2546. 僧兵転送 ~サブパメントゥ『脱け殻』消滅・異質地上絵・幻の大陸・コルステインの読み
※明日7月2日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
一刻を争う。シャンガマックが、父の要求の仕方で気づいたこと。
クフムには言うな、合図したら伝えろ。交代劇の僧兵を連れて行くにしろ、父はイーアンにそう言ったらしいが、それは僧兵の存在が危うくなるわけではない、と分かる。
いや、危ういかもしれないが、ザッカリアの予言が外れるまで行かないと、そんな感じでは。
交代役の男が死んだら、ザッカリアの予言は外れる。予言だから絶対ではないけれど、彼が見ていた未来は常に正しかった。今回もまた、ザッカリアは『正しく生じる未来』を伝えているはず。そして父も、僧兵をこちらに戻す気でいる。
だとしたら―――
「そこまでにしておけ」
「ヨーマイテス」
走り続ける獅子は、闇のサブパメントゥを抜けた後、現在テイワグナの大地疾走中。
日は高く、海原が右手に見える大きな丘、疎らな木々の間を走る。木漏れ日が眩しく、濃い影と輝く光の忙しい林で、獅子は背中の息子を振り向き『余計だぞ』と注意した。
「うん。その。今、コルステインと打ち合わせした場所へ、向かっているんだろう?」
「そうだ」
「地上を走るのは、どうして」
「都合だ」
「・・・そうか。時間が掛かるかなと思ったから」
「バニザット。影伝いじゃない理由は、いつだってお前のためだぞ(※そうでもないのに)」
え?と聞き返したシャンガマックに、ヨーマイテスの金茶色の鬣が大きく振られ、獅子の顔が向いた先につられて視線が動く。
林の中からだと、途切れがちに・・・流れてゆく木々の合間、見え隠れする前の風景が何か気づき、シャンガマックは『もしかして』と驚いた。巨大な絵が丘にある。
「あれは」
「もう着く・・・こうして見るのが好きだろ」
優しい父の配慮に嬉しく、笑顔でお礼を言う。だけど時間は大丈夫なのかなと、それは気になるシャンガマックなので、『間に合うか』をちょっと尋ねると、獅子は『間に合うからこうしているんだ』と返事が戻った(※正論)。
「コルステインは、どこで待っているのかな」
テイワグナは、日差しが痛いくらいに熱く、白く眩しい。熱風に巻き上げられた砂さえ、光をはねる煙の如く。向かう絵は、一段高くなる丘の斜面にドーンと描かれて、側に影もないのに。
「あいつがいるんじゃない。あいつがよこすのを俺が飛ばすんだ」
「な。何を言っているの?どういう」
へ?と眉根を寄せた騎士に答えず、獅子は速度を上げて、ぐんぐん斜面の絵に近づき、林を飛び出し、丘の麓で足を止めた。
丘は広くなだらかで、絵のある斜面はざっと200m幅。麓から上がる高さは10mほどあり、横長の絵は、雑草の合間に埋もれても、絵柄の線が太く深く削られて、影が作る段差で分かる。
どこかで見た雰囲気だなと、獅子の背を降りたシャンガマックが近づこうとすると、獅子はそれを止め、『見やすくしてやる』と斜面に向かって口を開いた。さくっと、雑草が消滅。
「見やすい。有難う。これはどこの種族の絵?」
「サブパメントゥだ」
「そうなのか。今までと、ちょっと印象が変わるな。ここに・・・コルステインが、何かをよこすのか?」
「そうだ。来るぞ」
「来る?」
着いたばかり。雑草が消え、絵の全貌を見たばかり。サブパメントゥの産物と聞いて首を傾げた直後。漆黒の瞳は真ん丸になる。
ぐにゃっと波打った横長の絵は、丘を離れて立体に変わり、刻まれた絵が宙に浮いて動く。不意に、絵の一方から人間が現れた。
大きな口を開けた鳥らしき絵が、人間を咥えている。その人間こそ―――
「あれは、僧兵では」
「静かに」
呟いた騎士に獅子は注意し、ハッとしてシャンガマックは頷く。獅子は『あいつがこっちへ来る』と頭の中で伝えた。
僧兵は暴れているが、声も音もないまま、鳥から隣の生き物に渡される。
抽象的で分かり難いが、横に一回り小さい蛇、その隣が四つ足の肉食獣、奇怪な一つ目の生き物、続けて足の生えた舟、舟の次はヨーマイテスの前で、歪な円に縁模様がある扉・・・・・
動いているから、扉と思うが。円の枠を持つ、両開きの扉がぐらぐらしている。動く絵の端から来た僧兵が、足の生えた舟に乗せられ、舟は歩くように何本もの足を動かし、獅子の前まで来た、その瞬間。
獅子は、大男の姿に変わる―― 僧兵の振り返った顔を目掛け、両手を突き出したヨーマイテスは、ボッと唸る音と共に青い火の玉を放った。僧兵は呆気なく青い火の玉に飛ばされ、扉がばたんと開いた奥へ消えた。
ほんの僅かな、一秒に満たない出来事。
扉はぐらつきながら戻り、隙間から淡い桃色の光がこぼれていたが、それも消えた。
「終わりだ」
ぽかんと口を開けたままの息子が、ゆっくりと振り向いて、ヨーマイテスは息子の顎を押してあげる(※閉じる)。
「終わったのか。今ので?あれは」
「全部は話せない」
「あ・・・うん。そうなのか。でも、どうなんだ。僧兵が戻ってくる気がしないが」
「戻るだろう。あいつ自体に用はないから」
「用はない」
棒読みで繰り返した騎士に、焦げ茶色の金属のような肌を、陽光に輝かせる大男は微笑んで、息子の頭を撫でた。
「ない。それは分かる・・・この場所の意味も用途もはっきり知らないが、俺が見当をつけたことを少し教えてやろう」
ヨーマイテスが話し始めると、動いていた横長の絵も斜面に戻り始め、数分も経たずに、すっかり元通り・・・斜面に刻まれた、遥か昔の絵に戻っていた。
*****
コルステイン側はどうだったかと言うと―――
連れて行かれた僧兵は、これまでに関わった古代サブパメントゥを『呼ぶ餌』にされた。
当然、コルステインの気配がすれば来ないので、コルステインは僧兵を置き去りにし、距離を取って様子を見ていた。
僧兵の変化を見るもう一人は、スヴァウティヤッシュ。
スヴァウティヤッシュは気配も何も関係ない。古代サブパメントゥが、離れた位置から僧兵を殺そうとしても止められる。
寄ってくる古代サブパメントゥが、僧兵を見つけるより。
スヴァウティヤッシュが、古代サブパメントゥを感知する方が早い。
コルステインが追っていた、サブパメントゥが来て・・・スヴァウティヤッシュが、相手の意識を牛耳り、知りたいことを掴む。
最初は、コルステインの知りたかったこと。次に、イーアンが困っていたこと。
最初の質問は、旅の仲間に直接関係しておらず、サブパメントゥ内の問題で、これは古代サブパメントゥの意識から、スヴァウティヤッシュが引きずり出した。
続く、イーアンの困りごとが、サブパメントゥから僧兵に質問され、僧兵はこれに答えながら・・・スヴァウティヤッシュは、僧兵の中にいるもう一人の意識を掴み、男の存在に詰められた意味を知る。
果たして、スヴァウティヤッシュは『俺が知って良かったのか』と感じたが、知ってしまったものはどうにもならない。
得た情報を聞いたコルステインは、スヴァウティヤッシュに始末を頼む。
僧兵はそのままだが・・・ダルナは、意識を握った古代サブパメントゥを地上に進ませる。自分の意思に関係なく遺跡を出て、日の光に当たり、呆気なくその存在は失われた。ここには、この一人しか来ていない。
消された古代サブパメントゥは、追いかけていた一人で、『脱け殻(※2385話参照)』。
アイエラダハッドから動き始め、ティヤーで僧兵たちに襤褸布を渡したり、たまに移動の手を貸していたサブパメントゥだった(※2515話参照)。
スヴァウティヤッシュは、コルステインに尋ねる。俺が知って大丈夫な『秘密』なのか。コルステインは何も気にしておらず、黒いダルナに『お前。大事。いい。大丈夫』と知ることを認めた。
スヴァウティヤッシュが知ったのは、僧兵から受け取った情報。
呼び名まで知らないが、大きな大陸がいくつもの異次元と繋がる役目を持ち、大陸のどこかから・・・僧兵に、別の人間の意識が入り込んだ。
この事実を、恐らく僧兵本人も理解していない。入り込んだ別人の意識もこれをどこまで把握しているか疑問で、全体を丸ごと読み取ったスヴァウティヤッシュだからこそ理解した。
世界の大きな秘密だったのではないかと、スヴァウティヤッシュは、足を踏み入れた気がして恐れた。
とはいえ、コルステインに問題ないと言われ、スヴァウティヤッシュは『誰にも言わないよ』とだけ約束した。コルステインはニコッと笑って頷き、『大丈夫。コルステイン。お前。守る。する』何かあっても守ってあげるからね、と約束返し。
このダルナは、コルステインにとって重宝以外の何ものでもない。知らない間に信頼関係が生まれるもんだ、とスヴァウティヤッシュは少し笑い・・・ この後の仕事をコルステインが行う。
僧兵と、内在している意識を分離させる。
ダルナと別れて一人で移動し、一番近いサブパメントゥの地上絵に立ったコルステインは、海と向かい合い、張り出した崖の天井に覆われた、光の差さない地上絵に僧兵を置き、転送。
僧兵の転送先は、幻の大陸『アスクンス・タイネレ』を示す、別の地上絵でサブパメントゥ用。獅子を待たせた所は、これまでの地上絵と若干違い、種族の長がこれを動かす。
あの斜面の絵は、コルステインによって発動し、大きな鳥の絵―― コルステインの親 ――が咥えた僧兵は、手伝いの衝撃で・・・幻の大陸へ運ばれた。
―――この事情、ヨーマイテスは、よく分かっていない。
本当にアスクンス・タイネレ行きかどうかも知らないし、コルステインが使うのも、詳細を教えられていない。コルステインに命じられた時、『僧兵を壊して、戻す』としか言われなかった。
だが、散々、何百年も世界の知恵を集めたヨーマイテスとしては・・・
恐らく。あの大陸が関係しているだろうと見当は付けた。推理の範囲を出ないにせよ。
テイワグナの、大海原を臨む丘。古い時代のサブパメントゥの絵は、地上絵の一種だと考えていたし、コルステインがそこで待つように命じたのも、何をするかを教えたのも、そして、ヨーマイテスに手伝わせたのも、重大なことであり、条件が合うのは『幻の大陸』。
異質な地上絵を発動させる時。コルステインと近いサブパメントゥが手伝う・・・要は、家族が手伝うもんだろうと、その力の釣り合いを思えば。
急ぎの用事で昼間、自分が選ばれたのは真昼間だからと分かる。家族の立ち位置に、時間帯の都合で選ばれた自分は、これを探るのはやめようと思えた―――
そして・・・『急ぎの理由』も聞いていない。コルステインが急いでいただけで。
コルステインが急を要したのは、アスクンス・タイネレの不安定を気にしたから。
いつ閉ざされるとも知れない、大陸の動き。『一刻を争う』――― わけでは、なかったけれど。
問題を見つけたコルステインは、確認を取り次第、『ある人間に起きた事故』を片付けたかった。この人間は、アスクンス・タイネレの影響と判断したからには。
残党のサブパメントゥがこの人間の秘密を知り、これを使おうとしていたことも。
どう使うかなんて、分かりはしないだろう。地上絵を動かせるのは、サブパメントゥではコルステインしかいない。
だが、あの手この手で空を追う輩が、サブパメントゥの道具まで人間に持たせて、『幻の大陸行き』の機会を、目を離さず窺っている状態、それを引き起こしたのはあの人間だと気づいた時点で―― スヴァウティヤッシュが、残党サブパメントゥから仕入れた情報を手繰り ――コルステインは、これを片付けることに決めた。
獅子を呼び、手伝うように話し、イーアンが僧兵を捕らえていることから、引き渡してもらった。イーアンの心配・・・ザッカリアが『交代する人物』と言った、それも引き受けて。
交代するのは、『二つの人間を含んだ僧兵』ではなく、『一人分の僧兵』になってから。
それは出来ると考えたコルステインは、イーアンに会う前までの予定通り、アスクンス・タイネレへ僧兵を飛ばした。
アスクンス・タイネレに・・・・・ 足を踏み入れたら。運が許せば戻れるが。許さなければ終わるだけの話である。
ザッカリアに予言されたなら、あの人間は戻る。
アスクンス・タイネレの影響を受けた人間が、消去されるも生き戻るも、それは運命次第、役割次第と、コルステイは捉えている。それより―――
他にいるかもしれない。こうした変異の人間が現れが、どこへ向かうのか。
コルステインは自分がいつまで、敵対するサブパメントゥに手を出さずにいられるかを考えた。
お読み頂き有難うございます。明日の投稿をお休みします。よろしくお願いいたします。
雨や暑さが体に影響する時期です。皆さんどうぞお体に気を付けてお過ごしください。いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。有難うございます。




