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魔物資源活用機構  作者: Ichen
烟雲の如し
2530/2961

2530. ㉝ ~双頭のトゥの物語

 

 イーアンはトゥを呼びに、船へ戻る。


 場所はテイワグナ、『トゥが来るなら』瞬間移動――― タンクラッド付きなのだから、悠長に飛んで海を渡るはずもない。私の記憶と思考から、トゥは道をたどる。



 戻る道すがら、龍気を遠慮なく使って、高速。これが終わったら、空で補充予定。


 高速飛行で、一気にアネィヨーハンへ着いたイーアンは、上空から呼び掛ける。

 ダルナの姿は見えないが、『タンクラッドと一緒に来てほしい』とトゥに念を送っていると、間もなくして、『タンクラッドを起こした』と返答が頭に響いた。


 数秒して甲板に人影が現れ、銀色の体も主に合わせて現れる。真上から見ているイーアンに、この間、話しかけることなく、ダルナは主を首に乗せて浮上した。何から何まで、無駄なく手早い。



「どうした」


 トゥに少し聞いたようだが、夜に呼ばれたタンクラッドは心配する。イーアンは『一緒に行ってもらいたい場所がある』と大まかに答え、女龍の頭の中を読んだトゥが女龍にも乗るよう、一本の首を揺らした。イーアン、有難く空いている首に乗せてもらう。


「すみませんねぇ。場所は分かりますか」


「お前の記憶を使う」


 こうなるのよと感心して、イーアンはお任せ。隣の首元にいるタンクラッドと目が合い、ニコッと微笑んだ次の瞬間、ぶぅんと空気の唸りを聞き、ジャングルの上に出た。



「コルステイン?」


 下を見た親方が眉根を寄せ、トゥが『らしいな』と短く答える。月光色の髪の毛は、密林のわずかな光にも、月を映した川のようになびく。


 下から見上げたコルステインは、タンクラッドとトゥではなく、イーアンを先に呼び戻す。イーアンはパタパタ飛んで降り、それをトゥの水色と赤い瞳がじっと見ていた。



「トゥ。ここに来た理由を聞いてるんだろ?『イーアンが呼んでいる』と言ったが、俺は何を」


 待たされる親方が、すぐに尋ねる。トゥは首を一本背中に向けて『お前に用事じゃない。()()用だ』と主にはっきり告げる。親方は軽く傷つくが、トゥに用事?とそっちが気になる。


 眉根を寄せた主の無言の問いに、銀のダルナは目を逸らし『お前は俺より、イーアンの願いを聞く』だから来たまで・・・続けたトゥは、どこか不満気だった。



 まぁ・・・そうかなと察するタンクラッド。

 トゥを動かすために『彼を連れて行っていいか』とイーアンに頼まれたら、俺の返事は大方決まっているわけで。だがそれは、()()()()()()()となると、深刻な内容が多い印象だからであって。

 トゥの意見を蔑ろや後回しにする気はないが、結果としてそう思えるのだろうか。


 トゥは、タンクラッドが自分よりも女龍を重視していると捉え、気分が良くなさそうに黙っていた。



『タンクラッド』


 頭の中に、コルステインが呼び掛け、タンクラッドはトゥに命じて下へ。密林に巨体が入るほどの隙間はなく、適当な高さでイーアンが迎えに来て、親方を抱えて下ろす。


『コルステイン。全然、お前と会っていないが、どうなんだ。最近は』


『うん。大丈夫。お前。ここ。待つ。する』


 親方の久しぶりの挨拶はケロッと無視され、コルステインは『トゥがイーアンと動く間、ここにいろ』と親方を小脇に寄せる(※おまけだから)。

 おまけ気分は最悪だが、タンクラッドは、これをトゥが感じていたのだと思うと、ぼやくのも気が引けた。


 ということで、親方がコルステインと待つ間に、イーアンはトゥに事情を話し、トゥは―――



「俺に断る権利がないと思うか」


「思わないです。お嫌ですか」


「そうじゃない。俺の主はお前じゃないぞ、イーアン」


「はい。よく承知の上です。でも、これから見るものは、タンクラッドの思考で判断するのは違うと思いました」


「お前は先に見ている。それを見てもいい」


媒体()経由ではなく、あなたご自身で遺跡の絵や、彫刻を直に見て頂きたいのです。あなたが、()()()()()必要とされたか。私たちの世界に生じている渦があり、あなたの繋がりを教えて頂くことによって、それが鍵の一つかもしれず」


「俺が自分で見に行く、それを断る権利をさっき聞いたんだ」


 トゥに遮られ、イーアンは息を吸い込む。一方的に『見に行って』と押し付ける具合だから、命令と判断したら嫌がるのは分かる。俺に関係ないと言われても、解る。でも、トゥはこの世界に無関心・無関係を決め込むことを、選ばなかった―――



「あなたは、サブパメントゥを潰す日のために動いていらっしゃいます。持って生まれた姿を使い、『時の剣を持つ男』の横につこうと」


 ちょっと強引だけど、イーアンも押す。龍とサブパメントゥの因縁の軋轢に、このダルナは自ら参加したのだ。

 タンクラッドのためとはいえ、龍とサブパメントゥ(私たち)の歴史に手を出す気なら、()の立場では、彼の参入の理由を知る権利がある。



「イーアン。黙れ」


 トゥが感情を示すことはあまりない。だが、目つきは苛立ち、声は女龍を止めた。イーアンは彼を見つめ『私は、女龍です』それを返事とする。


「命令か?女龍の権力で圧を」


「この世界の、龍の言葉。圧でもなく、権力でもないです。()()です」


「イーアン一人で」


「はい。私の声は、龍族の頂点の言葉」


「従わなければ、『解除して言うことを聞かないダルナ()』を消すのか?」


「ったく・・・んなわけないでしょう、もうっ・・・ 」


 呆れたイーアンが、嫌そうに大きく息を吐く。態度で『疲れるこいつ』を表す遠慮ない女龍に、トゥの目が据わる。


「タンクラッドの役割に付き添うと()()()()あなただがら、余計な判断を入れずに、ご自身のと言っているのに。

 私の判断だって、これでも手前で止めているのですよ。全体を私が判断していいなら、あなたに頼みません。とっくに()()()()()それに沿う行動を取っています」


 もういい。短く答えたトゥの、二つの首は背けれられ、また溜息を吐いたイーアンは後ろを見る。後ろ・・・下には遺跡。天辺に二つ首の彫刻があり、黒い影を屋根に落とす。


「イーアン。俺は、あの中に入らない。お前の記憶を通して見る」


「・・・はい?話、聞いてました?」


「俺の体が、あの()()()()に入ると思うか?」


 トゥが行かないと思ったら、トゥは受け入れた様子。

 巨体のダルナは縮小サイズがないのか・・・ 体の大きさから無理、と断られ、それが理由なのと眉を寄せたものの。

 妥協というか譲歩というか。こちらの意見を理解してくれての返答なので、記憶から見るというトゥに、イーアンは了承する。


 こうして、蒸したジャングルの上。温い風の吹く林冠で、一頭と一人の向かい合う、静かな数十秒が流れた。この数十秒はあっという間だが、トゥには長く感じたし、イーアンもトゥの視点が流れ込んで、時間の密度が何倍にも思った。



「あなたは」 「言葉にするな、今は」


「トゥ、でも」 「俺から話す。タンクラッドにもお前たちにも」


 見終わったトゥに、困惑するイーアンは心配し、トゥは女龍にも自分の記憶と思考が流れたことに、制御が出来なかったため、これを運命の扉と解釈。自分が知っていただけのことを、いつかは話すと思っていた物語を、こんなに早く教えるとは。


「お前にも流れたのは、俺の力の範囲を超えている。俺はイーアンに伝える気はなかった。少なくとも、まだ」


「・・・はい。その、そうだったのですね。いつかは話してくれるつもりで」


「お前じゃなくて、タンクラッドにな」


 でもお前が最初に知った以上、タンクラッドにも伝えるし、タンクラッドが望めばお前たちの仲間にも伝える。トゥはそう言って、枝の隙間に見える、主とコルステインを見下ろす。


「あの、コルステインという存在。あれは俺を、()()()()()かどうか」


「コルステインは、もしも知っていても。あなたに、何を被せることもないでしょう」


 下に向けていた銀色の顔を一つ戻し、トゥは『お前は?』と女龍にも()()()()の質問をする。


「イーアン。龍のお前は?」


「私にとって、あなたはあなたです。トゥ。銀色のダルナで、私がいた世界から連れてこられたダルナの一頭。他には特に」


 ダルナは女龍の返事に黙り、ゆっくり辺りを見渡す。遠くに、どこかで、サブパメントゥの気配を感じる。俺を見ている奴らを感じる。



 トゥとイーアンは、少しの沈黙を置いて、地上で待たせている二人に呼び掛けた。トゥが下りないため、コルステインがタンクラッドを片腕に抱えて浮上。


 ここで、トゥは自分が()()()()始まったのか。

 生い立ちというには、もっと荒漠とした始まりと、なぜ自分がタンクラッドを選んだか、何をしようとしているのかを、初めて教えた。



 *****



 イーアンは、銀色のダルナの話を、まるで仕組まれた物語のように感じた。


 伝説は、誰かが仕組むのだろう。『だろうか?』ではない。『だろう』と言い切れるくらい。

 イングの話を聞かせてもらった時も泣いたが、トゥの話も辛くて遣り切れなかった。



 ―――昔々。古い世界で、差別をされながら旅をする民族が、いつからか民族の世界観に、善悪の伝承を語り始めた。トゥは、その民族の思いがきっかけだった。


 搔い摘めば、『民族神話に出てきた、悪いドラゴン』で終わってしまうが、説明がないと本来の意味が見えてこない。


 悪神の切り札が、二つ首のドラゴンであり、善悪の決戦でドラゴンが呼び出された。


 このドラゴンは作られた。無敵と呼ばれて不死の体を持つ、二頭のドラゴンが先に存在しており、悪神がこれをなんとか二頭とも捕まえて、死なない首を一つ切り落とし、もう一頭のドラゴンに埋め込んだ。首を取られたドラゴンは、死にはしないが頭がないまま、氷の山脈に閉ざされる。


 一頭なら手間はない、と悪神はこれに呪いの鎖を巻いて、自分の配下にした。呪いの鎖は、悪神の命じ以外で動くと、大きな棘が突き出て貫き、体を岩盤に固定するという、身動きを封じる鎖。


 ある時、動いて棘に目を貫かれたドラゴンは、この目は何も見えないと悪神に訴える。

 決戦間近、悪神は『それは困る』と考えて、ドラゴンの両翼に目を描いた。絵の目は、ドラゴンの視力代わり。

 この後、二つ首のドラゴンは、善悪決戦で呼ばれ、相手を翻弄するのだが。


 どの神話でも結果は『善が有利』で、勝つか負けるかは神話によるが、ここでも善神が優勢を得て、ドラゴンは地に落とされ、悪神は這う這うの体で退散し、決着こそつかないままだが、決戦は、善神が悪を退けて終わる。


 二つ首のドラゴンは、呪いの鎖が体になじんで、一層恐ろしい姿に変わり、不死の体に痛みを抱え、無敵と呼ばれたはずが、善神には叶わず、善神の愛を受ける、旅する民族の道を守るよう命令された。


 だが、その後も、悪神が時々現れては、二つ首のドラゴンに張り付いた呪いの鎖を使い、民を惑わすように仕向け、ドラゴンは言うことを聞かざるを得ず、民を悩ませたりする。そうすると、善神が仕置きに来て、ドラゴンはまた罰を受けてから、民の道を守るのだ。



 この話が、トゥの元。『二つ首のドラゴン』が悪の存在であれ、善には叶わず。

 旅する民族は、この伝承を生活や考えに持ち込んでおり、辛いことは全て『悪神に命じられたドラゴンの仕業』として、『善神が助けに来るまで耐えよう』と教え教わり、悠久の時間を繰り返していた。


 いつしか、『時』に刷り込まれる念の集大成が、存在を作り上げる。


 銀色のダルナはこうしてある日、本当に世界に存在するようになり・・・ ここから更に、運命に引きずり込まれる。



 銀色のダルナが、その世界にいたのは、どれくらいの時間だったのか。

 実在に変わった念のとおり、トゥウィー・ヘルファ・トゥは、多くの人間を惑わし、殺し、恐れられていたのだが、それは突然断ち切られた。


 急に世界が壊れ、次に出たところは、闇の内側。イングと共に連れて行かれたと思うところだが、これが違う。そして、トゥだけ単体だったわけでもない。



 トゥは、旅する民族と共に、()()()()へ移動―――


 別の世界とは言わずもがな、今のこの世界であり、トゥはなぜか人間と共に引っ張り込まれ、奇妙な種族にその時会っている。これがサブパメントゥだが、ただ、後に始祖の龍によって、ダルナは封じられた。


 サブパメントゥと会った件で、タンクラッドもイーアンも緊張した。トゥは、ここでも『空をとろう』と持ち掛けられていた。


 しかし、トゥは自分の状態を把握しており、『自由を得た』と感じたらしい。姿や能力はそのままでも、自分に自由にならなかった思考は、何かが外された具合で()()()()()いた。

 存在してきて初めて、『自我を手に入れた』と知ったトゥは、サブパメントゥの誘いに頷くことなく、接触は終わった。



 ここで話は、ガラリと変わる。

 タンクラッドについた理由を、これから何をしようとしているかを、トゥは教えた。


「俺の能力は、魂の奥を見る。タンクラッドの抱える魂が、()()()を敵として倒した。俺に訪れなかった時間を、肩代わりした。

 封じられた俺が、それを見たわけではない。

 いずれ、俺の影は再び現れる。俺の影はタンクラッドの言葉を聞くだろうが、()()()さえなければ、判断は不能になる。

 その時こそ、俺はお前の敵を倒す、傍らにいよう。俺の主はお前だ。俺は傾かず、寝返らず、俺の目的である影を、タンクラッドの剣で倒させる」


 この世界の大きな巡りに()()()()()()()()上な、とダルナは話を結ぶ。


 何の話か・・・イーアンもタンクラッドも想像するだけで。さらに詳細を確認したくても、聞いてはいけない気がして尋ねられなかった。



 もしや、トゥは。自分の姿を引き継がれたのが、ザハージャングと捉えているのだろうか。

 この世界に放り込まれるや否や、また罪の対象を作った自分に、清算するつもりで。


 いつか、ザハージャングが現れ、タンクラッドに牙を向ける日が来たら、その時こそ、勝手に作られた柵を片づける気なのかもしれない。



 コルステインは、一部始終を頭の中で聞きながら、青い海のような瞳でダルナを見つめていた。


 トゥの話はこれが全部で、時差や状況のすれ違いはありそうにしても、遥かな歳月を越え―― 今に至る。



 トゥは、始祖の龍に会った話だけは、短かった。

 始祖の龍がトゥに、何を話したか。それは言わず。

お読み頂き有難うございます。

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