2554. 夜 ~世話焼きの助言『死なせるな』・『生かす殺す』の矛盾・トゥと可能性と不明瞭
誰かが気付いても良さそうなもんだ・・・ くわっと髭に包まれた口を開け、白い煙を輪にし、天井に向けて吐く。
「どうした」
「ん。未熟な連中にな。毎度のことだ」
「バニザットから見れば、殆どの人間が未熟だろうに」
フフッと笑ったメーウィック姿のラファルが、窓際の椅子を立つ。魔導士は、彼にも煙草を出してやり、受け取った煙草の先に火をつける(※気配りまめ)。ラファルが咥え煙草で『未熟っていうのは』と先を促し、魔導士の目つきに察した。
「ああ~、彼らか。あんたも世話焼きだ」
「お前と一緒にいる時点でな」
「悪いな。俺もだ」
謝る男をお前は構わんと止め、『冗談だ』気にするなと配慮の一言をつけると、苦笑したラファルが頷き、『気になるなら出かけても』そう言って表へ顔を向けた。
「最近はあんまり・・・あんたも俺から離れないだろ。イーアンたちがどうしているかと思っていたんだ。まだこの国に来たばかりで、大きな問題も起きていないのかもしれないが」
問題大有りだとは言えない魔導士。今朝も犬っころ(※女龍)に面倒臭い話を聞いたばかり。
とはいえ、ラファルに話すようなことでもない。三度目の旅路で、ラファルほど気の毒な状態はないと思う。
ラファルに心配をかけないよう、魔導士は煙草を指に挟んだまま、少し煙の立ち上がる様子を眺めてから『ちょっと浜に出る』と呟いた。
「浜ってそこか」
「そうだ。知り合いを呼び出す」
リリューは外にいるので、魔導士は後を任せて外へ出る。ほんの少し歩けば、波打ち際。魔導士の唇から、吐き出した煙と呪文が流れ、紺色の夜に緑色の魔法陣がゆらめいた。
ヨーマイテス。どこにいる―――
魔法陣で獅子を探す、数十秒。待っていると呪文の光の上に、金茶色の毛が一本出た。ヨーマイテスに呼び掛け、待ち合わせ場所を指定すると、金茶色の毛は了承を示し、魔方陣を消す。
緋色の魔導士が風に変わり、島が見える範囲の空に旋回する。獅子が近くの岩の上に現れたのを見つけ、離れ岩に降りた。
「何の用だ。どうでもいいことで呼ぶな」
相変わらず、会えば確実に機嫌斜めの獅子。魔導士は呆れがちに『若造から離れるのは、そんなに嫌か』とバカにした。獅子はそれを無視(※今更の質問)し、とっとと話せと吐き捨てる。
「僧兵の話だ。今日、コルステインとイーアンに聞いてな」
「お前に関係ないだろう。若干、手伝わされたってだけで」
「俺も手伝いたいと思わんし、関係ないとも決め込みたい。だが俺が嫌でも、お前らが不甲斐なさ過ぎて、精霊に何度も呼び出される身にもなれ。俺しか気づいていない問題が」
「無駄はよせ。用を言えよ」
早口で捲し立てられる嫌味をざくっと断ち、獅子は鬱陶し気に急かすが、魔導士が先に気づいた問題があるとすれば、それは『間違いなく問題』と分かっている。獅子の聞く姿勢を二秒黙って見つめ、魔導士は教えた。
「僧兵は、どこからか戻ってくるらしいが。戻ったところで狙われて殺される、なんてことは」
「あるな」
「だろ?」
夜の潮風に、黒髪と緋色の僧服をなびかせ、腕組みした魔導士は、岩に立つ獅子を見下ろす。だから?と無言で見上げる獅子に、『気にならないのか』を問うと、獅子は顔を背けた。
「イーアンにもコルステインにも会ったなら、ザッカリアの予言も知ってるだろ。放っておいても来る」
「放っておいて、いざ見る機会が来たら『死体』かもな。それでも『予言は外れていない』と言えなくもない」
「何が言いたい。俺に探せとでも」
「他にどう聴こえる。お前以外にどこでも動く奴がいるか?」
「動く理由が、俺にない。気になるんなら、お前が行けよ」
獅子が突っ撥ね、魔導士は目をぐっと細め、『この馬鹿』と一言放つ。碧の瞳がぎらついて、見下す魔導士は、ケッと吐き捨てた。
「分からんか。どこまで温くなったんだ、お前は」
「言葉に気をつけろよ、死にぞこない」
「馬鹿でかい毛糸玉(←獅子)より、マシだ。精霊が俺に手伝わせ、コルステインが対処に乗り出し、イーアンが異世界を懸念している相手だ。ただの脇役でも、死なない手を打てと言われてるようなもんだと」
「失せろ。お前と話すと、ムカついて仕方ない」
牙を光らせ唸った獅子に、従う意思を見た魔導士は、フンと鼻を鳴らして『用はこれだけだ』と残し、さっさと風に身を変えて消えた。
「バニザットと大違いだ(※名前は一緒)!ちくしょう、なんで俺が」
サンキーの工房に出かけた息子とタンクラッドに付き合った今日。帰りはトゥだというから、俺はサブパメントゥを抜けて戻っていた最中、呼ばれて何かと思えば! 来るんじゃなかった、どうでもいいことだと、獅子は愚痴が止まらず、息子の待つ宿へ帰る。
だが、分かってはいる。魔導士が指摘した『僧兵を死なないように』の意味。
あの男が重要なんじゃない。あれの背負った役目だけが、俺たちにとって重要だということを。
僧兵が俺たちを、重要なことに引き合わせる日まで――
「ちっ。だからって」
むしゃくしゃしながら、獅子は夜の宿の影に滑り込む。
部屋にいたシャンガマックは、影を飛び出た怒りの形相の獅子にびっくりするも、圧し掛かられて『どうしたの』と宥めながら、獅子の愚痴に付き合ってやった。そして・・・目と目が合う。獅子は嫌そう。シャンガマックは仕方なさそうに。
「探しに行かないと」
「お前ならそう言うと思った」
「あの男、戻ってきたらすぐ、古代サブパメントゥに殺される可能性が高い」
「当然だ。だからコルステインがああしたんだ」
「ヨーマイテス・・・ 俺も行くから」
床に押し倒された姿勢で、大きな獅子の顔をよしよしする騎士(※飼育員さんのように)。ぶすーッとした獅子が、『お前は寝ろ』とか『お前まで巻き込みたいと思わない』とかブツブツ言うのを、そうだねそうだねと往なして、結局、二人で出かける。
「どこにいるか。何の見当もつかないね」
「動いては、千里眼だ。それで間に合わなければ、予言は死体で」
苦笑するシャンガマックも頷いて『運任せだ』と、まずは千里眼で僧兵を探し始めた。
*****
夜に出かけた二人は、あちこちへ移動しては千里眼で僧兵を探し続けた。
途中、『クフムと交代する男』これについて、シャンガマックは何度か考えていた。先日、ミレイオたちとの話題に出た『クフムの服の効果』・・・も気になり、それをヨーマイテスに話したところ。
「倒された可能性がある」
僧服に力を忍ばせたサブパメントゥの操りが消えたのでは、と推測し・・・ 二人は『神殿に係わるサブパメントゥを、誰かが倒した』なら、その続きはどうなるかと目を見合わせた。
「一人じゃないよね?何人もいるだろう?」
「何人か。そうだな。その一人が倒れたとして」
獅子はここでも、僧兵と古代サブパメントゥの、疑問ある緊密な関係に、留意する。
コルステインによって僧兵が消えた後・・・夕方、ミレイオが僧服の変化に気づいた。
あの男には、古代サブパメントゥの『欲しい何か』があったのだろう。本人も分かっていないような・・・ それが、俺たちへ知らせなければいけない『役目』かと、ここまで考えて、なんとなーく全貌が見えた。
「ああ・・・そういうことか。俺はもう、興味もなくなったからな。気にもしなかった」
「え?何に」
焦げ茶色の大男の独り言に、シャンガマックは目を丸くする。
「俺もなぜ、今まで無視できたかと思う。ホント、どうでもいいんだよな(素)」
「何のこと?俺に話せることであれば」
「お前がいれば、俺はもう他に要らないと言ったろ。それが理由で見ていなかったことだ」
なんだか嬉し恥ずかしな返事に、シャンガマックはちょっと照れる。でも、うんと頷いて『そういうことなんだね』(?)と、続けて聞きはしなかった。
ヨーマイテスは千里眼で探しながら、見落としていた『理由』を改めて考えてみて納得する。
古代サブパメントゥが、わざわざ道具補助や手伝いまでして、あの僧兵に付き合っていた理由。あの男自体が、幻の大陸の通路を保っていたからか、と。
イーアンと僧兵の会話、確認。コルステインが、あの男を飛ばした先。
この世のものではない記憶を訴えて確認され、『どこかへ通じる大陸』行きの強制発射を執行されたとなれば、まず当たりだろう。
だが、僧兵に何が動かせるわけもない。だから、存在を知ってからはつかず離れずで、大陸へいつ繋がるとも知れない『きっかけ』を見張り、残党の輩は待っていた。
古代サブパメントゥが、足を踏み入れられる場所ではないにせよ、だ。
あいつら、バカだからな・・・・・ そう、軽く詰った直後。ヨーマイテスはもう一つ思い出して、ハッとした。
トゥか。 トゥが居るからか―――
『双頭の龍が道を作る』 創世のサブパメントゥに残る説。
正確には『双頭の龍』で、トゥではないが・・・ 現時点で、トゥの姿がそれと思い込んでいる輩は、イーアンの側から離れない二つ首が、常に近いことから。
もし、もしも。アスクンス・タイネレへの道が開いた時、双頭の龍さえいれば。空へ行けると思ったのか。
ヨーマイテスが気付いた、このこと。魔導士は気づいているかどうか。コルステインは気づいたのか。
そして、アスクンス・タイネレの影が見えないのに、不安定な時空が繋がっていた事実―― 僧兵の存在 ――が、旅の仲間にそれを防げと急かしている。だが、おかしい。
「コルステインが手を打った以上・・・僧兵は。つまり。そうすると。いや、変だ」
「ヨーマイテス?」
千里眼の手を下げて、眉根を寄せて呟く大男は、不安そうな息子の顔を見下ろして暫く黙り、言おうかどうしようか考え、やはりやめた。これは、俺が伝える立場ではないと思い直す。
「今は言えない。とりあえず、探すぞ」
頷く息子に少し微笑み、ヨーマイテスは再び探すが。おかしな点が気になり続けた。
―――残党のやつらは、僧兵の可能性を待ち、奴らにしては辛抱強く、道具と手まで貸したが。
しかし、僧兵が俺に捕まった、あの日(※2522話参照)。手の平を返すように、呆気なく奴を殺そうとした。こっちが一歩出遅れていたら、僧兵は殺されていた。
トゥが近くに来て、幻の大陸に生きて関わっている男がいて、あと少し・・・だったわけだろ? あとは、僧兵に変化が起きれば、あいつらは動きを変えるつもりだったはず。
俺からコルステインへ伝えられると困る、と。それだけの理由で、殺しにかかるか?早々、出会うことのない珍しい人間を。




