2536. 馬車の家族の道・ワーシンクー島魔物退治②~毒と鉱物・イングから収入源提案
古来から伝統の模様を描いた派手な馬車は、清める水を求めて湖へ行き、死者を洗って、また来た道を戻る。
魔物に殺された家族を乗せた、数日。
弔う場所はまだ遠く、気持ちは苦しさから解放されない。
放っておけば腐ってしまう肉体を、言い伝えられる方法で保護し、何日も持たせるが、死者への祈りと共に、洗う清めを繰り返すので、『目的の聖地』まで日数が掛かる。
道すがらで、神殿の者に会うのも、馬車の進みを妨害する。どう伝わったか知らないが、馬車の民が神官や司祭を巻き込んで、雲隠れしたことで(※2461話参照)罪を問い質されるのだ。
馬車歌を研究したい学者は、度々現れる。
時代や地域で、馬車の民ではない人間が、関心を持って近づく。何百年も前の『時の剣を持つ男』は、学者ではなかったが、馬車の言葉を覚えて、馬車歌を学んだ一説も残る(※1858話:直接ではないが参照)。
現在のティヤーでも、ある学者が興味を持ち、馬車の家族の一つと繋がった。
それが、神殿の者だったのか―――
学者がついて回る話は、風の噂で知っていたが、その馬車の家族があの日、忽然と消えた時、ティヤーの神官や司教、司祭、役職の高い人物たちの一部が、一緒に消えてしまった。
魔物が出始め、翻弄される加速に心は追い付かず、残された自分たちも危険を感じて、聖地へ集う。
この非常事態で、馬車の家族を守ろうとする精霊が現れたが、裁かれる恐れから頼れなかった。決して他に漏らしてはいけない伝説を、馬車の家族以外に教えたことは、咎めがないとは思えない。
他に教えてはいけなかった伝説。それは、解釈の曲解や誤解を避けるためで、欲のある人間が伝説をもとに罪を犯しかねないから。
外部の人間に、馬車歌を知られてはいけないのではなく、知られてはならない箇所を教えたら、それは意図的な罪。
消えた家族と共に、神殿の高位がいなくなった話は、恐らく、それだ。残された馬車の家族は、誰もがそう思った。
精霊に頼りたくても、頼れない事情。罪を犯した家族の責任を担う、残された者たち。
魔物に遭遇すれば、逃げるしかできず、逃げ果せないと死傷者も出る。聖地へ着くまでに、何人生き残っているだろう。
自分たちの馬車は、魔物が出る前日、ワーシンクー島に上がったから、まだ。
だが他の家族は、ワーシンクー島に辿り着けるかどうかも危うい。渡し船の本数も減って、危険も増えて、悪い噂が回ったために、神殿からも挫く声を投げられて。
精神的に疲労がやまない日々をこなしながら、五台の馬車はこの後、虫の魔物の群れに襲われた。
*****
この魔物は、人や家畜に張り付き、舌を刺す。刺さるのは鋸状の細かい先端で、傷ついた側から創傷部が黒ずみ、肉が壊れ始めるまでほんの数十秒。ザクッと刺すと、すぐに魔物は次へ行く。
血液に乗った毒は体を廻り、被害者はその場で動けなくなってしまうため、イーアンが助けに入った時には、既に死者も出ていた。恐ろしい見た目の恐怖から、ショックで亡くなってしまった人もいた。
村を襲う虫の魔物を倒しながら、イーアンは負傷した人や家畜の為、龍気から雲と雨を作って降らせる。
アイエラダハッドはカビシリリトの町で行った魔法(※2261話参照)。半透明の白い円盤から落ちる、霧雨のような龍気が、怪我した人や家畜を癒す。
毒は、イーアンの龍気が触れた時点で消え、蝕む進行が止まると、驚くことに一度は黒ずんで壊れた肉体も戻る。
傷口だけは、龍気を注ぎ続けないと癒えないが、毒が早く抜ければ壊れかけた肉も、元に戻るのが早かった。毒抜きだけでも終えれば違うと、全体に降り注ぐこの魔法で、負傷者の対処をする。
龍気の減りが気になるが、ちょっと触れるだけで、襲われた体さえ戻せるならと、イーアンは残量を気にしながら、各村へ行った。村を離れる時は、尾の鱗を取って投げ、白い龍の風を戦わせる。
「今日はイングがいてくれて・・・地上分は、私一人でどうにかなりそうだけど」
三つめの村から見上げる青空に、イングの使う魔円陣が浮かんでいるのが見える。
大型の円盤状のそれは、晴れた空に掲げられてさえ、競うように輝き、虫の大群は延々と吸い込まれて消えてゆく。上がった魔物は、全部おびき寄せられているのだと分かると、何とも心強かった。
「まだまだ出てくるのだろうか。まだ続くなら、手段を変えないと」
龍気の減りが心配なイーアンは終わる気配のない魔物の出方に、次の方法を急いで決める。
ルガルバンダに頼むなら、ミンティンを呼ぼうかなと思う。龍気補充は重要だが、人手不足もある。
もしも、まだ魔物が出るなら、自分が回れない場所を手分けしてミンティンに行ってもらえる。一緒に行動する時間で龍気を支えてもらい、別行動でも頼もしい。これはルガルバンダに出来ないので・・・
まずはミンティンかと、龍気の抜けを感じ始めたところで、呼ぼうとしたその時。
イングの香りが鼻先に流れた。三つめの村で負傷者と家畜を癒していたイーアンは、その香りと共に村人を振り返り『私の仲間が来ます』と咄嗟に告げ、一秒後。青紫の鱗を輝かせる大きなダルナが、現れる。
わっと人々に驚かれはしたものの、イーアンが『どうですか』とすぐ彼に尋ねたため、村人もこの青い大きな龍のような者が、魔物を倒していると理解し、緊張しながらも黙った。
「もうじき終わる。相談だ・・・が、イーアン。大丈夫なのか」
長い首を下げたイングは、人々の側に膝をついて世話する、女龍の龍気の減り方に気づく。目を逸らして首を横に振り、女龍は無言。大丈夫ではない様子・・・・・
「ここが終わり次第、数時間経たずこの先でも、同じ魔物が現れるだろう。その一区切りの間で、元を俺が倒そうと思うが、これらの元は、使える。倒し終わった後、使い倒す方を選ぶのは」
「あなたがそう思うなら、私はそれを頼みます」
ダルナを信頼する女龍は、提案の詳細を聞いていないが、遮って頷く。話途中で遮ったのは、龍気の減りで意識が覚束ないから・・・見てわかるその状態に、青紫のダルナはイーアンをそっと抱き上げる。
「イング、まだ治していません」
「もうやめておけ。お前の制限があるだろう」
「だけど」
やめておけと、大きなダルナの両手が女龍を包んで、民から引き離し、不安そうな人間をちらっと見て、何も言わずに浮上した。
「お前が俺に連れて行かれたと思うだろう。お前が途中でやめたとは思わない」
「イング・・・そんなこと気にしないでも」
「お前の邪魔をして、お前を守るのは、俺の仕事だ」
それに、とダルナは口に出さずに思う。先ほどの村の人間たちは、家畜も含めて、体に問題はない状態に見えた。イーアンは少しでも楽にしたいと動くが、それで自分を犠牲にするのは違う。
黙った女龍を両手にすっぽり包んだイングは、これが終わったら空に帰るように言ったが、もう少し付き合わせることを選ぶ。
「今すぐ、空に戻してやった方が良さそうだが。お前も見ておいた方が良い」
「はい。大元の魔物を倒すのですよね?居場所を見つけたのですか」
「見つけた。そいつは動かないが、放っておくと同じ魔物が出てくる」
見つけたの言葉に、イーアンはダルナの顔を見上げ、ダルナはその視線を受け止めて『使えるんだ』と教えた。
飛べばあっという間の移動先は、あの湖付近。湖の周囲は色が変わっておらず、青草も木々も魔物に襲われていなかった。イングは上から眺めたまま、片手にイーアンを持ち、もう片手で湖を指差す。
「あれが死霊」
「え」
「あれだ。死者の声が滲んでいるんだろう」
俺には聞こえていないがと呟く青紫色の横顔に、イーアンはキョトンとする。なぜ・・・聞こえないのにそう思うのか。でもイングは深く答えず、次に手前の黒ずんで割れた地面を示し『あれが』と先を続ける。
「あの魔物が発生した最初の場所」
はいと答える女龍を掴む手を緩め、ダルナは大きな手の平に座らせてから、腕をゆっくり右へ広げ、次に『あそこにいる』と目的の大元を見せた。最初こそ、どこかと目を瞬かせたイーアンだが、徐々に言われた意味が解る。
「植物」
「そうだな。あの群生がそうだ。小山脇の小峡谷を覆う。湖の周囲も全く同じ植物が囲んでいる。小峡谷は、銀がある」
「・・・銀、ですか?銀って、金属の」
「もちろん。それ以外にない。俺はお前に最初、何と言ったか覚えているか」
「あなたは、ご自身を『宝のダルナ』と」
つられるように口にした、イングの能力。イーアンを見つめる、水色と赤が揺れる瞳は面白そうに動く。
「銀を掴む植物の魔物が、土中の虫の卵を魔物に変えた。それだけでも魔物は魔物だが、さらに時を同じくして、何者か死霊を呼び出したから」
「あの魔物に変化したと」
魔物が湧いて出たところに死霊が入ったことで、湖と裏の小峡谷は、地面も草木もそのままだったのか。正解は分かろうわけもないが・・・イングは短い解説を済ませ、群生する植物の野原の上へ飛んだ。
「この大元は、銀に」
そう言うと、イーアンを乗せた手をそのまま、イングの長い首がゆらっと揺れて、彼の特徴の香りが空気に増し、高貴な花の香が薄青い輝きになって落下。
見る見るうちに、植物の群生は枯れ、逃げようとするが如く枯草はバサバサ倒れた。枯草が異様な煙を上げ始め、イングはそれも対処する。ダルナがじっと見つめた数秒で、黄土色の煙は空中に一度は宙に伸びたものの、半端な高さで砂に変わって落ちた。
「何をしたのでしょうか」
「動けないなりの、最後の足搔きだな。あれを吸えば、死ぬのか」
生き物は死ぬとダルナは教えて、最後の仕上げ。イングの香りがむせ返るほどに強くなり、風が吹く。燻る枯草原は、誰かが鍬で土を起こすみたいに、ぼこぼこと盛り上がり、すさまじい勢いで一帯の地面が掘り起こされた、その続き―――
「あ!銀?」
「余分を除いた」
銀色の輝きが、午前の日差しに煌めきを渡す。
全体が、白銀色の眩い地面に変わり、小峡谷から湖山頂まで、銀に包まれた。うわぁ!と驚く女龍に、ふふんと鼻で笑ったイングは、目が合ってゆったり瞬き。
「使えるな?」




