2562. 本島北10日間 ~⑧ティヤー馬車歌のさわり『吹き込み』・僧兵情報聴取
※明日20日の投稿をお休みします。体調不良によりご迷惑をおかけして申し訳ないです。どうぞよろしくお願いいたします。
僧兵の部屋に入ったイーアンとシャンガマックが、もう一つ椅子を運び込み、衝立代わりに張った結界の裏に、獅子とクフムも揃った頃。
出かけて4日目のドルドレンは、船の近くまで戻っていた。
どれくらい留守にしたか、毎度のことだが曖昧なので、ドルドレンはこの日も、長く留守にしたのでなければいいが、と心配する。
船が、最初のケトパ港から奥へ進んだくらいしか知らないので、警備隊で見た地図を思い出しながら、空から探す午前中。
「ショレイヤ。『こういう時は』と言うと、誤解が生まれそうだが。お前がいて本当に助かる」
藍色の龍に乗って、ドルドレンはティヤー本島ワーシンクーの空をゆったりと飛ぶ。
晴れていて良かった・・・見通しが利くのは大事である、と呟きつつ、龍の長い首を撫でながら、下方の風景に目を凝らす。
「お前と一緒であれば、思うにイーアンや、それかトゥ、トゥが留守でも他の誰かしら、気づいてくれるだろう。俺一人では気づいてももらえないが、龍は違う」
藍色の龍はちょっと振り向いて、金色の瞳をじっと据え、乗り手の顔を見つめ、また前方に首を戻す。
しばらく乗ってなかったのに、と言いたげな(※利用)雰囲気に、ドルドレンは若干後ろめたく、言い訳する。
「うむ。お前の気持ちも尤もである。俺は精霊の面を受け取って以来、お前に頼る回数が減った。以前は頻繁だっただけに、利用されたと思っても、致し方ない。
だが、そうではない、ショレイヤ。精霊のポルトカリフティグと移動したのは、馬車の家族を回っていたからなのだ。これは『馬車の民専属の精霊』がいないと難しい。アイエラダハッドとはまた異なる、難しさが。
最初に会った馬車の家族は・・・うーぬ。お前には話すか。彼らは、罪を犯した仲間を持ち、その罪の重さを、いつ精霊に咎められるかと、大変怖がっていた。
それでこちらとの接触も、避けたがるほど怯えていたが、難所を手伝ったことで歌を聴くことが叶った。聴いたのは、歌の一部だが、『勇者はとことん危険人物』設定ではなさそうで(※これ大事)、勇者と名乗ったら、戸惑いがちでも受け入れてもらえた。これは、海賊の伝説と近いな。
最初の家族には、『歌の入った品』を貰った。それを次の家族と会った時に話したら、そこでも歌を教えてもらえた。どちらも・・・ショレイヤ。俺を信じてくれ、今から言うことを聞いても。
―――過去の勇者が、サブパメントゥと関ったが、しかしその手を振り解いたら、勇者は未来に許されると。この『未来』とは、新しい場所のことらしい。要は、危険人物設定が消えれば大丈夫、そういう意味なのだ。
二つの家族の歌は、繋がっていた。恐ろしいことに、サブパメントゥがなぜ執拗に空を狙うか、その理由まで・・・歌だから、脚色は多いと思うが、しかし勇者という存在が翻弄される運命にあったとしか思えない、とてもじゃないが想像の付かない、裏話が根底にあった。
すでに約束の地、『闇の国』を受け取ったサブパメントゥは、決して他を手に入れられず、ましてや、永遠に龍に勝てないのに、だ。この裏話こそ、何者が吹き込んだか?と肌粟立つ、正体の見えない不思議―――
しかし、二つの家族の歌を知り、次なる家族の歌も、と息巻いたところで、だ。
ポルトカリフティグは、一旦俺に仲間の元へ戻って良いとし、彼だけで他の馬車の民を訪れることになった。優しい精霊だから、仲間元でやるべきことがある俺を、一時報告に戻してくれた、というわけだ。
馬車の民を、無事に誘導する間は、精霊ポルトカリフティグと行動するが、それが無くなって単独で動くとなれば」
ああでこうで、と長々説明するドルドレンに、ショレイヤはずーっと無視を決め込んで(※聞いてない)、黒い船を見つけると、ぴゅーっと下降。船は、ドルドレンが『人目に付く杞憂』など関係ない沖にあり。それも色とりどりの巨体が守る・・・・・
何で、ケトパ港からも遠い海に? 何でダルナが何頭も? 驚いたドルドレンだが、黒い船に滑空した龍はくるっと回転し、乗り手を落とし(※悲鳴)、さっさと空へ戻って行った。
落とされた乗り手ドルドレンは、うわっと声を上げたものの、気づいていたイングが掴まえてくれた。
「すまない。有難う、イング」
「龍に嫌われたか」
「その言い方は良くない(※奥さんも龍)。しかし、機嫌を損ねたかもしれないのは確かだ」
正直な男に鼻で笑ったイングは、片手に掴んだドルドレンに、ここに船がある事情を搔い摘んで教える。
「お前が出かけた後(※2538話参照)、そう、日は経過していないが」
「そうだったのか・・・では、今は事情聴取の真っ最中か」
「だな。イーアンが、他の仲間相手に困っている。彼女が決定権を持つだけに、彼女に非がなくとも、だ。意味は分かるな?」
「イーアン・・・可哀想に。また一人で背負ってしまうとは。分かった。では俺が」
そうしろ、とイングは、ドルドレンを船の甲板に下ろして送り出す。礼を言ったドルドレンは、浮かぶダルナを見上げ『お前が教えてくれた、馬車の家族だが。無事に目的地へ届けられた』と近況の結果を伝え、ニコリと笑うと船内へ入った。
「また出かけそうだな」
黙って見ていたトゥが呟き、イングも頷く。ドルドレンの用事は、半ば。思考を読むダルナたちは、戻ってきた勇者が、また忙しく出かけていくこと、魔物の動きが近くなる感覚に、『しばらく付き合ってやろう(※船と)』と話し合った。
*****
ドルドレンはこの時まだ、気づこうはずもない事。
馬車の家族が、裁きを怖れた罪・・・『話してはいけない歌の箇所を、部外者に教えた』その相手が、同じ船にいる者で、イーアンと話している最中であることを。
無論。イーアンも最初こそ、ピンとも来なかったけれど。
話をさせて、内容を細かく聞くにつれて、眉間に深い皴を刻み、『もしや。馬車の家族が怯えていた理由は、こいつに話してしまったから?』と気づいた。
―――情報を聴く出だしは、事実と証拠の有無から始まった。
最初に、イングが再現した『契約書』を見せて、凝視したラサンが『間違いないが』と戸惑いがちに、これを神殿に出す気かを問い、当たり前だと答えたイーアンを少し見つめた後。
『自分が死んだことになる』意味は、守られている、とラサンは解釈した。
仮死状態であれ、用が済んだら絵に戻されるのであれ。
神殿に生きた状態で連れて行かれることも、サブパメントゥの目に付く放置もない。
契約書を見たら、例えば俺が生きていた場合、神殿は俺をどうやっても引き取ろうとする。白が切れない追い込まれ方なら、そうなるだろう。
それに、遺体状態では動けない上、ウィハニが直に神殿と問答するつもりから、俺はウィハニの足元にいる。これが指し示すところ・・・・・
ウィハニは、俺を守る気だ。
ラサンは、そう信じた。『殺人鬼』と言い捨てられた辛さは、呆気なく前向きに変わる。
皮肉だが、イーアンがこの男と話した初回の感想(※2528話後半参照)どおり。
こんな、どこまでも独り善がりで自己中心的な捉え方が、イーアンに伝わることはないが、これで心を固めた男は、詰まることも隠すことも忘れたように、聞かれるままに思い出せることを何でも話した。
ウィハニの女の隣に座る、褐色の肌の外国人が、彼女と親しそうな印象には苛立ったが、ウィハニの女が自分を許した(※思い込み)ことに比べれば、それ以外は些細と思うことも出来た。
証拠を押さえるなら、これがいい、あれがいいと、説明するラサン。
ティヤーの地図をシャンガマックに見せられて、一度は彼を睨むものの、ウィハニのため、製造場所と試験地域も教える。
製造工程の進み具合から、活動する製造院と休止する製造院があること。
サブパメントゥが出入りする遺跡近くの神殿、修道院の使い方があること。
これから手を付ける動力燃料待ちの機械は、目的を表す製図が一か所に置かれていないこと。
自分の承認は、名前ではない記号がついていること。他責任者の名と所属神殿。それらの立場と役目。
連携で動く貴族がいること。
収入源の一つである貴族は、外国の貴族であり、特約はあるが主従の関係はないこと。
貴族の名は知らないが、彼らの担当が部門であること。部門を統括する神殿の名と住所、地図上の場所・・・・・
あんた、他のことに全く興味なかったんじゃないのね、とイーアンが思うほど。在籍年数が長いためか、ラサンはあれこれ知っていた。これはシャンガマックも意外で、時々二人は視線を交わし、小さく首を傾げた。その様子にラサンは苛つくが(※騎士に対し)、正直に喋ることは止めなかった。
そして、神殿の証拠集めに行くならどこどこ・集めるならこれとこれが、と詳しすぎるほどの『神殿の損』を聴いた後。イーアンは、この勢いで話すかもと思い、ラィービー島にも触れる。
「荷箱を盗んだのと、殺したのは」
「俺だ」
口を割る勢いが早い。殺人を認める顔は、何の表情の変化もない。軽蔑で愕然とする女龍と騎士だが、イーアンは意識を切り替え、ラサンの気が変わらないうちに質問した。
「なぜ盗んだ。なぜラィービー島に運んだ」
流れは映像で見たから知っているけれど(※2527話参照)、本人に言わせる。顔色一つ変えないラサンは答えた。
「カーンソウリー島に移動した日。神殿から、荷を盗んで届けるよう、指示があった。理由も事情も知らない。俺の仕事は盗難と配送だったが・・・貴族に届けて、島の名を箱の持ち主に伝えろと命令された時」
なぜか、ここで詰まる。イーアンが少し首を傾げると、ラサンはちらりと目を向けたが言い難そうに声を落とした。
「殺したのは、俺の判断だ。貴族がどこの人間か知らないし、何を目的にしたのかも分からないが、ウィハニの女の仲間を呼びつけて話すつもりだと分かって、俺が」
「お前が、その立ち位置を強制的に変えたわけかっ」
シャンガマックが怒りを含んで遮り、イーアンは彼の腕にちょっと触れる。正義感の強い騎士を宥め、不愉快極まりないシャンガマックは唇を噛む。
「要は、貴族を殺して、荷箱でおびき寄せた相手と、自分が話そうとしたわけだ。魔物が人を殺したと嘘ついて、その魔物を自分が倒しましたよ、と」
「ウィハニの女に・・・ 」
「ああ?」
「話がしたかったから」
ぼそっと呟いたラサンに、呆れたイーアンの盛大な舌打ちが鳴る。そんなことで、人を殺しやがって・・・ムカムカして仕方ないが、ぎゅーっと手で顔を拭い、ふーっと大きく息を吐いて、イーアンは自分を落ち着けると、横でじっと見ている漆黒の目に『大丈夫です』と声をかけ、ラサンに戻る。
「証拠は。神殿の誰かの何かとか、あんのか」
「あると思います。貴族担当の神官か、司祭が金で引き受けたはずなので」
『保管場所までは分からない』と続け、ラサンは自分に命じた司祭の名前は出し、『ラィービー島ではなく、その貴族の本住所とやり取りの記録で、金額と日付、兵士移動日があるだろう』と言った。
苛つくシャンガマックはそれを筆記し、イーアンも深呼吸数回で、どうにか気持ちを落ち着ける。
話は馬車歌に移る。その後半は、イーアンの顔が更に冷たくなった。
聞けば聞くほど。この男は学者を装い、馬車の民に接触しては欲しい歌の解説を頼んだ。金を積まれて喋らないでいられる人間は少ない。馬車の家族も、一人二人はそうだった。
何度も根気強く粘る『学者』に、馬車の彼らは歌い手も説得し、教えてやった。無論、学者が提示した交換あって―― 有償の上ではあるが。
馬車の家族は、お金に執着しない方だが・・・ イーアンは、ハイザンジェルで馬車生活の大変さを垣間見た思い出から(※653話参照)、ラサンの提示した額を断るのは難しかっただろうと思った。
ティヤーは、海がある。馬車にこだわりを貫いていても、海渡りは旅する民族に求められる。
だから乗船しないといけない。乗船には当然、お金が必要で、それは安くない。何台もの馬車が乗る船は、そこそこ大きく、航路も長い船ばかり。
お金を稼ぐ必要が大きいティヤーの馬車の家族は、町や村で動く幅が広いらしく、ラサンは『馬車の民がいる島は、分かりやすいほど音がする』と言った。
そのため・・・ラサンが聴きたい話を持つ家族は、探し出して、大金を渡せば、渋りながらも金と引き換えに歌を教えた。
その歌の内容―― 別の世界へ行く方法、何があるか、誰が来ると何が起きるか・・・ これらが、僧兵の凶行開始に火をつけてしまったとは。
イーアンは泣きたくなった。馬車の家族は、きっとそれを教えたことを後悔して。他の馬車の家族に、どう伝わったのか、分からないけれど。何かしらの手段で知ってしまった『罪』を悔やんで、精霊の保護さえ拒んだと思えなくもない。
悪用されたら、大変。真に受ける人間がこれまで居なかっただけの話で、マニアックな人間が掘り下げて追いかけた顛末、悪用した結果、それをどこかで・・・認めざるを得ない出来事に遭遇したのかもしれない。
この男は、そんな自覚もない。イーアンは話を聞き終わり、自分と同じように不愉快そうなシャンガマックに『もう』と囁き、終わりを促す。シャンガマックも頷いて、筆記していた紙を手に席を立った。
「ここまでにする。お前は」
イーアンも続けて腰を上げ、聴取終わりを告げようとしたが、ラサンは『まだ話が』と縋る。
それをイーアンが一瞥したと同時、ラサンは絵に変わり・・・後味の悪い話の終わり、イーアンとシャンガマックは顔を見合わせ、互いの胸中を察する。
結界の後ろから出てきた獅子とクフムに、お浚いで話をまとめる手伝いを頼み、黙々と作業をこなした。
お読み頂き有難うございます。
急ですが、明日の投稿をお休みします。意識が飛びがちで、物語を書くのが追い付かず、もしかすると明後日もお休みするかもしれません。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝しています。有難うございます。




