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魔物資源活用機構  作者: Ichen
烟雲の如し
2535/2961

2535. 旅の三百八十日目 ~イングの『封じ籠』・ワーシンクー島魔物退治①

 

 船に連れてきた僧兵は、獅子に意識を止められているが、体は生きている。この状態で放置すると、不思議空間でもない限り、生体に影響が出始める。



 朝一番で、女龍は獅子からそれを聞き、本島までもう数時間あるので、朝食より早く外へ出た。結界の時間制限もあるし、今日中には対処する気だったが、急ぐ。


 また龍気の補充に行かないと。そう思いながら、龍気を魔法に変えて呼び続けること一分。良い香りが潮風に流れ、青紫色のダルナが女龍の前に現れる。今日はドラゴンの姿。



「イング。お願いがありまして」


「俺も丁度お前に、頼みがあったところだ。先に言え」


「? はい・・・あの、オウラを入れていた水槽。ああいうの、私に貸して頂けませんか」


 何に使うんだと聞き返され、イーアンは事情を話す。

 銀のダルナがくっついている黒い船を見下ろしたダルナは、『今は、僧兵(そいつ)の結界、お前の龍気ではないのか』と訊き、精霊の結界であることをイーアンは教える。


「水槽じゃない方が良さそうだがな。貸すのは構わない。魔力は、お前の龍気を遣うかもしれないが、微々たる量だ」


 すぐに承諾してくれたイングは、魔力量は対して必要なく、()()()で勝手に持続するだろうと言った。


「有難うございます。小さい方が何かと都合が良いので、持ち歩くには」


「持ち歩くな。そんなもの」


 え・・・ 話をぶった切るイングに、イーアンは彼がオウラにそんな風に思っていたのか?と眉根を寄せるが、そうではなく、イングは『お前の伴侶でもなく、お前の友でもない者だ』と正す。


「だけど、私が管理していないと。サブパメントゥと関りがある者ですから、いつ忍び込まれて取られるか」


「心配ない。お前の龍気を帯びる。連動していると思え。お前が近くにいようが遠くにいようが、持ち主の魔力で入れ物は存在する。この場合、お前が持ち主だ」


 青紫のダルナは、輝く鱗を美しい青に煌めかせながら、長い首を横に一振り。どうでも良い人間は、船に入れておけと、強制に近い助言を下し、イーアンは気になるものの頷く。



 注意事項は、持ち主以外が開けられないこと。入れ物の中にいる状態で話せば、誰とでも話が出来ること。最初の注意事項は助かるが、二番目は困る。イングもそれは思う。


「これを。これと」


 ぱっと現れた、透明の籠が、ダルナの大きな鉤爪の先に引っかかる。籠の中に赤い布もある。この布は、オウラの水槽にかかっていたのを思い出し、イーアンが顔を上げると、正解と頷かれる。


「お前が今、これに龍気を交換して注げ。お前の色に変わる。そうすると、イーアンが持ち主だ。その男を中に移したら、籠を閉めて布をかけろ。籠の口を男に向ければ、勝手に入る。すぐに扉を閉めて、あとは布を」


「かけるのですね?布は、他の人も取れますか」


「お前以外は外せないだろう。サブパメントゥなら、触ることもできない。龍気に影響しない者は、触れることは出来るが、外せはしない」


 そうなんだ・・・ へー、と感心して透明の籠を受け取る。イーアンの両手で包めるくらいの小さな籠は、すぐに透明の柵に白さを帯び、半透明の白い籠に変わった。赤い布はそのまま。

 これで、僧兵の管理は済む。が、もう少し確認しておくことがあり・・・・・


「食事?入れるのが生き物でも、この中は時間が進まない。生きた肉体に飢えと渇きはない。出せば、生き物として機能する」


 話し終わったイングは、籠をしげしげ見ている横顔に『俺の頼みだがな』と用に移る。

 パッと顔を向けたイーアンは頷いて、青紫のダルナの用事を聞いた。緊張した割には、何と言うことはなかった。



「頼らなくなると、さっぱりだ」


 イングの頼みは『もっと頻繁に呼べ』だった。イーアン、真顔で頷くこと数回(※じっとこっち見てるから)。


 ダルナって、そうなのよね・・・忠実過ぎて、離れていると誰かが教えに来る感じ。シャンガマックも、トゥに『ダルナを呼んでやれ』と言われたことがあるし、トゥは親方にべったりだし、イングは最近落ち着いたかなと思ったけれど、違った。


 ちらっと黒い船へ視線を投げたダルナは、『あいつは常にいるのに』とトゥを僻む。特殊な事情なのですよ・・・言えないが、トゥが離れない事情を知った今は、彼だけは仕方ないのかなとイーアンは思う。


「事情がどうか、誰の判断だか。まぁいい。イーアン、今日はこのまま、お前と動く」


「あ。え?」


「・・・この先の島で、魔物が()()出る。手伝う」


「魔物?」


 先読みダルナに宣告を受け、ぎょっとするイーアンは『どこどこ』と慌て出し、イングは約束をきちんと取り付けてから、出現場所と大体の時間を教えてやった。


 何と、これから向かう先の島で、中へかなり入ったところと知ったイーアンは、ちょっと待っててと、言い残して船へ飛んで行った。


 イングは空中で待つこと、数分。白い光の玉は、すっ飛んで戻ってくる。

 僧兵用の籠を使い、仲間に話して預けてきたイーアンは、戻るなりイングの腕を掴み、魔物出現予定地へ慌ただしく移動した。



 *****



 ワーシンクー島は広い。とはいえ、イーアンたちが飛んで、一時間もかかるような距離はないが、問題は距離ではなく、対応範囲。魔物が出る広さは、視界が霞む際まであると、イングは言う。小振りな島一つ分ほどの面積を、魔物が覆うことになる。



「アイエラダハッドの退治を思い出します。あそこは地続きだから、どこまで広がっているのかと飛び回って探したのです。海と島のティヤーでも、陸地の広さを対象にするとは」


「アイエラダハッドと違うのは、平面的なだだっ広さじゃないところだな。イーアン、あの川が見えるか」


 答えたイングは右の前方に注意を向け、女龍が『川ですね』と細い筋引く水を見つけると、『あの蛇行する上流』そこが割れて魔物が広がると教えた。


 陸地だが、人里はまとまっておらず、見える範囲に三つ。家屋と家屋の合間が離れ、数も少ないので、町ではなく、村単位の人口に思う。三つの村は、川近くにどれもあり、畑や丘を挟んでいる。丘向こうに村があるため、近くの村が襲われても気づけない。


 蛇行する川は両側に丘がポコポコ連結する。そこそこ高さを持つ丘は、斜面も頂きも畑を抱えている。空から見ると、グリッドのワイヤーラインをかぶせたような印象で、人里はおろか、この広がる畑も襲われたら、しばらく生活が出来なくなると予想がついた。



「出るぞ」


 不意に、イングが伝える。イーアンも魔物の気配が空中に上がったので、ハッとする。

 濃く感じる気配は、一気に密度を高め、川の上流がぼうっと妙な黒さを放ち、地面が音もなく凹んだ。上流のある小山は森林で覆われていて、木々の隙間に湖が見える。その湖は色を変えないのに、下った一か所は、真っ黒に染まった。


「なぜあの個所から」


 湖が無事で、その下から黒さが拡大する様子に、小山の湖への疑問を感じたのも束の間。染まる黒は一瞬、元の自然の色を見せたが、次の一秒で地面がバカッと割れる。


「霧?ガス?」


 割れたそこからモウッと立ち上る、暗い灰色の空気。青紫のダルナが『一気に広がるぞ』と呟き、女龍に首を傾ける。


「倒すのは俺が」


「手分けしましょう」


 イングが引き受けかけた矢先、女龍の視界のそこかしこ、黒い地面が次々に生じて瞬く間に割れる。手分けをと言いながら、イーアンは急降下。イングも反対側へ飛び、ぼわんと広がる灰色の空気を消しにかかった。


 

 近づいて、イーアンは嫌な印象を持つ。これは、虫。


 イナゴの大群そのものだが、突っ込んで近くまで寄った時、虫の頭部が人間を模しているのを見て、うおっと引く。虫の大きさは翅を広げて40㎝ほど、虫の脚は人の手足でぶら下がり、人面の頭は手の平大。目玉はないが目鼻口耳が揃い、歯のない口は顎が下がって開きっ放しで、鋸状の先端を持つ舌がびょろんと口端から出る。気持ち悪いったらない。


 胴体は虫である。頭部・胸部・腹部で、腹が長い。胸部からぶら下がる、人間の手足を細く小さくしたものは、機能するとは思えない脱力ぶりだが、近づくとそれらが動くので、相手に掴まるつもりなのだろう。

 頭髪がない頭部の天辺から、紐みたいなものがなびく。触角なのかもしれない。



「気持ちわりいんだよ」


 思わず口を衝くくらい気持ち悪いが、倒さねばならない。この魔物は何も考えないようで、女龍が近くへ行くと、一斉に向きを変えて追いかけてくる。が、弱く、側へ来るなり塵となり、その塵さえ呆気なく消滅。


 片づけるのに龍気を遣わなくて済むのは助かるが、しかし、数が半端ではない。

 何億といる、唸り立てる羽音は、ちょっとそっと消滅したとしても失せやせず、イーアンから離れた場所に沸いた虫は、地上を攻撃し始める。


 黒い染みが広がった地上の亀裂を、集中的に消しにかかったイーアンだったが、側を飛ぶだけで、塵芥に変わる大群の魔物でも、消し外れや漏れは出る。

 数分、数十分と飛び回っている間に、阻むこちらの隙をくぐった虫が、丘の畑を壊した。


 何匹いれば、そうなるのか。急に、丘の畑の一つが薄黒くなった。さっとそちらを見ると、斜面から頂きまで、緑色のパネルがひっくり返るように、パタパタと色が薄黒く変わってゆく・・・しまった!と慌てて畑へ飛ぶと、作物どころか土までカサカサに乾いて、色も何もかもが消えていた。


 過ったのは、ダルナのリョーセの能力。彼の、『生命を早送りして消してしまう現象』に似ている。だが、リョーセとも違う、とすぐに気付いた。イーアンは別の記憶を思い起こす。


「毒。毒では」



 壊れた薄黒い畑の一つでざっと見、10匹ほどの虫を見つける。作物そのものにダメージを与えるのでなく、土にへばりついて舌を突っ込んで動かない。


 頭だけ龍に変えたイーアンは、開けた口を向け、瞬間で魔物を消す。すぐさま、消した魔物のいた場所へ降りて調べると、以前、テイワグナのテルムゾにいた魔物と近く感じた。


 イーアン自体は、テルムゾ村の魔物退治を知らないのだが(※855~860話参照)、タンクラッドたちと連絡珠でやり取りして覚えている。土が変色し、作物も普通の植物も枯れ、汚染された土を通る水で、村人は体を痛めていた。


 あれは、話を聞くに重金属の汚染ではと、その方向から対策を取ったら当たったのだが。



「ここは・・・魔物があの形態だと、死霊が憑いたと捉えるべき。死霊憑きの、虫の魔物が毒・・・虫の毒を基にして、土ごと壊す?」


 地面に下りて考えたのは、一分二分。だが止まっている時間はない。次から次に、丘は色を失い、その速度が向かう先に村を見て、イーアンはまた飛んだ。既に村に入った魔物が、家畜や人を襲う。



 受け持った反対側では、イングがやはりこの魔物の様子で、先に正体を見抜いた。


「イーアンなら、この始末の後を気にする。魔物が壊した、人間の生活の基盤を憐れむ」


 埃を被ったように枯れる畑や大地を眺めるイングは、イーアンとは異なる視点で、この続きを思う。地上を枯らす魔物まで追いかけないダルナは、亀裂から出てくる大群用に魔円陣を用意し、空中で退治する。


 畑の土を元に戻すことは、再現魔法で出来なくもないが。


 ()()()()()()に導いてやって、更にイーアンが敵対する欲物にも、餌を用意する段取りにつなぐ手もある。


「ふむ。悪くない」


 空中に浮かせた大きな魔法の円盤に、勝手に吸い寄せられて消える魔物を見ながら、この魔物の使い道をイングは考えた。



 *****



 少し前――― 五台の馬車が、村の先の道を進んでいた。


 丘の下り、山頂の湖から離れる道。イーアンたちの見た湖を裏側の斜面へ下りる木々の下、葉陰に隠れて進む馬車は、風変わりな派手な絵柄に覆われていても、全く目立たなかった。

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