2557. 本島北10日間 ~③クフムと一枚の絵・マリハディー神殿のラサン
※昨日、投稿が出来ずに申し訳ありませんでした。事情は後書きに書きます。
☆前回までの流れ
アスクンス・タイネレから、ティヤーへ戻された僧兵は、自分を取り戻した後も女龍を探しに動きました。放っておけば襲われて死ぬ男のため、嫌々でも、運命を重視したヨーマイテスは僧兵を、助け再び捕獲。シャンガマックに伝え、シャンガマックから朝一番で、皆はそれを知らされました。
今回は、僧兵の戻りを知らされていなかった唯一のクフム、彼のストレスによる胃痛から始まります。
シャンガマックは食後、獅子と出かける予定を皆に話してから、部屋に戻った。獅子は待っていたが、息子が部屋に入るなり、『モノを入れる箱を取ってくる』と出かけた。
モノ。=魔物の材料を入れる、箱・・・かな?と見当をつけ、シャンガマックはちょっと笑う(※あの黒い箱)。父なりに考えてくれているんだと、伝わるのが嬉しい。
と、ここで。廊下に重そうな足音が止まり、騎士が振り返ったと同時、扉が弱々しく叩かれ、開けたそこにクフムがいた。青ざめて汗を流し、息が荒く腹を押さえている彼に『どうした』と声を掛けながら、部屋に入れて座らせると、腹痛を訴える。
「薬、ありませんか」
「あるが。馬車だな。うーん、そうだな、ちょっと待っていてくれ」
シャンガマックを頼った僧侶は、前回の薬の効きを求めた。
一瞬、イーアンに回復を頼もうかと過ったシャンガマックだが、彼女の都合を聞いていない。部屋にいるかも分からないので、とりあえず馬車に、薬草と道具を取りに行った。
一応、『父が戻ってくるかもしれないから、事情は自分で説明を』と早口で言いつけて。
クフムは『お父さん?』と怯えたが、この腹痛には耐えられない。部屋に来るまでも必死だったので、もう動けないのもあり、お父さんが戻らないように祈りながら、うんうん呻いて待ち・・・ 何度か垂れる汗を拭いた時。シャンガマックが部屋を出て行ってから、ほんの3分程度。
座る椅子の向かい、寝台横の机で何かが動いた。
少し開いた窓。側にある机から、風に押された紙一枚。それは、ひらっと左右に揺れて床に落ちる。クフムのつま先の、少し先に。
『絵?』痛さで片目を瞑ったまま、描かれた風景に視線は留まった。抽象的な雰囲気の絵ではあるが、岸壁と磯なのは分かる。
痛い腹を掴んだ両手を離す気になれない。でも痛みに耐えながら、少しだけ椅子から身を乗り出した。
こんな事態で(※腹痛)、絵なんてどうでも良いけれど・・・シャンガマックの持ち物なら、拾ってあげなければと、ぜーぜー言いながらクフムは前のめりになり、ゆっくり片腕を腹から離した。
前に折るだけで、腹が圧迫されて更に痛む。呻きつつ手を伸ばしたが、絵に触れる前に激痛で手を引っ込めた。
「クフム。何しているんだ」
ハッと顔を向けた戸口、薬草を持った騎士。戻って来た彼を見て、クフムは『風で』と絞る声で答えた。
部屋に入ったシャンガマックの視線が窓へ動き、絵とクフムを見て『無理をするな』と察し、絵を拾い上げる。薬草と乳鉢を床に置き、絵を机に戻して重石代わりのインク瓶を乗せた。
「胃を潰す姿勢だ。拾わなくていい」
「はい」
今、薬を作るからと、困った顔でシャンガマックは床に胡坐をかき、乾燥した葉を擦り始め、クフムは息切れしながらお礼を言った。
『風で飛んだか』クフムを見ずに騎士が尋ね、クフムは掠れ声で、はいと答える。胸中、複雑なシャンガマック。
父が置いて行った絵は、ずっと窓の近くにあったのに、クフムを待たせたこの数分間で、彼の元へ落ちた・・・ 会わせろと、示唆なのだろうか。偶然とは思い難い『ひょんな出来事』を止めた自分は何か話すべきか、褐色の騎士は気にする。
ゴリゴリ、擂粉木を回してはコンコン、鉢に打ち付けて繰り返す作業。黙々と薬草を砕く騎士の表情が暗く、クフムは絵のことで彼が機嫌を悪くしたと思った。
「すみません・・・絵、触っちゃ」
「違う。誤解するな。その・・・先に薬を飲め」
少し粗いがと、騎士は立ち上がり、謝ろうとした僧侶にちらっと目を向け、水を汲んでやる。薄い紙に鉢を傾けて中身を移し、クフムに手渡して、水と一緒に飲み込むのを見守った。
礼をまた言う彼を見つめ、『実は』と言いかけたすぐ獅子の気配を感じ、振り向くと獅子が影から出てきた。
「バニザット。出かけるぞ」
獅子は二人が何を言うより早く、出かけると命じた。そして机の上、インク瓶を乗せられた絵に、碧の目が留まる。
「クフム。部屋に戻って、あの絵を見張れ」
*****
腹痛は、薬を飲んですぐ落ち着くわけもなく、痛い腹を抱えて自分の部屋に戻った。抱えた腕の内側と腹の隙間に、一枚の絵を挟んで。
『誰かに聞かれたら。運命が動いたと言え』
シャンガマックのお父さんは、意味不明な―― そして彼が言うと、絶対危険が起こりそうな予感の ――言葉を放ち、シャンガマックと黒い箱と一緒にいなくなった。
シャンガマックは反対していた。だが彼は、お父さんの言葉を常に尊重する・・・・・
「痛い」
ぜいぜいはぁはぁ、脂汗で顔を濡らしたまま、寝台に突っ伏すように倒れこんだ。くしゃっと音がして、そうだったと慌てて紙を退ける。倒れた顔を横にし、下から引っこ抜いた絵に目を向けた。腹の痛さが治まったら、ちゃんと見て・・・ そう思ったら、不意に腹痛が引く。
すっと、誰かが痛みだけ取ってくれたような。
少し信じられなかったが、そのまま寝台に横たわって様子を見ていると、やはり痛みは引いたらしく、体を起こした。
「薬の効きが早かったのかな。それとも、また誰かの魔法が近くであったのか」
胃の辺りに手を当てて、本当に大丈夫か注意深く感じ取ろうとし、それは必要ないと思った。治った。
「シャンガマックが薬師で良かった~・・・ はぁ。助かった」
寝台に座った体を、今度は仰向けにばたりと寝かせ、ふーっと大きく息を吐く。腹の痛みがすっきり消えて楽になり、汗を拭うともっと軽くなった気がした。
数秒、そのままで天井を見つめる。それから閉じ切っていない扉に顔だけ向け、隙間が拳一つ分なので、とりあえず閉めに行く。立ち上がって、ゆっくり扉まで歩き、鍵を掛けずに閉じた。
他の皆も出かけたのだろうか。もう少ししたら、いつものように誰かが来るだろう・・・大体、皆は支度が終わると。と思ったけど。
「あ。『私の付き添い』は、もう要らないのかな。服が・・・という話だったけれど」
他にも危険はあるから(※サブパメントゥ暗殺者とか)誰かしらいてくれると良いが。
「でも、今はあの絵。お父さん(※獅子)は見張れと言うけど、絵を預かっただけだよな」
あのお父さんが言うと、碌なことが起きる気がしない。寝台に放り出した絵の横に座り、手に取って眺めてみる。肘から指先のくらいの長辺の紙。厚みがあって、倒れた時の皴はついたが、酷い折れ方ではなかった。
「不思議な感じだ。誰が描いたのかな」
ゴワゴワした厚い紙いっぱい、描かれている風景。見下ろした角度で、崖上から下の海を見る感じ。よく見ると、人間がいる。一人だけ。見下ろしているため、頭と肩、若干の手足の動きが分かる程度だが、何となく引っかかった。
「抽象的な雰囲気はあるけど、特徴を掴んでいる絵に思うな。私も製図はするから、要点を取り込む目は育てた。この絵描きも・・・こんな小さい寸法でよく、人物の特徴を描きこんで」
特徴――― そうだな、と思う。この角度で、この頭の大きさ、肩幅と厚い体の具合。
今、一緒にいる人たち(※旅の仲間)は、皆、恵まれた体格だけど。
あの人たちと付き合う前まで、普通の体格の人間と、それも少数しか、関わらない生活だっただけに。体格の良い人物の記憶は残る。
「あの人みたい。私にいろいろ教えて持たせてくれた」
はたと、言葉を切る。その人こそ、私の交代相手。ザッカリアが予告した人物。
私に教えてくれた・・・ アイエラダハッドから出張した私に、設計図を幾つか見せて、用意した模型で詳しく解説してくれた僧侶。机を挟んで説明中、彼が卓上に広げた図に顔を寄せた姿が、向かいから見て、丁度この絵のようだった。
彼は、体つきが逞しかった。僧兵かと思ったが、『マリハディー神殿の僧侶』と言っていた。
「マリハディー神殿には、さすがにもういないだろうな。僧侶は移動があるし」
すごいことを考えるなと感心したのを思い出す。あの人の話も、目の付け所も、具現化してしまう才能も、これは天性かもと驚いた。
どこにいるのか、今頃―――
絵を見つめて、交代予定の僧侶の行方を考える。私は現在、隠されている状態で・・・足跡を残したのはミャクギー島と、カーンソウリー島の二つ。彼が私を見つけるよりない現状で、どうやって再会しえるのか。
「不愛想だったけど。頭もいいし怒ったりもしないし、落ち着いていて良い人だった。必要なこと以外は無口で雑談もない、謙虚な印象は好感を持ったな」
私のことも、褒めてくれたっけ。教わったことを、すぐに応用で使える発想。私の意見に耳を傾け、彼は『頭が良い。アイエラダハッドに戻って取り組んでみてほしい』と言ったのが・・・・・
「名前、思い出せないんだよな。私は、人の名前を覚えるのが得意じゃない」
『』
「ん・・・え」
『』
「・・・・・ 今、何か。どこから?」
『サ』
「声?ちょ、っちょ!まずい」
『ラ サ』
誰かが喋っている! 頭に響いた音は、発声。私が一人の時に限って・・・! 慌てて絵を置き、扉へ走る。数歩先の扉を縋るように開け、廊下に顔を出してミレイオかオーリンを呼ぼうとした、のに。
『ラサンだ。覚えているか』
人を呼ぼうとして開けた私の口が、固まった。その名前。まさか。ドアノブを掴んだまま、恐る恐る後ろを振り返る。絵から聴こえたのか?
絵は置かれた状態で、寝台にある。突然鼓動が早くなった胸が煩い。ごくりと唾を呑んで、近づくのも怖い絵を凝視した。後ろ手で扉を少しずつ開け、逃げる準備をしてから、私は―――
今、逃げるべきか? これは本物か、サブパメントゥや魔物の罠か?
逃げ出したい怯えに問いかけた。もし、本当にラサンの声、彼の言葉なら?
汗が引いたばかりのこめかみに、冷や汗が浮かぶ。私のすべきことは、今じゃないのか。私の望んだ交代は、たった今、この機会ではないのか。
ふーっと息を静かに吐いて、覚悟を決め、私は扉半開きで、寝台に近づいた。
絵を見下ろし、度胸をつけて。
「ラサン。覚えています」
私を見上げている、絵の中の人物に、震える声で答えた。顔がはっきり見えるその人は、歯が数本しかない口で『俺も覚えている。クフム』と返した。
お読み頂き有難うございます。
昨夜、意識が飛んでしまったようで、気づいたら真夜中でした。今日は、昨日の記憶を辿って諸々の確認をしていました。
時々、本当に頭の調子がまずい時がありますため、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
物語は何度か読み直したので、多分、おかしなところがないと思うのですが、見つけ次第修正します。
いつもいらして下さる皆さんに、励まされます。心から感謝しています。いつも有難うございます。




