2545. 僧兵事情まとめと『一時預かり先』・再現証拠品
※6500文字くらいありますので、どうぞお時間のある時にでも~
捕虜状態の男について、これまでに分かったことが、皆に伝えられる。
タンクラッド、シャンガマック、フォラヴ、ミレイオ(とシュンディーン)、ルオロフ。
イーアンは随時、担当者状態だったので、昨晩の『クフム打ち明け』を除く、全体の8割はイーアンから、残りの2割がシャンガマックとルオロフによるものだった。
一部しか伝わっていなかったこと、裏が取れるまで伏せられていたこと、前後する話をまとめるのはイーアンではなく、タンクラッドが聞きながら調整した。
「職業『僧兵』は、確実なんだろ?」
「本人がそれを直に口にしませんけれど、自供中の立ち位置、業務内容、行動の質は、『僧侶の枠』を飛び出していますから、絶対そうですよ」
タンクラッドの最終確認は、神殿が男に与えた業種。
これにイーアンは『一度も自分から僧兵とは言っていないはず』と斜め上に視線を向けて数秒考え、頷いて『私は聞いていないですね』と会話を思い出しながら呟いた。
「言った言わないは曖昧でも、イーアンとの対話で暴露している内容が、決定ですよ」
シャンガマックも、これは決定で良いだろうと言う。やや考えていたタンクラッドは、僧兵についての説明をまとめて、繰り返した。
「『一般信徒』自称の『僧兵』か。
ホーミットが映像で見せてくれたから、僧兵が『荷箱盗難』と『殺人』箇所は省く。記憶映像にも映っていたが、古代サブパメントゥと緊密に連絡を取り合って、移動も頼めれば、道具まで使える仲。
神殿と利害が一致したからと、個人的にそこまで付き合えるか疑問だが・・・ まだ他にも、利点があるのかもしれないな。
最初のイーアンとの会話で、敵意が仲間意識に一転した『銃』の話。この知識のきっかけが、イーアンの元居た世界の可能性もあるわけだ。また違う世界でも、同じように『銃』は生まれ、使われているかもしれないにせよ。
二回目の会話、助かりたいだけで、話せることだけ話したとはいえ、べらべら喋るあたり、切り替え方が異常に感じる。
アイエラダハッドに動力を売ったのも、『神話の道(※聖なる大陸』用に火薬に手を付けたのも、流れで武器を作り出したのも、自分が発案したと話した(※2533話参照)。ここまで暴露しておいて・・・なぜか、『銃と火薬を押さえなくても、神殿を止められる』とほざく感覚。
捕獲された時からその会話まで、捕らえたこっち側が『銃を危険視している』のを分かっていて、なぜその言葉が出てくるのか。
この男は、イーアンが調べた結論、『自分と同じ世界から来たわけではない』。イングが見抜いた、僧兵の中にある赤の他人の記憶が、以前の世界の誰かのもの・・・と考察して、今後はどう扱うかで、イングはひとまず捕獲目的の、『殺人事件の証拠集め』『神殿の動きに釘刺す一手』を片付けようと、ルオロフを嗾け」
「嗾けたわけじゃないですよ」
ルオロフがイングのために、それは語弊だと訂正。親方は頷いて往なし、イングは無表情。
「ルオロフに、憎悪をぶつけた僧兵の意識から、イングは件の『銃』を物質として再現。
続いて、帳尻を合わせたような展開で、クフム交代説の情報だ。『神殿が過去に行った売買契約』の書類を入手すれば、目的のはしりを押さえられる。これからだが・・・・・
『ウィハニの女に会いたがる印象』やら、『拘束でいいから側に』の要望やら。感想を言うなら、こいつ自体が意味が分からん。取っ散らかっているな。本当に性格が犯罪者向きだ。偏見かもしれんが」
支離滅裂だと困惑する親方に、イーアンも『私もそう思う』と見上げる。
「自分の為だけ、に動くと。こういう人物像になりがちです。私を『ウィハニ』と気づいていないようだけど、そうじゃなくても『俺と同じにおいがする~』みたいな・・・しねぇよ!」
「しない。当然だ(※流す)。で?」
「はい。あいつにとっての利点が、神殿よりこちらに傾いたのでしょうね。そこからは鞍替えしたいと感じる、押し。営業ですよ、しつこいの。
話せることは何でも話して、客が関心を持ったら、条件の良い客に乗り換えるような」
「イーアンがとても怒ったから、その場で殺すのかと思った」
シャンガマックがぼそっと呟き、イーアンは首を横に振る。失笑するフォラヴに『虫が良いですね』と理解をもらう女龍は、『自分がしたことを何とも思っていない気がする』と僧兵の壊れた感覚に眉根を寄せた。
「で、さ。イングがこれから、神殿との繋がりになる何かを・・・手に入れるつもりでしょう?それと、僧兵が交代する前に、クフムに証言させるわけ?」
ミレイオの発言に、さっとルオロフがそちらを見た。他の者も、『クフムが僧兵の顔を見ている』ことからそれを想像したらしく、頷き合っている。
「いえ。それは良くないかも」
ルオロフが止めるより早く、イーアンが唸って首を捻った。
「アイエラダハッドの知恵に便乗して・・・が、何年前か。時間が経ち過ぎているかもしれません。ルオロフ、アイエラダハッドに動力付きの船が登場したのは、いつか知っていますか?」
お、と思ったルオロフに、早速女龍の質問が入る。
赤毛の貴族は、首を横に一振り『正確には知りませんが』を前置き、5~6年は前だろうと答えた。自分が噂に聞いたのは、そのくらい前と言うと、イーアンは頷く。
「5年前として、『5年前に設計図の説明を受けた』とクフムが僧兵本人を示すとします。でも僧兵は、裁判の場で、目いっぱい白を切ることもできます。
例えばここで、相手の心を操作できるダルナ、スヴァウティヤッシュに手伝ってもらっても・・・僧兵が自分で話して、神殿がそれを認めるとは思えないし、証拠品がない自供は」
「話の腰を折るがな。スヴァウティヤッシュに手を借りれば良いんじゃないか?言われてみれば」
口を挟んだタンクラッドに、女龍はちっちゃい溜息。『判決までの期間、全てを手伝ってもらわないと、一時的では粗が出ますよ』と、簡単ではないことを答えた。
「それに、どちらにしたって証拠品提出を求められるはずです。で、ですね。クフムを証言台に立たせても、『私たちのと関係』を聞かれますでしょう。それ、困りますよ。クフムが危ない~ではなく、私たちの息が掛かった発言と見做される」
女龍の言葉に、ルオロフは同意を示す。さすがお母さん(?)と、杞憂に終わった懸念にホッとする。思っていたことを丸々話してくれた女龍に、ルオロフも『確実にそこを突かれます』と添えた。
「とりあえず。クフムを前に出す案は、抜いた方が良い気がしますね」
僧兵の裏打ちについては、シャンガマックの一言で〆る。続けて、一度静まった場にミレイオから別の問いが投げかけられた。
「クフムの代わりって。予言でも、とてもそんなキチガイと一緒になんて、無理よ」
ミレイオは、証拠集めに使った後の、僧兵の行き先を懸念する。行き先=自分たちと同行、らしいが。
「クフムが入った時も。いえ、今も私の気持ちに変わりないですが、とても嫌悪感がありました。自覚のない犯罪に、ケロッとした態度。それでも嫌だったのに、交代役はもっと酷いです」
吐露するフォラヴの発言に、皆も彼が嫌がっているのを見ていたので否定はしない。クフムの最初も、抵抗バリバリだったのに。
「私が本気で嫌悪を向けたのは、『生き延びたゴルダーズ公を見た後だった』というのも、あるでしょう。ああした犠牲を山のように出して、それを知らないと顔を背けるクフムは」
「そうですね。クフムは最近、心を入れ替えたようだけど・・・罪が無くなるわけではない。そして、次が更に、強烈な殺人鬼で、自分のことしか考えていないとなれば」
妖精の騎士の我慢した文句を、イーアンが遮り、話を進める。
イーアンが連れてきた、クフム・・・が今度は、とんでもない奴に交換。僧兵を籠に入れたのは偶然だが、この悪化に罪悪感を感じつつ、女龍は僧兵の対処に唸った。
「私も、正直に言って良いなら、心が耐えられると思いませんね」
ぼそりと落としたのはルオロフで、さっと皆に視線を走らせた赤毛の貴族は大きく溜息を吐いた。
「同じ船にいるのも嫌ですが、使う場面でも。あんな男に頼らないといけないのは、ちょっと。そうしないといけない事情も、無論あるとは思います。でも利用と言えど、気が塞ぎます。耐えられない限界を感じたら、私は違う手段で・・・今後の同行を選ぼうと」
ルオロフの、苦痛を伴う危惧。フォラヴもまだ船にいるし、これは精神衛生上かなり問題と感じたミレイオは、『この場で僧兵の対処を決めよう』と、イーアンに意見した。
大事な相談なので他の仲間も呼ぶかと、タンクラッドが呟く。だが、オーリンを呼びたくても、もれなくクフム付き。
オーリンはやはり呼べないので諦めるが、シャンガマックは『父を呼びます』と、扉に視線を向けたその時。シャンガマックがびくっとして、さっとイーアンを見る。
「父が、龍気のこれを解くようにと、今」
すごいタイミングでお父さん受信の要求を伝える騎士に驚くも、イーアンはすぐ対応。
「はい、すぐ解きます。トゥの魔法はそのままでも?」
「トゥは良いんだが。イーアンの龍気だけ解いてくれ」
脳内命令を頂いたらしき褐色の騎士に、隣に立つフォラヴは『何か、急いでいらっしゃる?』と友達の表情を気にした。するとシャンガマックは『コルステインが来る』と答えた。
はたと、皆は固まる。イーアンが龍気の膜を引っ込めた一瞬。イーアンの頭に、コルステインが話しかけた。
『下。暗い。お前。来る。する。いい?』
*****
そしてイーアンだけ、下に降りる。イングに僧兵の籠を任せ、皆にも待っていてもらい、呼び出された船底へ行くと、バラストと積荷の暗い部屋に青い霧が待っていた。
『どうしましたか』
『イーアン。お前。持つ。あれ。する?』
霧はふわふわしながら側へ来て、人の姿に変わる。青白いぼんやりとした光がコルステインを包み、イーアンが『あれとは何でしょうか』と尋ねる顔を見つめ、『あれ』ともう一度言った。
『ホーミット。お前。持つ。する。言う。人間。サブパメントゥ。道具。持つ』
『え。まさか。僧兵のことですか』
それそれ、と頷くコルステインに、嫌な予感がするイーアンは『私が管理しているけれど、あれに何か用が』と聞いたところ―――
『コルステインが連れて行くの?!』
思わず脳内で叫んでしまったイーアンに、コルステインはそんなに驚くことではないとばかり、大きな目をパチパチして『うん』と認めた。
『ダメ?』
『いいえ、あの。いや、その。ダメではありませんが。でもどうして』
『使う。する』
・・・人間を使う発言。何に使うんだろうと怖くなるが、イーアンの不安を感じ取るコルステインは、大きな背を屈めて女龍の顔の高さに合わせ、『大丈夫』と安心させる。
『あれ。悪い、サブパメントゥ。あれ。殺す。したい。だから。コルステイン。使う』
『あー・・・残党のサブパメントゥが、あいつを探しているのですか?あれを殺したくて探しているから、コルステインはあの男を使って何かする、と』
そう、と頷く大きなサブパメントゥに、即決を求められるイーアンは悩む。
皆に相談もせずに決めるのも、と迷ったところで、サブパメントゥの気配が増えた。奥を見ると、金茶色の獅子が現れ、イーアンはますます不穏を感じる。
「ホーミット」
「あの僧兵だ。こっちで預かる。連れてこい」
「こっちって・・・サブパメントゥでと仰っていますか」
「そうだ」
即答もできず、言葉に詰まるイーアン。この二人は、あの男がクフムの代わりに来るのを知らない―― まずはそれを話そうと決め、聞いてほしい話があると伝えた。
全部聞いてから、獅子はコルステインと脳内会話数回。コルステインが、かくっと首を傾げ『平気』と一言。短すぎる返答に、えー、と困るイーアンだが、間を置かずに獅子も『よこせ』とこれまた直結の要求で、イーアンは困る。
「クフムの代わりにくる、とザッカリアに言われているんですよ?それにあいつは、私の世界の何者か、意識が混ざっていて、その人物はまだ存命で扱いが」
「二度も同じ話をするな。聞いていた」
「じゃ、そんな簡単ではないくらい、分かって頂けるでしょうに」
「お前が分かれよ。コルステインが引き取るんだ。揃った事情に左右されているだけで、使い道も考えていないお前が、引き留めるに値するか?」
獅子の言い方はキツイ。が、言い返せない。イーアンは唸って俯き、『そうですね』と絞り出す。確かにそうだと重い息を吐き、どうすることが正解か、自分の意思を関係なく動く物事相手にもやもやするが、イーアンは『戻って取ってきます』と背中を向けた。
「俺が合図するまで、クフムには黙っておけ。クフムはそれまで同行だ」
背中に投げられた、獅子の言葉。え?と振り向いたイーアンの驚く目に、獅子は他に言わなかった。
*****
イーアンは船底を上がり、食堂で待つ皆に『急ですが』と本当に急な要求をされたことを伝える。
皆も、獅子のざっくり問う質問を聞くと『コルステインたちが必要なら』と顔を見合わせた。
聞いているだけだったが、シャンガマックは父がそうした言い方の時、一刻を争う印象があり・・・自分も一緒にと、言いかけて。イングが止めた。正確には、籠を手にした女龍を。
パッと振り向くシャンガマック。父が急いでいるのにと思ったが、イングは他の者を部屋の片方に下がらせ、シャンガマックもそこにいるように命じた。
「イング。何をしようとしているのか分かりませんが、コルステインたちが下で待っていらして」
「すぐ終わる。イーアン。僧兵に、姿を見せず、お前の声が聞こえる状態にしろ。布を上げて、お前の声だけが聞こえるように。他のやつ、絶対に喋るな。一言でも発したら、石に変える」
え・・・凝視するイーアン。強引で脅しのような命令にざわッとしたミレイオたち。そんなの気にもしないイングは、イーアンに次の指示を出す。
「いいか。お前の話し方、お前の声なら答える相手だ。神殿がアイエラダハッドに、知恵を売りつけた時の」
ここでハッとしたイーアンは、ダルナが皆まで言わずとも頷いて、床に籠を置き、赤い布を人のいない方に持ち上げた。すぐに僧兵は『なんだ』と自分から呟く。
「お前に話がある」
イーアンの声、喋り方で、僧兵は籠の中に立った。『お前か?用はなんだ』ルオロフの次だけに、反応が良い。
「お前が話していた、アイエラダハッドに生き延びていた知恵のことだ。お前と神殿が貴族に売りつけた時、モノだけの取引で済んだのか」
「・・・モノだけの?直に持ち込んだか、と言っているのか?金銭以外で、神殿は合意のやり取りを」
「お前自体が、だよ。私が聞いたのは。お前が、火の粉のかからない手厚い保障でもあったか?ってんだ」
イーアンの面倒そうな言葉に、僧兵は疑問を感じたのか。答えはすぐに戻らない。だが男の意識に浮かんだ『代物』を感じたイングには、ここまでで充分―――
青紫のダルナは、イーアンの背中をトンと触り、もういい、と合図。イーアンは『終わりだ』と強制終了を告げ、僧兵の返事を待たずに布を掛けた。
「イング」
振り向いた女龍を見下ろした青紫の男は、片腕をゆっくりと持ち上げ、その手から香気が漂い、香りは形に変わって・・・ぴらっと、一枚の皮紙がイーアンの足元に落ちた。拾い上げるイーアンは、唾を呑みこむ。
「これが」
「それだ」
*****
僧兵の名と所属修道院の名、日付諸々が、アイエラダハッド貴族の名前と共に並ぶ、皮製の紙を読んだルオロフとシャンガマックにより、『そのものだと思う』と可を出された後。
イーアンとシャンガマックは船底へ降り、待っていたサブパメントゥに籠を見せた。
僧兵は、籠から振られる。床に落ちるより早く、コルステインの操りが人体を掴み、同時に青い霧の中にそれは封じられた。
コルステインは、改めて何かにしまうようで、にこっとイーアンに笑いかけると空気に霞んで消えた。獅子は、シャンガマックに背に乗るように言い、騎士は獅子に跨る。
「イーアン。後で報告す」
「余計な約束するな」
遮られた騎士の挨拶に、力なく頷く女龍。獅子はさっさと踵を返し、背に息子を乗せて闇に消えた。
お読み頂き有難うございます。




