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魔物資源活用機構  作者: Ichen
異界と馬車歌
2561/2961

2561. 本島北10日間 ~⑦僧兵の斜めの後悔・承諾の必要

 

 俺が話していたのは、ウィハニの女だった。

 銃の存在を知り、危険の拡大も知っていた。彼女は龍だから、全てを知識に持つのか?



 ()死なない方を選んだ後。

 今は、散らかる思考を押さえつけ、冷静を取り戻す。部屋に一人残され、わずかな自由・・・普通の空間に居る。


 おかしなことは出来ないと、ウィハニの女が部屋を出て行く前に警告した。部屋は、彼女の気で包まれており、僧兵の脱出も自害も不可能、と言われた。『でも自由は、()()出来るだろ?』ウィハニは長い白い刃を腕に戻して、部屋を出て行き、まだ戻ってこない・・・・・



 あんな、女だったのか。

 もっと崇高な想像をしていたのに。


 下品な女はいくらも見たが、そんなのとわけが違う。海賊とも違う。


 獰猛で容赦ない、荒れた空のような。

 綺麗事で繕う気などさらさらない、命を掌握する存在のむき出し。

 人間からどう見えるかなど、一切関係ない。

 あれが、人の姿の時。

 噂の龍の姿は、遠目でも見える大きさになると聞く。


 怯えはしなかったが、畏れた自分がいた。

 彼女に取り入ろうと計画したちっぽけさは、何の意味もなかった。



『殺人鬼』―――


 そう呼ばれるのが不満かと言われたら、そうではない。

 ただ、それだけの人間と見限られたくはない。



 僧兵、ラサン。龍と話した戸惑いを、どう扱って良いか分からず、考え込む時間を過ごす。



 生れて初めて、()()()嫌われたくないと思った瞬間。

 ウィハニに嫌われたくない。殺人鬼止まりの人間で、殺されたくない。


 見たかった世界の、手前まで来た今だとしても。

 それより、ウィハニという大きな存在に直接、面と向かって対峙した驚愕と興奮が、心臓を掴んだ。

 言葉にならない、体の血が騒ぐ。本物の、伝説の存在が、目の前にいた時間。

 それも、俺を見限って、殺すかそれに等しいかと、話すのも面倒気に。


 嫌われたくない。

 別の世界そのものの、あの人に。こんな形で、俺が終わるのは、嫌だ。



 閉じた扉に、視線を据える。

 見つめたまま、ウィハニの女とこの先、どれくらい話す機会があるのかを、ラサンは思う。


 彼女は、俺を殺人鬼と思ったまま、離れ、消える。


 それを想像すると途端に気分が悪くなり、扉から目を逸らした。

 その程度の存在として、風が吹いたら消える煙のように、俺は彼女の記憶から消えるのだろうか。



 神殿の神話にのめり込み、傾倒していると言われた男は、ここへ来て、自分を虫けらのように殺そうとした『天の存在』に、抗えないほど強烈な引き込まれていた。

 クフムが羨ましくさえ思った。どんな形で接触したか知らないが、俺よりはマシな目を向けられただろうと思うと、たまらなく辛くなった。


 憧れ追い続け、手段を問わずに実現へ駆け抜けた『別世界』が、今、()()()して現れたに等しいのに―――


 居場所の要を感じたことのないこれまでを終わらせ、自分を受け入れる世界へ辿り着きたかった。それが、ウィハニの女(別の世界)からも拒否されて死ぬ・・・ とてもじゃないが、我慢できない。



 *****



「ほ。本当にラサンを、()()()るんですか」


 部屋に戻ったイーアンに、扉側のクフムは、真っ先に怯えて尋ねた。ちらっと蔦の壁を見たイーアンは『ああ、これで見た?』と頷く。


「あなたの時も、あんな感じだったでしょうが」


「私より核心に迫っていたから」


 怖れ眼の僧侶にカラカラ笑った女龍は、片腕を龍の爪に変え、ひぃ、と慄くクフムにまた笑う(※いじめる)。爪を引っ込め、注目する皆の視線を見渡して、次を伝えた。


「冗談さておき。ご覧になっていらしたなら、見てのとおりです。僧兵は承諾しましたので、聞き出しましょう。つきましては、筆記して下さる方と、地図を」


「待て待てイーアン」


 業務的に話して進める女龍をタンクラッドが止め、何?と見上げたイーアンから、視線を奥へ移す。


 獅子がいる部屋で、言いたいことも言えず、しかし受け入れ難くて、苦虫を噛み潰したような顔の、ルオロフやフォラヴ、ミレイオたちが()()()()()いた。


 シュンディーンはとても嫌がっていたからか・・・いつの間にか赤子姿に戻っており、なぜかシャンガマックが抱っこしていた。クフムのいる場所で、彼は赤ちゃん姿を取らなかったのに、心境に負担なのは、イーアンにも伝わる。うーん、と女龍は眉根を寄せて唸った。



 ・・・先ほどの獅子の言葉は、ぐうの音も出ない。私たちも本意ではないにせよ、人間を殺してきた。事実だ。


 この場に居る誰一人、『一人も人間を殺さずにこれまで過ぎた』者はいない。全員、どこかで確実に手をかけたのだ。

 言質を取られるわけじゃないが、そこを突かれたら、僧兵を忌み嫌う発言さえ、諸刃の刃。


 私だって、大量に殺して泣いたのは、一度二度で済まない。タンクラッドも斬って来た。オーリンにもやむを得ずの経験はあるし、ミレイオも地下の力で人を潰した。

 フォラヴも思わぬ場所で、人を巻き添えにした。恐らく、獅子といるシャンガマックもあっただろう。ホーミットは言わずもがな。シュンディーンの力では、何かの形で影響を出している。


 クフムは自分の作った物が、どれくらいの犠牲を出したか、想像できない。

 ルオロフも・・・言いたくはないが、大貴族であった以上、庶民や被差別民の生活を奪い、死に至らしめる一端は、確実に関わっている。


 だからと言って、すぐに心変わりが可能なわけでもない。それも分かる。



「一人ずつ、話をさせて下さい。5分でいいから」


 女龍は責任を取るつもりで、彼らの意志を尊重しようと決める。万が一、誰かがこの一件で離れる方向へ流れたら、私は常に彼らに会いに行こうと、それくらいしか、今は約束できないけれど。


 タンクラッドの手が肩に置かれ、目が合う。彼は女龍の心を汲み取ったようで、少し首を横に振ったが、イーアンは切なく微笑み、その手をそっと離した。


 こういう時、オーリンは何も言わない。イーアンを認め、従う。シャンガマックはお父さんがいるので、彼もまた特に発言がない。


 まずはシュンディーンに近づき、名を呼び、こちらを見た大きな青い目に『ごめんね』と謝った。小さい猛禽の手が、抱っこしているシャンガマックの服を握る。


 たった5分では、純粋な彼に話をするのは難しいかと、イーアンは感じた。

 ふーと息を吐き、イーアンは前髪をかき上げて『ミレイオと一緒に、あとで私の話を聞いて下さい』とお願いする。

 ちゃんと話しましょう、そう言う女龍に、精霊の子は頷きはしなかったが抵抗はしなかった。

 横に立つミレイオは、自分たちにはゆっくり時間を割いてもらいたい旨を告げた。今や、親子のような二人だけに・・・イーアンは『もちろんです』と了解する。


 それから、妖精の騎士に向かい合い、空色の瞳で見下ろされる。嫌がっているのは承知。


「イーアンは、平気ですか」


「そう見えますか。やり取りを蔦の壁(あれ)でご覧になっても」


「あなたは、強くなられました。最初から強かったけれども」


「誰より男らしいあなたに、そんな風に思って頂いて光栄」


「イーアン!」


 冗談ではないのに、と少し怒ったフォラヴに、イーアンは『冗談なんて言っていません』と返す。フォラヴは顔を一度背け、すぐにイーアンを抱き寄せると、驚くイーアンを強く抱き締めた。遣り切れない。

 あんな者が来るくらいなら今すぐ出て行きたい気持ちと、こんなことで別れたくない想いが、反発しあって妖精の騎士を動かす。

 この展開が、()()()()()()()のせいではない、それも分かっているけれど。


「どうされ」 「もうじき、私は抜けます。それなのに()()()()きっかけとは」


 抜ける、これを言われると厳しい。縋るフォラヴに、溜息を吐いたイーアンも彼を抱き返し、背中を撫でた。


「ごめんなさい。でも、どうか。これをきっかけにはしないで下さい。あなたの高潔な魂にどれほどお嫌か、想像を越えていると思いますが」


 イーアンはぐっと体を離し、自分を辛そうに見つめる妖精に『私はあなたを知っています』と力強く伝える。う、と引いたフォラヴは目を瞑り、手を解いた。


「龍の祝福を受けることが出来ない、あなたでしょう。でも許されるなら、私から祝福を渡したいほど、あなたは強靭な精神を持つお方です」


「そんなことを言われたら、男として逃げ道がないでしょう!」


 畳みこまれたフォラヴが嫌そうに言い、イーアンはちょっと笑って『男だけではなく、偉大な妖精ですよ』と言い直した。完敗したフォラヴは返せず、イーアンは彼の前を離れる。

 付き合いが長いから、言えること。始まりから付き合いがあるから、信じられる言葉。

 反対側で見ていた親方やオーリンは、何となく彼を羨ましく思った(※男として褒められる美味)。


 赤毛の貴族は、近づいてくる女龍を見つめ、一歩前で立ち止まった彼女に『私も、ミレイオたちのように、後で話をお願いします』と先に断る。

 じっと見た鳶色の瞳に、ルオロフは視線を外さず『ダメでしょうか』と尋ねた。


()()()()()、嫌なのですね」


「今は答えようと思いません。無理に訊かれるなら、()()()ます」


「合わせるの意味を問うと、間違いを踏みそうな気がします。今はやめておきましょう。後でお話を」


「はい。申し訳ありません」


 表情を崩さないルオロフだが、怒りも戸惑いも悲しみも見えない。取り付く島のない冷たさでもなく、ルオロフの薄い緑色の瞳は、イーアンに何かを伝えたがっていた。


 ルオロフ自身も、よくよく理解している。

僧兵(これ)』は、ザッカリアの予言を伴い、旅の仲間に訪れた大きな出来事の布石・・・ だから、イーアンに申し立てをするのは違うことを。

 それは、クフムから打ち明けられた話を、代弁した自分だって同じ立場―――




「おい」


 声をかけたのは獅子。振り向いた女龍に、シャンガマックが『筆記が必要なら、地図も、俺が』と買って出る。獅子は何も言わないが、この場合、彼同伴かな・・・と(※いつも)。ちらっと見た女龍の目の動きに、シャンガマックはすかさず獅子に片手を伸ばし『父も一緒に』と言った。


「クフムもだ」


「え。私」


 獅子に任命され、クフムは不安を顔に出す。だが、これは『神殿の言葉があれば教えろ』と獅子に言われ、クフムは了解した。


 実のところ、神殿の言葉だろうが何だろうが・・・獅子とシャンガマックは、解読も理解もするけれど。

 交代劇は、クフムあってのことだし、独自に作られてきた一部地域の言葉を、聞くと同時に訳すなら、慣れた人間の方が良い。


 トゥに、思考を読んでもらう手もあるにせよ。それは、今ではない。疑問点が多い場合に、トゥの出番はとっておく。


 納得いかない仲間を置いて、少々後ろめたさがないでもないが。

 イーアンは、僧兵相手の証拠集めに取り掛かった。現実面では、神殿の動きを止める為。イライス・キンキートの依頼の為。

 もう一つは、ラサンのような人間が他にもいる可能性から、おかしな現象の()()()()()()()()為に。



 *****



 10日間の出だしは、『予定死亡』の僧兵参加。


 イライス・キンキートの家族殺害、神殿の命令で民間を無差別殺害している事実、禁止されている知恵の研究、製造、乱用、これらに基づく被害。

 公には出来なくとも、神殿そのものに持ち掛け、狂った行為を止める。この男を通し、得る準備は整った。


 ティヤーの『残存の知恵』は、たった一人の男がつけた火によって燃え上がり、たった一人の男によって鎮火され、廃止へ向かうことになる。


 また、ラサンが体験した、質の異なる危険―― 異世界の混入も、この人物の存在を以て告げられた示唆に気づいた今、一刻も早く対処しなければいけないと、イーアンは気を引き締めた。

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