2533. 僧兵の『神話と馬車歌と目的』・女龍と僧兵後半
妙な空間に入ってから、どれくらい過ぎた?
僧兵は、体の傷を確認しながら、治りが遅い印象に、時の流れを考える。
サブパメントゥの世界(※地下の通路)を通過しているのと近いのかも知れない。『時間は曖昧』と言われたことがある。もしや、ここも同じか。
治りは遅いのに、さほど痛まないのが奇妙。麻痺しているのか、触れても平気とは。まだ薄皮が張った程度、軽くぶつけただけでも損傷する皮膚は、うっかり破けて液が滲んでも、鈍い。
痛みに鈍い状態を危険と考える僧兵は、壁らしい壁もないのに身動きの制限をされる狭い空間で、体を当てないよう気を付けていた。
このぼんやりした闇に入れられてから、一度だけ話しかけられたこの前。
どこかの廃屋で、俺と向かい合った奴らではない(※シャンガマックのこと)。
声しか聞こえなかったが、女か、若い男だ。男の声にしては半端な低さ。最初の口調はすぐに変わり、粗暴な物言いが続いた。
大きな獣と外国人(※獅子とシャンガマック)、その仲間―――
あれも、もしや、上陸したウィハニの女の仲間では、と想像する。
何人いるか、分からないが・・・この前の港では、よく見ていなかった。赤毛の若いのと、黒髪の男は派遣団体だろうが、他に何人だ。
獣連れの外国人が、俺を捕らえた時間は、告解室並びにいたあの男たち(※ドルドレンとルオロフ)が帰った後。仲間と仮定出来る。
もしあの外国人と動物も、ウィハニの女の仲間であれば・・・ 俺と話した粗暴な奴も、ウィハニの仲間。俺との会話内容が、伝えられる可能性はある。
『銃』と、呼んだ。俺がどこかの知識を、この世界に持ち込んだと。
あいつは誰なのか。
銃の言葉もあっさり口にし、知恵を運んできたと決めつけていたのは、あいつ自身が俺と似た『前世持ち』だからか。俺よりもっと多くを、知っている気がする。
動物付きの外国人は、俺にサブパメントゥの道具について聞いたが、粗暴な奴は『銃』に狙いを絞っていた・・・・・
ウィハニの女が、銃の製造を邪魔しようする読みも、こうなってくると当たりに思う。仲間に前世持ちがいて、銃が脅威と教えたら、危険物排除に移るだろう。
することもなく、眠りも続かない男は、時の流れも明度もない空間で、邪魔された仕事よりも、このことばかりを考え続けた。
普通の精神状態であれば、一日も耐えられない者がいるだろう、環境に於いて。
彼はそれをものともせず、自分の目的に迫った、相手の発言の強烈な熱に、ずっと心を襲われていた。もう一度、話がしたい。
『あいつ』の協力があれば・・・ウィハニの女の仲間だとしたら、俺と話したやつを抱き込めば。ウィハニに、早く取り入ることが可能かもしれない。
道を拓くための、銃や爆弾の邪魔は困る。まずはその説得を。それから、銃に気づいた『あいつ』の知識も欲しい。
俺を知っている可能性もある・・・・・ この世界に、数えるほどしかいない、前世持ち。必ず関係を持つよう、出会い、繋がる。
これを馬車の民に聞いてから、俺は目覚めた―――
前世持ちが、混乱の時代を次の世界へ導くと、馬車の民の伝承にある。次の世界とは、デネアティン・サーラ(※ティヤーの宗教)の神話にある、聖なる大陸のことだろう。
少数しか渡れない、聖なる大陸。
人間減らしの目的が被った、サブパメントゥとは、矛先が違う。聖なる大陸が次の世界と、思っていないようで、俺の目的について話しても、どうでも良い印象だった。
あいつらは、龍と因縁を持つ者と、無関心な者に分かれている話。俺が捕まったのは、後者だ。龍と因縁を持つサブパメントゥなら、俺のことは知っている・・・ まぁ、これは今関係ない。
馬車の民の情報は不思議で、ティヤーの聖なる大陸神話の補足もあった。
敵対する『二つ首の龍』が、実はどっちにも寝返ると、馬車の話は語り継ぐ。サブパメントゥは二つ首の龍を欲していたが、ウィハニの女と今、一緒にいるやつがそうなら、馬車の民の話が正しいことになる。これは、神殿にはない裏話だった。
馬車の話によると、寝返った二つ首の龍は、聖なる大陸で生まれ変わる。大陸の土を踏ませたら、大陸を守る守護者になると言う。そうなれば、他の世界から来る征服者に構えることもない。
聖なる大陸――― 数多の異世界の、出口であり、入口である大陸。
俺が、前世にいた世界も行ける。
俺と話したやつが『前世持ち』だとして、この世界にいる意味を知っているだろうか。
まだ、この話は出さないにしろ、少し確かめて・・・相手の出方によっては、ウィハニの女の邪魔を止めた後、一緒に動くことが出来れば。
*****
僧兵は、様子見の獅子が声がけた時、真っ先に『この前の奴と話がしたい』と頼んだ。
勿論、獅子は『お前が俺に頼める立場か』と一蹴。だが、僧兵は『俺が神殿を動かした理由を話す』と言った。
神殿を動かしたのは自分、と断言。
獅子は、男の思考を読み、実際そうらしいがどこまで影響したのか・・・人間の曖昧さを鵜吞みせず、自分が判別するより女龍に丸投げしておくかと(※責任転嫁)これを受け入れる形を取る。
ということで―――
『女龍と僧兵』第二弾は、内陸・ワーシンクー島前夜に再開。
今回も、船から移動した先で、同じようにイーアンの龍気が結界代わり、獅子の『後ろ向いてろ』命令の続きは、僧兵ホログラム(※っぽい)のと対面する。対面だが、僧兵には見えていない。
エサイも呼び、獅子とシャンガマックは出来るだけ聞かない方向で(※でも聞こえてる)、イーアンは会話を開始した。
「私に用か」
『用だ。この前、お前と話して考えた。俺が神殿を動かした理由を教えたら』
「待て待て。取引する気か?証拠もない話に」
『お前は、あの動物と外国人の仲間だよな?もしかして、ウィハニの女の仲間かと思ったが。ティヤーで、神殿が計画する未来を取り上げるつもりなら、俺は役に立つ』
・・・イーアンは、鼻で笑う。それから、カッカッカッと、腹から笑い立て『バカ言ってんなよ』と低い声で吐き捨てた。怒りで笑う女龍から、龍気が滲み出る。今にも相手を消しかねない怒気。
後ろで、シャンガマックが目を瞑る(※怖い)。獅子は相変わらず傍聴。
エサイも特に気にしないが、ここでエサイはイーアンの次の言葉を止める。チョンと肩を突き、振り返った女龍に、こそっと意見を伝えた。
「え?」 「うん。聞いてみたい」
「だって・・・この男は」 「後でも始末できる(※軽い)」
灰色のふかふかが、イーアンの横に狼の顔を並べ、ホログラム的な相手に目を眇める。『こいつ、何か変だ。もう少し聞いた方が良いと思う』狼男はそう言って、心配そうな鳶色の瞳に『聞いてみて』と促し、後ろに下がった。
拍子抜けと困惑、そして心配が。エサイの勘は、何かあるのだろうか?
ぼうっとした青灰色の僧兵に、イーアンは視線を戻す。
―――武器を作り出し、魔物騒動に乗じて民を殺し続け、サブパメントゥとも手を組んでいる。銃の弾に、あの柄と色、そして種族無効の『古代の水』を用い、骨片や襤褸布などの道具も使う。
サブパメントゥに、そこまでの協力を得られるほどの事情?と訝しい。
だが、サブパメントゥに操られていない時点で、『互いに利用し合っている』と思うのが正しいだろう。一体、どれほどの利が生じると見越されて、この待遇なのか。
火薬製造の場で、スヴァウティヤッシュが、神殿の思惑を教えてくれた、『神話の聖なる陸地へ・開通条件が爆破の衝撃』であるために、惨劇になっているが(※2448話参照)。
少し前、アウマンネルに『僧兵は異世界から来たか』を尋ねてもみたが、『そうとばかりでもない』とこれまた曖昧な、解りにくい返事だった。
でも精霊アウマンネルは、僧兵の扱いに口を出さないので、イーアンは調べられる限り、調べるつもりでいる。
『この男が、異世界から来た疑惑前提』だが・・・・・
私が以前いた世界の知識を、サブパメントゥ相手にどれくらい教えているか・残党サブパメントゥと結託した目的に使う、禁断の知恵の内容は何か。
そしてもし、私と同じ世界から来たなら、なぜ人物記憶録にないのか。
探れるだけ探りたい。途中で僧兵が死んでも、それは仕方ないにせよ、捕まえたからには、他にもこんな輩がいては危険だし、サブパメントゥの現状も知っておきたい。
ざっと頭を駆け巡った、僧兵の存在の謎。夜の岬で、イーアンは質問を絞る。
「私たちが、神殿の未来を取り上げるつもりなら、お前は役に立てると豪語する。神殿を嗾けた経緯から、銃の知識の出所を言え」
『俺は、嗾けたわけじゃない。神殿の願望に、道具を加えただけだ』
僧兵は言葉を切り、どこから話しかけているか分からない相手―― 女龍に、『話を聞くか?』と尋ね、イーアンは『話してみろ』と返事。
間髪入れず、『話したら、ここから出してくれ。逃げはしない』の交渉。
即答のない数秒を挟み、『外の世界で俺を捕らえておけばいい。サブパメントゥに殺されない場所で』と自ら、拘束状態を指定。
外の世界なら捕虜でいい、と言う僧兵。
イーアンは後ろの仲間に、視線で意見を求める。獅子は胡散臭そうに瞬きしたが、エサイは頷いた。いつでも殺せると鋭い爪を自分の首に向けて、ちょいっと上に刎ねる仕草。これにイーアンも了解し、僧兵に改めて確認する。
「お前を外の世界に出して、捕虜。それが交渉か」
『そうだ』
「良いだろう。期待するなよ。気に食わなければ、殺す」
夜風にイーアンの宣告が乗る。シャンガマックは、その時が来れば彼女は本当にやるだろうと思った。
白い龍気の光が張る、月夜の下の岬は美しく、静かな波寄せる音に包まれて、危険な話が始まる。
『以前から生き延びていた、アイエラダハッドの知恵に、俺の発案が応用できると、アイエラダハッドで実製作の展開が起きた。あの国は貴族が金と権力を持っているから、実現は早かった。この成功で貴族から儲けた神殿は、俺を認めた。
ハイザンジェルに魔物が出始めた時。神託にウィハニの女が、神話の道を拓く指示を出した』
「ちょっと、待て。神託に現れた、ウィハニの女が指示だと?」
『そうだ。神託は神官が祈祷中に声を聴く。・・・本物ではないと言われそうだが、これがきっかけで、ウィハニの女に纏わる、力の籠った遺物が、ティヤー中から収集された。ウィハニの女の加護を求める神殿の、表の姿だ』
「続けろ」
『その裏で、神殿は、神話の道(※聖なる大陸)へ現実的な取り組みを始めた。
――大きな衝撃と共に、ティヤーの伝説の地から道が現れる。そう聖典にある。この衝撃は、ちょっとそっとじゃない。相談は俺に来た。俺は提案をし、それが道具として』
「銃だな?」
『最初は銃じゃない。衝撃自体は火薬だ。だが、神話の道を邪魔する者を、打ち倒す手段で、銃・・・』
僧兵の声が尻つぼみになり、イーアンは小さな溜息を吐く。
よくある独り占めが根底なのだ。聖なる大陸にティヤーの国民を全員連れて行こうとなど思っていない、神殿の輩だけが安全安心を求めた、そんなところかと察した。
そしてこの狂った男は、人殺しと、持ち込み知識活用に楽しんでいたわけだ。
「銃と火薬と。これは、また訊くことにする。お前はどこで銃を知ったんだ。サブパメントゥに教えたな?」
『サブパメントゥは、銃に関心などない。奴らはあんな小道具に、何の意味もないからな』
イーアンは答えず、少し話が止まる。
サブパメントが強いのは当然・・・銃への関心の有無が問題ではない。銃他、武器の幅が広がった状態で、その武器を持たせた人間を、彼らは操ったり、いいように動かす。
武器レベルの上がった 手駒を増やされるのが嫌、なのであって。
現にそれで、お前ら僧兵みたいなのが、民を殺戮しているだろうと・・・だがこれを僧兵に話はしないので、一呼吸おいて『続けろ』とイーアンは促した。
『俺が、どこで銃を知ったか。それは、お前にも聞きたい。お前は俺を知っているんじゃないのか』
「答えになってない。交渉したけりゃ、ちゃんと答えとけ」
『俺の記憶だ。銃は、火薬も。邪魔をする者の対応以外にも必要がある。次の展開に要るから、俺は生み出した。神殿を止めるだけなら、銃と火薬を押さえるより』
「聞いてねぇよ。余計な事を喋るな」
意見する僧兵を遮り、苛つくイーアンは立ち上がった。黙った相手に、ゆっくり言い聞かせる。
「お前の記憶から、銃を作った。『銃』と呼び名さえ知っている代物を。神殿を止める手段に、銃と火薬は関係ない言い方だが、それを判断するのはお前じゃない」
『神殿を止める方法は他にある。ウィハニの女は、お前の仲間か?』
しつこい僧兵に、イーアンは背中を向け、代わりに獅子が前に出る。イーアンとすれ違いに獅子は『出すのか』と確認。振り返らずに女龍は『意識を止めて、出します』と答えた。
イーアンが後ろを向いている間に、ホログラム的な僧兵の姿は肉体を戻し、しゃがんだそこで廃人のように横たわった。
「エサイ。こいつを運べ」
「船に連れて行くのか?」
獅子の命令に、シャンガマックが驚いたが、イーアンは『船の一室で雁字搦めにする』と約束。
「サブパメントゥから受け取った骨片についても、まだ聞きます。交渉で一旦は外に出られたとなれば、また閉じ込められても、交渉ごとに話を出すでしょう」
「すぐ殺す気じゃないんだね」
僧兵を脇に抱えた狼男の質問に、イーアンは頷く。
「そんなにすぐ、殺しません。勝手に死にたくなるくらい追い詰めて、いたぶります」
フフッと笑った獅子。顔が引きつる褐色の騎士。エサイは鼻を掻いて『聞くだけ聞いて使い倒すのか』と女龍の言葉を訳した。
龍気に影響しないエサイを、僧兵ごと龍気の膜に包み、イーアンは彼らと船に戻る。
船に僧兵を連れて戻った状態を、ドルドレンたちは特に警戒しなかった。イーアンの考えでは、僧兵を出し入れ(※何かに)する方法を、早めにイングに相談するつもりで、船で衣食住を共にする奴隷とは考えていない。
そして、魔法と併せた龍気の膜を、普通のサブパメントゥが近づくことも見ることもできない。
実際に獅子が試して、白い膜の内側は不明とお墨付き。この状態が長引けば怪しまれるだろうが、一日くらいなら安全、と見越す。
それなら別に・・・とドルドレンは了解し、ミレイオやタンクラッド、オーリンも『サブパメントゥが近づけないなら』問題はないとした。要は、獅子の捕虜から女龍の捕虜に移行しただけ。
僧兵が連れて帰られたことを、クフムだけは知らされなかった。
この夜、僧兵はイーアンの龍気の膜に、360度囲われた『檻』の中で、船倉の一室に入り・・・ イーアンは隣の部屋で、もう一仕事。長い夜を過ごすことになる。




