表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
異界と馬車歌
2551/2961

2551. 旅の三百八十二日目 ~『ズィーリーと行方知れずの王族風の男』

 

 朝っぱら、魔導士を呼び出したイーアンは、『ズィーリーの話を聞きたい』と用件を伝えた。


 ――この時。コルステインが動いてどうなったか(※2546話参照)を、イーアンはまだ知らず、当然、呼ばれた魔導士も、そんな直近の変移など知るわけもない。



 なので。魔導士はその名を聞くなり、『ズィーリー?』若干、呆れがちに何をいきなりと口にしたが、イーアンは『僧兵と関係がある』だから、すぐに聞きたいと頼む。


「ほぉ・・・僧兵と。ズィーリーが似たような人間と、遭遇したかどうか?」


「バニザットは四六時中、彼女と一緒にいたから()()()()()と思って」


「ふーむ、お前の言い方。聞き方。どこから持ってきた情報か知らんが、『絶対にあった』と言い切る具合だな」


 変なところで突っ込んでくる魔導士に、イーアンはピタッと止まる。ちょっとだけ頷いて『この前みたいな。始祖の龍の記録、みたいな』と子供のようにぼそぼそ言い訳。


「言えないんだな。そうか。まぁ、良かろう。俺もラファルを放っておけない。時間を作って」


「今は?」


 来たじゃんと指摘したイーアンに、目が据わる魔導士は『()()()()でなら、連れて話してやるよ』と返す。イーアンは欠伸が出かけて・・・呑み込み、『分かった』と呟く。


 犬は嫌がるのに―― やたら眠そうな女龍は深呼吸して、魔導士に『犬でいい』と自分から言った。


「僧兵に何があった」


 切羽詰まっていそうに感じて、バニザットが質問するが、イーアンは首を横に振って『()()()()()()かもだけど、知っておかなければいけない気がする』と、分かり難い返答をよこす。



「じゃあ、まあ。ついて来い。ラファルを町に下ろしたら、お前を犬にして、話を聞かせてやろう」


 いつもと違う女龍に訝しく思いつつ、魔導士は風に変わり、イーアンはその後ろについて行った。



 魔導士と到着したのは、とても小さな島で、端から端まで、他の村や集落もない、町一つだけ。ティヤーで北部にあるそうで、位置確認は『目的じゃないだろ』の一言で片づけられた。


 イーアンは、魔導士の指を鳴らされたと同時、体が縮んだ感じを受け、案の定、いつもの白黒ぶちワンコに変わる。毎度思うのだが、この状態は物体の変化を伴っていないため、理解しにくい仮想状態。魔導士もいつの間にか、旅人風の服装と見た目。背丈は低くて、少し小太りの別人。


 それはともかく。ラファルも近くにいるのかなと、少し気になった。


 ワンコの首の高さから見ても、通りの前後に海岸線が見えるほど、小さな町を・・・ラファルは、自分が歩いているだけで、いつ魔物が出て民を襲うかと、覚悟しながら歩いているのだろうか。


 彼の境遇を思うと、イーアンはいつも胸が苦しくなる。ラファルはどこにいるのかなと・・・野放し必須の精霊命令だと聞いているが、()()近くにいる日くらいは―――



「僧兵に似た人間がいたか、だったな」


 ワンコがきょろきょろしている頭に手が乗り、ちらっと動いた鳶色の目を魔導士は見下ろした。


「ラファルを探すなよ」


 だって、とワンコは思うが、溜息を吐いた魔導士は歩きながら、『一時期』と話し始めたので、イーアンも横に並び、聞き漏らさないように垂れ耳をちょっと持ち上げて聞いた。


 人の少ない町だけれど、長い尾が目立つ外国の犬(※ティヤーに珍しい)を連れた旅人は、歩道をすれ違う人に、たまに話しかけられては『ハイザンジェルで手に入れたんだ』と足を止めることなく答えてやり過ごす。

 その合間合間、バニザットが記憶を手繰って話す内容は、顔色一つ変えずに話せるような中身ではなかった。


 何度も、イーアンは『え?』と眉を寄せたが、魔導士は全部終わるまで質問を受け付けなかったので、『以上だ』と話を〆た時、イーアンはすぐに尋ねた。



「その人が、どこ行ったのかは」


「言ったろ。『行方知れず』が、俺の知っている最後だ」


「そこから先は探さなかったの」


「魔法陣に現れなかった以上、そこ止まりだ」


 当時は、俺もサブパメントゥ絡みは手付かずだし、と魔導士は呟く。この一言は、『サブパメントゥに連れて行かれたとしても知る由ない・調べる手はない』の意味。もし、僧兵と似た境遇で奴らが一枚噛んでいても、蚊帳の外の話。

 獅子と付き合いがあった魔導士だが、こういった()()()()部外者のために時間を使わなかった。



「何でいきなりズィーリーに?」


「ああ~・・・服装だな。あいつは、前の世界の衣服をずっと着用していた」


「母国の?」


「そうだ。あいつの誇りと郷愁と、自分自身を示すのが、あの服だった。この世界にはない文化の服だから、どこへ行っても、目立つには目立った。

 ないとはいえ、良い生地と仕立て、何重にもした豪華さは、色褪せようが擦切れようが、隠せるもんでもなかったし、誰が見ても『どこかの特別な人間』だったと思う・・・男がズィーリーに声をかけたのは、()()()()の人間と決めつけた一言だった」


 じっと見上げる犬に、話しながら視線を落とした魔導士が、一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべる。


「どこの高貴な人かと思ったと、な。旅をしていて会ったことがないほどだと、そんなことを言ったよ」


 ズィーリーが自慢なんだな・・・と感じる、魔導士の微笑みと言い方に、イーアン犬はうんと頷く。

 彼女が褒められたのは、魔導士に嬉しいことだったから、何百年経っても、思い出せば蘇るのか。親子みたいな二人を垣間見るようで、微笑ましく思う。


「お前も見ただろ?俺が見せてやった、あの服(※1791話参照)」


「見た。ちゃんと知らないけど、()()()()()が着る印象の服。髪飾りや剣も鞘も凄かったし、革の靴も」


「そんなところまで覚えているのか。よしよし」


 ワンコの頭を、機嫌良さそうに撫で回す手に、イーアンは頭を振って遠慮。可愛がられる理由はないので、次の質問をする。


「結局、その人自体、大きな意味は持っていなかったの」


「あったかもしれない。だが、俺には『ない』。ズィーリーが、何度か戸惑っているのは分かったが、それは」


 魔導士は言葉を切って、イーアン犬を見つめ『同じ世界から来た、それだけだ』と呟く。分かるだろ、と言いたげな相手に、ワンコも目を伏せる。



 ―――書庫で読んだ記憶から、ズィーリーは、彼と何度も話をしたようだけど。


 彼が同じ世界から来たことで、『元の世界へ帰りたい』と、そうした機会を求めている感じはなかった。

 ズィーリーの記憶には、何かもっと・・・危険を未然に防ごうとする言葉が並んで、彼の存在自体を懸念したふうに、読んでいて受け取れた。


 だが、彼女の記憶では、その男が数日後に立ち去って終わっている。追想して、反省する気持ちは続いたみたいだが、ズィーリーは一人で抱え込む性格だから、反省の内容も『不思議な男の事情』に触れていなかった―――



 だから、魔導士に聞こうと思って、こうして来たのだが。


 魔導士は、去った男を追いかけた。お前の目的はいったい何だったのか、それを問い詰めに行ったらしいが。

 言葉を数回交わした後、男がその場から姿を消し、待っていたが戻らず。探しても相手は行方知れずで、この男との話はここまで。



「質問、終わりか?」


「うーん・・・じゃないけど。『どこの王族』だったのか、分からないよね」


「知らない。ズィーリーには、自分の記憶の身分と釣り合う、親し気な打ち解け方を見せたが。()()()()はそこら辺の男だしな。品格が滲み出るやら、そんなこともない」


 俺も思い出せるのはこんな程度だと、魔導士は話を〆る。犬は頷いて『分かった』と溜息を落とした。


「おい。次はお前の番だ」


『何が』と返したワンコに、小太りのおじさん(※魔導士)は足を止めてしゃがみ、犬の頭の横に顔を並べる。


「どこから入手した情報かは、聞かんでやろう。お前の望みに答えたんだ。俺の質問にも答えろ」


「あ。またそれか(※取引)」


「あ、じゃない。なんでもいつでも『タダ設定』するな。僧兵に何があった」


 質問はそれ? 僧兵に何があったかと聞かれ、イーアンはちょっと目を瞬かせてから、『コルステインがね』と昨日の出来事を教えた。


 魔導士は黙って話を聞いたが、聞き終わると『後で調べてやる』と言った。

 何か思い当たるのかなと見上げるワンコの頭を撫でて、もう一度『後でな』と繰り返すと、路地に入り・・・女龍は犬の姿を解かれた。



 *****



 イーアンはその後、用は済んだということで帰される。

 ラファルは次の町へ行くので、顔を合わせないで戻るよう、強引に帰らされた。ラファルがイーアンを見ると、彼の気持ちが()()()()、と言われたら・・・・・


「黙って引き下がるよりありません」


 心配だけど。ちょっとでも、たまにでも、お顔を見て声を掛けたいと思うけれど。イーアンは真上に飛んで、イヌァエル・テレンに入る。


 男龍が来るとまた邪魔されるため、そそくさ龍の島へ向かい、ミンティンとアオファを見つけて間に休ませてもらう。少しでいいから眠りたい。寝不足ですとミンティンに伝えると、青い龍は了解した(=男龍から守ってくれる)。


 すぐに寝そうになるのを堪え、書庫と魔導士の情報を併せて考える。




 ―――ズィーリーは、ある日。食事処の昼時、声を掛けられた。


 バニザットが同席で、壁のない屋根だけの食事処、表通りに面した席。雑踏と喧騒が賑やかな、南の町の昼、その男は現れた。


 当然バニザットは気づいており、男が間近に来た時に止めた。ズィーリーは『私が食事に気を取られていた時に、バニザットの注意で顔を上げた』それが最初の印象に。


 魔導士は男に近づかないよう注意したが、ズィーリーが一歩遅れて顔を上げたのを見て、男は彼女しか目に入らなかったのかもしれない。

『目が合うなり話しかけられて、異世界から来たことを見抜かれた』そう、彼女は警戒した。


 食事中でもあり、魔導士は脅しをかけたそうだが、ズィーリーは警戒しながら『自分が聞かなければいけない話では』と必要を思う内容で、結局、その人物と数日に渡り、会話する時間を持つ。


 バニザットはいつでも側にいたが、会話に入ることなく、移動にもついてくる男を見張りながら、日々は過ぎた。

 会話に割って入らないそれは、ズィーリーの危険まで感じなかったからだろう。ズィーリーが相手の話を聞く姿勢から、彼女への尊重もあったかもしれない。



 追っかけの男は、見た目は、普通。年はズィーリーと同じくらい(※30代)。

 服装も旅慣れした衣服、特徴はないに等しい薄い印象の外見だが、話していたことは驚きの連続。


 ズィーリーが耳を傾けたのは、彼女しか知らない事実を、男が知っていたからだった。


『私の前世は、あなたと同じ世界にいた王族です。記憶は昨日のことのように思い出せる』―――



 ・・・実際。ズィーリーの感じたことや、彼女の知識から推測するに、その男の『前世』とやらは、中央アジアの王国の歴史を思い出させた。


 ズィーリー自身は、博学というか、教育を受けた高位の身分だと思う。

 彼女が気付いたのは、中央アジアの王国だが・・・男の話から推定するに、ズィーリーがいた時代よりも前の出来事や文化が多く、彼女は『真実の話』と信じた。


 でも男の要求は、何だったのか。ズィーリーも理解できなかった。


 ただ、男の話には武器や戦争の話が印象的で、素晴らしい強度の武器や、軍隊や地理を活かした戦法など・・・ 『()()()()、イーアンたちがどこかで聞いたような』話が多かったそうな。


 男は会話の合間、何度か気になることを伝えた。『世界を繋げることは可能だ』。


 ズィーリーはこの男を訝しんだが、それ以上を聴くことを躊躇う。そして、ズィーリー独特の回避方法『無視』により、男は数日付きまとった後、『どこかでまた逢えたら』を最後の言葉に、消えた。


 続きは、バニザットが先ほど教えてくれた通り。


 男を追ったバニザットは、会話の内にいくつか不審な点を持ったが、会話中に『小便だ』と言って離れた男を待っている間に、男は消えてそのまんま。



 その男は・・・ ズィーリーが()()()知っていたのだろうか。

 女龍であり、この世界にいなくてはいけない壮大な存在である、彼女を。


 なぜならズィーリーは、自分からそれを決して、口にしなかったから―――



 *****



 ラファルと、他の島へ移動した魔導士は、彼を町に置いて別れて、町外れでサブパメントゥの碑を壊す。

 行った先々にある、この面倒臭い代物を片っ端から潰すのが、せめてものラファルへの仕事・・・としている。



 随分前にも程がある、生前の思い出をなぞりながら、引き返す来た道で。


「前世と・・・確か、あの男はずっとそう言っていたな」


 前世ではなく、赤の他人の記憶が我が事のように、頭の中にのさばっていたら、そう思うのかもしれない。その状態は僧兵と同じだと、イーアンは言った。


 コルステインが僧兵を連れて消え、まだ僧兵もコルステインも会っていないから、その後の経過をイーアンは知らず、分かっているのは『僧兵が戻る』ことだけだと。


「ズィーリーに付きまとって、同情を求めた男は行方知れずで終わったが。あの僧兵は、どうやら旅の仲間について動くと、ザッカリアの予言が出たか。じゃ。そいつに聞いてみるか。まずは、『何があったか思い出せるか』だ」


 コルステインが絡んだ時点で、大事。記憶が丸々消去されて戻されてもおかしくない。



「随分前のあいつの意味を。再びこの世界を歩く俺が、僧兵を通して知るのかもしれん」


 それを思い出せるのは俺だけ・・・ 魔導士は、仮の姿で乾いた道を歩き続ける。


 日差しが強い島の片隅、自称王族を名乗った人物が『この世界を繋ぐ』と、ズィーリーに話していたのを思い出しながら。あの男は、強力な立場(女龍)を利用して、()()()()()()()()()()()のだろうかと・・・今更、思う.


遅くなってしまって申し訳ありません。

最近少し立て込んでいるのと、脳の調子がありまして、物語のストックが追い付かず、また近いうちにお休みを入れると思います。

その際には、早めに最新話の前書き・後書きにてご連絡します。


いつもいらして下さる皆さんに心から感謝しています。有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ