないでしょ」


 おかしそうなイーアンに、ルオロフは『ええ、まぁ』と苦笑し、それを見てイーアンが笑いだすと、青い龍も大鐘を鳴らすような声を重ね、空に少しの間、龍の笑い声が響いた。



「一緒においで、赤毛の狼。私の息子。ルオロフ、ザッカリアに続いて私の子となったなら」


「有難うございます!」


()()()()()()のですよ」


 感極まって焦ったお礼の続き、笑顔で睨んだ女龍に注意され、ルオロフは笑った。ルオロフの目に、薄っすら涙が浮かんだのをイーアンは見たが、それについては何を聞くこともなく。



 ザッカリアはあんまり言うこと聞きませんでした、彼は自立が早そうだから・・・ 雑談しながら、次の神殿へ到着。持たされた紙の全てを終えるまで、回収を続けた二人の午後。


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