2537. ワーシンクー島魔物退治③ ~村人への『銀』、神殿への『餌』・道端の馬車
銀は、体に毒ではない印象しかなかったイーアンだが、毒素のある魔物はどのような変異を辿ったのか。
今回はイングにより、瞬く間に『銀から派生した魔物』が『銀』に変わったため、変質の経緯や周辺の情報を調べるまで行かなかった。ダルナにとって、人の根掘り葉掘り探る確認はどうでも良く、何の意味もない。
見抜いたものがそうであり、基礎に戻したら銀が出た、その程度だった。
イーアンが回った三つの村は、三つとも金属加工に係わるような雰囲気はなかった。土地の人たちが全く知らない地下に、銀を含む鉱床があったとは。
確か、一トン当たりで100g~300gくらいしか採れないと・・・前の世界の本で読んだが、この世界も同じ具合だとしたら、眼前に広がる銀色は、純銀ではないにしても相当なものだと、イーアンは固まる。
ダルナの魔法で、抽出一瞬――― どのくらいの範囲か気になるが、とにかく他の鉱物に混じって生まれる銀を引っ張り出したのが、この光景。
イングは銀を含有している率を見抜いて、その他の鉱物の毒性は『銀と一緒によくあるもの』と捉えているのかもしれない。
今回の魔物が広げた毒は、恐らく銀を抱える他の鉱物が原因ではないか。
こうした魔物が現れる場合、少なくても情報として参考になる理由や事情は、できるだけ覚えておきたいと、イーアンは怖く思った。
それはさておいて、イングは次の予定『銀集め』に移る。といっても、イングが集めるわけではなく、これを村に知らせて終了するつもり。
『誰の土地で、誰の権利で~から始まって取り争いが起きる可能性がある』・・・そんなことを気にするイーアンを往なし、考えていた続きも話した。
「人間はそれを噂する。魔物退治で女龍が来て、救われた後に畑は失ったが、魔物を宝に変えて行ったと」
「それは私ではなく、あなた」
「イーアン、そこじゃない。女龍が変えた宝を、お前が敵視している連中は、取り上げようとするだろう。だから村人に、そこまで話しておけ。『畑の代わりに与えられた、魔物製品の一端であり、これを無償で提供することはないと言え』と。
この話を知った以降、お前を追いかけて、神殿の人間たちは同じように求める。引き換えに好きな条件を付けろ。魔物を退治して、確実に宝に変わるわけではないことも釘を刺し、お前の良いように餌をぶら下げればいい」
イングって。 青紫のダルナの、単純明快且つ、人間をよくご存じな簡単な動かし方解説に、イーアンはじっと彼を見つめ『頑張ります。有難う』とお礼を言った。
宝の使い道は、これで良いとして。もう少し知りたいことを尋ねておく。なぜ、湖に死霊がいたのだろうと気になっていたイーアンがそれを質問すると、ダルナは首を湖の方へ傾けて呟いた。
「あれが、聖水として貴重がられている。死者の祈りを、あの湖は聞き続けた。墓はなくても」
「イングには、死霊の言葉や残る声は聞こえないのに?」
「聞こえない。だが、宝扱いされている対象を、透かし知ることは出来る」
「あ・・・そういうことか」
そうだと頷くダルナに、イーアンも納得。
誰かが死者の祈りを捧げる度に、持参した宝を湖に置いていくようで、イングには湖の底に沈む、時代を超えた宝が見えていた。
死者の声を聴く専門・レイカルシがいたら、もっと細かく事情が分かるだろうが、今はこれで充分だった。それで繋がったのは、丁度魔物が出たタイミングで、誰かが死霊を呼んだという、先ほどの話。
植物的な魔物が呼び出したとは思い難いので、死霊が魔物に憑くと知らない占い師や祈祷師が、それを行ったかもしれない。
知らずにいると危ないので、探し出してせめて教えておこうとイーアンは思った。
これをイングに話すと、イングも了解してくれたので、二人はまず下へ降りて『銀塊』を証拠に持ち、村に行って、魔物退治を完了したことと、金属だらけの小峡谷から上がる山の現状を伝えた。
銀の輝く塊を前に驚く人々。畑はしばらく使えないが、この銀を均等に分けて凌いでほしいとイーアンは伝え、彼らは畑を悔やみはしても、ウィハニの女の齎した思いやりに感謝した。
それと。もし神殿の誰かや、もしくは商人などが目を付けても、『ウィハニの女の与えた条件』を話し、決して譲渡や献上をしないように頼んだ。
この世界の文字を書けないイーアンなので、証明書など便利なものを作れないが、正当な手続きで購入しない相手への対策として、長い尻尾から白い鱗を数枚取って、村人にあげる。
「これを、奪おうとする相手に渡せばのですか」
鱗を代わりに渡すの?とおじさんたちが不安そうに受け取ったので、イーアンは否定した。
「違います。これで撃退して下さい。私の鱗は魔物応戦用ですが、龍の風が守るよう命じます」
そう言って、凝視する皆さんの前、白い鱗に『悪い人間は吹っ飛ばして良い(※簡単に)』と命令。鱗は聞いているんだかどうだか、無反応ではあるが、村人は信じた。
これを行く先々の村で教えてから、その都度『祈祷師か占い師は居ますか』とイーアンは尋ねてみた。
だが、三つの村のどこも『いませんよ』の返事。ある村で『祈祷師に用があるのですか』と問い返され、イーアンが湖の話をすると、村人たちはとても恐れた。
「それは、私たちではないです。この地域はどこも墓地は村の敷地にあって、死者は村で埋葬します。あそこを訪れるのは、昔話を信じる旅の者たちですよ」
「湖は、村の持ち物ではないのですか?」
「村のものですが、曰くつきの場所なので・・・あの山ごと、農地として使っていません」
それで小山には畑がなかったのかと理解し、イーアンは『旅の者というのは、どんな人たちか?』を聞いたところ、村人は少し言い淀んで、悪く取らないでほしいと前置きした。
「差別しているつもりはないですが、馬車の民が遺体を載せている時は来るので、私たちは湖に行きません。湖の水も、遺体を洗っているそうなので、さすがにその水を畑には使わないのです」
「馬車の、民。遺体。湖で?」
そうです、とおじさんの一人が困惑していた。数日前に、村境で馬車を見かけた人がいて、それかもしれないと言われた。
*****
龍気も減っている状態で、イーアンは探すことにする。馬車の家族が近くにいるかもしれない。さっきのタイミングで魔物が出て、死霊が憑くきっかけをつくったのであれば、彼らはまだ近くでは。
イングに相談すると、イーアンに飛ばないよう彼は言い、手に女龍を乗せる。
「馬車を探すんだな?魔物にやられたかもしれないが」
「だとしても、見つけたいです。多分、そんなに離れていない気がして。私たちが来てから今までの時間、馬車の家族が遠ざかったとしても」
言葉を切った女龍の心配そうな顔に頷いて、イングは周囲を見渡し行く先を定め、空から探す。
心配した割には、探してくれたのがイングというのもあり、時間もかからずに見つかった。傾斜する道脇に倒れた馬車、五台が―――
*****
倒れているのは馬車だけでなく、馬もそうだった。ティヤーの馬車の馬は大きくなく二頭引き。馬車の轅と一緒に倒された馬は、既に魔物の犠牲になって死んでいたが、骨折や外傷の様子から、魔物に襲われる前に致命的な怪我を負ったのが分かった。
イングに待っていてもらい、一人で地上へ降りたイーアンは、人を探しながら馬の死体の状態で、彼らの慌てた手綱の狂いを感じた。馬は10頭。死んでしまったかと可哀想に思った矢先、びくっと動いた足を見て、イーアンは駆け寄り、もう一頭の死体の下敷きになった馬に龍気を流す。
流しながら、腕を龍に変え、轅と馬具から馬を放し、他の馬は?と頭を上げる。
焦げ茶色の馬が少しずつ回復する横で、他にも命拾いした馬を見つけ、4頭は生きていると分かり、瀕死の彼らを一頭ずつ、不自由から解放して道端に寝かせた。
馬が先――― その理由は簡単で、ここに人が一人もいないから。
人を探すべきだろうが、見える範囲に動く影はなく、馬車と馬だけが転がったそこで、一刻を争う命をイーアンは先に救う。
「まずは人だろう、と誰かは言うかもしれない。でも命は一緒ですよ」
頑張って!と馬に声をかけながら、イーアンは馬に龍気を注ぐ。
全然足りない龍気に、ここはルガルバンダを頼る。魔物が出ない状況の補充だけなら、彼。ルガルバンダ、龍気を送ってくださいと念じた数秒後、イーアンの体にほとばしる龍の影が巻き、龍気は体中を駆け巡って膨張し、イーアンは漲る龍気にふーっと一安心。
「さっさと頼めば良かった。でもこれで、治せますよ。頑張って。立てるようになりますからね」
頑張れ、頑張ってるけどと、女龍は馬を励ましながら、龍気で覆い白く包む。
浅い傷ならイーアンも早く治せるようになったけれど、ビルガメスたちのように、すぐさま対象の怪我を治すことはない。大怪我で危うかった肉体、どこまで回復するか、気を揉む時間。
数分し、馬の一頭が首をブルッと振って右前脚を持ち上げる。ハッとしたイーアンの目の前で、他の馬たちも首を起こし、体勢を立て直し始めた。
馬に食い込んだ木材や馬具の傷は消え、滑らかな毛が、回復した肉と皮膚の上を覆う。馬は全て立ち上がり、女龍に顔を寄せた。イーアンも喜んで『元気になった、良かった』と馬たちを撫でる。
「さ。次はあなた方の飼い主を探します。まだ危ないし、ここにいて下さい。イングに任せま」
しょうね・・・を言いかけ、イーアンは黙った。全く、感じなかったのに―――
『龍よ。お前の優しさに礼を』
「どなた」
転がった馬車の横から、現れた姿に目を瞠って聞き返す。
下りの道の周囲は低木林で、林の先は畑の丘。木々の高さは2mもなく、林だけに木と木の隙間が広い。乾いた土は畑の影響で細かな土や砂が被り、轍跡にも土埃が入るため、人の足跡があれば目に付くはず。
足跡一つなかった第一印象、風で足跡が消えたのかと思っていたのだが、実は違ったのかもとイーアンは思った。
馬車の横に立つ姿は、不思議な犬のお面を付けた人間・・・に近い何者かで、人間ではないことだけは確かだった。邪悪さもなければ、他の種族の気配でもない。精霊かと思ったが違うのも伝わる。
答えない相手は、間を置いてから『そちらへ行っても良いか』と訊いた。
「あなたは、誰なのですか」
『太陽の手綱に。いや、この家族に昔、世話になった霊』
お面の誰かは答え、イーアンの脳裏に過る記憶。テイワグナで、サマハジーブへ導いた馬車歌四章のワンちゃん(※1538話参照)。
「あなたは、もしかして・・・馬車の人たちを守ったのですか」
『馬は間に合わなかったが、人は守った』
異様に細い黒い手足は、よく見れば犬の足。木彫りの面は犬を模した簡略化で、二足歩行の体に黒と灰色の、ぶちの一枚皮を巻いている。
「皆さんはご無事ですか?」
『無事な者と、そうではない者』
「あなたが影響ないなら、こちらへ来て下さい。この馬たちをあなたに任せます。それと、馬車をどうにかしないと」
『龍。話を聞いてほしい』
午前の太陽が、少しずつ中天へ近づく時間。
足元に影を持たない犬の霊は、ゆっくりとイーアンの側へ来る。滑るように、風に舞い上がる土煙に霞むことなく。
――真上から見ているイングは、じっと双方の会話を聞き続ける。
「俺も、気づかないとはな。どうもティヤーは、レイカルシのようなダルナが合っていそうだ。
直接ではないにしろ、間接的に他の奴が絡んでいる印象もある。死霊やら霊魂やら。アイエラダハッドで言う、魔物にもならなかった古代種(※幽鬼他)のような、あんなのよりもっと存在が不安定な者なのに、こう頻繁に見るとなると」
もしや、アイエラダハッドにいた、古代種の網元紛いが、いるのか・・・青紫のダルナは、見上げもしない犬の霊が、イーアンに何を頼む気か興味を持つ。
これを糸口に、死霊を断つ対策が打てる気がした。
お読み頂きありがとうございます。




