2541. 夜 ~工房訪問約束・イング推測『死霊引き金』・僧兵、書庫不向きな男
☆ガヤービャン地区に入った一行は、お昼に和んだ後は、船で情報共有。それから宿に移り、尋ねてきた魔物製品製作希望の職人と会いました。
今回は、職人二人の会話の続きから始まります。
近所だと言われたオーリンは、疑いが終わる(※窓から工房見えた)。
宿の主人は話に加わらず、彼らが来た時点で奥へ引っ込んだので、ホールには、二人の職人とイーアンたちだけ。
彼らは『時間がある時に、話を聞かせてほしい』良かったら今でも、と誘うが、さすがに着いたばかりで・・・目を見合わせる皆は、今は無理、ということにした。
僧兵の籠は、イーアンの足元。クフムは、先に部屋。ルオロフも付き添いで一緒。ついでにイングも、部屋(※イーアンの)。この状況で、近くても『今すぐ行く』とはならない。
急だから仕方ないと二人の職人は思い、いつだったらいいか、尋ね直す。
明日は、警備隊と荷物の引き渡しがある。同じ時間に、別行動で被っても良いのだが・・・どちらも機構の話だなと、予定を思い出すタンクラッドたちは、騎士に意見を求める。シャンガマックとフォラヴは互いを見て『早速だ』とちょっと笑った。
「では、タンクラッドたちの誰かと、通訳はルオロフ、それと私が行くのはいかがですか?シャンガマックは警備隊への通訳を兼ねて、イーアンの補佐で」
「そうするか。俺はイーアンと・・・ええと。ミレイオか誰か、製品説明で来てもらえると助かるんですが」
フォラヴが工房行き、シャンガマックはイーアンと警備隊相手、ここに職人を振り分けてはどうだろう?と褐色の騎士が聞くと、ミレイオが挙手。『そっちは私が一緒に行くわ』で決まり。
続いてタンクラッドがオーリンに顔を向け、自分の胸に指をトンと立てた仕草で、オーリン了解。『俺は残るか』とすんなり、オーリンはクフムの見張りを引き受けた。
ティヤー人二人は会話の流れを聞いていたが、『明日の午前に三名』と確定の様子に、誰が誰だかよく分からないまま、『それじゃそれで』と頷いた。
痩せ型の職人が、ちらっと白金の髪の優男に目を留める。この白金の髪の男は、来るんだなと。視線に気づいてそちらを向いたフォラヴが、じっと見ている相手に小首を傾げた。
「あんたも?職人じゃないんだろ」
素朴な質問は、なぜ来るのかと含んでいる。フォラヴは頷いて『私は騎士です』と話す。
「私たちがハイザンジェル騎士修道会で、魔物製品を使い、魔物を倒しました。実際に戦いましたので」
「あんたが?魔物を倒したのか」
「ええ。数えきれないので、頭数はお伝え出来ませんが」
へぇ。
陶器のように白い肌、白金のふわふわと波打つ輝く髪、澄んだ空色の瞳、白いまつげ、品の良い微笑みの、男だか女だか分かりにくい、綺麗なお兄ちゃんが。
顔に書いてあるように全部が視線で分かりやすい職人に、イーアンが咳払い。フォラヴは気にしておらず、さらっと『ね。シャンガマック』と褐色の騎士に振り、シャンガマックがゆっくり頷いて、フォラヴの肩に手を置く。
「お前が誰か、この場で言うほどだと思うか」
「ご自由に」
「ふむ。俺は言った方が良いと思う。すまない、その舐めるような視線を控えてくれ。彼は妖精だ。霧で視界を覆い、黒雲のない空に雷を走らせる。だが、その偉大な力を使わなくても、二年の魔物退治で死線を潜り生き残った男だ」
シャンガマックの解説に、おお、とミレイオが感動する。イーアンも真顔で頷く。オーリンとタンクラッドは『そうなんだよな、フォラヴは』とひそひそ。
職人二人は何となく居心地悪くなり、『そうか。強いんだな』で終わる。微笑み涼しい妖精の騎士に『では明日』と〆られて、二人は宿を後にした(※さっさと)。
フフッと笑った妖精の騎士はちょっと振り向いて、友達の漆黒の瞳を見上げる。
「有難う、シャンガマック。あなたはそんな風に、私を見ていらしたのですね」
「当然だ。俺の戦友よ。あれじゃ言い足りない」
フォラヴの嬉しそうな顔に、シャンガマックがにこりと返す。美しいなぁと、イーアンは心で絶賛し(※イケメン同士)、オーリンは笑顔の綺麗なフォラヴが男であることを、つくづく残念に感じた。
「騎士で、実用したから~の感じで、話が終わってしまいましたが。そこじゃありませんよ。フォラヴがいないと、契約の署名が二度手間」
騎士が来る意味、分かってないでしょ、とぼやくイーアンに、シャンガマックが『そうだな』と話し半ばの曖昧さに苦笑した。職人のタンクラッドたちの署名は、その場しのぎで使えても、結局は機構に書類を通す前に、派遣騎士の署名で書き直す。
「機構の派遣団体が、騎士修道会。それは伝わっていそうだけどね。ピンとこなかったのかな」
オーリンも首を傾げながら、『騎士業にだけ反応していた彼ら』の様子を思う。ルオロフが、『アイエラダハッド聖蹟の騎士団は嫌われ者だ』と話したことがあるが、同じように感じただろうか。
「とにかく私は工房に行きますので、書類取り交わしまで話が進めば、私の意味も理解されるでしょう」
妖精の騎士は、ホールの窓から見える、斜向かいの工房に顔を向けてちょっと笑った。
*****
夜。昼食が遅かったので、通りの店頭販売で持ち帰りの料理を購入し、皆はそれぞれの部屋で食べる。
何のかんの言って、常に一緒にいるのだが。
今夜は、イーアンがイングと話し中で、シャンガマックはお父さんが来て留守。フォラヴは『明日に備えて』と契約書類一式、読み直したいそうで・・・早くから自由行動になった。
「・・・イングは、『大元』が」
「そうは考えなかったか?」
―――アイエラダハッドにいた、古代種の網元紛いがティヤーにもいるのか。曖昧で一定しない存在の、犬の霊を糸口に、『死霊の切れ目』を考えたイング(※2537話参照)。
犬の霊もふわふわと出て、与えられる以上の力を出せるのは、国の特性というよりも。
『死者の霊魂』への強化、と捉えた方が早い気がしたイングは、全体にそれが生じている仮定で視野を広げた想像をした。そうすると、死霊が出やすい環境に変わった上(※『原初の悪』関与)、呼ばれやすい接点も発生したと思うのが自然だった―――
ドルドレンの戻らない夜、部屋で待ちつつ、イーアンは深刻な問題を思う。イングが教えたかったことは、『ちょっと見落としていたかな』で済まない、鋭い点だった。
「ここの人間がどう生活してきたか、俺が知るわけもない。だがどの世界でも、人間は似ている。レイカルシが言っていたんだろう?『真相を知るための祈祷、降霊術も呼び出す』と」
「そうです。それで死霊が、魔物に攫われると・・・神殿の連中は、知っていて呼び出す印象でしたが(※2481話参照)」
「案外、発端作りが神殿と思えなくもない。何が起きるか分かっていれば、利用して、人間を減らす速度を高めもする。『降霊で、死霊に真相を確かめる』と世に拡散すれば、なるほどと、疑わずに従う者は、後を絶たない現状」
大きな体のイングは、寝台にどっさり腰かけ、組んだ手の片方で、窓を一つ指差す。
「今朝の魔物に憑いた死霊は、経緯が異なるが。馬車の民だって、心の弱い人間であるには変わりない。どこかの噂で『魔物が墓に眠る魂を呼び起こす』『何か吹き込まれている』と耳にした後、『死者の魂の声を聴く確認を』と、解決策紛いを聞いていたら。
どんな人間でも、自分たちの先祖の魂が、なぜ魔物に変わってしまうのか、事実を知りたいんじゃないか?特に、先祖の繋がりを敬う民族は」
イングの説明は、当たっている気がする。
『触れ回る』の表現が正しいのか。誰かが、降霊術・祈祷による、死霊を出す方法を教唆している。
―――レイカルシが、死霊や霊魂から聴き取ったのは、『原初の悪が許可した』ために、死霊が魔物に憑いた内容。
イングが今回見つけた『大元』は、これといった何者かの存在を捕らえたものではなく、死霊が呼び出される頻度の高さと速さに、焦点を当てた結論。
吹聴し、教唆し、そんなこと思いつかなかった人たちにまで『呼び出して聞けばいい・確認すればいい』と植え込む声が、『大元だ』とイングは話した。
「全体的に、止めないとだめですね」
顔の下半分を手で覆ったイーアンは、眉間に皴を寄せて唸るように呟く。死霊を呼び出さない。まずはそこを押さえて、どのくらい被害が減るか。
どっちみち、魔物は出るのだが・・・少なくとも先祖絡みの魔物ではない。その差は大きいと思う。
出来るだけ早く、全土に回る連絡方法を考えるイーアンを、イングは見つめた。手伝ってやれる手段はあるが、まだもう少し悩ませておく。何でもかんでも力を貸しては、有難みもないと・・・・・
「話を変える。そいつのことだが、2つ質問がある」
徐に切り出した、『そいつ』について。顔を上げたイーアンの横を、青紫の指が示し、イーアンの置いた籠に視線を下げる。
「そいつが一人じゃないと、さっき言っただろう。別の人間の意識を抱えている」
「イング。なぜそんなことが分かるのです」
「お前への最初の質問だ。なぜ、お前は気づかないのか」
「え?だって」
「別の人間の意識は、分離した記憶で、今も生きていて、それは俺たちが知っていた世界にあるぞ。俺やお前、他のダルナや精霊(※まそら他)と『同じにおい』がしているはずだが、お前は気にしない」
瞬きする女龍は、ゆっくりとイングから籠へ、顔を向ける。二つの意識?別の人間の記憶は生きている?それも、私たちがいた世界に?
私が気付いていないのはおかしい・・・そんな。アウマンネルは、そんなこと何も言っていない。書庫にも、向こうの世界から来た人間の記録に、こいつはいない。
不審を露にした女龍の目つきは、籠に固定され、その横顔にイングは『もしかすると』と、可能性を話した。
「俺は感じ取ったが、その人間の存在の意味は、そこまで大したことじゃないのかもしれない。お前たちの旅に影響するほどではなく、一時的にお前の問題・・・そうだな、仮にこの国だけの面倒や隠れた危険を知る手がかり、その程度であれば」
「一時的な手掛かりで、『以前の世界の生きた記憶を抱えて世界の旅人に係わった』と仰いますか。向こうの世界と繋がっているなら、旅路に大きな影響を与えるのに」
「例外もあるだろう。経験は知識ではあれ、同じ条件の物事に対して、変わらぬ活用の保障を持つわけじゃない。
俺は、お前から聞いている話しか知らない。よく考えて並べてみろ。何かの手がかり、危険性の示唆、場所の推測、そんなことを集約したのが、その人間かもしれない」
充分、重要人物じゃないの――― その内容、重要にしか思えないけれど、『一時的なヒント』<『世界の旅』の解釈なら、そうか。
旅路に関わる重要度が低い、として僧兵を考えてみると・・・ イーアンは唸る。
異世界取り寄せの私は転移者で、女龍という、絶対的立場。
タイロンは『一時的な転移者』だけれど、ズィーリー時代も女龍の意思経過を聞くために現れるポジションだった。旅の進行に大切な、布石なのかもしれない。
ラファルは転移者だが、この世界手前で、死の状態と推測。龍因縁の種族の、呪いを受けた彼の存在は『問う者』として謎に包まれているが、私たちとの関りを断たれることはない。
そして、エサイがいる。やはりラファルと同様に、向こうの世界から移行中に転生→こちらに来て狼男→精霊の祭殿で『狼男延長』を望み、世界の旅人―― 私たちに力を貸す立場として、今に至る。
・・・ふと、気づいたのは。
私もラファルもタイロンもエサイも、意識がこの世界にあること。
それを言うと、ズィーリーも彼女の時代に現れた、似たポジションの人たちも。遡れば、始祖の龍も。書庫に記録がある『転生・転移者』は、全員この世界に、意識がある状態。
僧兵は、この男自身の意識の他、イング解釈曰く『分離した、向こうの世界の誰かの意識』が中に入っている・・・・・ ということは、つまり。
この男に入っている別世界の何者かの意識は、こちらの世界で自我として存在していない?
それで、書庫にないのか。一時的の意味は、そこに―――――
睨むように籠を見つめていたイーアンは、神殿及び、僧兵の話を改めて思い起こす。
『聖なる大陸』が目的で、ティヤーの神殿は魔物に隠れ、破壊と殺戮に乗り出した。
爆発で道が開ける大陸というと異世界の可能性大。もしかして、以前の世界と繋がっている・・・いや、そのものかもしれないのだ。
神殿の動きを、止める方法。こいつにまだ、聞き出していないけれど、それと別で。
この男の存在や、話の交錯点を俯瞰したら、全貌を把握できるのだろうか。ヒントとして、神殿の・・・もしくは神殿が引き起こす、更に根深い問題へ近づくのか。
「イングと話すと、実のある内容が多い」
ふーむと唸ったイーアンは、両手指を組み、片方の膝に引っ掛けて体を逸らす。視線を合わせたダルナは鷹揚に頷いた。
「何よりだ」
「あなたの視点。大事ですね。じっくり考えて、この男に質問をしようと思います」
「質問。聞きたいだけ聞いたら、イーアンはこの者をどうする気だ」
「・・・まだ、それは考えていません。野放しはあり得ないですけれど」
姿勢を崩し、両膝に肘を置いたイーアンは、赤い布を被せた籠を見て、溜息を吐く。そこも考えている最中。
「捕獲は、行動を止めるのに必要でしたから良いのですが。いつまでもこうは出来ません」
「殺さないのか」
「無駄に殺す気もありませんよ。危険を前にするなら、消す気はあるにせよ」
「お前らしいな、イーアン。俺の2つめの質問は、こいつの処分だ。使い終わった後、向こうの世界の人間が、意識を持たせているこの男、どう扱うか」
イーアン、今更過ることあり。
そういえばエサイが『こいつは何か変だ』と言い続けていた。エサイは気づいていたのかも知れない。何、とまで分からなくても、僧兵が記憶持ち以外に・・・微妙な気配を発していることを。
「何のために、捕獲したか。話せるなら教えてみろ」
上から目線の従うダルナは、会話の合間合間で黙り込むイーアンに促す。イーアンも少し考えて、イングに話すことにした。
要所を押さえた一部始終を聞き終わり、青紫の男は視線を横に投げる。
「ルオロフ。僧兵と最初に関わった男をここへ」
お読み頂き有難うございます。




