2551. 旅の三百八十二日目 ~『ズィーリーと行方知れずの王族風の男』
朝っぱら、魔導士を呼び出したイーアンは、『ズィーリーの話を聞きたい』と用件を伝えた。
――この時。コルステインが動いてどうなったか(※2546話参照)を、イーアンはまだ知らず、当然、呼ばれた魔導士も、そんな直近の変移など知るわけもない。
なので。魔導士はその名を聞くなり、『ズィーリー?』若干、呆れがちに何をいきなりと口にしたが、イーアンは『僧兵と関係がある』だから、すぐに聞きたいと頼む。
「ほぉ・・・僧兵と。ズィーリーが似たような人間と、遭遇したかどうか?」
「バニザットは四六時中、彼女と一緒にいたから覚えていると思って」
「ふーむ、お前の言い方。聞き方。どこから持ってきた情報か知らんが、『絶対にあった』と言い切る具合だな」
変なところで突っ込んでくる魔導士に、イーアンはピタッと止まる。ちょっとだけ頷いて『この前みたいな。始祖の龍の記録、みたいな』と子供のようにぼそぼそ言い訳。
「言えないんだな。そうか。まぁ、良かろう。俺もラファルを放っておけない。時間を作って」
「今は?」
来たじゃんと指摘したイーアンに、目が据わる魔導士は『犬っころでなら、連れて話してやるよ』と返す。イーアンは欠伸が出かけて・・・呑み込み、『分かった』と呟く。
犬は嫌がるのに―― やたら眠そうな女龍は深呼吸して、魔導士に『犬でいい』と自分から言った。
「僧兵に何があった」
切羽詰まっていそうに感じて、バニザットが質問するが、イーアンは首を横に振って『何もできないかもだけど、知っておかなければいけない気がする』と、分かり難い返答をよこす。
「じゃあ、まあ。ついて来い。ラファルを町に下ろしたら、お前を犬にして、話を聞かせてやろう」
いつもと違う女龍に訝しく思いつつ、魔導士は風に変わり、イーアンはその後ろについて行った。
魔導士と到着したのは、とても小さな島で、端から端まで、他の村や集落もない、町一つだけ。ティヤーで北部にあるそうで、位置確認は『目的じゃないだろ』の一言で片づけられた。
イーアンは、魔導士の指を鳴らされたと同時、体が縮んだ感じを受け、案の定、いつもの白黒ぶちワンコに変わる。毎度思うのだが、この状態は物体の変化を伴っていないため、理解しにくい仮想状態。魔導士もいつの間にか、旅人風の服装と見た目。背丈は低くて、少し小太りの別人。
それはともかく。ラファルも近くにいるのかなと、少し気になった。
ワンコの首の高さから見ても、通りの前後に海岸線が見えるほど、小さな町を・・・ラファルは、自分が歩いているだけで、いつ魔物が出て民を襲うかと、覚悟しながら歩いているのだろうか。
彼の境遇を思うと、イーアンはいつも胸が苦しくなる。ラファルはどこにいるのかなと・・・野放し必須の精霊命令だと聞いているが、私が近くにいる日くらいは―――
「僧兵に似た人間がいたか、だったな」
ワンコがきょろきょろしている頭に手が乗り、ちらっと動いた鳶色の目を魔導士は見下ろした。
「ラファルを探すなよ」
だって、とワンコは思うが、溜息を吐いた魔導士は歩きながら、『一時期』と話し始めたので、イーアンも横に並び、聞き漏らさないように垂れ耳をちょっと持ち上げて聞いた。
人の少ない町だけれど、長い尾が目立つ外国の犬(※ティヤーに珍しい)を連れた旅人は、歩道をすれ違う人に、たまに話しかけられては『ハイザンジェルで手に入れたんだ』と足を止めることなく答えてやり過ごす。
その合間合間、バニザットが記憶を手繰って話す内容は、顔色一つ変えずに話せるような中身ではなかった。
何度も、イーアンは『え?』と眉を寄せたが、魔導士は全部終わるまで質問を受け付けなかったので、『以上だ』と話を〆た時、イーアンはすぐに尋ねた。
「その人が、どこ行ったのかは」
「言ったろ。『行方知れず』が、俺の知っている最後だ」
「そこから先は探さなかったの」
「魔法陣に現れなかった以上、そこ止まりだ」
当時は、俺もサブパメントゥ絡みは手付かずだし、と魔導士は呟く。この一言は、『サブパメントゥに連れて行かれたとしても知る由ない・調べる手はない』の意味。もし、僧兵と似た境遇で奴らが一枚噛んでいても、蚊帳の外の話。
獅子と付き合いがあった魔導士だが、こういった他愛ない部外者のために時間を使わなかった。
「何でいきなりズィーリーに?」
「ああ~・・・服装だな。あいつは、前の世界の衣服をずっと着用していた」
「母国の?」
「そうだ。あいつの誇りと郷愁と、自分自身を示すのが、あの服だった。この世界にはない文化の服だから、どこへ行っても、目立つには目立った。
ないとはいえ、良い生地と仕立て、何重にもした豪華さは、色褪せようが擦切れようが、隠せるもんでもなかったし、誰が見ても『どこかの特別な人間』だったと思う・・・男がズィーリーに声をかけたのは、違う世界の人間と決めつけた一言だった」
じっと見上げる犬に、話しながら視線を落とした魔導士が、一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべる。
「どこの高貴な人かと思ったと、な。旅をしていて会ったことがないほどだと、そんなことを言ったよ」
ズィーリーが自慢なんだな・・・と感じる、魔導士の微笑みと言い方に、イーアン犬はうんと頷く。
彼女が褒められたのは、魔導士に嬉しいことだったから、何百年経っても、思い出せば蘇るのか。親子みたいな二人を垣間見るようで、微笑ましく思う。
「お前も見ただろ?俺が見せてやった、あの服(※1791話参照)」
「見た。ちゃんと知らないけど、位の高い人が着る印象の服。髪飾りや剣も鞘も凄かったし、革の靴も」
「そんなところまで覚えているのか。よしよし」
ワンコの頭を、機嫌良さそうに撫で回す手に、イーアンは頭を振って遠慮。可愛がられる理由はないので、次の質問をする。
「結局、その人自体、大きな意味は持っていなかったの」
「あったかもしれない。だが、俺には『ない』。ズィーリーが、何度か戸惑っているのは分かったが、それは」
魔導士は言葉を切って、イーアン犬を見つめ『同じ世界から来た、それだけだ』と呟く。分かるだろ、と言いたげな相手に、ワンコも目を伏せる。
―――書庫で読んだ記憶から、ズィーリーは、彼と何度も話をしたようだけど。
彼が同じ世界から来たことで、『元の世界へ帰りたい』と、そうした機会を求めている感じはなかった。
ズィーリーの記憶には、何かもっと・・・危険を未然に防ごうとする言葉が並んで、彼の存在自体を懸念したふうに、読んでいて受け取れた。
だが、彼女の記憶では、その男が数日後に立ち去って終わっている。追想して、反省する気持ちは続いたみたいだが、ズィーリーは一人で抱え込む性格だから、反省の内容も『不思議な男の事情』に触れていなかった―――
だから、魔導士に聞こうと思って、こうして来たのだが。
魔導士は、去った男を追いかけた。お前の目的はいったい何だったのか、それを問い詰めに行ったらしいが。
言葉を数回交わした後、男がその場から姿を消し、待っていたが戻らず。探しても相手は行方知れずで、この男との話はここまで。
「質問、終わりか?」
「うーん・・・じゃないけど。『どこの王族』だったのか、分からないよね」
「知らない。ズィーリーには、自分の記憶の身分と釣り合う、親し気な打ち解け方を見せたが。本体自身はそこら辺の男だしな。品格が滲み出るやら、そんなこともない」
俺も思い出せるのはこんな程度だと、魔導士は話を〆る。犬は頷いて『分かった』と溜息を落とした。
「おい。次はお前の番だ」
『何が』と返したワンコに、小太りのおじさん(※魔導士)は足を止めてしゃがみ、犬の頭の横に顔を並べる。
「どこから入手した情報かは、聞かんでやろう。お前の望みに答えたんだ。俺の質問にも答えろ」
「あ。またそれか(※取引)」
「あ、じゃない。なんでもいつでも『タダ設定』するな。僧兵に何があった」
質問はそれ? 僧兵に何があったかと聞かれ、イーアンはちょっと目を瞬かせてから、『コルステインがね』と昨日の出来事を教えた。
魔導士は黙って話を聞いたが、聞き終わると『後で調べてやる』と言った。
何か思い当たるのかなと見上げるワンコの頭を撫でて、もう一度『後でな』と繰り返すと、路地に入り・・・女龍は犬の姿を解かれた。
*****
イーアンはその後、用は済んだということで帰される。
ラファルは次の町へ行くので、顔を合わせないで戻るよう、強引に帰らされた。ラファルがイーアンを見ると、彼の気持ちが辛くなる、と言われたら・・・・・
「黙って引き下がるよりありません」
心配だけど。ちょっとでも、たまにでも、お顔を見て声を掛けたいと思うけれど。イーアンは真上に飛んで、イヌァエル・テレンに入る。
男龍が来るとまた邪魔されるため、そそくさ龍の島へ向かい、ミンティンとアオファを見つけて間に休ませてもらう。少しでいいから眠りたい。寝不足ですとミンティンに伝えると、青い龍は了解した(=男龍から守ってくれる)。
すぐに寝そうになるのを堪え、書庫と魔導士の情報を併せて考える。
―――ズィーリーは、ある日。食事処の昼時、声を掛けられた。
バニザットが同席で、壁のない屋根だけの食事処、表通りに面した席。雑踏と喧騒が賑やかな、南の町の昼、その男は現れた。
当然バニザットは気づいており、男が間近に来た時に止めた。ズィーリーは『私が食事に気を取られていた時に、バニザットの注意で顔を上げた』それが最初の印象に。
魔導士は男に近づかないよう注意したが、ズィーリーが一歩遅れて顔を上げたのを見て、男は彼女しか目に入らなかったのかもしれない。
『目が合うなり話しかけられて、異世界から来たことを見抜かれた』そう、彼女は警戒した。
食事中でもあり、魔導士は脅しをかけたそうだが、ズィーリーは警戒しながら『自分が聞かなければいけない話では』と必要を思う内容で、結局、その人物と数日に渡り、会話する時間を持つ。
バニザットはいつでも側にいたが、会話に入ることなく、移動にもついてくる男を見張りながら、日々は過ぎた。
会話に割って入らないそれは、ズィーリーの危険まで感じなかったからだろう。ズィーリーが相手の話を聞く姿勢から、彼女への尊重もあったかもしれない。
追っかけの男は、見た目は、普通。年はズィーリーと同じくらい(※30代)。
服装も旅慣れした衣服、特徴はないに等しい薄い印象の外見だが、話していたことは驚きの連続。
ズィーリーが耳を傾けたのは、彼女しか知らない事実を、男が知っていたからだった。
『私の前世は、あなたと同じ世界にいた王族です。記憶は昨日のことのように思い出せる』―――
・・・実際。ズィーリーの感じたことや、彼女の知識から推測するに、その男の『前世』とやらは、中央アジアの王国の歴史を思い出させた。
ズィーリー自身は、博学というか、教育を受けた高位の身分だと思う。
彼女が気付いたのは、中央アジアの王国だが・・・男の話から推定するに、ズィーリーがいた時代よりも前の出来事や文化が多く、彼女は『真実の話』と信じた。
でも男の要求は、何だったのか。ズィーリーも理解できなかった。
ただ、男の話には武器や戦争の話が印象的で、素晴らしい強度の武器や、軍隊や地理を活かした戦法など・・・ 『つい最近、イーアンたちがどこかで聞いたような』話が多かったそうな。
男は会話の合間、何度か気になることを伝えた。『世界を繋げることは可能だ』。
ズィーリーはこの男を訝しんだが、それ以上を聴くことを躊躇う。そして、ズィーリー独特の回避方法『無視』により、男は数日付きまとった後、『どこかでまた逢えたら』を最後の言葉に、消えた。
続きは、バニザットが先ほど教えてくれた通り。
男を追ったバニザットは、会話の内にいくつか不審な点を持ったが、会話中に『小便だ』と言って離れた男を待っている間に、男は消えてそのまんま。
その男は・・・ ズィーリーが誰だか知っていたのだろうか。
女龍であり、この世界にいなくてはいけない壮大な存在である、彼女を。
なぜならズィーリーは、自分からそれを決して、口にしなかったから―――
*****
ラファルと、他の島へ移動した魔導士は、彼を町に置いて別れて、町外れでサブパメントゥの碑を壊す。
行った先々にある、この面倒臭い代物を片っ端から潰すのが、せめてものラファルへの仕事・・・としている。
随分前にも程がある、生前の思い出をなぞりながら、引き返す来た道で。
「前世と・・・確か、あの男はずっとそう言っていたな」
前世ではなく、赤の他人の記憶が我が事のように、頭の中にのさばっていたら、そう思うのかもしれない。その状態は僧兵と同じだと、イーアンは言った。
コルステインが僧兵を連れて消え、まだ僧兵もコルステインも会っていないから、その後の経過をイーアンは知らず、分かっているのは『僧兵が戻る』ことだけだと。
「ズィーリーに付きまとって、同情を求めた男は行方知れずで終わったが。あの僧兵は、どうやら旅の仲間について動くと、ザッカリアの予言が出たか。じゃ。そいつに聞いてみるか。まずは、『何があったか思い出せるか』だ」
コルステインが絡んだ時点で、大事。記憶が丸々消去されて戻されてもおかしくない。
「随分前のあいつの意味を。再びこの世界を歩く俺が、僧兵を通して知るのかもしれん」
それを思い出せるのは俺だけ・・・ 魔導士は、仮の姿で乾いた道を歩き続ける。
日差しが強い島の片隅、自称王族を名乗った人物が『この世界を繋ぐ』と、ズィーリーに話していたのを思い出しながら。あの男は、強力な立場を利用して、何が起きるか知っていたのだろうかと・・・今更、思う.
遅くなってしまって申し訳ありません。
最近少し立て込んでいるのと、脳の調子がありまして、物語のストックが追い付かず、また近いうちにお休みを入れると思います。
その際には、早めに最新話の前書き・後書きにてご連絡します。
いつもいらして下さる皆さんに心から感謝しています。有難うございます。




